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こちら空間管理(株)  作者: さちうめ
1/2

1話 貸し駐車場、始めました。

時は2016年、ゴールデンウィーク。

お昼頃の太陽が眩しいなか

500mlのペットボトル4本、アイスキャンデー2本、お握り3つの入った

コンビニ袋を持って男がブラブラと歩いていた。


半袖の白いTシャツに、黒いスラックス、黒のスポーツシューズ姿で

コンビニから自宅への道のりをボーッと宙を見ながら歩いている。


コンビニから歩くこと5分、アパートに到着。

アパートは2階建て、

1階に5部屋、2階に5部屋でエレベーターは無い。

道路に面した階段を駆け上がり、

一番奥まで歩いて行きスラックスから鍵の束をジャラリと取り出す。

約10年住んでいるからか、

鍵の束の中からサッと部屋の鍵を選び出し、カチャリと解錠してドアを開ける。


入って直ぐに横5m×奥行き4m程度の台所・洗濯機・バス・トイレがあり、

その奥に1部屋のみ横4m×奥行き10m程度のリビングが有る。


よし、アイスキャンデーは溶けていない。

コンビニ袋の中で冷たいペットボトルで挟んでおいた事が功を奏したようだ。

昼食時という事もあり、男は先ずお握りを食べようと思っていたが

身長170cm、体重80kgで少しふっくらした体型の彼には

徒歩移動が暑かったためか先にアイスキャンデーを楽しむ事にした。

袋の端の中央の表裏を左右の指でつまみ、グッと力を入れて開封。

木の棒をゆっくり引き出し、ヒンヤリした水色・長方形の固体とご対面。

おもむろに口に入れた所でリビングの固定電話のベルが鳴った。


『うむむ、こんな時に電話か・・・』

アイスキャンデーを袋に戻そうとも思ったが

一度出した袋には意外と入れ辛かった経験を事を思いだし、

食器置き場の皿に載せて冷凍庫に放り込む。

固定電話に子機は無く親機のみのためリビングまで小走りで・・・行かない。

台所で突っ立て居る。

この男、電話に出る気があるのか?

10コールほど鳴った所でスラックスのポケットが震える。

スマホの電話番号に転送をかけてあるため

アイスをしまう作業などから10コール以内で固定電話に

辿り着けないと始めから決めていた様子。


男はスマホ画面の通話ボタンをタッチし

「はい、お待たせしました空間管理(株)のハザマです。」と丁寧に回答。

「ええ、30分後にお車をとりに来られるのですね。承知しました。」と

丁寧に受け答えをして終話。


『さてと・・・』

白い半袖Tシャツの上からカッターシャツを着てボタンを留め、

玄関で黒い革靴を履いてアパートの廊下に出る。

ムワッとした暑さに『アイス、食べながら行こう』と思い部屋に戻る。

冷凍庫内のアイスを載せた皿はほどよくヒンヤリとしていて

その冷たさを手でも楽しむ。

『・・・いかんいかん、油を売っている場合ではない』

アイスを口にくわえ、玄関の鍵をかけてアパートの階段を駆け下りる。

アパートの駐輪スペースに行き

10年近く乗っているマウンテンバイクのワイヤー鍵の暗証番号を回し始める。

うむむ、両手を使う作業となると口にアイスを入れっぱなし、口が冷たい。

さっさと暗証番号通りに数字を回して解錠。

ワイヤー鍵はマウンテンバイクのフレームに巻き付けておき、

次の施錠時に簡単にほどけるようにしておく。


電話を受けてから、ここまで5分。

お客様の来訪まで残り25分。

ようやくアパートを出発しマウンテンバイクを漕ぎ、

先ほどのコンビニを通過しそのまま電車の駅まで向かう。

約10分ほど漕いだところで駅から300mほどの所に到着。

そこには家庭用の車庫が建っている。

金属の壁で四方八方が塞がれていて、正面のシャッターを開けるタイプ。

駅前のコンビニ・飲食店・駐車場などの密集地の中に何故か家庭用の車庫。

2台分入るサイズで1台ずつ別々にシャッターが付いている。

左側のシャッターには【空間管理(株)】という社名、

右側には【1日1,000円 連絡先XXX-XXX-XXXX】と

1文字1文字がシールで貼られている。

このシール、高反射素材らしく夜は少しの光源でものすごく光る。


1日1,000円で車庫のキャパシティは2台、

2台とも駐めたとして2,000円という収入。

1ヶ月を30日とすると6万円、アパートの家賃のみで消える。


ハザマは、車庫の横の人1人が通れるサイズの扉の鍵を開けて車庫中に入る。

扉から入る光で車庫の中が見渡せるが、

車庫の中はスッカラカン。車が1台も無い。

ハザマは平然とした顔で扉を閉じて、車庫の中の電灯のスイッチをオンにする。

壁に貼られたホワイトボードを見て

『えっと、あのお客様の車は赤色のスポーツカー、

 ナンバー87−32、場所は左シャッター。』

と確認、ワイシャツの胸ポケットから万年筆のような筒状の何かを取り出した。

そしてキャップらしき部分をひねって回転させる。

すると眼前には広大な平面のスペースが広がる。

明らかに車2台分のスペースでは無い、

それどころか車は15台ほど丁寧に整列して駐められている。


その広大な土地の地面は白い、とにかく真っ白い。

そして空を見上げても白い、天井は有るのだろうか? 遠くを見ても白い。

気温は先ほどまで居た5月の陽気とは違い10℃前後の肌寒さ。

目の前の空間に有るのは15台ほどの車の他に、事務机と椅子が1つずつ。

事務机の一番上の引き出しから車の鍵を取り出し、

赤色のスポーツカーまで歩いていき、

念のためにナンバープレートを確認してから車の鍵を開けて乗り込む。

エンジンをかけ、丁寧にゆっくりと車を動かす。


数メートル離れた所の地面にガムテープが貼ってある。

横3m×縦4mぐらいの長方形の外周に沿ってガムテープが貼られてあり

その枠内に車を移動させるようだ。

その長方形は左右に並んでおり、

長方形の中央には大きく文字が書かれている。

片方には【右】、もう片方には【左】とガムテープで文字を作ってあるようだ。

【左】と書かれている長方形に車を駐め、エンジンを止めて鍵を抜く。

車から降り、車のドアの取っ手に手を添えて丁寧にドアをそっと閉め、施錠。


そして再び万年筆らしき筒状の何かのキャップらしき部分を

ひねって回転させる。

この瞬間、目の前は先ほどの家庭用車庫の風景になる。

そして、左側の駐車スペースには赤のスポーツカーが有る。

5分ほどして、左側のシャッターをトントンと叩く音がして、

30分前に電話の主である50台のスーツ姿の紳士が登場。

紳士は車に乗り込みながら

「ハザマさん、ありがとうね。じゃぁ、3日分の3千円。

 領収書はいつも通りで。」

と財布から千円札3枚を渡す。

ハザマは予め用意しておいた領収書を紳士に速やかに渡しながら

「3日間の東京出張、お疲れ様でした。

 お疲れのご様子なのでお気を付けてお帰りください。」

と丁寧に挨拶をし、大きな道路まで見送った。


このハザマという男、名前は狭間(ハザマ) 管理(カンリ)

1987年生まれ、現在29歳。


ハザマは幼少の頃から手品のように目の前の物が消える事を

嫌なほど経験しており、ほとほと困らされている。

小学生の時に、遠足の前日の晩に目の前でオヤツが消えてしまい

夜中にコンビニに買いに走った。

中学生の時に、部活で使っていた楽器が消えてしまい

親に買い直して貰った。

高校生の時に修学旅行の海外でパスポートが消えて

旅行どころでは無くなった。

大学受験の試験会場にて受験票が目の前から消えた時には

再発行の手続きやらでバタバタして集中出来ず落ちた。

これらの事から、周囲のハザマへの評価は

【よく物を無くすオッチョコチョイ】と不名誉なものであった。


幼少の頃は1年に1回程度の消失であったが

中学生頃になると1ヶ月に1回、

高校生にもなると数日に1回へと頻度が増えた。

ハザマにとって、消失を何とか自力で解決せねばという想いが有った。

事象を計測して数値化するならば工学部が最適であろうと

2年の浪人の末、私立大学の工学部に進学。

その工学部には様々な測定分野の研究室が有り、

各々の研究室に所属する先輩・友人らに測定機器の使い方を教えて貰っておき、

誰も見ていない時に自らの身体や周囲の空間をくまなく測定した。

誰も見ていない時というのは、

こんな話をしても誰も信じてくれない事と、変人扱いされる事を恐れてである。

それら測定の結果、これといって突破口となる発見は無く、

自らの知識・着眼点・発想の未熟さを悔やんだ。

工学部での大学生活4年間の最終年、

数百万円の機器を消失させてしまい大学に居辛くなった。

幸い、再購入金額は大学全体で加入していた保険で何とか賄えた事と

【よく物を無くすオッチョコチョイだけど、何をするにも丁寧・確実】という

丁寧・確実という基本的な性格の部分を加味して不問となった。


しかし、大学に居づらくなった事などもあり

大学卒業後に同じ大学の大学院への進学はせず

『測定する分野を変えてみよう』と別の大学の大学院へ進学した。

その大学院では、生物の細胞、臓器、遺伝子、薬理学などを学ぶ事となった。


大学院には2〜3年間の修士課程や博士課程前期と呼ばれる期間と、

その後の3〜8年間の博士課程や博士課程後期と呼ばれる期間がある。

そこで研究を行い学会発表や論文投稿などをして、

それら実績から修士号や博士号を与えられるための審査が行われる。

ハザマは工学部の専門であったが

全く知らない生物系に専門分野を変えたため、周囲に追いつくのが大変だった。

しかし先輩らの研究の手伝いや、

研究室の研究テーマにそった自身の研究を通じて知識と技術を習得していった。

そして毎日ヘトヘトになって自宅に帰ると

自宅アパートのリビング内に作った研究スペースで消失に関する研究を行った。


するとどうだろうか

工学部で学んだ物理や工学的な知識と

生物系で学んだ生物の細胞、臓器、遺伝子、薬理学の知識から

自宅での仮説と実証作業が少しずつ進むようになった。

どうやら自分という存在が何かの引き金になっていて

無意識のうちに脳が何かしらの干渉を異空間に行っている様子。

そして特定の鉱石が

その干渉を遮断・増幅を切り替えられると分かった。

その遮断効果のおかげで、勝手に消失する現象は無くなった。

併せ持つ増幅効果に切り替える事により意図的に消失もさせられる。


そして2年前の2014年の正月、

大学院修士課程が終わる頃の26歳の時、異空間に行く事に成功。

始めは自宅のアパートの実験スペースにて

目の前の空間に直径50㎝程度の穴が空いていた程度。

恐る恐る手鏡のみを穴の中に入れて覗き込むと、

このアパートに越してきてから消失したものがゴロゴロと転がっていた。

ここ、2階だけど異空間で見えている場所は地面のようだ。

うっかり高層ビルで異空間に入って転落という悲劇は無いな。

ああ、引っ越してきた当日に消失したソーラー時計発見。

太陽も紫外線も無いからか、時計の針は止まっている。


それから大学院には顔を出さずに、自宅での研究に没頭。

1ヶ月後の2月頭には、

身体ごと異空間に行く事が出来る規模まで穴を広げる事ができた。

ハザマという男は、とても慎重である。

空気はあるのか? 時間は止まっているのか? 紫外線は強くないか?

など、慎重に測定を行った。

また、異空間に行って帰って来られなくなる事を防ぐために

こちら側の世界から強制的に穴を空けられるようなタイマー装置も作った。


異空間の安全性について思いつく限りで一通り調べたハザマは、

試しに異空間に滞在してみる事に。

布団、アイマスク、食糧、空気ボンベ、スマホをリュックサックに入れて出発。

この1ヶ月間の調査で分かっていた通り、

異空間は10℃前後のため寒い、

夜中でも明るい(真っ白)のためアイマスク着用で寝た方が良い、

空気はどうやらこちらの世界との穴を空けた時のみに

こちらの世界から供給されている事と、

スマホの電波は穴が空いている時のみ届いている事から

穴は開けっ放しが良いと判断。

12時間ほど滞在し、トイレに行きたくなって

『トイレの事を忘れていた。

 下水道とか無いから水洗式トイレの設置は難しいな』

と思いながら、こちら側の世界のアパートのトイレに駆け込む。

スッキリとした顔でトイレから出てきて、

「よし、異空間への行き来が出来るようになった!」と

今まで自らの人生を散々狂わせてきた異空間を制御出来る事を確信。


ここでハザマは考えた。

この素晴らしい技術を『学会発表』『論文投稿』すべきかと。

人類共有の財産として技術を公開し

有能な研究者の方々に平和利用方法を探索して貰おう。

でもね、私より有能な人間って山ほどいるから

実力が足りない私はいずれ不要と言われてしまうかも。

うむむ、それは悲しいな。

せっかく自分で苦労した技術なのに

研究から外されてはたまったもんじゃない・・・・。


他には『特許』を取るべきかも考えよう。

確か、特許を取りたい場合は誰も知らない状態、

つまり学会発表とかしていない公知の事実では無い状態での申請だったはず。

学会発表や論文投稿より前に特許申請について考慮せねばならなかったな。

自分でこの技術の特許をとっておけば

技術を使う企業らからの特許使用料だけで大金持ちになれる。

でもね、大金持ちイコール有名人だよね、

Twitterとかで「ハザマ、コンビニでエロ漫画購入」とかアップされるのは困る。

私は周りの目を気にせずひっそりと過ごしたい・・・・。


『学会発表』『論文投稿』『特許』という

技術の不特定多数への公開には1つ危ない点が有る。

大きなものを一瞬にして隠せるため、犯罪への応用が効く。

ならば技術は公開せずブラックボックス化しておき

異空間へ行くための機器のみ貸し出すというのはどうだろうか?

そして異空間管理協会とか作って、町名とか番地を振ったり

異空間での車移動用に信号を作ったり、

交通事故などのトラブル発生時の解決方法を考えたり・・・・・

うわぁ、すっげー大変だな、やること多い。

技術が分からないようにブラックボックス化してとはいうけど

貸し出す以上は解析されないとは断言出来ない。

というか莫大な利益が出るんだから、何としてでも解析されてしまうだろう。

そもそも世の中の常識が変わる事によって

被害を受ける業種もあるから恨みも買いそうだよな。

そして思いにもよらない事故・事件が発生して被害が出て

私が責任をとって協会会長の立場を降りるなんて事に。

もしや、私の協会会長の立場を狙って誰かが罠にかけてくるかも?!


・・・ふぅ、夢見る規模が大きすぎたね。

調子にのって色々と考えすぎた。

よし、会社を作ろう。

誰にも異空間の事を知られないように

私1人でコッソリと異空間を運用する。

倉庫でも開くか? 

いや倉庫は不味い、荷物の管理の知識が無いため腐らせてしまうし、

多量の荷物を1人では移動させられない。


とりあえずアパートのベランダに出て

干してあった洗濯物をとりこみながら周囲を見ると

街を行き交う車が見える。

そういや、この前に友達の車で駅まで行って

駐車場が空いて無くて困った事が有ったよな。

駐車場の経営なんてどうだろうか?

うん、良いんじゃないか?


さっそく会社設立について行動を開始。

通常、会社を新たに作る場合には法務局に

『こういう内容・目的の会社です。』

と明記した定款(ていかん)という書類を申請する。


先ずは定款をパソコンでワープロ打ちする。

定款の内容・目的のうち内容である

会社名、所在地、株式の額・発行数、決算方法、

株主総会の実施方法、役員の構成については

インターネット上に有る文例のおかげで直ぐに書けた。

インターネットって便利だ。

目的の欄については異空間の事は知られたく無いため

貸し駐車場の運営と、ぼやかして書いておいた。

ネットで見かけた目的欄の文例に有った

コンサルティング、研究機器・ソフトウェアの開発・製造・販売

なども、とりあえず書いておいた。後になってから追記しようとすると

法務局への収入印紙だけで5万円かかるらしい。


次は、そのワープロ打ちした定款を

法務局に提出する前に公証人役場に持って行き

『公式な書類ですよ』という内容の書類を入れて製本して貰い、

法的効力を付与。

その足で法務局に向かい、

法人設立用の代金の印紙を貼り、

窓口カウンター横にある透明な受付ボックスに書類を入れたと同時に、

職員の方々が起立し「法人設立ですね、頑張ってください。」と

拍手をしてくれるようなドラマみたいな展開は無く、

入れた書類がボックス内でパサリと乾いた音を立てて提出完了。


それから待つこと1週間。

法務局から 「書類を受理しました。貴方がボックスに書類を

入れた日である4月1日が設立日となります。」

という電話がかかってきて晴れて設立完了。

そうか、連絡が来た日が設立日じゃなくて

1週間前に書類を持って行った日が設立日なのか。

連絡が来た時に会社設立を喜ぼうと思っていたので、少し肩すかし。


このような経緯を経て

駅前に土地を借り、2台収容家庭用の車庫を作って会社運営を開始。

お客様には

『駅前でお車を預かってから少し離れた場所に移動して保管。

 取りに来られる時には駅前に持って来ます。

 預ける時と引き取る前にお電話ください。』

と伝えてあるため、

まさか異空間に置いているだなんて誰も思わないだろう。


そして会社設立から2年間経ち、

2016年のゴールデンウィークに至る。

開業当時は車の鍵を預ける事や、

別の所に移動させる事が事故などに繋がらないかとお客様が少なかった。

しかし、2年もすると口コミで常連客さんたちが付いてくれた。

1日あたり15台前後を1,000円/円/日で預かっているため

1日の売上げは約15,000円。

1ヶ月が30日として月に45万円の売上げ。

自宅兼オフィスの家賃6万円と、

駅前の土地の賃借料20万円と、

各種諸経費やら税金やらの6万円の合計32万円を

引いた残り13万円(13=45−32)が自分の給与(役員報酬)となる。

大学院の学費が月あたり5万円かかるので、

食費やらで使用出来るお金は8万円。こんなもので良いと思っている。

現在は常連さん相手の商売のため

広告とかを出せば1日当たりの台数も増やす事は出来るだろうが

大学院生としての研究の時間を確保したい。

そのため駅前の家庭用車庫前でずっと待っているスタイルよりも

電話で呼び出される度に自宅や大学から自転車で駅前に移動して

車の授受を行う方法が望ましい。


そんななか事件は起こった。

ゴールデンウィーク中頃の夕方、

知らない電話番号から依頼の電話がかかってきた。

お車を預かるために自転車で駅前に向かい

お客様が車庫の前にいらっしゃっるのを見かけてご挨拶。

そのお客様ですが、挙動が少し怪しかったので

何日間のお預けですか?と聞いてみたところ

「あ、え、1〜3週間ぐらいかな?」との返答。

愛車をそんな適当な預け方するなんて何か裏があるのでは?

そういえば前に似たような回答をしたかたは結局取りに来られず

連絡先の携帯番号も不通で連絡の取りようが無くて

異空間に1年以上鎮座している。体よく捨てられた?!

とはいえ車に罪は無いので、

ずっと同じ場所に駐めっぱなしだと

タイヤの同じ場所にだけ圧力がかかって痛むし

空気が薄いとはいえブレーキパッドが錆びる事から、

定期的に数メートルほど動かしてあげている。


今回も預かりっぱなしというのは困るので

「初めてのご依頼という事と、長期間という事もありますので

 前金としていくらか戴けませんか?」と聞いてみたところ

ポンと10万円を渡してくれた。1日1,000円だから、100日分かよ! 

1〜3週間どころの金額じゃないでしょ、捨てる気マンマンか?!

ここで変な事を言って相手を怒らせて刺されでもしたらたまらない、

どうせ異空間は広大だ。預かりっぱなしでも問題無い。

それに本当に取りにこられる事も十二分にありゆる。

ハザマはいつも通りの営業スマイルにて

10万円と記載された領収書を発行し

「車を取りに来られた時に差額をお返しします。」

と言って、手渡した。


そのお客様が駅に向かって歩かれるのを見送った後、

ハザマは車のチェックをする。

先ずはドライブレコーダーの撮影機能である。

異空間の存在がバレてはならないため

レンズの前に紙を貼り付けて風景が映らないようにする。

または電源を切れるものは切っておく。

次にドライブレコーダーの録音機能。

今のドライブレコーダーはエンジンを切った後も

車のバッテリーからの給電で動く物もあるため

異空間の存在を気付かれるような発言をしないように気を付ける。

これら異空間の存在がバレる事の防止策を行ったのち、異空間に収容。

余談であるが、

預かった時とお返しする時の走行距離のメーターが

数メートルしか違わないとご指摘をいただいた事が有る。

その時は「今回は移動させず、ずっと駅前の車庫に置いてあった。」

と言ってしのいだ。それ以降は適当に異空間内で走らせる事も。

常に工夫を蓄積し、バレないように慎重である。


さて、時間は16時過ぎか・・・。

えっとホワイトボードの情報を見ると

そろそろ常連の伊藤さん、山田さん、牧さんが車を取りにこられる頃だ。

それが終わったらアパートに帰ろう。

大学院の研究室で本日やるべき事は済ませてあるから、アパートに直帰だ。

お客様がいらっしゃるまでの数十分間、

駅前のコンビニで雑誌と炭酸飲料を買ってきて、

涼しい異空間の中でノンビリと待つ事としよう。

異空間の穴を少し空けておけばスマホの電波と空気が入るから

連絡の電話も受けられるし呼吸も出来る。

ヒンヤリ涼しい異空間に置いて有る事務机の机上に雑誌を置き

椅子に座って雑誌を読みながらお客様の電話を待つ。


「ムー ムー」


「え? 何、今の音。 何か居るのか?」


「ムー」


さっきの怪しいお客様の車のほうだ・・・

恐る恐るトランクを空けると


居た・・・


タンクトップ姿に短パンでマッチョな30歳前後の男性が

さるぐつわを噛まされた状態で

手足を縛られてトランク内に横たわっていた。


真っ白で広大な異空間の中で

呆然と立ち尽くすハザマと、

トランクの中からハザマを見上げるマッチョ男性。

しばらく沈黙が続いた後、ハザマは、そっとトランクを閉めた。

あの怪しいお客、マッチョ男性を葬る予定だったのか?!

まさか罰ゲームとかのお遊びか?

ちくしょう。いずれにせよ異空間を見られたのは問題だ。


ハザマは2つの選択肢を思案した。

 1.このまま知らんぷり

 2.助ける


うむむ『1.そのまま知らんぷり』をしてしまっては

穴を閉じればいつか空気が薄くなって呼吸が不味いし

10℃前後の空間でタンクトップでは体温が不味い。

『2.助ける』としてもどうすれば良いか。

もしも、あのお客が車を取りに来た場合「逃げちゃいました」みたいな

まるで犬が逃げちゃったみたいな軽いノリでサラッと流せるか?

そうだ、罰ゲームで入っていた方は熱中症対策で出て貰ったと言い切ろう。

まさか犯罪がそこに起こっているとは思っていない、

罰ゲームと信じて疑っていないノリだ。


次に、あのマッチョには異空間の事の口止めをせねばならないが、どう言おう。

あの不自然までに真っ白な広大な空間、説明が付かない。

うむむむ、頭が痛い問題だ・・・


とりあえず車を異空間から出して家庭用車庫内に移動させ、

異空間の穴を閉じてからトランクを空ける。

ハサミで口のさるぐつわと、手足の縄を切ってあげた。

マッチョ男が車から降りやすいように手を貸そうとしたら

元気満点でぴょんと飛び降りて来た。


さて何から話そうかとハザマは考えた。

先ずは異空間について誤魔化す内容だ。

するとマッチョ男は

「さっき凄かったのよ、真っ暗なトランクに居たから

 急にトランクが開いて外の光が眩しすぎて目がチカチカしていて

 とっても幻想的な雰囲気だったのよ。」

とヘラヘラと特徴的な口調で話し始めた。

よし、異空間についての問題は解決した。


次はトランクに入れられていた意味についてだ。

場合によっては殺人犯の計画を邪魔したとして

私が殺人犯から恨まれてしまう。口封じされるかもしれない。

どうしようか口封じに刺されそうになったら

異空間に閉じ込めて空気が薄くなった所で手足を縛ってと様々な思案をする。

するとマッチョ男は

「ごめ〜んねぇ、あれはワタシが勝手に入っただけよ。

 最近の車ってトランクの中に開閉ボタンが有って

 それを押すだけで閉まるのよ。

 だから自分で入ってみた。手足を縛ってあっても

 ボタンを押せるのよ。後で出ようと思ったわけよん。」

 とあっけらかんと話出した。

開いた口が塞がらなかった、と同時に安心した。

事件性は内、このマッチョ男の独り遊びだけが原因だから。


・・・という事は、挙動不審なお客は何も悪くない。

『お客様』を疑い始めた時点で

心の中での呼称を『お客』としていた失礼な自分を悔いた。

先入観で行動しないのが私のモットーなのに。


それだけ真剣に考えているところを横目に

マッチョ男は

「じゃぁね〜、ばいばーい。お仕事頑張ってねぇ。」と

ウィンクしながら爽やかに去って行った。

ちょっと待ってくださいよと呼び止めようとした時に

常連客の山田様からの電話がスマホにかかってきたので

踏みとどまりその日の仕事を予定通り済ませてから帰宅。

その帰り道、いつも行っている電子部品屋さんに立ち寄り

周囲の音や熱源を確認するセンサーを買って帰った。

これからは預かった車に生き物が載っていない事を確認しようと。




そして翌日、

目を覚まして顔を洗い

トーストを食べながらテレビでニュースを見ていたら

昨日の挙動不審なお客様が何かしらの容疑で逮捕されたと流れていた。

下手に関って異空間について勘ぐられでもしたら厄介なので

車の事について、知らないふりしておこうと決めた。


朝8時に車を預けたいという新規のお客様のお電話を受け

8時少し前に駅前に行ったところ、刑事さんみたいな4人組みが待っていた。

ああ、車を預かった事が何故か把握されている。

幸い、家庭用車庫の中に該当の車は置いてあったため

そのまま平然とした顔で鍵を渡し、念のため引き渡し鉦に連絡先と署名を貰う。

念のためネットでその番号を調べると近所の警察署だった。

念のため電話をかけてみてその人物が目の前に居る人物と同一である事の照合をかける。

その車を見送りながら、刑事さんみたいなうち1名が

マスクをしているもののマッチョ男に似ているなぁと思ったが

向こう側から知り合いのそぶりを見せなかったので、

何かしらの配慮があるのだなとありがたくお言葉に甘えておいた。


さてと、本日も研究に仕事に頑張ろう。


ご拝読いただき、ありがとうございました。

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