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第1章 厄病神と裸足の幽霊-6


「ここって……?」

 勝弥は麻衣のアパートを見上げて唖然とした。

 麻衣のアパートは勝弥が追い出されたアパートと同じ早稲田にあった。


 ウソじゃろー。こんな近くにおって気付かんかったんか……。


 勝弥は運命のいたずらを呪った。もしかしたら何度も麻衣とすれ違っていたのかもしれな

い。もっと早くに麻衣だと気付いていれば、麻衣は行方不明にならずにすんだかもしれない。

勝弥は自責の念にかられた。

 典子についてアパートの階段を上がると、典子は二〇三号のプレートの貼られた部屋のカ

ギを開けた。

「散らかってるけど、どうぞ。お茶ぐらい出せるから」

「いいよ、おばちゃん。そんな気使わんかって」

 などと言いながら、勝弥は半分だけ胸をときめかせて麻衣の部屋に入った。

 1DKの小さな部屋は女性の部屋にしては殺伐としていた。幼年時の麻衣の部屋は、ぬい

ぐるみや花などがあり色鮮やかなイメージがあった。

 しかし、今勝弥の眼前にある麻衣の部屋は机とベッドとクローゼットがあるだけの、寂し

いものだった。キッチンには菓子やインスタントラーメンなどの買い置きが山積みになって

いる。

「もうこんなものばっかり食べてるから太るのよね」

 典子の言葉に勝弥は苦笑した。

 勝弥の思い出の中では、麻衣は家庭的なしっかり者だった。が、今のこの部屋を見る限り

ではそんなイメージは微塵も感じられない。


 思い出ってのはたった半年で美化されるもんなんかの。


 麻衣のことは表面上しか知らなかったのかもしれない。ただ自分が勝手にそう思い込んで

いただけなのかもしれない。

 勝弥は美しい思い出の一ページが破れていくのを実感した。

「よかったら何か持って帰る?」

 振り向いた典子の瞳は涙で潤んでいた。母親にとって愛娘の失踪は身を引き裂かれること

よりも辛いのかもしれない。

 勝弥はそんな典子に罪悪感を覚えた。初恋の君の変わり果てた姿に幻滅し、典子の気持ち

を察してあげることができなかった自分を恥じた。

「いいよ。麻衣姉が戻ってきたら怒られるじゃろう」

「勝弥くん」

「オレ、帰るけー。また何かあったら連絡してくれりゃあ、いつでも駆けつけてきちゃるけ

ー」

 勝弥は典子の目を見ることができないまま、麻衣の部屋を出ていった。





 麻衣のアパートを出た勝弥の足は、自然と自分が今朝まで住んでいたアパートに向いてい

た。

「そうじゃった。もうあっこには帰れんのじゃった」

 六畳一間北向きフロなし共同トイレ、家賃三万円。その昔、早稲田大学の勤勉学生が使っ

ていたという今時なかなかお目にかかれない超格安物件と、不動産業者に乗せられて借りた

アパートだったが、今思えば騙された気がしないでもなかった。もっとも半家出人で保証人

もなかった勝弥に貸してくれるアパートがあっただけでも御の字と思わなければならない。

「せっかくここまで来たんじゃけー、飲んでいくか」

 勝弥は例の場所へ向かうことにした。

 それは町民たちの憩いの場所、公園。十時前はまだ酔っ払いもいない。静かなものである。

 勝弥はためらうことなく、水呑場へ直行した。ここで何度空腹を紛らわしたことだろうか。

最初はカルキ臭くて飲めなかった水も今では『神の水』に等しかった。

勝弥は空腹を満たした体を近くのベンチに預ける。続いてお約束の睡魔が襲ってくる。

 キィキィと揺れているブランコの金属音が子守唄に聞こえてくる。


 ブランコ?


 勝弥はふと疑問に思った。さっきまで公園には誰もいなかった。ブランコが揺れるほど風も

強く吹いていない。なのに、なぜブランコの揺れる音が聞こえるのか?

 勝弥はブランコの方に寝ぼけた目を向けた。

 そこには白いワンピースを着た長髪の少女が小さくブランコを揺らしていた。年の頃は中

学生くらいか。うつむいていて顔がよく見えない。しかし、その姿は中学時代の初恋の君を

思い出させた。

 あんなやさしい母親に心配掛けて、麻衣はどこに行ってしまったのだろうか。

勝弥は自分の母、佐知恵(さちえ)を思い出した。典子と違って気の強い肝っ玉母ちゃんだが、

かわいい一人息子のことを心配して夜な夜な枕を涙で濡らしているのかもしれない。

 明日、尾道にいる佐知恵に電話をしてみようと思う勝弥だった。


 あの子の母親も心配してるかもしれんのー。


 そんなことを思いながら、勝弥はその少女を見入っていた。と、少女は勝弥の視線に気付

いたのか顔を上げた。

 勝弥は息を呑んだ。

 大きな瞳、通った鼻筋、形のよい唇が小さな顔の中にバランスよく収まっていた。

 紛れもない美少女だ。可憐という言葉はこの少女のためにあると言っても過言ではない。

 過去こんな美少女にお目にかかったことはない。

 しかし、その可憐な美少女の大きな双眸はどこか虚ろだった。しかも、裸足だ。

 勝弥は不審に思い、美少女のいるブランコへと歩み寄る。


 別にこれをきっかけに知り合いになろうなんて思ってなぁぞ! オレはただあの子と母親

のことを心配しただけなんじゃから。


 胸中で誰にというわけでもなく言い分けする。

「彼女」

 勝弥は殺気を感じて言葉を切った。

 直後、後頭部に衝撃が走った。普通の人間なら間違いなく気絶している。勝弥は後頭部を

押さえて振り向いた。

 次の瞬間。

 今度は鳩尾に拳が飛んできた。さすがの勝弥も相手を確認する余裕もなく身構えるが、拳

は防御の腕を抜いてクリーンヒットし、ひるんだところに上段廻し蹴りが側頭部に飛んでき

た。

「なっ……」

 勝弥は美少女に声を掛けることなく、その場に叩きつけられ気を失った。





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