第28話
サテライトシティからマリーアネットシティまで、野宿しながらの強行軍なら1週間弱で着けるらしいが、乗合馬車はそんな強行軍しない。各街に停車して宿泊して別の乗合馬車に乗り換えていくのでマリーアネットシティまで2週間くらいかかってしまった。道中は結構平和で、時々魔物も出てきたけど、乗合馬車の護衛が殲滅できる程度だった。盗賊なんて出なかったし。
ベルさんたちは事前に強行軍組の馬持ち冒険者パーティーに依頼を出して手紙を託しているので私たちが着く1週間くらい前には「実家に帰る予定だから4人分部屋開けといて」という連絡がいっているはずなのである。
「父殿も母殿も元気かな?」
「病気したって話は聞かないわね。」
「ベルさんたちってお父さん似ですか?お母さん似ですか?」
「ふふ。それは見てのお楽しみ。」
「なんか変な匂いがするっす。」
「潮風ね。海の香りを運んでいるの。」
マリーアネットシティは海の香りがする街だった。如何にも観光地と言った感じで、旅行客で混みあっている。種族もジョブも様々なようだ。冒険者もいるが、青のダンジョンは緑のダンジョンと違い。ダンジョンドロップでガッツリ稼ぐ…というタイプではないので冒険者の割合はさほど多くない。
因みにギンギンに暑いので、私はこっそり私と私の仲間に【エアクール】をかけている。【エアクール】は魔術師ならさほど習得の難しい魔術ではないので、かけていても別に異端視はされないと思うけど。
ベルさんとシータさんの案内で、1軒の風情ある旅館に入った。
「いらっしゃいまー…ベルさん、シータさん、お帰りなさい。」
営業スマイルで挨拶しかけた仲居さんがベルさんたちを見て声を上げた。
「ただいま。ベッツィちゃん。手紙届いたかしら?4人分部屋取りたいんだけれど。」
「勿論です。とりあえず宿帳に記入をお願いできますか?」
「ええ。」
4人で宿帳に記入した。温泉宿というだけあって、宿泊代は割といいお値段したが、身内割引を使って、少し割り引いてくれた。宿代と食事代が別になっていて、宿の料理をそのまま食べるのもよし。自分で仕入れてきた魚を手数料払って調理してもらうのもよしらしい。
部屋に案内された。ベッドではなく、部屋の入り口で靴を脱いで、畳の部屋に上がり、布団で寝るらしい。4人個室ではなく4人部屋を宛がわれた。
「まずは温泉を満喫しよう。それから今日はダンジョン潜りの予定はないから、宿での料理を頂こう。」
「そうね。」
ベルさんの説明によると青のタンジョンは別名『お魚牧場』。出てくるのは全て魚に手足が生えた魚人。倒すと魚肉と魔石をドロップする。寄生虫もいないので生食には適しているらしい。此処で漁師と言えば即ち青のダンジョンの探索者を差す。観光してる冒険者なんかはダンジョンで自分たちで魚肉を得て、宿の板前さんに捌いてもらう…という手もあるのだ。魚肉は勿論魔石も手に入るし。この世界には魔道具が複数あるが、動力は魔石に溜まっている魔力で、使い捨てなので永久に需要がある。マジックアイテムもそうで、ベルさんのリロード式スローイングナイフとかもホルダーに魔石を嵌めこむ部分がある。魔石は殆どの場合黒い色をしていて、中の魔力が消費されるにつれ、透明に近づく。美味しくないけど砕いて飲み込むと魔力が少し回復する。美味しくないし便秘になるからそれをやる人はあんまりいないけど。魔力成分だけを抽出したマナポーションの原料でもあるけど1本のマナポーションを作るのに魔石は結構大量に消費される。でも戦闘系のジョブの方は多かれ少なかれ魔力消費するスキルを得るのでマナポーションは必須だ。イシュさんの【多重盾】とかも少し魔力を消費するらしい。コストはまあまあいいっぽいんだけど。
まずは温泉…というわけでシータさんとお風呂へ行った。屋根のある屋外のお風呂だった。奇妙な石造りのお風呂だ。私たちの他にも4人の女性が入浴を楽しんでいる。
「すごい!お風呂が外にある。」
「『露天風呂』っていうんだぞ。」
露天風呂!露天の風呂か。すごいなあ。開放感ある。
まず洗い場で軽く体を洗ってから入浴。
「お湯が白っぽいんですね。それに何だかトロッとしてる…」
「うむ。うちに引いてる温泉は濁り湯なんだ。」
「なんだか変わった香りが…」
「よくわからないが『硫黄の香り』であるらしい。温泉独特の香りだな。」
「すごく気持ち良いです。」
「それは良かった。肌にもとてもいいんだぞ。効能がある。肌がスベスベになって、お肌トラブルが改善される。」
「へえ…」
気持ち良いとつい長湯になる。2時間くらい浸かっていた。髪や体を洗ったり、お風呂から出てスキンケアをする時間を入れると3時間くらい入浴していた。最近はシータさんも少しスキンケアしている。イシュさんに見られると思うと気になってしまうのだろう。お風呂上りは貸し出しの浴衣でうろうろ。そんな大量の浴衣、どうやって洗ってるんだろう…と思ったら「『洗濯機』という魔道具で洗っている。」とシータさんに言われた。どんな道具か想像できないが、旅館や貴族の家には多いらしい。魔道具なので魔石を使うようだが。
部屋に戻るとベルさんとイシュさんは水を飲みながらお喋りしていた。
「お帰りなさい。シータ、ジゼルちゃん。温泉は気持ち良かった?」
「はい。」
「久しぶりだが、やっぱりいいな。実家の醍醐味は温泉と美味しい海産物だな。」
海産…とは名ばかりでダンジョン産みたいだけどね。
浴衣姿のベルさんは普段とはまた違う魅力があって…良い。私は目がハートだ。イシュさんはボリューム的な問題もあるけど、尻尾が難点で、体に合う浴衣がなかったらしく、自前の室内着だ。
「ふふ。浴衣姿のジゼルちゃん可愛いわ~。眼福。」
「ベルさんだって素敵です。」
「シータさんも素敵っすよ。」
「有難う。イシュにも合う浴衣があればよかったのだが。」
4人でまったりしてるとベルさんとシータさんのご両親が子供を連れてやってきた。
「まあ、まあ。シータ、大きくなって…ベルも大きく…はなってないわね。」
「アタシがこれ以上大きくなってどうするのよ。」
ベルさん身長182cmくらいあるもんね。立派なお兄さんだし、成長は止まってるっぽい。永遠の26歳な。
「お帰りなさい。ベル、シータ。皆さんもようこそ。私は二人の母で、『黒曜屋』女将のテルマです。」
「『黒曜屋』主人のサクヤだよ。宜しくね。」
ベルさんとシータさんは母似っぽい。テルマさんそっくり。テルマさんは艶やかな黒髪と蜂蜜色の瞳のしっとりとした美女。見た目年齢は26,7歳って感じだ。こんな美しい人にもてなされたら思わず舞い上がってしまいそうな美しい人だ。頭のサイドには黒の巻き角がある。サクヤさんは金髪碧眼なんだけど。見た目が14,5歳に見える。随分早くに成長止まっちゃったんだな。ちょっと可愛い目の少年フェイスだ。因みに有翼族で、背中が大きく空いた服に翼がある。天使みたいな白い翼だ。綺麗だけど、寝るときどうやって寝てるんだろ…うつぶせ寝?
二人が連れてる1歳の弟さんは黒髪に蜂蜜色の瞳。まだ角も翼も生えてない子だ。
「ベルさんやシータさんのパーティーメンバーのジゼルです。」
「同じくイシュタルっす。イシュって呼んでくださいっす。」
「宜しくね、ジゼルちゃん、イシュ君。」
テルマさんが微笑んだ。
「そっちがハインアルフェ?また母さん似なのね。」
「ええ。中々綺麗な顔立ちでしょ。私に似て。でも次、次こそ女の子らしい娘を産むのよ!」
「まだ産む気なの…」
「私は諦めないわ。」
「頑張って…父さん。」
「君の犠牲は忘れない。父殿。」
「死地に赴くみたいな言い方やめてちょうだい。これでもラブラブなんですからね。」
ラブラブらしい。いいですなあ。
「母さん、これ、お土産よ。」
ベルさんがテルマさんにクリアスキンスクロールについて説明している。
「ベル、ベル。僕は?僕にお土産はないのかい?」
サクヤさんがソワソワした。
「はい。」
ベルさんがサクヤさんに飴ちゃんを渡した。
「わーい!って飴かよ!子供じゃないよ!」
「冗談よ。これね。リーフリーブ地方の織物。服は自分で仕立ててちょうだい。」
「ありがとう!」
うーん…私もお父さんにも何か送った方がいいのだろうか…
「ハイン~。お兄ちゃんよ~。」
ベルさんが弟に構い始めた。
ハイン君がベルさんを指さした。
「まんま。」
「う~ん…『まんま』でも『まま』でもないわよ~。『にいに』よ?」
「ハインはベルと同じ6月生まれだから、1歳2ヶ月だけど、意味のある言葉はまだ『まんま』か『ママ』しか喋らないんだ。」
サクヤさんが解説した。
「『パパ』は?」
「うう…ハイン…早くパパって言って。父の威厳が…」
「やあね。父さんにそんなもの元からないわよ。」
「兄殿、実に軽やかにとどめを刺していくな…」
しばらくみんなでハイン君と戯れた。子供めっちゃ可愛い。私はメロメロである。いっぱい触らせてもらった。ちっちゃくてかわいーい。しかもテルマさんに似てるということはベルさんにも似ていて、ベルさんのちっちゃい頃はこんな感じだったのかなー?と思ったらすごくきゅんとした。かわいーい。
お夕飯の料理が来たのでテルマさんとサクヤさんはハイン君を連れて去って行った。
お夕食はダンジョン産のお刺身だ。船盛というらしい。どでかい船に沢山の魚の切り身が載せられている。
「おおおおおお!久し振りの刺身!」
「山葵は辛いから、気をつけてね。」
ベルさんが微笑んだ。
お刺身にお醤油を付けていただいた。むっちりぷりぷりとした魚肉。甘い脂と濃い旨味が口の中を蹂躙する。
「おいしいです~。」
「良かったわね。ダンジョン産の魚肉、貝類は基本的に安全だけど、他の海辺の町の海でとったお魚のお刺身は寄生虫とかの注意が必要ね。寄生虫は本当に洒落にならないから。」
「兄殿、食事中に虫の話は止めろ。」
「そうね。ごめんなさい。」
たっぷりお魚を堪能した。
「これは堪らないっすねえ。」
「おいしいわ~。」
ベルさんはお刺身をツマミに冷酒を引っかけている。
お刺身にちょこっとだけ山葵を載せて食べてみるとこれまた絶品で、ツンとした辛みが甘い脂を良く引き締めて、堪らないお味なのだ。あー…美味しい。
あら汁もいいお出汁が出ていてとっても美味しかった。魚ってこんなにおいしいものなんだ…私はもううっとりである。
シータさんが兎に角よく食べる人なので、たんまりあったお刺身もみんなで食べたらあっという間になくなった。
食後のお茶で一服。
「最高です…天国ですか?ここ。」
温泉にお刺身…体が新たな贅沢を知ってしまった…
「観光するにはこんないいところ中々ないけど、観光業が主要産業だから上手く手を絡められないと生活はできないのよねえ。お魚牧場は美味しいけど単価が高くないから、冒険者にとってはあんまり稼ぎにならないわ。漁師になるという手もあるけど、漁師のお給金じゃ、あんまり豪遊できないし。」
「実家を継げればいいかもしれんが、宿を継ぐならせめて商人系統のジョブを得てないと話にならないしな。」
「そうなのよねえ。アタシも商才の方は今一つで。簡単な交渉事ならともかく、集客できるサービスの提案なんていうのはちょっと難しいわ。」
宿屋稼業には宿屋稼業の才能が必要なんですね。
歯を磨いた後、4人でお布団を並べてぐっすり眠った。




