出会い
少し離れた土手の上で、うら若い少女が、魔物と言うべき金色の熊に襲われていた。少女は持っている杖をぶんぶんと振り回して叩いているが、熊は痛くもかゆくもないようだ。
俺は急いで崖を登った。生えている木を右手でつかみ、突き出ている岩を蹴って、土手の上へとよじ登る。
「何のイベントですか?」
俺は冷静だった。
「あ、あ、貴方。お、お助けください。キングベアーが」
少女が地面に尻もちをつけたまま、目の前のキングベアーを指さす。彼女は左手に何か握っている
「ぐおおっ」
キングベアーが吠えた。両足で立っており、金色の毛の両手を構えている。俺は担いでいるブロードソードを抜いた。
「勝てるかなあ」
「勝ってください」
「まあいいや。死んでも、死ぬわけじゃあないだろうし」
「な、何を言って?」
「いや、聞かなかったことにしておいてください。それじゃあ、ちょっくら熊鍋でも作ってさしあげましょうかね」
「くるんくるん、ちゃっちゃ、へい、やっぴー」
後ろの方で、クーニャンの声がした。
「おお、キングベアーだ。超かっけー」
俺はクーニャンの声には反応せず、キングベアーへと向かっていく。
「ぐもおおおっ」
「とりゃっ」
キングベアーが右手の一撃をくぐりぬけて、俺は突きを放つ。剣の切っ先がキングベアーの腹に命中した。しかし手ごたえは無く、敵を傷つけることはできなかった。
「おいっ!?」
「ぐもおおおっ」
キングベアーが左手を振り下ろす。それを剣で防ぐ。しかし勢いを殺すことができなかった。俺は後ろに吹っ飛んで転がる。
「よわっ、私の勇者様、よわっ」
クーニャンが顔を両手で覆っている。俺はすぐに立ち上がり、剣を構える。
「おい、クーニャン」
「何々? 絶体絶命なの? 仕方ないな。私と合体攻撃しよっか」
「合体攻撃?」
「なーんて、嘘嘘でしたぁ☆。そんな便利な攻撃、あるわけないじゃん」
「くそっ、お前、こんな時に」
「あのー」
地面に尻もちをついてる少女が遠慮がちに声をかけた。
「もしかして、勝てないのですか?」
「待て、今から勝つからさ、見てててくれ」
俺は地面の砂を取って握りしめ、キングベアーの顔に投げつけた。
「ぐもっ、ぐもっ」
キングベアーが両手で顔をこする。
「私の勇者様、せこいっ」
「さあ来い」
俺は胸を張った。仁王立ちとも言う。
「わあ凄い。天下無敵のポーズだ」
「そんな凄いもんじゃないけどな」
「隙だらけとも言う」
「お前は俺の仲間なのか?」
「うん。ブイ」
クーニャンが右手でブイサインをする。
「ぐもおおっ」
キングベアーが突進してきた。両手を地面につけ、イノシシのようにこちらに向かってくる。
「こ、来い」
俺は剣を捨てて、敵がぶつかってくる寸前、敵の背中に飛び乗った。
崖から空中へと放り出される俺たち。
「うおおおおおっ」
俺は悲鳴のような声を上げていた。崖はそれほど高くなかったが、キングベアーは大木にぶつかる。その衝撃で俺は空中に投げ出され、地面に降下する。地面にぶつかって転がり、頭が揺さぶられた。ゲームなのにとても痛い。しかしすぐに立ち上がる。キングベアーを探すと、木の根元で頭から血を流し、沈黙していた。
「ふう、勝ったぞ」
パンパラパーン。
俺の頭上で、祝福のような音楽が鳴った。
「つよっ、私の勇者様、つよっ」
クーニャンが飛んできた。興奮しているようで、顔をきりっとさせている。
「クーニャン、今の音楽はなんだ?」
「レベルアップだよ。君はキングベアーを倒したことで、レベルが1から2に上がったんだ」
「ふーん。やった」
俺は両腕を組む。
「凄い凄い、オウカ凄い。私、レベル1でキングベアーを倒した人なんて、初めて見たよ」
「普通は倒せないのか?」
「うん、今のは逃げるイベントよ」
クーニャンが人差し指をぴんとさせる。
「ふーん。あ、そうだ。あの少女は?」
「生きてるよ」
「おーい」
崖の下から、あの少女が歩いてくる。髪が長く、風に揺られてはなびいている。両手で杖と俺のブロードソードと、植物のようなものを持っている。俺も彼女の方に歩いて行った。ある程度の距離を置いて止まる。
「無事だったか?」
「あ、はいっ」
少女は顔を赤らめる。観察すると、身長は低いが、出るところは出ている。
「おい、お前、鼻の下伸ばしてんじゃねーよ」
クーニャンが少女の頭をはたいた。
「痛っ、そんなことしていません」
「嘘つけー、今、オウカの唇を見てキスして欲しいと思っただろ」
「そ、そんなこと思っていません」
「おい、クーニャン。やめてやれよ」
「分かったよ。グッドラック」
クーニャンは俺の肩に腰を下ろす。
「あ、あの」
「俺の名前はオウカ。お前は?」
「わ、私はモモと言います。モモとお呼びください」
「モモね」
「はいっ、この剣を」
モモが剣を渡してくる。俺は受け取り、
「ありがとう。でもモモ。お前はどうしてこんな森に一人で来たんだ?」
「それは、薬草を取るために、仕方なかったんです」
彼女は左手に握っている物を掲げた。
「その植物か。家族に病気の人がいるのか?」
「姉様が」
「そうか」
俺は両腕を組んで、辺りをぐるりと見回す。
「事情は分かった。だけど危険だから、お前の家まで俺もついていくぞ」
「いいのですか?」
モモが頬を吊り上げる。エクボができた。
「お前鼻の下伸ばすなよー」
クーニャンがモモに羽ペンの先を向けた。
「の、伸ばしてなどいません」
「嘘つけー。これから家にオウカを連れ帰って、あわよくば泊まらせて、カマキリのメスになる気だろう」
「俺は食われるのか」
「そんなこと致しません」
モモが顔の前で右手を振る。
「まあ、なんでもいいや。とにかく行くぞ」
「はい、こちらです」
「あー、オウカも落ちたなー」
クーニャンが両手で頭を押さえた。