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ステップ6:仕事をお手伝いしましょう

「では、そういうわけで参りましょうか」

「は、はい、そうしましょう」


 一悶着ありつつも何とか落ち着いたと二人は立ち上がる。トーマスの服が下だけ履き替えられているが、幸いダニエラは気づかなかった。

 先ほどのような勢い任せではない隠密行動で、調査目的の集落へ歩いき始める。


「それで、実のところトーマスさんはどれくらい強いのですか?」

「一応兵士としての訓練は受けてきていますし、何でもない人間の一人や二人ならわけありません。それでも隠れて行動するよう、お願いします。……まあ、万が一見つかっても大丈夫でしょうけど」


 トーマスのその呟きを聞いたダニエラは、トーマスは謙遜しているけれど実力はあるのだと考え胸を撫で下ろす。「見つかって荒事になったとしても、我が剣で斬り伏せてくれよう!ダニエラさんも守ってみせましょう!」的意味合いの“大丈夫”だと思ったのだ。

 しかし実際のところは、「見つかって荒事になったとしても、このダニエラとかいう化け物みたいな力を持った女と一緒にいれば、どうにかしてくれるだろう」的意味合いの“大丈夫”だったりする。つまり何も大丈夫ではないのだが、そんな事はいざ知らず、二人はぽてぽてと歩いて行った。


 目的の集落は高台の上にあったが、ダニエラが先ほどまでいた森がある丘の方が位置は高く、集落を上から見下ろすことができる。ほどよい茂みの裏に隠れた二人は、先に偵察を行うことにした。トーマスは荷物から望遠鏡を取り出し、注意深く観察する。


「その調査対象である人物とは何者なのですか?」

「バルドーという人間の男です。人間たちの間では腕っ節の強さでそれなりに知られた男らしいのですが、近頃ミッドガルド領に頻繁に出入りしているようで、その実態を調べてくるようにとの命を受けています。ずっと足取りを追っていたのですが、依頼を受けてこの集落に滞在中との情報を得て、こうしてやってきたというわけです」


 依頼という言葉にダニエラはピクリと反応する。ここは異世界。多少なりともライトノベルを読むような人間なら、「異世界で腕っ節が強くて依頼を受けたりする職と言えばなーんだ?」と問われれば間違いなくこう答えるだろう。


(ぼ、冒険者!やっぱいるんだ!なんかテンション上がってきた……。私も冒険者になれたりするのかな……。こう、二つ名とか貰っちゃたりして。“赤髪”とか“不動”とか“王城”とか。名を冠する者たち!みたいな)


 一人盛り上がり始めるダニエラ。脳内ではワイルドにダウンしたり、みんなの気持ちが伝わってきたりと大忙しだったが、そのせいで彼女はトーマスの次の言葉を聞き逃してしまった。


「気をつけてくださいね。相手は『魔族狩り』ですから。見つかると間違いなく厄介な事になります。見つからないよう、あの男の行動を観察するのです。……ダニエラさん?」

「はっ!は、はい。ガンバルも!」

「も?」

「いえ、頑張ります」


 ようやく意識の戻ってきたダニエラだったが、今の話を聞いていなかったのは致命的だった。なにせ、“魔族”狩りである。現在絶賛魔族生活中のダニエラにとって、極めて危険な存在だ。穏やかじゃない。うっかりなます切りにされない事を祈るばかりである。


「お……いました。あの男に間違いありません。聞いていた特徴と一致します」

「どうするのですか?」

「もう少し近づいて様子を伺いましょう。ここから見ているだけでは調査になりませんから」

「了解しました」


 二人は立ち上がると茂みから出て、そろそろと集落に向けて坂を下って行く。太陽(らしき恒星)は遠くに見える山の向こうへ沈みかかり、ゆっくりと夜を招き寄せていた。



 狩人が村に戻ってきたのは夜中。寝静まろうとしていた村の人々は、慌てて転がり込んできた狩人に驚き家から飛び出してくる。髭を伸ばした老人、この村の長も姿を現し、狩人に何事かと問うた。狩人は息を整える間も無く、混乱したままに自分が目撃した事を伝える。


「森の中、心力の水場にいたんだ!ま、魔族が!それも、とんでもない力を持った奴だ!きっと何かが起こる!もしかしたら、この村にも災いが訪れるかもしれない!村長、急いで魔族狩りを——」

「一度落ち着きなさい。それでは正しい状況も把握できない。それに、村の者たちを悪戯に恐がらせるものじゃあない」


 村長に言われて狩人が周りを見渡すと、家から出てきた住民たちが男の必死な報告を聞いて顔色を悪くさせていた。その目には明らかな怯えが見える。狩人は静かに広がる恐怖の感情にさらされたことで冷静さを取り戻し、同時に自分の行いを恥じた。

 彼は村一番の狩人。この村を野盗や狩人から守った経験はこれまでも何度かあり、村の人々は彼の強さに信頼を置いていた。そんな自分が住民の心の支えとならずになんとする。狩人はそう自覚すると、周囲の人たちへ「大丈夫だ」と笑顔をみせ、村長に連れられて村長の家へと入っていった。


「騒がせちまいましたね。皆には悪い事をしました」

「よっぽどの体験をしたのだろう?仕方あるまい」


 未だ不安げな表情の住民たちが家の中へ戻っていく様子を窓から見つつ話す二人だったが、村長に促されて狩人はテーブルにつく。村長も同じように席に着くのかと思いきや、「少し待っていてくれ」と残して奥の部屋へと入っていってしまった。どうしたのだろうかと狩人が首を傾げていると、ほどなくして村長が戻ってくる。


「実はお前が狩に出ている間に客人が来ておってな。その方にも話を聞いてもらいたいのだ」

「客人?どんな人です?」


狩人が尋ねると村長の後ろから一人の人物が現れた。短く乱雑に切られた髪に伸びっぱなしの髭。褒められた風貌ではないが、そのような格好であることに納得はいく。その屈強な体躯から、戦いに身を置いている人間であることは容易に想像できたからだ。頰に傷とかついているので、そうでなければ寧ろ困る。


「バルドーだ。魔族狩りをしている。よろしく頼む」

「魔族狩りぃ!?しかもバルドーって言やあ、噂に聞く実力者じゃねえですか。村長、なんでこんなとこに……」

「なんてことのない偶然だ。バルドー殿は近頃ミッドガルド領の動向を伺っているようでな。この集落はミッドガルド領に近いからの。ここを拠点に活動したいと、今日の昼頃に訪ねて来られたのだ」


 村長がそう説明すると、バルドーは静かにうなづく。


「ミッドガルド家は魔族の中でも名門中の名門。もう随分と長い間、人間と魔族の大戦は起きていないが、小競り合いは未だ絶えない。力を持つ魔族の動向は常に把握して起きたいと思ってな」

「はあ、なるほどねえ。ここ数百年は勇者一団と魔王の直接対決だけで決着がついてるみたいだが、昔は勇者と魔王がそれぞれの種族を率いて戦う、種族同士の戦争だったらしいからな。力のある魔族がおかしな動きをしないか見張っておくのは確かに大事だな、うん。……うん?おかしな動き?……そうだよ!俺は見たんだ!魔族が何か仕出かそうとしてるのをよ!」


 狩人が机を叩いて勢いよく立ち上がる。そして自分が見た光景一つ一つを、順を追って語り始めた。何となく後ろめたかったので、その水浴びしていた魔族が美女である事は口にしなかったが。一通りの話を聞いて、村長は顔を青くさせ、バルドーは難しい顔で黙り込んでいた。


「呪文、か。それは確かなのだろうか」

「ああ、少なくとも俺は全く知らない言葉だった」

「どう思われますかな、バルドー殿」

「……そうだな。強大な魔法の発動には詠唱が必要になることもある。それが何かしらの呪文である可能性は高いな」


 バルドーが静かに告げ、狩人と村長の顔色がドブのような色になる。それに追い討ちをかけるようにバルドーは続ける。


「後は魔王の話だが……俺には確実な事は言えないが、勇者が生まれた今、魔王と関連付けるなという方が無理な話だろうな」


 ついに狩人と村長の顔が白色にまで変色する。非常に模範的な絶望に染まった表情だろう。しかしバルドーは動じない。二人へ向けて、力強く胸を叩いてみせた。


「案ずる事はない。ここには俺がいる。俺の持つ剣『破魔』は、かつての大戦において魔王の片腕を切り落としたと謳われる名剣だ。相手が魔族であれば俺に敗北はない」

「ほ、ほんとですか!?」

「ああ、二言はない」


 バルドーが腰に差していた長い刀身の剣を抜き、高く掲げてみせる。夜中であるにも関わらず柔らかな光を帯びたその剣は、狩人と村長の強張った心を溶かしていった。


「バルドー殿、感謝いたします。どうかこの村を、いや、世界を救ってくだされ」

「よかった、これで解決ですね」


 バルドーは狩人、村長と固く握手を交わし、正式に魔族討伐の依頼が成されることとなった。

彼は魔族狩り。人間の代表として魔族と戦う、言わば傭兵職であるのだが、彼は自分の力によっ    て人々を直接救うことができるこの仕事に誇りを持っていた。今回の仕事は大事になるかもしれないが、自分にできる全てを尽くそうと思いを固める。


(戦いのために万全の準備を整えねばな。まずは明日、必要な物資を揃えることにするか)


 バルドーはそのように考える。その明日、目的の魔族が自分を狙ってやって来ることなど、まるで予想していなかった。南無。

2の発売が楽しみです

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