第1章 2話 助けを
「......は...でいいだろ......」
「それ......ほうでやら...」
途切れ途切れの意識下で、小さな声が木霊する。
意識が浮上し、目を開ける黒髪の少女。
大きな目をぱちくりさせて周りを見渡す。
目の先にいたのは、先程自分を助けてくれた男の人。
だが、声がしたのはその方向ではなく、真横だった。
「気が付いたのね。」
話しかけたのは、白、いや、銀髪の綺麗な女の子。女の子と言うには少し威厳が違うが、背は小さくて可愛いものだ。
「え?」
特異だとわかったのは、顔を改めて見た時と、奥のドアのほうを向いた時だった。
頭の上から、ぴょこんと生えているその耳は猫のような、どちらかといえば狐のようなもふもふ感だった。
そして奥のドアにちらちらかかって見えるのは、これまたもふもふでふんわりとした毛並みの尻尾だ。
その尻尾と耳と顔を交互に見て、彼女の人種を認識する。
獣人族だ。記憶が抹消されているため全く思い出せないが、淡く残っている記憶の一つ。
大切にしまっておくべき記憶だ。
「あの...貴方がたは?」
そう言うと、彼らは少し姿勢を直してこう言った。
「我々はレリス騎士団所属。」
一度口が止まり、再び開いたのは獣人の女の子だった。
「ボクはレリス騎士団の大将校、月神 乃彩。よろしくね、お嬢さん。」
言い終わると、まもなく男の方の自己紹介が始まった。
「......レリス騎士団の将校、洸輪 新だ。」
ぶっきらぼうな言い振る舞い、よろしくと言われるタイミングを待ったが、それは来ることがなかった。
「よ、よろしくお願いします。」
二人とも、言い終わると、また少し姿勢を崩してリンネに言い放った。
「怪我は治したよ。それと、とてもお腹が空いてるみたいだったから、魔法で満腹感を感じさせておいたよ。もうすぐに動けるはずだ。その...代償と言ってはいやらしい気もするんだけどね。折り入ってお願いしたいことがあるの。」
確かに、先程まで悪夢のように襲いかかっていた空腹感は何処かへ消え去り、満腹感があった。
「なんですか?」
「実は、最近騎士団の人員と戦力が不足してるの。そして、よければっていうのと、適正試験で合格したら...入団してほしいの。」
リンネには全く覚えがなかった。
自分の身体能力も把握出来ておらず、第一に記憶がない。
こんなはちゃめちゃな人材を、果たして取り入れてくれるのだろうか、と思った。
「もちろん、無理にとは言わないよ。ボクはあくまで個人の意見を尊重するからね。」
リンネは考えに考えた。
このままずっと途方に暮れて、お腹を空かせて精一杯暮らしていくのか、それとも騎士団に所属して少しでも満足のいく人生を送るか。
結果はすぐに出た。
リンネでなくても、この決断はこうなるべきだと、思った。
「やります!」
気合の入った、威勢のいい反応に、ノアは少し仰け反った。
アラタのほうは自己紹介を終えてから微動だにしない。
狐の尻尾がゆらゆらと揺れる。
「うん、いい返事。では、今から魔力値とそれに対する体の耐久性。そして、どの属性と相性が良いか調べるから別室に移動してね。...あぁっとその前に。」
ノアは部屋から出ていきそうなところを何かに掴まれたかのように再び仰け反り、言った。
「お嬢さん、お名前は?」
「朔夜 凛音です。」
驚いたような顔をした後、ふむふむと顔を上下させて、
「リンネちゃんか、いい名前だね。」
そう言うと、彼女は溶けるように部屋から出ていった。
部屋には二人だけが残り、静かな空気が重い。顔を見やると、クールな顔が何かに怯えたように青ざめている。
「あ、あの...」
声を出した瞬間に、彼の顔はクールに戻った。
「なんだ。」
ぶっきらぼうで冷たい言葉が、温かいリンネの心に刺さり、溶けていく。
「別室ってどこにあるんですか?」
「.........着いてこい。」
部屋を出、二、三個右の部屋がその別室とやらだった。
アラタは入れというように顎で指図した。
なんて無愛想な、とは言わないように、リンネは素直に部屋に入った。
部屋の中には、見たことのないほど小さな機械。
機械と言うよりチップのような物が、机の上に静かに乗っていた。
「それ飲んで。」
ノアの声が、どこからか響く。
きょろきょろして、部屋の四隅にあるスピーカーに目がついた。
そこまで珍しくもないものだとがっかりし、そのチップを飲み込んだ。
「え?あれ?なんか...体が...」
発火しそうなくらい熱い塊が、体の中を蠢き回っている。
その熱は、体内だけでは収まらず、外に放出された。
「────────。」
部屋の奥にあった窓ガラスを突き破り、スピーカーを凪いで壊し、机が一瞬で発火した。
惨状の根源は、自分から放たれた熱。
電気だった。
白く輝き、とめどなく形を変化させるそれは、部屋の塗装を破り、暴れ回った。
「ッ!落ち着け!落ち着け!」
叫びながら、なんとか心を落ち着かせるようにイメージし、電気は形を潜めた。
拍手の音が、部屋の隅にあったドアの向こうから響き、そのドアは開かれた。
ノアが出てきた。
「いやぁこんなに凄まじい魔法を放てるのは何年ぶりかなぁ...多分ボクを除いたら過去最強かな。」
十年という長さが、リンネには分かりかねたが、凄まじい時の流れの長さというものを雰囲気で読み取った。
「ね、アラタ。こんなすごいのボクより後輩の人からは出てきてないでしょ?」
アラタは面倒くさそうにため息をつき、静かにああ、と言った。
「歳は少し離れてるけどね、僕らは同期なんだ。魔法の適正、アラタも凄かったんだけど...ボクには叶わなかったね、あっははは!」
「えへへ...」
どう考えてもまずい言葉を発しているような気がして、その後の対応に悩まされる。
「まぁでも、アラタを凌ぐ魔法適正だよ。どうかな?やる気は出てきた?」
いまいち決め損なっていた場所で、ノアに背中をぽんと押されたような気がした。
やる気だけではなく、希望という希望が漲ってきたように思い、言った。
「こ!これからお世話になります!よろしくお願いします!」
狐女と、無愛想男はクスッと笑った。