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第3話

「あの彼氏、随分薄情なんじゃない?」


ベルさんが呆れたようにぼやく。


「ぎゃあああっ!!」


逃げていた男性冒険者がソルジャーアントに跳ね飛ばされた。足があらぬ方向に曲がっている。間近にソルジャーアントを目にして愕然とする。大きい…高さだけでも2mはある蟻だ。


「ジゼル!ぼさっとしていると、やられてしまうぞ!」

「す、すいません!!」


シータさんの声で我に返る。

剣を構える。

シータさんは私に注意するとソルジャーアントに斬りかかった。ベルさんは足の折れた男性を治癒しているようだった。

私もソルジャーアントに攻撃してみる。


「硬い!?」


斬りつけた手がジーンと痺れる。


「兄殿!攻撃がほとんど通らない!!」


シータさんの攻撃でもダメなのか。


「どうする!?逃げるか!?」

「ダメよ!ダンジョンの外にまでトレインしてしまったら非戦闘員の街の人々が沢山死ぬわ。それにモンスタートレインは重罪よ。」


ソルジャーアントの攻撃はマッドフロッグほどトリッキーではないので避けるのは殆ど問題ないが、とにかく攻撃が通らない。ほんの少しだけ刃こぼれしてしまった。


「……こんなに急ぐ予定はなかったのに…」


ベルさんは渋い顔で向き直った。


「ジゼルちゃん、アタシたちのパーティーに『正式に』加入してくれないかしら?」

「は…はい!」


勿論だ。命の危機に私を置いて逃げるようなランディとこれ以上組むつもりはない。頼り甲斐のあるベルさんとシータさんのパーティーに入る…夢のような展開だ。……もし生きて帰れればの話ではあるが。


「シータ!5分持たせてちょうだい!」

「わかった!」


シータさんが私たちを守るように立ちまわり始めた。


「ジゼルちゃん。此処に白金貨2枚と金貨3枚と小金貨5枚あるわ。2350万ギルね。アタシが今から言うスキルを買ってくれるなら、利息ナシのある時払いでこれを貸し出すわ。どう?」

「はい!何を買えばいいですか!?」


途方もない額を借金してしまうことになるが、命の危機には代えられない。利息ナシのある時払いなら、私も寿命を終える前に返せそうな気がするし。


「【エンチャント】【フレアボム】【刺突】をお願い。」


【エンチャント】は対象者に使用者の持っている属性の魔術がエンチャントできる。エンチャント効果持続時間は30分。因みにお値段1500万ギル。【フレアボム】は中範囲爆破魔法。800万ギル。【刺突】はその名の通り刺す攻撃にダメージボーナスがつくスキル。50万ギル。


「わかりました!」


私はタブレットにお金を吸わせて言われたスキルを購入した。


「ここにいる4人に【エンチャント・火】をかけてくれる?ソルジャーアントは、魔術には弱い。特に火魔術が弱点なのよ。」

「わかりました!ベルさん!シータさん!と、そこの人!行きますっ!」


私はベルさんと、シータさんと、覚悟を決めた様子の逃げてきた男性(足は治った)と、自分に【エンチャント・火】をかけた。

全身に何かパワーのようなものを感じ、持っていた剣が真っ赤になった。熱い感じはしないが…シータさんが早速ソルジャーアントに斬りかかった。するりとシータさんの剣がソルジャーアントの足を切断する。


「おお!バターのように切れる!!」


シータさんは嬉々として蟻を切り刻み始めた。蟻がどんどんドロップに変わる。


「ジゼルちゃん。エンチャントはあと何回くらい使えそう?」

「36回くらいです。一人一人個別にかけないとならないので…」

「殲滅するのに3時間は欲しいから、24回分はキープしてちょうだい。余力はフレアボムでもお見舞いしてやって!」

「わかりました!」


私は出来るだけ私たちと離れたところにいるソルジャーアントの群れにフレアボムをお見舞いした。ぼふんっ!!とすごい爆発音と火柱が見えた。ばららっとドロップが散らばる。

ソルジャーアントは大きいし、確かに脅威だけれど、攻撃が滑らかに通る今となっては、さほど難しい敵ではない。数が多いのが難点ではあるが。

どんどん斬って突いてドロップに変えていく。30分でエンチャントが切れたら再びエンチャントをかけなおす。みんな夢中で戦った。3時間ぶっ続けで戦うのは肉体的に無理があるので、一人ずつみんなに守られる形で休息をとって、休みながら戦った。

2時間半ほどして、殆どのソルジャーアントは倒され、クイーンアントがお目見えした。でかい…高さだけ出も4mはある。鋏のような歯をぎちぎち鳴らしている。私は全員にエンチャントをかけなおした。


「一気に行くわよ!」


ベルさんの合図でみんなの攻撃が始まった。ベルさんが予備に持っていた短剣をクイーンアントの目に投擲した。


「ギュアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


大きくクイーンアントの目を抉った。クイーンアントがベルさんに食いつこうとしたがシータさんが足を一本切り落とした。私もベルさんももう一人の男性も足を狙っている。相変わらずバターのように滑らかに刃が通る。

足が全て潰され、頭と胴体のみになった。ごろごろ転がるクイーンアントを全員でボコった。シータさんがアントの頭に深々と剣を突っ込んだ。クイーンアントがドロップに変わる。


「ふー…しんどかったわねえ…」

「刃が通らなかったときはボクは死を覚悟したよ。」


ベルさんもシータさんもお疲れのようだ。


「私も疲れました。もう魔力すっからかんです。」


慎重に魔力の残量を測りつつぎりぎりラインで戦ったから。


「ふふ。とーっても助かったわ。ジゼルちゃん。」

「お役にたてて何よりです。」


未だ名を知らぬ男性もゼエゼエ息を切らしている。


「さて、迷宮に飲み込まれる前に荷物を積み替えちゃいましょ。」

「積み替え?」

「今までアタシたちが12階層で溜めてたドロップより、アントのドロップの方が明らかに価値があるわ。今までの荷物を捨てて、アントのドロップを持つのよ。クイーンアントのドロップと…あとは魔石優先。外殻は嵩張るけどいい値段で売れると思うわ。良さそうなのをどんどん詰め込みましょう?」

「はい。」


ベルさんのキビキビした指示で荷物の積み替えを行う。

因みにダンジョンで一定時間放置された荷物や死体はダンジョンに飲み込まれて消えてしまう。もし私たちが今、転移石を持っていれば、急いで転移石で戻り、12階層まで来られるポーターを雇って運ばせたいところであるが、転移石はない。徒歩で1階層まで戻っていたら多分ドロップは消えてしまう。

せっせと荷物を積み替えた。


「へえ。28階層でアントと…」


コミュ力抜群のベルさんが男性(ガットさんと言うらしい)に事情を聞いている。28階層でアントの大群に出会い、立ち会ったが全く歯が立たなかった。転移石を使おうにもストーンクラッシュされて使えず。

逃げる間に仲間はアントに飲み込まれてしまったそうだ。28階層から12階層の間にいた冒険者の殆どはターゲティングされる前に転移石で逃げられたようだ。不幸中の幸い。中には飲み込まれた人もいるだろうから、良かったとは言い切れないけど。


「俺…どうなるんだろ…」


モンスタートレインは重罪である。もし街まで逃げていたら被害は尋常ではなかったはずだ。生きて戻ったもののどのような刑に処されるかわからない。


「そうねえ…常人なら勝てなさそうなクイーンも出てきたし、故意ではないし、アナタも最後はアタシたちと共に戦ったのだから、多分減刑してもらえるはずよ。アタシの見込みでは高額の罰金と街からの追放ってところだと思うけど。罰金が払えなかったら借金奴隷になるかもしれないわね。そこはアナタ自身の貯蓄額次第ね。アントの素材の売却費は今いる4人で等分に分配する予定だから、奴隷落ちしたくなければ、一つでも多く素材をお持ちなさいな。」

「わかった。」


ガットさんは鬼気迫る顔で素材を集めていた。因みにどれほど火魔術でボロボロにして倒した魔物でも、ドロップ品は綺麗なものがドロップされる。これはダンジョン内だけの仕組みで、ダンジョンの外の世界では剥ぎ取りナイフ片手に解体せねばならない。

そして危なげなく帰還。

冒険者ギルドへ行くと、ギルドの中は大騒ぎだった。


「はぁい。リエッタちゃん。この騒ぎってアントの件だったりするのかしら?」


ベルさんがおっとりと、馴染みの受付嬢に話しかけた。


「そうです…ランディさんが『ジゼルたちはアントにやられた』と報告していましたが…?」

「やあね!彼はアタシたちを見捨てて一目散に逃げだしただけよ。アタシ達はちゃんとアントを倒したのよ。素材、買い取ってほしいんだけど良い?」

「え?ええええええ!?アントを!?数十匹以上いたと言われているソルジャーアントをですか!?」

「ええ。クイーンもいたわ。倒して素材になってるから査定してちょうだい。流石に素材全部は持ってこられなかったけれど、魔石は優先的に確保しておいたわ。」

「わ、わかりました…買取致します。」


リエッタさんは他の受付嬢のヘルプを呼び、アント討伐の知らせを出した。一応本当に討伐されているか調査がされるようだが。話しを小耳に挟んだ冒険者らが、「今なら素材がダンジョンに飲み込まれていないかも!」と漁りに行くようだ。基本的に回収せずに放置したものは『捨てられたもの』と見做されて、第三者が得ても構わないから。もう残ってないとは思うけど、残ってたら拾ってきてもらっても構わない。4人の荷物全部を合わせて9680万ギルになった。クイーンの外殻、目ん玉が飛び出るほど高かった。4人で割ると一人頭2420万ギル。うわーい。ベルさんへの借金が無くなったうえに70万の利益が出た。どうしよう!?なんかスキル買っちゃう!?いやいや、ここは少し貯めて良いスキル買った方が…どうしよう。悩む!あとでベルさんに相談してみよう。

4人でそれぞれお金をやり取りした。ガットさんはどんな刑に処されるか沙汰待ちらしい。リエッタさんは「多分罰金と追放になると思います。」と言っていた。

私はリエッタさんにランディのパーティーを抜けてベルさんたちのパーティーに入る手続きをしてもらった。敵前でパーティーメンバーに見捨てられれば無理はない…と同情してもらえた。



***

「貯める一択よ。」


相談した結果、ベルさんに言われた。


「エルフは魔力が高いし、新しい魔術を覚えて魔術師ポジションをやってほしいというのがアタシの希望ね。」


魔術師かー…あと1属性くらい魔法を買えば堂々と魔術師を名乗れるね。普通の魔術師は属性が1種類から3種類くらいまで持ってる人が多いから、2種類持てば平均だ。実質攻撃として使えるレベルだと600から900万か…いっきに2千万も稼ぐと感覚が麻痺しそうになる。遠いような近いような…


「アタシたちと活動してれば、そのうちすぐ600万くらいは稼げるはずだし、ゆったり構えてても大丈夫よ?ただ今は前衛不足が深刻だから、前衛もこなしてもらうけれど。」


なんかワクワクしてきた!

夢広がりんぐだよ!金喰虫ってお金さえあれば夢のジョブだからね。

3人で食堂で祝杯を挙げていると(私はお酒じゃないけれど)、ランディがシンシアちゃんを連れてやってきた。シンシアちゃんは顔面に包帯を巻いている。


「アント討伐の報酬、同じパーティーメンバーだったんだから、俺たちの分も寄こせ。」


寝言をほざいているようだ。


「あんた、私たちを置いて逃げたじゃない。私たちを要らないものとして見捨てた。つまり私たちの持ち得る利益も要らないものとして見捨てたのよ。あんたはあんたとシンシアちゃんが持ち帰った素材だけで満足していなさい。わかってると思うけど、私、あんたのパーティー抜けたから。」


ランディは舌打ちした。


「仕方ないだろ!命がかかってたんだからよ!」

「仕方ないわね。命がかかってたんだから。あんたはその命が助かったことを感謝しながら私たちの目の前から消えてちょうだい。」

「今まで面倒見てやったろ!」


私はランディに70万渡した。


「私があんたと組んで得たお金70万、あんたに返すわ。あんたに守ってもらった場面も確かにあるけど、それはあんたのポーター代と言うことで。ポーターだって命が無ければ何も運べないんだから、守ってくれるのは当然よね?」

「この…!」


ランディが怒りに震えた。怒りたいのはこっちだ。10年以上共にいた幼馴染に命の瀬戸際で見捨てられたうえに、報酬を要求されているのだから。

ランディは何も反論が思い付かなかったらしく、鼻を鳴らした。


「おい、ベル。シンシアの怪我を治せ。」

「治せるかどうか見てみないとわからないわねえ。」


シンシアちゃんが包帯をとった。恐らくウルフ系の魔物に引っ掻かれたのだろう。かなり無残な爪痕が顔面に残っている。よく見ると右腕にも包帯が。


「そうね。140万ギルで全部綺麗にしてあげましょう。」

「はぁ!?金とんのかよ!?」

「当り前でしょう。慈善事業じゃないのよ。アタシたちと一緒に最後まで戦い抜いてついた傷だというのなら無償で治しもするでしょうけど、置いて逃げられたわけだしねえ…。まあ、嫌ならアタシ以外の治癒術師に頼んで治してもらったら?アタシより安く請け負ってくれるかもしれないわよ?傷が定着しちゃったら跡は残るでしょうけど。」


それは難しいと思う。治癒術師も魔術師に負けないくらいレアなジョブなのだ。今から伝手もなく探すのは難しい。冒険者ギルドには冒険者ギルド専属の治癒術師がいるけど、命の危機がある人間が最優先だし、跡が残るかどうかなんて細かいことに頓着してはくれない。そして有料らしいし。幾らとるかはわからないけど。ランディは今日12階層の獲物を持ち帰って結構懐は潤ってると思う。元々40万は所持していたし、予想するに今渡した70万と合わせて140万は出せない金額ではない。でもそれだけのお金があれば、3ヶ月後にアドリアーナちゃんが買えるかもしれない。シンシアちゃんを取るか、アドリアーナちゃんを取るか、これはそういう問題だと思う。高価なポーションを使うという手もあるけど、高い上に、多分傷跡が残る。

ランディは黙考している。シンシアちゃんとアドリアーナちゃんを秤にかけているのだろう。


「ご主人様…」


見捨てられそうな風向きを感じてシンシアちゃんがしくしく泣いた。


「…シンシアを治してくれ。」


良かった。ランディも最低最悪なクズの選択はしなかったようだ。

ベルさんはお金を受け取った後、シンシアちゃんの全身についた傷をきれいに治した。


「ほら、治ったわよ。」


ランディは悔しそうに顔を歪めて、私達に背を向けてシンシアちゃんを連れて去って行った。


「はい。ジゼルちゃんに、お兄さんからお小遣い。」


ベルさんが私に70万差し出してきた。


「貰えませんよ。」


笑って断った。


「良いのよ、貰ってちょうだい。アタシにとってはただで儲けたようなものだから。緊急時とはいえ、アタシが勝手にスキル指定しちゃったし。それにジゼルちゃんはお金があればあるほど強くなる。これはパーティーの戦力増強の意味もあるのよ。」


ベルさんは真顔だ。


「…………本当に貰っちゃっていいんですか?」

「勿論よ。」


私は70万受け取った。

頑張ってこのパーティーの力になろう。決意した。


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