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朔に咲く白ゆり  作者: Last Ortus
第1章 リンネ
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第1章 1話 ゆり

快晴とは言い難いものの、よく晴れた空の下、少女は目を開いた。

乾いてパリパリとする空気が西の国から流れ、湿度の高い暖かい空気が東の国から流れ込み、丁度心地良い湿度温度の設定なこの場所。


少女は空気を思い切り吸い込んだ。

彼女は、人で賑わう大広場で唯一人だけ、立ち止まっていた。

彼女の名はリンネ。

彼女の目に映る人々は皆、冷たい表情。ほぼ無表情で大広場を歩く。

それは、小さな頭の中に残っている機械。

車というもののように見えた。

その“幾つか”を懸命に思い出そうとするが、リンネの頭には何も浮かんでこない。

強いて浮かんでくるものと言えば、食べたこともない食べ物のこと。

飲み物のこと。

例え切れない程の空腹、渇望感に襲われ、思わず舌を噛み千切りそうになる。


とにかく、自分を満たしてくれるもの。

食べ物を探そうと試みた。

だが、彼女の体力はほぼ限界で、一歩進もうとするごとに空腹感が一層増していく感じがした。


リンネは辺りを見回した。知ってる人、知ってる物。なんでもいいから探そう、そう思った。

でも、誰が知ってる人なんだろう。

何が知ってるものなんだろう。

そう考えている間に、遂に空腹故の幻覚、目眩の襲撃が始まった。

それによって思考回路は絶たれたも同然の状態になってしまった。


「............え?」


ふとした瞬間、目に映ったのは、綺麗で淡い、桜色の長い髪をした女の子。

きょろきょろと辺りを見回し、誰かを探しているように見えた。

だがそれは幻覚を見ている最中の目に映ったもの。

本当に幻覚なのかもしれない。


「ぅあ………。」


幻覚かもしれないのに、初めて味わう感覚。

何か...彼女に会わないといけない。

そんな感じがして。

腰を折る。

膝を地面に着く。

ほぼゼロな体力を振り絞って、心を奮い立たせる。

膝に手をつき、震える足で体を起こす。

足を、順序よく交互に動かす。

ぶつかって、ぶつかって。

やっとその女の子が居たところへたどり着くが、その女の子の姿はもうない。

恐らく人混みに紛れて何処かへ行ってしまったのだろう。


「、、、......人…......…。」


仕方なく路地裏まで這いずり、体力を振り絞り、石段に腰掛け、分かりもしない状況を必死で理解しようとする。

空腹時にも意外と頭は回るもので、状況を理解するのに左程時間はかからなかった。


「。私は......リンネ。好きな......ものは...特技は...」


ゴーン、ゴーン。

鐘の音が鳴り響く。

その振動がリンネの体の中心まで響き、彼女は首が据わっていない赤ちゃんのようにゆらゆら揺れた。

驚いたものの、勢いで立ち上がることは出来ず、石段に腰掛けたままで時間だけが過ぎていく。

大広場に出たいが、もう体力の限界だ。

幻覚が見える。


「。。。......かあ...さん...」


ゆらゆらと揺れて見える、ぼやけた輪郭。

その姿は紛れもない、リンネの母だった。

長い髪を左肩に下ろし、先っぽを括っている。

見慣れたエプロン姿は、幻覚だとしても、リンネの目を保養する。


「おい!誰かいたぞ!」


瞬間、怒号が響き渡り、やっとのことで振り返ったリンネの視線の先にいたのは、剣を持ち、甲冑を着た騎士だった。

逃げなければ、と思ったが、リンネの脚は恐怖というセメントで固められて、否、体力も心も限界だ。

無理、動かなかった。


「死ねぇ!」


剣を振り下ろす騎士。

立とうとして、よろけた足が石段に躓き、奇跡が生じて剣を避けられた。

だが、もう動けない。

力なく地面に転がってしまうと────。

見当違いに振り下ろされた剣はリンネの太ももを三分の一ほど削った。

目が流れゆく血に釘付けになる。そして、ただならぬ激痛に抗いながら、ただひたすらに自身の想像に縋った。

これはきっと夢だろう、と。

幻覚だろう、と。

再び狙いを定めて振り下ろされる剣に、抵抗なんてしないかのように目を閉じた。


「─────!」


近くで、誰か何かを言う声がした。

けたたましい音を立てて、目の前の騎士を黒い炎が包み込む。

その炎は、叫び声でさえも灰にしてしまい、目の前の騎士は、一言も発することなく燃え尽きた。


「...大丈夫か。」


助けてくれた事、人がいたこと。

何もかもに安心し、リンネは気を失う。

力の抜け落ちた体が、その場に倒れ込む。

深い紺色の髪をしたその男がリンネ。朔夜凛音を抱えた。

そして、音も立てずに路地裏を去り、何処かへ消え去った。

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