第64話
「えっと、うちの村…ベネート村には宿屋がないので皆さん野宿ですけど大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。テントがあるし。」
ただ今【スピードUP】をかけて徒歩でベネート村を目指しております。リルベニーの街までは乗合馬車が出てたんだけど、その先がなくって。
「田舎だにゃ。カルティ村を思い出すにゃ。」
延々と続く原っぱで、道もあんまり綺麗に整えられてるわけじゃないんだよね。どんどん街から遠ざかって田舎に入っていく感。時々狸が横切ったりするし。
「歩いて半日だったか…半日って何時間だ?12時間?」
シータさんが疑問を投げかけた。
「『半日』は場合によって色々使い分けがなされる、かなり曖昧な言葉よ。12時間とする場合もあるけど、日の出から日の入りまでを1日と数えて、それの半分…6時間くらいを『半日』と数える場合もあるわね。」
「自分の父は商業ギルドの勤務時間を1日と数えて、『半日』っていうと昼休憩で半分に分けてたっす。」
「ジゼルの言う『半日』はどれだ?」
「日の出から日の入りまでを1日と数えるパターンですね。半日は大体6時間程度を差します。」
あんまり深く考えたことがなかったけど、私の村では『活動できる時間帯』を1日とカウントしていたように思う。つまり日の出から日の入りが1日である。「この仕事は1日仕事だな。」って言うとつまり日の出から日の入りまで労働するっていう意味だから。
「じゃあ、もしかしてもうすぐ着くか?」
「はい。もうそろそろです。」
【スピードUP】で加速されて超足早くなってるから。疲れもいくらか加算されちゃうから手放しで「素晴らしい!」とは言えないけど。バフって複雑。
「あ、見えてきました。」
小さな家々が見える。そしてみんなの所有する田畑。因みにこの世界では米も麺もパンも食べられているが、私が住んでいた地域ではパン食が多かった。マリーアネットシティは米食が多いんだよね。ボルルックシティはパンが多かったけど。サテライトシティは半々くらい。
「ここがうちが管理してる小麦畑。」
あんまり出来のいい麦が育ってないのが一目でわかる。うちが農夫として成功してないのが一目瞭然だね。しばらく色んな家々の管理する小麦畑が続き、村の家々が見えてきた。
村が見えてくるにつれミーニャさん以外の皆が微妙な顔になる。
「ジゼル…言いにくいが…」
「寂れてますよね。」
「寂れてるっていうレベルなのか?あの家、壁がなくなってるぞ。」
「壊れちゃったんですね。」
でも大工仕事してもらうのもお金がかかるから。
「私が家を出る頃は我が家も壁の一部を破損してました。仕送りで修繕してくれてると良いのですが。」
「ボルルックシティが都会に思えてきたっす。」
「ボルルックシティは都会ですよ?あ、あそこが我が家です。」
1軒の家を指さした。
「……。」
「……。」
「……ジ、ジゼルちゃんのスキルって家は買えたかしら?」
「ベルさん、混乱しないでください!買えたとしても買ったらすごい目立っちゃいます!!」
我が家は一際貧しい感じである。木材の壁と藁ぶきの屋根。屋根が崩れて家は一部倒壊していた。人が住んでるのが信じられないほどぼろい家である。
「おとーさん、おかーさん、ただいまー。」
家に入って声をかけるとお父さんが必死の顔で家を飛び出してきた。
「ジゼル!いいところに。ちょっとステラを見ていてくれ。破水してしまったんだ!すぐに産婆を呼んでくる!!」
「ええ!?」
ど、どうすれば…???
慌てる私を余所に「入らせてもらうわよ。」とベルさんが中に入ってきた。お母さんは土間で蹲っていた。
「イシュ君とアタシでゆっくり運ぶから、ジゼルちゃんは布団敷いて。」
「は、はい…!」
慌てて床にお布団を敷いた。私は動転してたけどよく見れば布団は随分いいものに変わっている。ベルさんとイシュさんが二人でゆっくりお母さんを運んできて、布団に寝かせた。
「お湯を沸かしたいけど、薪はある?」
普段薪など置いてない薪入れには少し薪があった。
ベルさんが土間で鍋にクリエイトウォーターボトルから水を入れ、竈で火を焚いてお湯を沸かした。
「綺麗な布と、産湯用の深めの盥。あるなら出して、無いなら買って。布は多めに。」
「は、はい…!」
そんなもの我が家で見た記憶のない私は素直に購入した。
産婆が飛んできて、お母さんと向かい合った。分娩の開始である。ベルさんは人肌程度のぬくもりの産湯を用意して、布を産婆の脇に積んだら「イシュ君とアタシは出てるわ。何かあったら呼んでちょうだい。」とイシュさんと一緒に出て行ってしまった。女性陣とお父さんが残されたが、私たちにできることなどなく…お母さんが呻きながら踏ん張ってるのを見ている。
「オギャー!!」
やがて元気な産声が聞こえた。産婆さんが臍の緒を切って赤ちゃんを産湯につけた。男の子みたいだ。
「良かったね。正常出産だ。」
産婆が赤ちゃんをお湯でよく拭った後水気を拭って布にくるんだ。
そしてお母さんに抱かせている。産婆さんは一通り母に諸注意を伝えると父に報酬をもらって帰って行った。お母さんが程々に身支度を整えたので、ベルさんとイシュさんを招いた。
「みんな、こちら父のアイル。こちら母のステラ。」
みんなに両親を紹介した。父は淡いブラウンの髪に黒い瞳のエルフ。地味ながらも中々美形。見た目年齢は20代半ば。母は赤毛に青灰色の瞳のエルフ。中々華やかな美人。見た目年齢は10代後半。
「お父さん、お母さん、こちら私のパーティーメンバーで、右からシータさん、ベルファーレさん、イシュタルさん、ミーニャさん。皆すごい優しいんだよ!」
「遠いところをようこそ。来て早々大変なところでゴメンね。」
「何もないどころか家に泊めて差し上げることも出来ないですが、皆さんとお会いできて嬉しいです。」
父と母がそれぞれ頭を下げる。
「こちらこそ、ジゼルちゃんのご両親と会えて光栄です。何時もジゼルちゃんには本当にお世話になって…」
「ベルさん、こっちのセリフです。」
ベルさんと見つめ合って笑った。
「うんうん。仲が良いことはいいことだね。それにしてもジゼルはすごい美形を捕まえてきたね。」
お父さんがまじまじとベルさんを見る。
「そうでしょう!?格好良い上に優しくて頼りになって頭がいいんだよ!」
ベルさんに撫でられた。
「性格はともかく、アタシは口調が口調だから普通の人には嫌厭されがちです。可愛いジゼルちゃんのお相手として、ご両親が不安になってしまったらごめんなさいね。でも駄目だと言われてもアタシはジゼルちゃんが好きです。」
両親はベルさんの一人称を聞いてちょっと微妙な顔をしたが、面と向かって駄目だということもなかった。
「いえ。ジゼルが自慢できるくらい中身は優れた方なのでしょう。ジゼルの手紙はいつも『ベルさんが…ベルさんが…』ととにかく夢中みたいで…」
「わーわー!お父さんだめっ!」
ベルさんの前で公開処刑とか!惚気いっぱい書いちゃったんだよ。
「ふふ。アタシのこといっぱい書いてくれたの?ありがとう。」
ベルさんが微笑んだ。私は真っ赤である。
「そろそろ昼食ね。皆さんご飯は召し上がった?」
「いいえ。でもご出産後でお疲れでしょう。お台所を貸してくださればアタシが作ります。」
「え?いや、そんな、お客様に…」
「ジゼルちゃんのご両親はアタシにとっては敬うべき人ですから。ゆっくり休んでてください。」
「ベルさん。私も手伝います。」
ベルさんを土間に案内して、2人で昼食を作った。ベルさん監修「お母さんに優しい鶏ささみと掻き卵のトロトロうどん」である。
全員分のうどんを茹でるのは中々時間がかかった。器は私が今まで【アイテム購入】で温かい蕎麦やうどんを購入した時についてきた木の器がいっぱい余ってるので、それを洗って使った。お箸も皆さん、マイ箸を持っている。茹でるのに時間がかかるので出来た順にどんどん食べてもらった。私たちも最後に自分の分を茹でて抱えていく。
「お味の方はいかが?」
「すごく美味しいです。ベルファーレ君は料理が上手なのね。」
「ふふ。有難うございます。」
全員でうどんを味わった。ぽかぽかで美味しい。ふわふわ卵がたっぷり入っている。ベルさんが食後の温かいお茶を入れてくれた。
「お父さん、お母さん、弟どんな名前にするか決まった?」
「うーん…男の子だったら『メシア』か『パピヨン』か『トルク』にしようかと…」
「「「「トルク!」」」」
「「メシア!」」
お母さんと私とベルさんとミーニャさんが『トルク』に一票。シータさんとイシュさんが『メシア』に一票入れた。
「あれ?パピヨンは人気ない?」
「頭にお花畑が咲きそうな名前は却下です。」
お母さんに却下されていた。
「じゃあ、トルクということで。」
「残念だ。」
「残念っす。」
「ベルさん…私イシュさんとシータさんの子供の名前が心配なんですけど…」
「……長期計画で矯正するわ。」
ベルさんが額を押さえた。
「ねえ、お父さん、お母さん、仕送りしてるのに全然家が修繕されてないんだけど…」
「ああ、大工がこの村じゃ食っていけないからって出て行っちゃってね、依頼しようにも大工がいないのさ。リルベニーの大工がこの村に来たとして、作業した晩はどこに泊まるんだい?もうどうしようもないけど、この家そろそろ全体的に倒壊しそうなんだよね。はっはっは。」
「笑い事じゃないよ…」
「テント貸し出し食事つきの条件で人を募ればもしかしたら来てくれる人もいるかもしれないけど…修繕中家が住めなくなるだろうし、赤ちゃんいるし、ちょっと難しそうね。というか正直な話していいかしら?」
「はい。」
「ご両親はいつまで農夫を続けられるつもりですか?ここでの暮らしは正直お辛いのではないですか?」
ベルさんが私の両親にざっくりと尋ねた。
「それは…正直辛いとは思うけど、僕らジョブの方では食べていけないから。」
「『吟遊詩人』と『役者』でしたっけ?畑を耕すよりは『接客』の方が向いてると思うのですが…」
「雇ってくれるところなんて…」
「ここはひとつ『コネ』でどうでしょう。マリーアネットシティの旅館『黒曜屋』では丁寧な新人研修を施したのち、従業員として羽ばたける環境をご提供できます。因みに3歳以上を預かってくれる託児所付き。アタシの実家ですから、紹介状書けば無碍にはされないと思います。」
「……。」
「ステラさんは仲居さんとしての雇用が良いとは思いますが、アイルさんは本来のジョブである『吟遊詩人』の方をチャレンジしてみませんか?見た目はまずまず麗しいですし…これはお土産です。」
ベルさんが取り出したのはマーメイドボイススクロールである。ベルさんが1つ欲しいって言ってたから何に使うんだろう…と思ってたらお父さんへのお土産だったのか…!
ベルさんがお父さんにスクロールの説明をしている。
「楽器は弾けますか?」
「竪琴を少し…でも楽器は高いから…」
「ジゼルちゃん。」
「はいっ。」
私はお父さんにタブレットを見せて【アイテム購入】の説明をした。半額で買えるし、私が一つ買ってもいい。お父さんが弾けるタイプの竪琴を一つ購入した。
お父さんはマーメイドボイススクロールを開いて、竪琴片手に1曲歌った。スクロールすごい。ものすごい麗しい声になっちゃってる。流石にジョブブーストがあるので歌は上手い。
「すごいわ。アイル!こんなに綺麗な歌声聞いたことない!」
お母さんも感動しているようだ。
確かに十分お金が取れるレベルだと思う。
「なんだか喉の調子が良くて…これがマーメイドボイススクロールの力…!」
「旅館の方には手紙を送っておきますので、託児所で預かれる3歳を目安に、トルク君が旅に耐えられるようになったら、マリーアネットシティにいらっしゃいませんか?従業員宿舎の方がまだ、こんな辺鄙なところに家を建て直すより良いと思うのですが。」
「はい…!」
「では、後ほど地図と紹介状をお渡しします。」
「はい…なんだかジゼルはすごい男の人捕まえてきたのねえ。」
「いいでしょ。」
お父さんもお母さんも戸惑ってはいるが、明るい未来に思いを馳せてニコニコである。
「親切なんだけど…親切なんだけど…ボクには兄殿がジゼルを逃がさないように外堀を埋めているように感じられてならない。」
「周到な計画性が怖いにゃ。」
シータさんとミーニャさんが何やらヒソヒソしている。
幸せだからいいんだよ~。
みんなで生まれたばかりのトルクを見たり、旅でのお話を両親に語って聞かせたりした。ここ数ヶ月は碌に手紙が送れてないから目新しい話ばかりである。両親は楽しそうに旅の話を聞いている。でも手紙でも注意をしたが、私のスキルについては他人に喋らないように念を押した。少々便利すぎるのだ。
両親は私が旅立つとき「ジゼルはランディと夫婦になるだろう。」と思ったらしく、交際もしないままパーティーを解散したことに対して、少しの意外感を覚えたらしい。ランディが私を置いて逃げた話を手紙で読んだ時は「ろくでなしに娘を盗られなくて良かった…」と安堵したようだ。
たっぷり話し込んで夕食はまたベルさんが…白米を炊いて、春大根と新ごぼうの味噌汁と、ささみとキャベツを茹でてポン酢をかけたものを供した。
「根菜類は体を温めて血流を良くしてくれるから母乳には良いのよ。良質で低脂肪のお肉もね。炭水化物も大事だし。」
ベルさんが夕食を味わいながら教えてくれた。
「ベルファーレ君って…何者なんだい…?」
「?」
ベルさんが首を傾げた。
「美形で優しくて知識豊富で気遣い細やかで頼りになる旅館のお坊ちゃまなんていう幻想生物存在するはずがないっ!何か、何かあるんでしょう!?人に言えない秘密が!重大な欠点が!!」
ベルさんが良物件過ぎてお父さんが疑心暗鬼になってる。気持ちはわかるけど…ベルさんが考え込んだ。
「オネェ口調で…年齢が…」
「まさかの千歳越え!?」
「いえ、35で…」
「若いよ!僕らだって今58くらいだよ!」
「冒険者やってるから子供を作るのはもっと先になるかしらって…」
「きた!」
「結婚の方は準備が整えばいつでもいいけど…」
「普通だよ!それ!」
「それくらいかしら?アタシ他に何か欠点あったかしら?」
ベルさんが首をひねっている。
「うーん……本気で怒ると説教が長い。」
「説教されるような言動をとる方に非がないかしら?」
「うーむ…兄殿の欠点なあ…」
シータさんも悩んでる。
「やっぱり兄殿の場合口調が最大の欠点だと思うけどな。」
「直んないのよ、これ。目上の人に敬語はちゃんと使えるけど。」
「……そうか。ジゼルは幻想生物と付き合ってるんだな…」
お父さんが悟りを開いた顔している。
「いいじゃない。運が良かったのよ。親バカだけどジゼルはいい子だし幸せになってほしいわ。」
お母さんはニコニコ。
夕食を食べたら【クリーン】をかけて、外にテントを張って眠った。




