第8話
索敵範囲が少し広がった。……半径10mくらい。未だに肉眼で確認した方が早いレベル。3日目はノケの村と言うところで宿をとった。ボギーさんが毎年お馴染みだという商人仲間のロンさんと言う方と合流した。明日から一緒に行くらしい。ロンさんの護衛はEランクパーティーだそうだ。剣士、盾剣士、弓術士、盗賊の4人パーティー。全員男性。私は魔力を探ってみて、なるほどなあ…と思った。ベルさんが言っていた質の違いが感じ取れた。向こうの剣士よりシータさんの方が明らかに輝きが強い。鮮やかと言うかきらきらと言うか…。多分シータさんの方が強いのだろう。4人は如何にも荒くれ者と言った感じで粗野なイメージが強い。あまり親しくしたくない印象。
その晩、ボギーさんに呼ばれた。ボギーさんの部屋。隣にロンさんもいる。
「何かしら?お話って。」
ベルさんが切り出した。
「君たちに頼みがある。」
ボギーさんが真剣な表情で言う。
「なあに?」
「万が一の場合、ロンのことも守ってやって欲しい。」
「あらあ…それは依頼の範囲外ねえ。そちらにはちゃんと護衛さんがいるみたいじゃない?縄張り荒したら怒られちゃうわ。」
ベルさんが肩を竦めた。確かにちゃんとした護衛がついているのに横から手出しなどしたら大顰蹙だ。冒険者にもプライドというものがあるし。そもそも受けた依頼は『ボギーさんの護衛』と『ボギーさんの荷物の護衛』だ。そんな急遽他人の護衛まで依頼に追加されても困る。
「今回の護衛が…信頼出来ないんだ。」
ロンさんが沈痛な表情で語り出した。
冒険者ギルドに依頼を出して、向こうが受けるところまではいい。ただ、いざ護衛されてみたら道中は馬車の中で酒盛り。夜番は居眠り。ゴブリン程度なら酔っぱらっても討伐しているようだが、もし何かあった際には、頼りにならない可能性がある。
「護衛依頼は当日までに少なくとも1度は面接してみるべきねえ。」
「返す言葉もない…。奴らが護衛をしているという前提でいいんだ。ただ、もし奴らがどうにもできない事態になったら、その時だけ手を貸してほしい。本当に万が一の事態が起こってしまって、守ってもらったらその分の報酬は出す。」
ロンさんが提示した金額はほぼ一旅分の護衛料と同金額だった。
「そう言われても、守り切れない可能性はあるから、安請け合いは出来ないわ。万が一の事態が起こった際の優先順位を決めさせて?アタシたちは当初の依頼通り、ボギーさんの命を最優先、その次にボギーさんの荷物を優先するわ。優先順位がその後になっても構わないというなら、余力があればロンさんのことも守る…と言うのでどうかしら?助けられる力があるのに、態々好き好んで見捨てるのも非人道的だし、偶々そちらの冒険者さんたちが依頼を失敗する現場に居合わせたので、手を貸した…というなら建前的にも良いと思うんだけど。」
「その条件で結構だ。」
護衛しやすいようにボギーさんとロンさんには近くで野営してもらえるようにお願いした。あと、道中の馬車の並び、護衛の配置を確認した。
それからボギーさんの部屋を辞して、私は【アイスウォール】を購入した。800万。アースウォールでも良かったのだが、壁の向こう側の光景が少しでも窺えたら護衛しやすいのではないかと思って。火の魔術にはちと弱いが。
沢山魔術を購入しているが、エルフは元々魔力特化な種族なので、あまり魔力切れの心配はしていない。因みに魔力を使い切ると若干気分が悪くなるが、死んだり気絶したりはしない。敵地のど真ん中で気絶してたりしたら、死ぬ方向に一直線だ。
***
「呆れた。本当に酒盛りしてるのね。」
先行するロンさんの馬車の中では護衛達が酒盛りしながらギャハギャハ笑っている。
「フローリアシティまでは基本的に強い魔物があまりいない経路だから気が緩むのもわかるが……少々弛み過ぎだと思う。」
「ロンさんが不安に思う気持ちもわかります。でも途中で契約破棄して新しい護衛を雇うわけにはいかなかったんでしょうか。」
「一応、ゴブリンとかは倒していたらしいからね。中途半端にちゃんと仕事してるから破棄するにできなかったんじゃないかしら?」
楽しんでいる奴らのことはあまり気にせずに、私達は私達の仕事をきっちりする。弱い魔物の襲撃が何回かあったが討伐できた。
馬車で休み休み7日程度の旅路。不真面目な護衛でもなんとかやってこれたようだ。途中、街の宿の食堂で、私とシータさんが「酌をしろ!」と命令されたこともあったが、ベルさんとシータさんの直談判(物理)で説得して、大人しくなってくれた。こちらにはあまり絡んでこない。
私は馬車の中で索敵技術を磨いている。
もうすぐフローリアシティに着くらしい。どんなところだろう。ドキドキする…とフローリアシティに思いを馳せていたら、突然ベルさんが普段は仕舞い込んでいる金属の盾を取り出して、シータさんに持たせた。シータさんはそれを受け取り、飛び出した。ロンさんの馬車に向かって。
「ジゼルちゃん、合図したら右側面にアイスウォール張って。面積大きめでお願い。」
ベルさんに言われた。
「はい。」
何かはよくわからないけど、非常事態なのだろう。私は頷いた。
「今よ!」
私は馬車を丸々覆えるくらいのアイスウォールを出した。ガリン、ガリン、と音がする。矢が弾かれたようだ。
「ぎゃああああああああっ!!」
前の馬車から悲鳴がする。護衛がやられたらしい。
「畜生!!」
「誰だっ!!」
馬車から飛び出しては射られているようだ。悲鳴が上がっている。
「ベルさん…これは一体…」
「盗賊ね。」
ベルさんが何でもないかのように答えた。アイスウォールの向こう側がかすかに見えるが、わらわらと弓を構えた男たちが数人。その後ろに剣やら槍やらを構えた男たちが十数人。弓で狙えないくらい接近されたら入れ替わって戦う戦法なのだろう。
「兄殿!馬が射られた!!」
シータさんが声を張り上げた。シータさんはロンさんを守っているようだが、あの盾では馬まではカバーできなかったようだ。
「死んでないなら後で治すわ!」
ベルさんが声を張り上げた。そして私に向き直る。
「ジゼルちゃん、盗賊は殺しても罪にならないわ。盗賊のアジトを探してお金儲けしている暇もないし。がっつり広範囲殲滅でお願い。」
「わかりました。」
【サンダーバースト】を使うことにした。大量の雷が爆発したように拡散し、広範囲を殲滅する…と説明書きには書いてあったが、程度のほどはわからない。試し撃ちさせていただこう。
サンダーバースト!!
表現しづらい轟音と、目が潰れそうな光が走り、盗賊のいた周辺をまとめて焦土に変えた。一応範囲を狭めに設定したので、盗賊を中心に直径100mくらいが跡形もなく吹き飛んで、地面の土が高温でガラス質になってしまっている。盗賊たちは、影も形も存在していなかった。
「あらあ…すごい威力ねえ…」
「魔力消費は若干高めですが、効果範囲を広げても魔力の消費量があまり変わらないみたいです。直径500mくらいまで広げられます。そんな広範囲を攻撃する状況が思い浮かばないんですけど。」
戦争しているわけでなし、そんなに効果範囲広くても仕方ないよね。範囲内の草とか木もまとめて死滅するし。これ一般の魔術師さんでも普通に覚えられるはずのスキルなんだけど……魔術師さんって結構怖い生き物なんだな。
「まあ、パーティーメンバーを避けて撃てるならモンスターハウスなんかに閉じ込められた時は便利なんじゃない?とりあえず向こうの馬を治療しに行くわ。ジゼルちゃんはここでボギーさんを護衛していて。」
「わかりました。」
ベルさんが前の馬車に向かった。前の馬車の護衛はここから見るとハリネズミのように見えるのだけれど、生きているのだろうか。ていうか盾剣士がいたはずだが、盾を全く活用していなかったのではないかと思える刺さり方。こういう時、普通盾剣士が盾を展開して、矢を阻み、その隙間から弓術士とかが向こうの弓術士に矢を射るのが正しい戦法なのではないだろうか。
「ボギーさん、大丈夫でしたか?」
茫然としているボギーさんに話しかける。
「え…ええ。すごい威力の魔術でしたな。ランクもまずまず高くて、面接して感じが良さそうだったので採用しましたが、ものすごいアタリを引いたものだと感謝しています。これなら道中安全ですな。もうすぐ到着しますが。」
「私は魔術以外は半人前な感じですけど。ベルさんとシータさんは優秀ですので。」
多分道中は安全だと思う。本当に2人とも優秀だよ。私なんて全然盗賊に気付かなかったし。ベルさんとシータさんが対処してくれなかったら、まんまと奇襲を食らっていたと思う。
しばらくしてからベルさんは戻ってきた。
「どうでした?」
「2人死んでたわ。もう2人は半死半生ってところね。50万で治せるところは治したけれど。眼球が潰れてるのとかは流石にねえ。【オーバーヒール】なら部位欠損も治るって話だけど…いつになったらそこまで到達できるのかしらねえ。もしかしたらアタシがジョブレベルを上げるより、ジゼルちゃんに買ってもらった方が早い…と言う可能性もあるかもね。」
「【オーバーヒール】は6億ギルしますから。中々『よし!買おう』とは思えないですねえ…買わないと後々後悔しそうな気もして怖いんですが。」
「いいわねえ…代理購入が出来たらアタシが買っちゃうんだけど。」
ベルさんが苦笑した。
因みに治癒術師のスキルには【リザレクション】と言うのがある。生きるのに不足がない身体があることと、死後2時間以内であることを条件に死者蘇生が行えるスキルだ。かなり取得は厳しいらしいけど。長命種でも一生掛かっても取れない可能性が高いらしい。購入は出来るが、高いので今のところ手が出ない。
「向こうの馬は治療したわ。幌が矢でボロボロでロンさんはフローリアへ行ったら幌を買い替えなくちゃダメみたいよ。シータが一応向こうの馬車に乗り込んでロンさんを護衛する予定。もうすぐ着くしね。」
「向こうの護衛の護衛依頼はどうなるんでしょう?」
「『護衛失敗』になるわね。まあ、全然守れてなかったもの。仕方ないわ。冒険者やってれば命の危機だってあるし、依頼を失敗することもある。楽しいだけじゃないのよ。」
わかっていたことだけど、現実は厳しいな。
「ベルさんも依頼失敗したことありますか?」
「あるわよ?命の危機に陥ったことも。今はまだピンピンしてるけどね。」
ベルさんが私の頭をポンポンと撫でた。