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第2章 出会いは恋の予感?-1



「で?」

「公園に白いワンピースを着た女の子がおって、もう夜も遅いから帰った方がええんじゃな

いかと声を掛けようとしたら、誰かがいきなりオレの頭を殴ってきやがって。振り向いたら

今度はパンチが鳩尾にヒットしてひるんだら廻し蹴りが飛んできたんじゃ」

「で?」

「気失って、目が覚めたら朝じゃった。オレがブランコの前で倒れとっても誰も起こしてく

れんのじゃけー、やっぱり東京の人間は冷たいのー」

 勝弥は鈍痛が残る頭をさすりながら、乾いた笑い声をもらした。

 眼前には目の下に隈を作った祥子が指をポキポキ鳴らしながら鳴滝山(注・尾道の山)の

如く立ちはだかっていた。

「で?」

「そんだけじゃ」

 祥子は間髪要れず、勝弥の胸倉をつかんできた。言うまでもなく、その瞳は殺気に満ちて

いる。

「何のためにあんたを八重垣麻衣のアパートへ行かせた思うとんね?」

「え? おばちゃんが心配じゃったけー、ぐぇ」

 祥子は勝弥の胸倉をつかんだまま、首を絞めつけてきた。全くの手加減なしだ。

「アホか? 彼女の失踪の手掛かりになるようなもんを見つけさせるためじゃろうが!」

「あ、そうじゃったんか」

 勝弥はかすれた声を絞り出した。これが祥子の怒りに拍車を掛けたらしい。怒りゲージは

MAXに達した。

「お前にちょっとでも期待したあたしがバカじゃったわーっ!」

 祥子の右足が弧を描いてきれいに上がったかと思うと、カカト落としが勝弥の後頭部に炸

裂した。





 勝弥はお花畑にいた。川岸の向こうから、昨年死んだはずの祖母が手招きしているのが見

えた。

「もしかしてこれがあの有名な三途の川ってやつなんか? ってことは、オレ死んだんか?」

 勝弥は自分でも驚くほど冷静に三途の川を見入っていた。

「ばあちゃーん、そっちは天国なんかぁ? 楽しいかぁ?」

 祖母はしわだらけの顔をさらにしわくちゃにして満面の笑みでうなづいていた。

 勝弥はためらうことなく、川を渡ろうとした。

 その時。

「あぁーずぅーまぁー」

 禍々しい声が勝弥を呼び止めた。

 恐る恐る振り返ったその先には、地獄の閻魔様と化した祥子がいた。捕まれば、地獄で重

い足枷をはめられ針の山を歩かされ一生奴隷の身だ。

「そんなんいやじゃーっ!」

 勝弥は慌てて川に飛び込んだ。しかし、泳いでも泳いでも祖母のいる川向こうに辿り着け

ない。

祥子はどんどんとその距離を詰めてくる。

「ばあちゃん! オレを助けてくれぇや!」

 祖母はただ微笑んでいるだけでだった。

「東、逃がさないわよー」

 勝弥は祥子の大きな右手でひょいを川から引き上げられた。

「センパイ、許してつきゃー! 心を入れ替えて探偵として精進するけーっ!」

 勝弥は叫んだ。





「最初からそう言ってればいいのよ」

「へ?」

 勝弥はきょとんと瞬きした。

 眼前にはにっこりと笑みを浮かべるスーツ姿の祥子がいた。お花畑も三途の川も祖母もい

なかった。いつもの祥子の事務所だ。

 勝弥は床に寝転がっていた。

「ありゃ?」

 半身を起こす。頭のてっぺんが疼いた。

「何おマヌケな顔してんのよ」

「さっき死んだばあちゃんが三途の川の向こうでオレのこと手招きしとったんよー」

 祥子の顔が一瞬引きつったのを、勝弥にしては珍しく見落とさなかった。

「センパイ、オレのこと殺したって思うとったんじゃろう?」

「バカ言ってんじゃないわよ。あたしだってどれぐらいの力を入れれば人が死ぬかぐらいわ

かってるわよ」

 乾いた笑いを飛ばす祥子を、勝弥は半眼で睨んだ。が、そんな勝弥の疑いも眼差しも祥子

には通用しない。

「それより、さっき言ったこと早速実行してもらおうじゃない」

「さっき言ったこと?」

「そ。探偵として精進するって」

「げっ、オレそんなこと言ったんか?」

 後悔先に立たず。そんな言葉が勝弥の脳裏に浮かんだ。

「そういうわけで、もう一回八重垣麻衣のアパートに行っといで」

「何で?」

「あたしが言ったこともう忘れたんか?」

「覚えとるけど、それってプライバシーの侵害とかになるんじゃないんか?」

「アホ! 手掛かりがないと探す見当がつかないでしょうが。後、友達とかにも話聞いてく

んだよ」

「友達って、どこにおるん?」

「大学行きゃそれぐらいわかるじゃろうが」

「オッスっ!」

 祥子の怒りゲージがまたMAXに達しようとしていたことを悟った勝弥は、脱兎の如く事

務所を抜け出した。

 が、すぐに引き返す。

「センパイ」

 勝弥はモーニングコーヒーを飲んでいた祥子に右手を差し出した。

「何?」

「交通費まだもらっとらんのじゃけど」

「そんなもんあるわけないでしょう」

「おばちゃんから前金もらっとったじゃんか」

 祥子の一睨みで勝弥は黙らされた。そして、祥子が指差した先へ目線を動かす。

 一台の自転車があった。

「まさかこれで行けって?」

 勝弥は不満の声を上げた。その自転車はスポーツタイプではなく、極普通のママチャリだ

ったからである。

 ここでも祥子の守銭奴ぶりは発揮されていた。しかも、ここは三階。一階まで担いで降り

なければならない。

「サ店の駐輪場に置いときゃいいのに」

「あのね、ここは東京なの。そんなとこに置いてたら盗んでくださいって言ってるようなも

んでしょう。あ、これも持っていきなさい」

 祥子は思い出したように机の引出しからリュックサックを出すと、こちらに投げつけた。

勝弥はそれを受け取る。勝弥用の探偵グッズが入っているリュックサックだ。勝弥が祥子

の手伝いをさせられる時には決まって持たされる必須アイテムだ。ちなみに中身は、メモ帳、

ボールペン、デジタルカメラ、テレフォンカード、アウトドアナイフ、懐中電灯、地図。そ

して、探偵事務所の宣伝用のビラ。

「定時連絡もちゃんとするんだよ」

「またテレカ? 携帯は持たせてくれんのんか?」

「そんなもん持たせる余裕があるわけないでしょう! つべこべ文句言ってるヒマがあった

らさっさと体動かしなさい!」

 一度は五十パーセント以下になっていた祥子の怒りゲージが再び上がり始めていた。

「オッス、行ってきます!」

 コーヒーカップが飛んでくる前に、勝弥は自転車を肩に担いで階下へ降りた。






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