第9話
ベルさんと共にボギーさんの馬車でフローリアシティへ行った。大きな街の門の前に並んで、いつも通りギルドカードをチェックしてもらう。ボギーさんから依頼達成の書類にサインをもらった。
「兄殿、ジゼル。ロンさんから護衛代を貰ったぞ。後で分配しよう。とりあえず行動は手分けしよう。兄殿とジゼルはギルドに報告してきてくれ。ボクはバンガローを確保してくる。1時間後にギルド併設の酒場で落ち合おう。」
「わかったわ。行きましょ。ジゼルちゃん。」
「はい。」
ベルさんと一緒にフローリアシティの冒険者ギルドへと歩いていく。花祭りは明日からなようで、街には人が多い。人波に流されそうになる。ぎゅっとベルさんが私の手を掴んだ。
「はぐれちゃうから。」
にっこりと微笑まれた。
「……はい。」
ベルさんの手が大きくて、温かくて、少しごつごつしていて、ぎゅっと手を握られるとドキドキしてしまう。ベルさんは私の手を引いて上手に人波を抜けて行く。
やがて見えてきた冒険者ギルド。二人でスイングドアをくぐる。ギルドに併設されている酒場からは野太い歌声が聞こえてくる。流石に明日から祭りとあって、冒険者たちも浮かれているようだ。
カウンターへ行く。
受付嬢がせっせと書類を片付けている。
「ちょっといいかしら?依頼の達成報告をしたいのだけれど。」
「はい、構いません。冒険者ギルドフローリア支部、受付メイリンが承ります。」
「宜しくね、メイリンちゃん。アタシはベルファーレ、こっちはジゼルちゃん。これが依頼の達成報告書よ。」
ベルさんが依頼の達成報告書を提出した。メイリンさんが処理していく。
「はい。こちら達成報酬です。お確かめください。」
私とベルさんはお金を確認した。ベルさんがそれを収納バッグに仕舞う。
「道中盗賊が出て討伐したわ。アジトまでは行かなかったから、残党がいる可能性はアリよ。」
メイリンさんが吃驚した顔をした。
「本当ですか?どのあたりでしょう?」
「結構街に近いとこ。地図ある?」
ベルさんは地図を見ながら、メイリンさんに盗賊がいた場所を伝えている。メイリンさん曰く報告を上にあげると残党狩りがあるかもしれないとのこと。残党狩りに協力してほしいと言われたが、ベルさんはあまり気が乗らないらしく、曖昧な返事をしていた。
「あと、道中の魔物の素材の買取をして欲しいのだけれど。」
「ではそちらは買取カウンターへお持ちください。」
私とベルさんは買取カウンターへ行った。買取カウンターの隣には部屋があって、そこに素材を出すようだ。
「ごめんなさいね。買取お願いしたいの。」
ベルさんがカウンターにいたおじさんに声をかける。
「はいよ。」
隣の部屋に入って、道中で集めた素材を放出する。
「ははは。やっすい素材ばっかだな。でも収納バッグは便利だよな。やっすい素材でもこの量あれば、駆け出し冒険者が安宿で2週間は生きられらあ。」
「ふふふ。いいでしょ?でも狙われると面倒くさいから、あんまり吹聴しないでちょうだいね?」
「おうよ。」
査定してもらってお金を頂いた。
「隣で何か飲みましょ。」
「はい。」
二人で酒場に移動した。
「なに飲みますか?」
周囲を見ると、冒険者たちは皆エールを口にしていた。
「アタシ、エールってちょっと苦手なの。夜までまだあるから、ガッツリお酒っていう気分でもないし。ジゼルちゃんは?」
「んー…」
メニューを読む。酒場メニューだなあ…
「レモンティーが良いです。」
私はお酒自体があまり得意ではない。極少量飲む分には良いが、ちょっと多めに飲むとすぐ記憶が飛んでしまう。ランディ曰く『笑い上戸だった』とのことなので、陽気なお酒ではあるようなのだが、翌日の二日酔いは酷い。そもそもお酒は高価なのであまり飲んだ経験はないのだが。
「じゃあ、アタシもレモンティーにするわ。」
二人でレモンティーを注文した。
「お。治癒術師か。珍しーな。他所から来たやつか?」
酔っ払いのおじさんに話しかけられた。治癒術師のショートケープは結構目立っている。冒険者にしてはお上品な感じだもんね。
「ええ。サテライトシティから来たのよ。」
おじさんはベルさんの口調に目を丸くしていた。オネェだもんね。初めて聞くと吃驚するよ。
「ほーぉ。ダンジョンシティか。そいつぁいいなあ。この街へは観光か?」
「ええ。そうよ。アナタは地元の人?どこかお勧めの屋台知らない?」
「そうだなあ。ガッツリ系ならナギ屋の肉串。醤油の甘辛いタレがさっと塗ってあって肉厚の肉は噛めば噛むほどジューシー。ほんのりレアな焼き加減がまた良いのよ。旬の味を楽しみたいなら墨田屋の筍のかす汁。熱々ドロドロのかす汁に、旬の柔らかくて歯応えのある筍と、ちょっと厚めに切った厚揚げが絶品よ。身体がポカポカしてくらあ。あとは、甘いもんも食うなら小田原屋の桜餅だな。砂糖を混ぜて炊いてちょっと潰したもち米の中に、小豆っていう豆のジャムが入ってる。桜の葉っぱの塩漬けでくるんであって。甘じょっぱくてまあまあうまいぞ。」
「へえ。美味しそうね。どこにあるお店なの?」
「場所は…」
ベルさんはしっかり情報収集しているようだ。30分くらいまったりしてたら、シータさんがギルドに入ってきた。
「兄殿、ジゼル。バンガローは取れたぞ。見てきたが、ベッドとテーブルと椅子と石の竈以外何もなかった。防犯的にはしっかりした鍵がついていたから、祭りに来てまで夜番をする必要はなさそうだが。」
「なら上々ね。貴重品もあるし、防犯だけがネックだったから。」
ベルさんが微笑んだ。確かに収納バッグを盗まれるとか痛手に過ぎるよね。結構お金も預けてるし。
「兄殿。とりあえず必要最低限の準備は出来たから、本日は別行動だ。ボクはジゼルと買い物に行く。」
「そぉ?シータがいるなら大丈夫だと思うけど、気を付けて行ってくるのよ?ジゼルちゃん。」
なんか、私の了承がない上でどんどん私の予定が決まってる…。まあ、別にシータさんの買い物に付き合うのに否はないけれど。
「はい。」
「じゃあ、お兄さんはぶらぶらしてくるわ。夜9時ごろにギルドの酒場で落ち合いましょう?お互い昼食と夕食は済ませてきてちょうだいね。」
「わかった。行こう!ジゼル。」
シータさんが私の手を引いてギルドを出た。
「何を買いに行くんですか?」
「無論服だ。」
「服……?」
シータさんにしては意外なチョイスだ。
「勿論ジゼルの服。一週間もあれば何度かジゼルと兄殿がデートする機会もあるだろう。ジゼルは冒険者ルックでデートに行くのか?」
で、デートぉ!?
「シ、シータさん、私はそんな…」
「なんだ?ジゼルも兄殿を憎からず思っているのではないのか?」
「え、えっとー…」
好ましくは思ってるけど、本気になって告白とかして、振られてパーティーに居づらくなって脱退と言う流れは遠慮したいのだが…
「兄殿はそれなりに良い男だし、良い男は積極的に奪いに行かねば、すぐに他所の女狐に攫われると聞く。気になるなら唾をつけておけ。」
ううう…私如きが唾つけるとか、無理だよう…
「ジゼルは可愛いから大丈夫だ。」
「可愛くないです…ひ、貧乳だし…」
「なんだ?気にしてたのか?小さいのも可愛いと思うから大丈夫だぞ?と言うか、多分兄殿はそんなの気にしない。」
ううう…ホントかなあ…?
シータさんに連れられて服飾店巡り。この時期はお店は掻き入れ時らしい。やっぱり私のようにデート服を求める女性で。シータさんは私を連れてきたのはいいものの、服飾にはあまり詳しくないらしく店員さん任せ。店員さんと相談していくつか購入した。
勧められて、お出かけスタイルの靴と鞄も購入してしまった。
「いやあ、ジゼル、よく似合っていたな。これなら兄殿もメロメロだ。」
そんなことはないだろうけど、少しは「可愛い」って思ってもらえたら嬉しいな。結構出費しちゃってるけど、今の魔術でもそこそこ貢献できてると思うし、大丈夫だと思う。お金があるっていいなあ。
「シータさんは何か買わないのですか?折角美少女に生まれついたんですから、着飾りましょうよ!」
「エエエ~!?」
シータさんを無理矢理引きずり込んで服を買わせた。幾分ボーイッシュな雰囲気はあるものの、いつもの実用一辺倒の服に比べると格段に可愛い。
「シータさん可愛いっ!流石美少女!」
「おだてなくて構わないよ。」
おだててるんじゃないのにぃ~。私は唇を尖らせた。
「なんだい?かわいい。キスしたくなるね。」
シータさんがちょんと私の尖らせた唇をつついた。
キスかあ…したことないんだよねえ。男の子で仲が良かったのはランディしかいなかったけど、ランディとキスする気にはならなかったし。
「さ、昼食を食べたら続きを買おう。ついでに可愛い寝間着も買おう!」
寝間着かあ…そう言えばベルさんに冒険者としてではなく、女の子としての一面を見せるのは初めてになるかも…うー…緊張してきた。
「ふふ。乙女な顔してるね。」
「シータさんが煽るからじゃないですか…」
私はちょっと頬を膨らませた。
「他人の恋路は冷かしたくなるものなのだよ。さあ、昼食は美味しいものを食べよう。ボクのお勧めはデミグラスハンバーグだ。」
大通りを通ると桜の花が満開だった。ずーっと先まで薄いピンクの桜の花の並木が続いている。実に美しい。シータさんは花より団子らしく、せかせかと定食屋に向けて歩き出していた。
そしてシータさんお気に入りの定食屋に入って、デミグラスハンバーグを食べた。ジューシーで柔らかな肉と、濃厚なデミグラスソースと、ぷるんとした半熟の目玉焼きがものすごく美味しい。シータさんのお勧めはパンより白米らしいので、私もそちらにした。デミグラスソースと白米のもっちりした甘みが合う!ボリュームも満点で、ものすごく美味しかった。味の割には安かったし。爪に火を灯す生活をしていた頃の私だと、ちょっと手が出ないお値段だけど。
ベルさんやシータさんに出会ってから随分生活が変わったなあ。今は観光なんてしちゃって実に優雅だよ。人生こんなに楽しくて良いのかな?
今後「和」のテイストが荒ぶりますがそれについてのツッコミは基本スルーさせていただきます。