大根は白い
続きです。
あれからも旅の行進は続いた。歩く速度は、どうしても一番遅い人に合わせることになる。4人の中で一番遅いのはモモだった。おかげで俺たちのスピードは速いとは言えなかった。朝昼晩と休憩を挟めば、一日に進める距離は50kmほどがやっとである。本当は馬を買えば良かったのだろうが、馬という上等な生き物は、プートゲールには無かった。
夜になると俺たちは交代で眠った。どうしても見張りが必要である。最初モモが4時間起きて、次に俺がバトンタッチで4時間見張る。最後にルルアが起きて4時間警戒する。12時間休むことになるが、旅の疲れを考えるとどうしてもそれぐらいの休憩が必要だった。ちなみにクーニャンは12時間すやすやと眠っていた。よく眠れるものだと感心するほどだった。
ちなみにテントという上等な物は持っていなく、たき火を囲んで毛皮のシートに四枚の毛布をかぶるだけという貧乏さだった。おかげでたき火の暖を絶やすことはできなかった。
幸運なことにモンスターや野党に出くわすことは無かった。あれから五日ほど過ぎた午後のこと。
歩んでいると、目の前に看板が見えた。
文字は日本語では無かったが、俺は読むことが出来た。不思議と文字の意味が分かるのである。看板にはグランバルムと書かれており、真っ直ぐの矢印で示されている。町が近いのだ。
俺たちは歓喜に沸いた。
「やったぞ」
ルルアが両手を上げた。背中には彼女の体の三倍もありそうなリュックを担いでいる。おまけに大剣も持っているとなれば、かなりの重量だ。しかし彼女の力は強かった。これもレベル上げの成果である。
「やったな」
俺は両手をグーにした。ルルアと同じリュックを背負っている。肩にはクーニャンが乗っている。飛び立った。
「やったー☆」
「もう疲れました」
モモが両手をさげて、息を大きく吐いた。彼女のリュックは、俺たちよりも小さい。力があまり無いから、持てないのだ。
「行こう」
ルルアが元気溌剌と歩き始める。速度が上がっていた。ゴールを間近にして、心が軽くなったのだろう。
「ああ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいなあ」
モモが弱音をこぼしながらも、何とかついてくる。
それから30分も歩いただろうか。大きな壁が見えてきた。さらに近づくと、それがとても大きなものだと分かる。壁のところどころから、大きな砲口が突き出ていた。あれはロケット弾の発射機で間違いないだろう。バズーカという言葉が思い浮かぶ。砲口はいくつもあった。そして壁は高く、横に広がっていた。鉄製だろうか。それとも俺の知らない合金で出来ているのか。詳しくは分からない。色は黒く、硬度は高そうだ。
壁の前まで来たが、左右のどちらへ行けば門があるのか分からなかった。
「どっちに行く?」
ルルアが振り返る。
「んー、左っ」
クーニャンが指さした。
「まあ、左でいいけど」
ルルアが歩き出す。
その時だ。
悲鳴が聞こえた。
「なんだ?」
ルルアが立ち止まる。
「いま、悲鳴が」
モモが両耳に手をあてる。
「助けに行こう」
俺はその場にリュックを下ろした。どすんと音が鳴る。ロングソードと盾を持った。これはあの時と同じだ。イベントが発生したのかもしれない。
「おい待てよ、オウカ」
ルルアもリュックを下ろしていた。俺は走っていく。
木と木の間に、少年が逃げてくるのが見えた。両手には何か持っている。あれは、筆とパレットである。パレットには赤や青の絵の具があった。
少年の後ろから誰かが追いかけてくる。そいつは黒ずくめであり、カラスのような鋭い瞳をしていた。両手には大爪を装備している。知っている奴だった。というかカイナである。
「おいそこ、ちょっと待てよ」
俺は少年の前に踊り出た。子供は木の後ろに隠れる。
「そ、そこの兄ちゃん、助けて」
おびえた声だった。
「む、誰かと思ったら、オウカか」
「カイナ、何をやってるんだ? 追いはぎか? 落ちたな」
「違う」
カイナは首を振った。俺の後ろからクーニャンが飛んできた。カイナの肩に乗っているメルディーが瞳を大きくする。
「メルディー、へいやっぴー」
「やっぴー、クー」
二人は挨拶を交わす。
ルルアとモモが追い付いてきた。
「こいつ、あの館の」
ルルアが声を大きくした。
「ん?」
カイナはルルアを見て、眉をひそめる。しかしすぐに理解したようだ。
「覆面の奴か、なるほど二人いる」
ルルアは大剣を構えた。モモはロッドを持っている。
「子供をいじめるなんて、許さねえぞ」
ルルアが睨み付けた。
「違う」
カイナが首を振った。
「違う違う」
メルディーもカイナに習う。
「じゃあ何をやってたんだ?」
「その子供の手にしている筆とパレットに興味があってな」
俺は後ろを向いた。少年は確かにそれらを持っていた。
「筆とパレットなんて、欲しかったらどこかで買えよ」
「オウカ」
カイナはたんたんと話す。
「お前はグランバルムに、まだ入ってないのか?」
「これから行くところだ」
「あれから2月以上も経つが、何をしていた? 俺はもうグランバルムは攻略したぞ」
「ま、まあ色々あって」
俺は頭を掻いた。
プートゲールの山の洞窟で、メタル系のモンスターを相手にルルアとモモのレベル上げをしていた、とは言えない。
「まあいい」
カイナは両手の爪を構える。
「ここで会ったが運の尽きよ。オウカ、勝負だ」
「何でだ?」
俺はロングソードを構える。
「何で? 我とお前は宿命の敵同士。永遠のライバルだ。違うか?」
「いや、違うと思うけどな」
「ふん、大根は白い。なぜだと思う?」
またあれを言うつもりか。
俺はがくっとした。
「知らん」
「そうだ、大根は白い。そこに理由はいらない。我とお前は戦う。そこに意味など無くていい!」
カイナが走ってくる。
「ルルア、モモ」
「はいよ」
「はいっ」
「援護を頼む」
俺はカイナに切りかかって行った。カイナの大爪と剣が交差する。横からルルアが大剣を振りかぶった。カイナがもう片方の爪で防ぐ。彼は後ろに飛んだ。
「ふむ、やはり力が強いか」
カイナは服の内側から銀に光る金属を取り出し、口にはめた。あれは何だろう。
「クーニャン、あれはなんだ?」
「セカンドウェポンね」
「セカンドウェポン?」
ルルアが眉間に皺を寄せる。
「だいせいかーい☆」
メルディーが空中で両手を広げてくるくると回転していた。
クーニャンが難色を示す。
「二つ目の武器ってこと。リアラの精霊様に祝福されて、新しいアビリティを使えるようになってるわ。気を付けて」
「分かった」
俺は油断なく剣を構える。
「そこまで知っているのなら、話しは早い」
カイナが口にはめたのは、牙だった。唇から突起が出ている。
「アシッドブレス」
カイナが唱えた。口を大きく開け、黒く濁ったブレスが放出される。それほど危険なものには見えなかった。俺は盾で顔を隠す。
「そんなっ」
ルルアが驚いて、自分の剣を見ていた。大剣がさびている。
俺のロングソードも同様だった。
「いけませんっ」
モモが前に出てきた。ロッドを回転させる。地面に突き立て、
「アイシングブラスト」
突風が渦を巻いた。空気中の水分が氷結し、一気に気温が下がる。小さな竜巻がカイナを襲った。
「ふん、ならばこうだ」
カイナが突進してくる。当然竜巻もついてくる。
「うおおいっ」
俺たちは三方に散った。やがて竜巻は消えた。
カイナは俺を狙っていた。右手の大爪を振りかぶる。俺はさびたロングソードで応戦する。しかし、カイナは大爪を振り下ろさなかった。俺の一撃が、彼の顔を直撃した。
破砕音。
カイナが俺の剣の腹をかじり、かみ砕いていた。恐ろしい牙である。
「お、オーラバースト!」
俺は焦って唱えた。
周囲の空間が炸裂する。カイナは吹っ飛んで行った。大木にぶつかり、苦しそうな声を上げる。
「そこ、もらった」
ルルアがカイナに飛びかかる。
「二段突き」
ルルアとの稽古で、俺が一度も躱せなかった技を使っていた。
カイナは一撃目を交わしたが、二発目を首にもらい、地面に両手をつく。
ズバーン。
首はもちろん急所だった。ルルアの頭上で軽快な音が響く。クリティカルだ。
「ぐおあっ」
プートゲールの村でのレベル上げで、ルルアは強くなった。レベルが43まで上がっている彼女は、俺よりも強いかもしれない。後でステータスを確認しておこう。
「オウカ様」
モモが隣に来ていた。
「もう一度魔法を」
「分かった。ルルア、離れてくれ」
「オーケイ」
ルルアが後退する。俺は右手を掲げ、唱えた。
「ハイバースト」
同時にモモが詠唱する。
「アイシングランス」
カイナは背中の大木に背中を預ける格好になる。
「ぐううっ」
氷の槍が、カイナの両肩、両腕、両足にそれぞれささった。カイナは磔になっていた。
「ガアアアア!」
カイナが吠えた。顔が獣のそれに変わっていく。ユニークアビリティ、変身である。ルルアが走り出す。
「皆、そこまでだ」
俺は戦闘の終了を合図した。もういいだろう。
「おいおい」
ルルアが立ち止まり、残念そうな表情をする。
「カイナ、変身しなくていい。そのまま去れ」
俺はカイナに近寄り、四肢に刺さっている氷の刃を一つ一つ引き抜いた。
「ぐあ、ぐあ、ああっ」
カイナが悲鳴を上げる。全て抜いた。彼は地面に崩れ落ちる。
「お前ら……」
「おい、俺の大剣、どうしてくれるんだ?」
ルルアが眉をぴくぴくとさせて怒っていた。
「オウカ」
「何だ?」
「我はもっと強くなる。その時を、楽しみにしてろ」
カイナは立ち上がる。そして心もとない足取りで歩いて行く。
「メルディー、行くぞ」
「う、うん」
「じゃあね、メルディー」
クーニャンが手を振った。
「うん、クーも元気でね」
メルディーが手を振り返す。
カイナは引き返していく。その背中がどんどん小さくなっていった。少年の筆とパレットには、そこまで固執していないようだ。俺たちは警戒を解き、子供のそばに歩みよる。
「大丈夫か?」
ルルアがしゃがんで子供の頭に手を置いた。彼女は案外、母性が強いのかもしれない。
「た、助かったー」
少年の目には涙がにじんでいた。
「どうしてカイナはこの子供を襲ったんだろう」
俺は疑問で仕方なかった。
子供は俺をぎょろりと見る。
「お、オイラはただ、泉で絵を描いていただけだ! そしたらあの黒い奴がやってきて、僕に言ったんだ」
「なんて言った?」
ルルアが優しく話しかける。
「な、なんて言ったっけな。パーティに入れとか、そんなことを言った」
「ふむ」
ルルアが顔を落として熟考する。
俺は両腕を組んだ。カイナはこの子供をパーティに招こうとしたのか。この子供は、それほど強そうには見えないが。ルルアが顔を上げる。
「お前、名前は何て言うんだ?」
「……リュン」
「リュンか。家まで送ろう。家はどこだ?」
「グランバルムの中だよ。皆には教えてあげる。こっちだよ」
少年は走り出す。窮地を逃れたことで気分が高揚しているのかもしれない。
しかしすぐに立ち止まる。こちらを振り返った。
「ああでも、泉に画用紙を取りに行かなきゃ」
困ったような表情だ。
「付き合うぞ」
ルルアがこちらを向いた。
「皆、いいか?」
「ああ」
「もちろんです」
モモが両手の平を合わせた。
「めんどくさー」
クーニャンがぶつぶつと言う。
「それじゃあ行こう」
そして俺たちはグランバルムのすぐ近くにある泉に向かった。リュンは画用紙を拾うと、筆とパレットを泉で洗った。そして、グランバルムの門まで案内してくれた。入場許可証は爺さんからもらっている。門衛にそれを見せて、俺たちは晴れてグランバルムの町に到着したのである。そこで何が待っているのか、今はまだ分からないでいた。
今日は大事をとって早く眠ろうと思います。おやすみなさい。




