第1章 3話 リンネの失態
「ふーん、リンネって、背が高いんだね。」
ノアさんとの会話のうちに、そんなことを言われた。
私としてはノアさんが低いだけだろう、と思ったけど、口には出さなかった。
「ノアさんは、えっと、お幾つ何ですか?」
歳上かと思ってた。
「ボク?ボクは16だよ。あとね、立場とかそーゆーのボク嫌いだから、目上扱いしないでね~。」
同い歳で、ここまで高い立場にあって、そして本人はそれを嫌っている。
こんな人に、今まで会ったことがあるのかな。
ほとんど覚えていない頭を回転させて、数秒間考えていた。
でも、どうせ何も思い出せない、と、考えるのをやめた。
この部屋は、何かの控え室。
騎士団としての服装、いわゆる装備を貰って、今は指示を待っているところ。
ノアさん………ノアは、伸びをしたりアラタさんにちょっかいを出したり、いろいろ楽しんでるみたいだ。
コンコン、と、木製のドアをノックする音が聞こえた。
「はーい。どーぞ。」
のんきにノアが返事すると、「失礼致します。」と、きっちりした返事が返ってきた。
そしてドアが開け放たれ、そこに居たのは。
「魔法支援隊隊長の、古河です。今作戦においての要の一つとなる人材の紹介を。こちらが本日付けで第8部隊に配属される結音咲乃さんです。」
この街に来てすぐに、商店街で見かけた女の子が、手を伸ばせば届く距離に立っていた。
「うん。ありがとう古河さん。目上扱いやめよっか。」
ノアのそんな声も虚しく、古河さんは「では。」と言って去っていった。
私は、そちらではなく、目の前の女の子に意識が向けられていた。
そう、私の、何かを知ってるような、いや違う。
言葉にできない感情が、衝動が、心の奥から溢れてきて。
気が付くと、彼女に抱きついていた。
「リンネ、落ち着いて。」
ノアに言われて我に返る。
私は、えっと、何をしていたんだろう。
状況を整理する。
古河さんに結音咲乃さんを紹介されて、感情がこみ上げてきて、それで。
「す、すいません。いきなり抱きついてしまって。その、なんといいますか、えっと………。」
私が言葉に迷っていると、サクノさんから声をかけてくれた。
「ううん、いいの。私も、あなたからは何か感じとったから。」
そう言って、再び口を開き、サクノさんは自己紹介を始めた。
「今日から第8部隊に配属されることになりました。結音咲乃です。よろしくお願いします。」
「月神乃彩。よろしく!」
「アラタだ。」
みんなが自己紹介をする中、私も遅れまいと、名前を言った。
覚えていた数少ない物の内の一つの、名前を。
「朔夜凜音です。」
直後に、木製のドアが開かれた。
先程の古河さんがまたやって来た。
「ノアさん。作戦会議の招集です。」
今作戦の骨は、攻め込んで来ている隣国の騎士団に一泡吹かせようという、つまり倍返し。
そういうことらしい。
「うん。わかった。あと目上扱いやめよっか。」
2度目の指摘も虚しく、古河さんは去っていった。
私は笑いを堪えながら、よく考えた。
第8部隊に招集がかかるってことは、恐らく戦闘に出るということだろう。
待って、私魔法使えないし武器も使えないんだけど、などと考えていたら、置いて行かれそうになった。
「あの、ノアさ………ノア?私、魔法の使い方がわからないんだけど?」
恐る恐るその事実を告げるけど、ノアは
笑いながら答えた。
「魔法なんて、ドーンってやってバーンってやるだけだよ。簡単でしょ?」
廊下を歩きながらだったから、答える余裕が無かったのかも知れない。
ものすごく大雑把な説明を、私は必死で理解しようとした。
「魔法は基本的にイメージだ。」
アラタさんに補足説明を貰う。
そうか、イメージか……。
私にそんなことできるかな………。
「はい、着いたよ。」
ノアが木製に鉄製の枠のドアを開くと、そこには第1から第7の部隊が揃っていた。
「これより、作戦会議を始める。」
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数時間後、私は地を走る竜に乗って、街の門の外に出ていた。
決められた作戦は、前衛と後衛に別れ、まずはとりあえず白兵戦をする。
今はその真っ只中だ。
待機命令が出されているはずのノアは、刀を持って前へ出ていった。
この作戦の要なのに、まったく何をやってるんだか。
後衛は主に、傷ついた前衛の回復や、前衛の魔力補助だ。
作戦の続きは確か………。
「ノアが敵のド真ん中に竜巻をぶち込む。お前はその後に散らばった敵に魔法を撃てばいい。」
冷たいけど、丁寧に教えてくれたのはアラタさん。
そして、ノアがいつの間にか真横へ現れていた。
「いくよ、リンネ。」
深呼吸をして、ノアがその魔法を放った。
大きな竜巻が、敵の陣形を切り裂く。
そして、隣国の騎士を、竜もろとも空へと吹き飛ばす。
「今だ。リンネ!」
イメージする。
アラタさんに教えられたとおりに。
深く、深く、深く。
でも、魔法は起こらなかった。
私は、雷を起こせなかった。
「お、おい!第8部隊!早くしろ!」
そんな怒鳴り声が聞こえてくる。
私の失敗だった。