第1章 9話 新
俺がこんなにも生真面目で、融通の聞かない冷徹な性格になったのは、一体いつの頃からだろう。
少なくともノアに出会うまではこんなに真面目ではなかったと思う。
俺の家庭は、悲劇に満ち溢れた、他人には通ることの出来ない茨の道だった。
そう思う。
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小さい頃は嫌われていた。
友達からも、周りの大人からも。
いや、友達なんていただろうか。泡沫のように消えかけた記憶を手繰り寄せる。
あぁ、いたな。彼の決まり文句はこうだった。
「キモイんだよ、どっか行っちまえ。」
そんな辛い言葉から逃れるために、いつしか俺はそれを普通のことだと思い込むようにした。
そんなことをしていたためだろうか、蔑まれるような視線には慣れてしまった。
「なんで嫌われてたっけかな。」
思い出せないフリをしているだけで、俺は思い出せる事を知っている。
確か、親父が国家転覆罪に匹敵するなにかをしでかしたからだ。
詳しい罪状と、その理由は覚えていないが、なんであんなことをしたのか、今でも謎のまま。
母が離婚して、縁が切れた後も、それが原因で俺は嫌われていた。
それまでは...普通の友達、親友がいたのに。
父の犯罪を知らないような所まで引っ越しても、まだその反応は根強く残っていた。
神に縋るように母に甘えようとした。
本物の神様のように優しくしてくれた。
だがそれはたった2週間くらいだけだった。
何かの導線が、切れたように。普段通りの言動をしていた俺に、いきなり刃物を向けてヒステリックに叫んだ。
怯えた俺はクローゼットの中に逃げ込んだが、母はそれを見つけては引きずり下ろし、命に別状のない場所。されど痛みはそれに匹敵する箇所を何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も、刺した。
刃物を仕舞うようになり、彼女の行動は落ち着いたように見えた。
だが、叫ぶ言葉の暴力と腕や脚の暴力を含めると、子供の俺には同じくらい辛かった。
その頃、丁度母親の怒りと俺の第1次反抗期が重なった時期があった。
11歳の頃だった。
暴力を振るい、遂には自分まで暴力の矛先に加えた。
今思えば、どう考えても心が病んでいた。
今になれば、そんな母親を助けたいとは思う。だけどあの日から彼女の行方はわからないままだ。
母さんが怖くて怖くて、逃げ出した。
その日の夜は雨が降っていた。
風邪を引きそうなほど低温の外気は、子供の俺の体力を削ぎまくった。だけども、できるだけ家から遠く離れたかった。
母親に見つからないように。
ずっと食料も無く、嫌われ者だった俺に行く宛なんて存在する訳がなかった。
だが、1ヶ月経っても母親への嫌悪感は拭えずにいた。見つかるくらいならばこの苔の生えた道端で餓死するほうがいいとさえ思えた。
そんな途方に暮れている時に助けてくれたのがレリス騎士団の団長、レリス、バーテルだった。
母親から逃げるために遠出しても、まだ色濃く嫌われていた俺は彼に拾われ、俺は少しの間彼の家で育てられた。
まともな食事、まともな人間。それだけが子供の俺には必要だったのだ。
今は戦力不足だからまともな卒業生なんていないが、立派な騎士が次々に卒業するというルベルト騎士養成所に入れてもらったりもした。
団長がいなかった過去、そうなったらどうなるんだろうか。餓死か。
母親が優しいままだったらどうだろう。別の人生を歩み、こんな偏屈な性格に育ってはいなかったはずだ。
養育所に入って、飛び級で上がってきたノアを見た。
まだ会話もしていない、ただのクラスメイトって感じだった。
なのにあいつは俺を見るなり興味津々といった様子で弱点である狐耳をひこひこさせていた。
その頃あいつは、風を1点に集中させて爆発させるような、そんな魔法にハマってたらしい。
それで吹き飛んで机や鉄棒に頭をぶつけ、何回保健室に連れて行ったことか。全く傍迷惑でしかない存在だった。
16歳になった時に、騎士団の試験を受けた。
ノアも一緒だったと覚えている。
2つも歳が下なのに、俺の魔法を遥かに凌駕する魔法は、凄く、神秘的で美しく見えた。
あの頃からノアはルールをあまり守らない、割と自由な生活をしていたらしい。
授業に出ずに郊外にある花畑で蝶と戯れ、またまた郊外にある河原で魚と一緒に泳ぐ。
幼稚園児のような人間だった。
俺は試験の直前に黒い炎との相性を確認し、無事に合格した。
そして今の寮暮らしになった。
合格して就いた階級が、将校。
レリス団長に才能を見込まれ、下の階級をすっ飛ばして将校となった。
ちなみにノアは首席で卒業してた。
そして今、あいつは立場的には上司に当たる。
いきなり大将校になったあいつはその時から命令無視をしては助けられる命を片っ端から助けてきていた。
集会の遅刻理由も確か、“木に登って降りられなくなった子猫を助けてきた”なんてのがあったはずだ。
別に、命を助けたくないわけじゃない。
ノアみたいに命を助けられるようになりたい。それこそが騎士の鑑だと、そんなこと百も承知だ。
でも、命令は絶対に無視できない。
いや、無視しては面目が立たない。
だってそれは、俺を育ててくれた団長の、ある種の頼み事だから。
だから俺は、それに応えられるように、ルールと命令は絶対に守るようになった。
だけど、命令違反をしたら、レリス団長がどんな顔をするのか。それで命を助けられたなら、喜ぶのか、悲しむのか、考えてみることは多々あった。
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真面目に、冷酷に冷徹になったのは、団長の教えが原因であるはずだ。
彼を責めたり、恨んだりしているわけではない。
彼の教えこそが俺の全てだから。
そして、ノアが嫌いな訳じゃない。
ただ、ルールや命令を守らないのが気に入らないだけ。
それさえ無ければ、俺らはきっと、“友達”になれたのかもしれない。
明日になれば、ようやく謹慎を解かれたノアとリンネが帰ってくる。
嫌だな、と思う自分と反面に、どこか心待ちにしている自分も居た。