第1章 5話 謝罪とお泊まり
敗戦の件。
崩れた心はプリンのように、戻る気配を出さない。
世界の終わりのような顔をしているかもしれない。
それくらい辛いのだ。
そんな理由で肩を落として見慣れない商店街を歩いてると、鼻歌混じりで買い物していた人にぶつかった。
「おっと、すみませ~ん。って、リンネ?」
予想だにしないノアとの遭遇。
少し怒りを感じていたこともあり、その心を勘繰られないようにポーカーフェイスをした。
それについても、これから正直に謝りに行こうと思ってたから、私としては好都合のタイミングだった。
「今日は...その……すみませんでした。」
「ううん、謝んなくていいの。謝るのはボクの方だからね。」
沈んだ表情が滲み出てしまったのだろうか、ノアは少し心配しているように見えた。
それに、謝りたい内容を伝えてないから、本当に謝りたいことを理解していない。
とても、とても、辛かった。
ふと、ノアの腕に引っかかってる買い物袋を見て思い出した。
今日のご飯は何にしよう。
あれ、何か作れたっけ?
あ、私、家がないんだ。
今日どこに泊まったらいいのかな...お金もないし。
「ねぇリンネ。今日うちに来ない?せっかく会ったんだしさ。」
まるで心を見透かすかのような一言だった。
でも、本心は読んでくれていなかった。
「行ってもいいんです...いいの?」
「もちろん!そうそう、今日商店街で安売りしてたから、ついつい買いすぎちゃって。良かったら、夕飯食べてかない?」
ノアの優しさに、涙が流れそうになった。
お金も、頼れる人も。
生活に必要不可欠なものがほとんどない中で、助けてくれたノアの暖かさが身にしみた。
ノアは、「決まりっ!」と言って、私を案内し始めた。
気付けば、ノアの目元はすっかり涙が消えていた。
なのに、泣き跡。と言うべきか、それは色濃く残っていた。
「ねぇノア。その、騎士って、何なのかな………?」
「それは………人それぞれね。ボクだったら騎士っていうのは、仲間や大切な人の命を、何があっても守り通せる人のことかな。」
私の唐突な質問にしっかりと返答してくれるノアには、世界はどう見えているんだろう。
いや、しっかりと返答してくれたのは、常日頃からそういう心構えをしているから。
だからこんなに...素晴らしい人になれるんだ。
その点、私は………………。
「騎士ってね。何もできないまま死んでいったり、ただ守られて、怯えるだけの生活が嫌な人達がほとんどなんだよ。」
その後にノアは、この世界では、と付け加えた。
ノアが規則や命令を守らないのはきっと、何があっても護りたい、そんなものがあるからなんだ。
私もいつか、そんなものができるのかな………。
私には、ノアがかっこよく見えた。
「………ノアは、アラタさんのこと嫌いなの?」
アラタの言葉がフラッシュバックし、関係ないのに、胸が苦しい。
「嫌いって訳じゃないんだけどねぇ。むしろ一方的に嫌われてるというか………。ほら、彼って堅いから。」
それはもう、試験の時見た光景で分かりきっていた。
嫌いな人に、あれほど馴れ馴れしく、ベタベタしない。
...もしかしたら、ノアはアラタさんのことを...それなのに、規則や命令を守らないノアを、アラタさんは嫌っている。
ノアの本心を聞いてあげれば...わかってくれるのかな...
「あの────」
「さて、着いたよ。部屋は3部屋余ってるから、好きな所使って。って言っても、家具ないんだけどね。」
木造のノアの家はかなり広く、本当に3部屋余っていた。
ただ、言われた通りに家具はまったく置かれてない。
無駄に広い家。
もう少し有効に使えばいいのにな。
「先に夕飯作っちゃうから、ちょっと待っててね。」
キッチンの鍋にはほとんどできあがった肉じゃがと、お味噌汁が入っていた。
...いつ作られたものなんだろう。
ノアは意外にも和食好きらしい。
野菜を包丁で切って、サラダを作っていくノアを見て。
少しだけ、何かを思い出せそうな気がした。
でも、その何かが何なのか、それは分からなかった。
今更気が付いたけど、ノアは仕事中は髪を下ろしているけど、プライベートだと結んでいる。
普通は………逆のはず。
髪を結ったままのノアが着席し、お皿を並べる手伝いをしていた私も、もう着席している。
木組みの椅子はしっかりと組まれていて、ギシギシという音も全く鳴らない。
本人が使うことがないからっていうのもあるかもしれない。
「いただきます。」
手を合わせ、さっきノアが一生懸命刻んでいたキャベツの千切りを口に含める。
食事をしたことがあるのかないのか、わからないけど、懐かしいような...暖かい感じがした。
「ノア...がさ、騎士になりたいって思ったきっかけってなんなの?やっぱり人を守りたいからなの?」
「...」
一時停止したかのような見事な時間の後、ゆっくりと口に含めたサラダを飲み込むノア。
そして言った。
「...違う。」
その言葉は、今までのノアへの期待を抉りとった。
「それもある...んだけど、1番重要なのはお兄ちゃんが隣国に捕えられてることだよ。」
私は、箸を置いた。
食事を終え、なぜかノアと一緒に風呂に入っている。
特に話すこともないから静かだけど、狐耳だけがどうしても気になってしょうがない。
ノア本人は、ぼーっとしてるから、今ならつついてもいいかもしれない。
「ふぁ~~~~~~~~。」
ノアが伸びをした。
貧相な胸がきゅーっと伸びる。
それを見て、自分のモノに自信がつく。
よくあるけど悪い話だ。
目線を戻し、そーっと、そーっと。
ノアの狐耳に手を伸ばす。
そして、軽く指でつついた。
「ふひゃっっ!」
見当違いの反応に驚いた。
そして、ノアは何事もなかったかのように平然とする。
もしかして………。
口元が歪み、自分でも嫌なくらい悪い顔になっているのがよく分かる。
可愛い反応に心を掴まれたのがいけなかったのだろう、もう一度つつく。
やはり先程と同じような反応が返ってきた。
「みっ、耳はダメだよ!」
いつになく慌てるノアの姿を見れば、とても同い歳とは思えない。
年端もいかない少女の様に見えてしまう。
顔の下半分までお湯に浸かり、ぷくぷくと泡を出すその姿を見て私は笑ってしまった。
さっきの話の重さが嘘のように軽く感じる。
ノアは、狐耳が弱点らしい。
「うぅ......このことはヒミツだよ?アラタも知らないぼ、ボクの弱点なんだから。」
──そんなこんなで、風呂を出た。
ノアは本当は、もっと女の子らしいんじゃないか、そう思ってしまうほど、形から見ても、仕事中とプライベートのギャップが大きかった。
「今日は、どこで寝よう………。」
そうつぶやいた。
寝る所なんて、空いた三部屋のうち、どこかに決めなければならないということだろう。
うろちょろしている時、後ろから少し声の変わったノアの声が聞こえた。
「あぁ、それなら一緒に寝る?」
ノアに提案されたその時、変な声が出そうになったのは後も今も内緒だ。