牡鹿の角亭にて、鏡で見る自分の顔
牡鹿の角亭は、村の中心に近いところにあった。二階立てであり、一階が食堂になっている。飯屋だ。昼過ぎだというのに中々の賑わいがあり、はやっているようだ。二階は宿屋になっており、泊り客が足を運ぶ。俺は202号室に案内された。なんと、この建物を経営しているのは、モモとその家族であるとのことだった。
「オウカさんは、お腹が空いていますか?」
モモが去り際に訊いた。
「いや、まだ空いてないけど」
「それでは、夕飯前にまた呼びにきます。もし私に用事がある場合は、一階の厨房を訪ねてください」
「分かった」
俺は自分にあてがわれた部屋に入った。こざっぱりとした部屋である。畳で言うと六畳一間。木造のベッドがあり、掛け時計がある。また鹿のつがいの絵も飾られていた。ふとびっくりしたことは、ベッド脇に光の粒が舞っていたことだった。
「これはなんだ?」
俺は肩に座っているクーニャンに訊く
「これはトラップよ。触ると硫酸を浴びたように体がどろどろと溶けるんだ」
「マジか」
そんな危険なものが、どうしてここにある?
「オウカ。ためしに触ってみなよ」
「嫌だろ。部屋を変えてもらおう」
「何だよ。冗談じゃないか。これはセーブポイントよ」
「また嘘か」
「嘘をエネルギーに生きてますからっ」
クーニャンは俺の肩から飛び立ち、部屋をぐるぐると飛び回る。
「しけた部屋だなあ」
「とりあえず、セーブはした方がいいよな」
「うん」
彼女は掛け時計の上に腰を下ろす。両足を組む。
俺はおそるおそる光のほどばしりに体をつけた。光が音を立てる。
「セーブはどうやるんだ?」
「まず」
彼女は立ち上がり、
「セーブだニャン」
猫のような手をしてみせた。
「と唱えてポーズをとる」
「お前、嘘だろ」
「うん、ピース」
クーニャンは右手でピースサインをする。
「で、本当のところはどうやるんだ?」
「光に触れば、勝手にセーブしたことになるよ」
「ふーん」
俺はもう一度光に触れた。しゃりんと高い音が鳴った。これでセーブ完了だろうか。
「セーブしたら、死んでもセーブポイントからやり直せるよ。ただし、デスペナルティがあるけどね」
「デスペナルティがあるのか?」
「うん。レベルが5下がる」
「マジか。大変だな」
「そうよ。だから死なないように、さっさと強くなって」
「ああ。頑張る」
ふと俺は思い立ち、鏡を探した。しかしこの部屋には無いようだ。俺はクーニャンを見上げる。
「なあ」
「何?」
「俺って、イケメンか?」
「馬鹿じゃないの? 超ブサイクなんですけど。ぷぷー」
「ま、マジかぁ」
俺は脱力して、両腕を前にぶらんとさせる。
「なーんて、嘘嘘攻撃でしたー。どう、キュンキュンした?」
「嘘なのか?」
「鏡みればいいじゃない」
「あ、ああ。そうだな。ちょっと、トイレ行ってくる」
俺は部屋を出て、トイレの看板を探した。ちょうど左手の方に、宿泊者共用のトイレがあった。中に入ると洗面所もあり、そして鏡があった。俺は自分の顔を覗きみる。
「は?」
俺は鏡に近づいて行く。
イケメンだった。
それも、とびきりの。
髪はブロンドの短髪でさわやかな印象を演出している。目鼻立ちがすらっとしており、瞳は鋭い切れ長だ。肌の色は白く、右目の下に泣きぼくろがあった。何とも甘いフェイスである。
「これが、俺?」
俺は十数分も自分の顔を眺めまわしていた。まるで別人になった気分だ。まあ、ゲームの主人公なのだし、格好良いのは当然なのかもしれなかった。
部屋に戻る。
「うふふふふふ」
俺は上機嫌だった。
「なにその笑い方。きしょいんですけどー」
「おいクーニャン。俺はイケメンだったぞ」
「自分で自分を褒めるなよ」
「まあ、そうだな。でも、とても良い気分だ」
「ふーん。まあ私としても、貴方の顔は見ていて悪い気はしないけどっさ」
「ありがとう」
俺は親指を立てた。
「どいたま」
クーニャンも親指を立て返す。
それから、俺は少しの間ベッドに寝転がった。長く歩き続けてきたせいで疲れがある。