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第16話

翌日、デートなのである。今日はベルさんもいつもの治癒術師スタイルじゃなく、濃いグレーに銀糸で縦線の入った長いジャケット、ベスト、パンツを合わせている。中は白のシャツだ。黒いクラバットを合わせている。滅茶苦茶格好良いです。ぼろっちい収納バッグさんが若干浮いている。収納リングはいずれ欲しいよねー。


「行きましょ。ジゼルちゃん。」

「はい。」


ベルさんがナチュラルに手を繋いでくる。私はドキドキしているのだが、ベルさんは全然自然体だ。


「まずは商業ギルドからね。」

「はい。この街の商業ギルドってどこにあるんでしょう?」

「ふふ。安心して?昨日のうちに調べておいたわ。」


相変わらずベルさんはしっかりしていらっしゃる。私の手を引いて迷うことなく歩いていく。どうも私の歩幅に合わせてくれているらしい。ややゆっくりした足取りだ。商業ギルドは街の中心部にあるかなり大きな建物だった。

中に入ってみて思う。

冒険者ギルドとは随分趣が違うな…

当然隣に酒場など併設されておらず、カウンターには仕切りで仕切られた窓口が複数ある。基本的に順番に列に並ぶのではなく、入り口で木製の番号札をとり、待合席で待つ。窓口が空くと番号が呼ばれるので、その番号の札を持っている人が窓口へ向かうらしい。


「なんか商業ギルドって新鮮ね。」

「はい。冒険者ギルドよりお堅いイメージがあります。待合で待っている人の服装もみんな上品ですし。」

「そうね。Fランク冒険者なんかに比べると商人の方が稼ぎはいいからね。Dランクくらいだと断然冒険者の方が稼げるのだけど。ジゼルちゃんは冒険者引退したら商人とかになったりするの?」

「今日、商業ギルドでのアイテム評価次第ですね。きちんと元が取れるなら、初期投資だけすればどれだけでも稼いで行けるので。」

「『金喰虫』って変わったジョブだけどアタリよね。」

「そうだと良いのですが。」


最初にこのジョブの概要を掴んだ時はがっかりしたものだけどね。全然お金がなかったから。今結構豊かに暮らしてるから振り返れるけど、30万ギルで1年過ごせるっていう我が家の貧しさ半端ない。15年間実家で暮らして外食した回数なんて片手の指が余るレベルだ。普段は両親が『オチ』と呼ぶカチカチの黒パンと、少しだけ豆と野菜のきれっぱしが浮かんだだけのスープで生きてきたから。記念日にはスープに掻き卵が入ったりパンが柔らかいものに変わったりするくらいの変化。今になって思うのだが、多分『オチ』は『正規品落ち』の『オチ』だと思う。恐らく販売期限が切れ、廃棄になるはずだったパンを格安で購入していたんだと思う。私の住んでいた村は基本的にみんな貧しかったけれど、うちはその中でも特に貧しかった。サテライトシティに来るまで、お風呂に入る習慣なかったし。冬でも井戸水で身体洗ってたよ。薪を買うお金がなくって、冬場になると森に行かされて、小枝を拾わされた。物心つく頃からずっと。

私の成人式には1人に1つ茹で卵がつくという豪華な食事だったが、『金喰虫』というジョブが衝撃的過ぎてあんまり味は覚えていない。今はもっと美味しいものを食べてるけれど。

私の持っている番号札の番号が呼ばれたので、、ベルさんと一緒に窓口へ行った。


「商業ギルドフローリア支部受け付け、アンドロが承ります。」


アンドロさんは恰幅の良い柔和そうなおじさんだった。

な、なんて、交渉したらいいんだろう…何にも考えてなかった私はちょっと狼狽えた。ベルさんが笑って頭を撫でてくれる。


「初めまして、アンドロさん。アタシたち、とある伝手で薬品類を少し入手したんだけど、必要ないから手放したいの。売りたいんだけど、売れるかしら?」

「どちらのお品ですか?」


ベルさんは収納バッグに入れておいた薬品類をカウンターに載せた。


「ほうほう。どれも正規品レベルで、品質には問題なさそうですな。これなら買取できますよ。」


アンドロさんは鑑定眼鏡をかけていなかったけれど、恐らく『商人』のスキルの【アイテム鑑定】を持っているのだと思う。タブレットでも買えるが、【アイテム鑑定】のスキルは結構高い。それを買うくらいなら【アイテム購入】のスキルで鑑定眼鏡を買った方が良いような気がする。鑑定眼鏡なら、多人数で使い回しもできるし、子供が出来たら譲ってもよし、不要なら売ってもよしだ。デメリットはあくまで物質なので、壊れる可能性もあるということ。

ベルさんはアンドロさんと上手に交渉して、まあまあ高値で売ってくれた。殆どの物は予定通り3割程度の収入。気付け薬だけトントンだった。この辺りには【睡眠】の状態異常を使う魔物はあまりいないようだから、需要がないのだろう。


「良い取引を有難うございます。」


アンドロさんが微笑んだ。


「こちらこそ。」


窓口から離れたところで、ベルさんが私に売上金を渡してくれた。


「交渉任せちゃってごめんなさい。有難うございました。」

「いいのよ。アタシは元々お喋りな性質だから。でも参考になったなら、次は自分で交渉してごらんなさい。」

「はい、頑張ります。」


ベルさんになでなでされた。


「やっぱり商人への道は美味しいかもしれないわね。売りさばけないリスクはあるけど、実務時間殆どなくて収入は得られるから。」

「そうですね。でもベルさんとシータさんとも知り合えましたし、もう少し冒険者を続けたいです。」

「ふふ。嬉しいわ。」


ベルさんとぶらぶらした。色んなお店を冷かし。ガラス工房で作られたガラス細工なんかも綺麗なんだけど、持ち家のない私には必要のないインテリアだ。まあ、今このキラキラを見るだけならタダだしね。


「すごーい。ユニコーンだ。きれーい。」


角を生やした馬が躍動的にガラスで表現されている。


「素敵ね。ペガサスもあるわ。」


割れたら怖いので二人ともあまり近くには寄らない。豪奢な服を着たお嬢様が躊躇いなく手に取って、ガラスで出来た馬と馬車のセットを購入して、使用人に持たせていた。あんな壊れやすそうなものをよくもまあホイホイ購入できるものだよ。お嬢様ってすごい。

木製で漆と金箔の模様の入った器も綺麗だ。美しいけど、食べるものの器にはあまり頓着していないので、購入するつもりはない。文字通り見てるだけ。


「ベルさん。あれ、なんでしょう?」


ふとあまり目にしたことのない光景が見えた。二頭立ての馬車が船のようなものを運んでいる。


「ああ。川下りした後の船を運んでいるのよ。川は一方通行だから下流についたら船を引き上げて、馬車で上流まで運ぶの。」

「へえ。」

「後で川沿いを歩いてみない?土手っぱらにずーっと菜の花が咲いていて綺麗なのよ。桜も綺麗だけど、菜の花も中々見応えあるわよ。」

「行きたいです!」


お花満喫コース!!川下りもちょっと興味あるけど、下流から徒歩、または馬車で帰ってくるのは大変そうだからねだらない。

昼食は屋台ではなく、席のあるお食事処だ。ベルさんのお勧めは旬の長芋だそうだ。長芋のステーキと、揚げた長芋を甘辛く味付けしたものと、長芋とシイタケのグラタンと、長芋とほうれん草のお味噌汁を注文した。

長芋のサクサクホクホクした食感が癖になる。ほんのり甘みがあるが、味に癖がないので色んな味付けでいただける。


「おいしいですねー。」

「春掘りの長芋は旨味が濃いわね。」


長芋といえば冬のイメージだよね。春掘りの旬は今なんだって。すごく美味しい。


「食感が堪りません。」

「火を通すとホクホクだけど、浅めに火を通してあるものはシャキシャキなのよね。」

「どっちも美味しいです。」


長芋は生でも食べられるからあんまり火が通ってなくても、それはそれで美味しいんだよね。ステーキは醤油とマヨネーズの味付けだ。少ししゃきっとした歯触りが堪りません。グラタンはホクホク。とろーりチーズとも良く合う。

長芋尽くしを堪能した。

午後は川沿いに連れてきてもらった。


「ふわあ!」


川沿いの土手にずーっと先まで黄色い菜の花が生えている。そして道の反対側には桜がずらり。壮観だ。


「ふふ。ジゼルちゃん、お口が開いてるわよ。」


慌てて口元を引き締めた。ポカーンと口を半開きにして見ていた。


「綺麗よね。」

「はい。凄く見応えがあります!」


うっとり花に見惚れる。こんな素敵な風景が見られるだなんて…


「少し歩きましょう?」


ベルさんに手を引かれた。どこまでも花が咲いている。綺麗だなあ…

川下りの船も見られた。人々がゆっくりした速度で船に乗り、船から見られる景色を楽しんでいるようだ。私たちに気付いて手を振る子供たちがいたので、手を振り返した。


「幸せね。」

「はい…」


二人でじっくりたっぷりお花見を堪能した。


「ジゼルちゃん、今日の服も素敵ね。可愛いわ。」


今日はピンクベージュのシフォンワンピに黒のショートボレロなのだ。ベルさんのくれた桜の髪飾り着用。服を選んだ時はデート感丸出しで恥ずかしく思ったけれど、素敵な衣装のベルさんの隣に立つと、これくらい着なきゃダメかも…と思ってしまった。


「有難うございます。ベルさんも素敵です。」

「有難う。今日は予めデートになるのがわかってたから、ちょっとお洒落してみたのよ。気に入ってもらえた?」

「はい。とっても格好良いです。」


ベルさんの美貌2割増しです。普通の服でも格好良いというのに!


「でも実はちょっと暑くて参ってるの。重ね着するのは好きだけど、この陽気じゃね。薄着してても目に麗しい女の子が羨ましいわ。」

「ふふ。」


そう言えばベルさんの生腕とか見たことないや。実は肌の露出には気を使ってるのかも。常にかっちりスタイルだもんね。


「色んな格好が出来るのは羨ましいけれど、女の子は髪が長いと大変よね。手入れも必要だし、暑そうだし。」

「はい。時々蒸れます。お風呂上りすぐには乾きませんし。シータさんも髪長いですよね。」

「ええ。本人は短くしたがってるんだけれど、母とアタシのお願いで伸ばしてもらってるの。折角可愛く生まれついたんだから少しくらいお洒落しても罰は当たらないでしょ?って。ポニーテールにするのは角が邪魔でやりづらいらしいけど、ツインテールにしたら戦闘時ものすごく邪魔だったらしくて閉口してるわ。」

「角って触覚あるんですか?」


そっとベルさんの角に触れる。


「あんまりないわね。爪みたいな感じ?根元に行くにつれて少し感覚あるわ。でも根元は…んっ」


角の付け根に触れたらベルさんが色っぽい声を出した。


「ちょっと感じやすいかも。その気もないのに弄りまわすのは止めてね?」


慌てて手を離した。思わず赤くなる。根元は感じやすいんですか…


「ジゼルちゃんは特徴的なとんがり耳よね。」


魔族も若干耳が尖っているが、エルフは尖っているうえに耳が少し長めだ。


「ひゃう…!」


ベルさんが私の耳を唇で食んだ。きゅっと下腹が収縮する。


「ふふ。感じてるの?」


ぺろりと耳を舐められた。


「ぁ…」


ぎゅっと抱き寄せられる。


「かわいい…」


うう…

ちゅっちゅっと頬と瞼にもキスされた。ベルさん、今日はなんだかスキンシップ過多だ。


「昨日…シータさんと何をお話しされたんですか?」

「『良いな、と思ったら早めに唾をつけておけ』と言われたわ。今唾つけてるとこ。」


ベルさん…私のことちょっとは『良いな』って思ったんだ。じわっと胸の奥から多幸感が湧いてくる。甘く痺れる感じ。


「……ごめんなさいね。粉かけといてなんだけど、アタシ、本当はジゼルちゃんよりちょっとオジサンなの。」

「34?」

「シータに聞いたの?あの子ったらぺらぺらと…」

「ふふ。長命種にとっては誤差みたいなものです。」


私は気にならない。でもベルさんにとって私が子供すぎるんじゃないかってことはちょっと気になる。妹さんより年下だし。

ぎゅっとベルさんに抱きしめられた。ベルさんの良い匂いがする。

ふわっと春風が吹いた。


「…もう少し歩きましょうか?」

「はい…」



***

夕食は小料理屋さんで蕪尽くしだった。蕪のそぼろあんかけ、千枚漬け、蕪と厚揚げの煮物、蕪の挽き肉詰め煮、ふろふき蕪、鶏ささみの蕪蒸し。どれもすごーく美味しかった。蕪蒸しは本来白身のお魚を使うことが多いらしいが、ここは海辺の街ではないので。具はささみとシイタケだったけど、ふわふわとろーりで美味しかった。


「どう?蕪も美味しいでしょう?」

「はい。旬のお野菜って美味しいですね。」


ベルさんは蕪をツマミに清酒を引っかけてる。


「ジゼルちゃんも飲む?」

「お酒はあまり得意ではなくて…」

「残念だわ。」


代わりにちょっとお酌した。


「ジゼルちゃんのお酌で飲むお酒は最高ね~。」

「こんなので良ければいつでも。」


ベルさんは大人の飲み方なので、ほろ酔いくらいで酒量はセーブしているようだ。

ちょっととろんとした瞳が色っぽい。

二人で料理を堪能して帰った。



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