第1章 6話 世界情勢
今から102年前、本国エヴンの東の隣国リグルで、世界の常識を一日で変えてしまうほどの産業革命が起こった。
それはもう、歴史に色濃く残るくらい大きな出来事で、当時の新聞記者達は寄ってたかって写真を撮ったり、工場を見物したりと色々忙しかったようだ。
92年前には、リグルの主に重火器の産業が発達し、大量の武器が輸入、生産されて軍事力が大幅に発達した。
隣国の豊かな資源に目を付けたリグルは、元々尽きることのないほど資源が豊かな隣国、エヴンに攻め入ろうとする。
だが、そんな浅はかな狙いは一蹴された。
エヴンは、元々軍事力と兵力が高く、魔法適性能力値の高い魔法使いが半数を占めている。
結局、攻め入ろうとしたリグルの兵力は10分の1まで減少し、世界に失態を知らしめることとなった。
90年前、エヴンを挟んだ西の隣国のジェクトが、軍事力が低い上に資源が豊富だと睨まれてリグルに攻撃された。
狙い通り軍事力が低く、平和主義者が多数を占めるジェクトは、あっという間に攻め入られて、同年の年末には立派なリグルの領土となってしまった。
80年前、ジェクトを占領し、エヴンに劣らぬ程の資源を手にしたリグルは、化学兵器の大量生産を開始。
自国で使うものだけでなく、世界のあらゆる国に輸出し、あらゆる戦争にその兵器で応戦した。
更に翌年には、その輸出で入手した金で、ジェクトの大量の魔法使いを買収した。
これがエヴンを占領するための準備の1歩であった。
そして、進攻が開始された。
71年前、エヴンの森の中、ガルスタ洞窟の中に偶然、冒険者、千里充が幅50kmもある竜の巣窟を発見した。
そこには様々な種類の、大量の竜がおり、その千里は竜に助けを乞うた。
「リグルの奴らが俺の家族にまで手を出してこようとしてきている。あと数年で妻と子供達、そして俺の家族全員がリグルで殺処分される。頼む...子供達だけでも助けてやってくれ!」
大声で叫ぶと、竜は揃えて口を開き、言った。
「いいだろう。誓いを交わせ。」
「誓い...い、いいだろう。国の為、家族の為ならなんでもする!」
「まぁ落ち着け。誓いの内容は簡単な事だ。俺達を殺さないでくれ。」
「────。」
その男は竜達と契約を交わし、その2ヶ月後には、騎士になった。
その後、竜と国を挙げて攻め入ってきたリグル兵を凪いだ。
これによって千里充は英雄と称され、今でもその生き様は語り継がれている。
65年前、リグルが気付いた。
リグルの右に接している国、帝国アルバータには魔法適性能力値の高い魔法使いが大量にいることを。
結果、外堀から戦争を埋めていく方向に結論は落ち着いた。
よって、リグルはアルバータ帝国のほうに戦力を裂き、一時エヴンへの進攻を停止させた。
64年前から62年前にかけて、リグルが当時最強とされたアルバータと、その周辺の国々、アルバータの領土の数々を手に入れた。
その数、12カ国。
59年前、今回は買収ではない。
だが、悪質な方法でアルバータ領の魔法使いを含む人間を戦力に混ぜたのにはなんの言葉も出ない。
そして、エヴンへの進攻を再開させた。
36年前、リグル兵が、アルバータ領に竜の小さな巣窟を発見する。
エヴンとは比べ物にならないほどの少数の竜と誓いを交わす。
23年前、レッテ戦争のコルカ前線で、互いに最強と呼ばれた竜、エルバージュ(エヴン所有)とアルベニアス(リグル所有)が交戦しない事件、エルニスが起こる。
結局、終戦するまでエルニスは解消しないまま、白兵戦へと移行された。
その白兵戦によりお互い大量の死傷者を出す。
数、両名合わせて5万人。
22年前、ジェクトの資源が採り尽くされると、気が狂ったかのようにジェクト在住のリグル人からの進攻が開始。
突発的な進攻に、竜が応戦できず、白兵戦となるも、第1部隊が全滅し、戦力の半分が削がれる。
エヴンが追い詰められた状況に陥る。
10年前、無名のギルドに代わり、レリス団長を中心とするレリス騎士団が結成される。
大量の高魔法適性能力の魔法使いが敵勢力以外の全世界から集められ、リグルに対して優位な位置に立つ。
尚、この頃から世界中にエヴンの味方が増える。
2年前、ノアの登場により、単騎での敵勢力前線踏破を完了させる。これ以上にない逸材であり、これからの活躍が期待された。
が、人柄が騎士に向いておらず、空回りする場面が多々ある。
だが、人を守りたいという思いは誰にも負けない程優しい、それについても逸材である。
今年、リンネが登場する。ノア以来類を見ないほどの魔法適性能力値だが、初戦で魔法不発、騎士団の大きな失態である。
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「この本って…………。」
寝る前に、本棚から見つけたこの本を読むと、そこにはこの国や、世界の歴史、今の世界情勢が書かれていた。
ノアの登場、つまり、ノアが騎士になったって事。
私のことも書き記されている。
ガチャリ、と、部屋の扉が開く。
そこには、寝巻きに着替えたノアが居た。
「ありゃ、リンネそれに興味あるの?」
「う、うん。えっと、勝手に読んでごめん。」
もしこれがノアの書いたものだったら、本当に勝手に読んだことを謝らないと、そう思った。
「ん?もしかして、ボクが書いたと思ってる?」
うん、と、声には出さなかったけど、しっかりと頷いた。
だって、ノアの本棚にあって、唯一背表紙に文字が書かれていなかったから。
そんな本、誰もが持ち主が書いたと思う、そうでしょう?
「あっはは、それ、ボクは書いたことないよ。」
え?ノアは書いてない?
じゃあ一体誰が?
そんな疑問が次々と出てくる。
「それはね、今までの世界情勢が書かれてるんだけど、気が付いたらいつの間にか家にあったの。それで、いつの間にか書き足されてる。もちろん、大きな出来事があった日に。」
だから、私が失敗した事まで書かれていたんだ。
そう感心してしまったけど、こうして日記として書かれると、やはり少しだけ傷つく。
誰が書いたかも、いつこの家に来たのかも。
更にはこの本を書いた人がいつから存在しているのかも。
全てが謎に等しい本。
「でも、不思議だよねぇ~。今日の朝はリンネの事なんて書かれてなかったのに。」
帰ってきたら書かれていた、そういう事だろう。
今まで知らなかった世界情勢を、歴史を知った。
今この国は、危機的な状況にあるのを再確認して、握りこぶしを強く握った。
もう、次は失敗できない。
焦りと、自分に対する怒りが抑えきれそうにない。
「焦んなくてもいいよ。リンネは自分が正しいと思うことをすればいいの。そうすれば、きっと上手くいく。」
ボクもそうだったしね、と、付け加えると、ノアはベッドに潜り込んだ。
“謎の本”を本棚にきちんと戻し、私もノアのあとを追う様にベッドに潜り込んだ。
フカフカなベッドは、暖かく、そして何かを思い出させるような感覚だった。
目を閉じると、意識はすぐに闇の中へと落ちていった。