第1章 厄病神と裸足の幽霊-3
「………………。ぷっ」
しばしの沈黙の後、吹き出した祥子が腹を抱えて笑い出す。
「そぎゃあに笑わんでもえかろうが。フリーズ・リーやジョッキー・チュンみたいなアクシ
ョンスターになるのは子供の頃から夢じゃったんじゃけー」
「東が? そんなの初耳だよ」
笑いすぎて涙を浮かべる祥子。
「この夢はずっとオレの胸の中にだけ秘めとったんじゃから。空手をやってたのだってアク
ションスターになるための一環にすぎんのじゃけー」
「だったら、カンフー習うのが普通じゃないの?」
「尾道にカンフー道場なんかあるわけなかろう。じゃから、オレは空手を選んだんじゃ」
「ふーん。あたしはてっきり高校行くのが嫌になって何となく上京してきたのはいいけど、
やりたいことも見つけられず職にもつけず仕方なくそんな大義名分思いついたんだとばかり
思ってた」
ぎくっ。
勝弥は大仰に動揺した。図星だったからである。
確かに祥子の言う通りだった。東京に来れば何とかなるぐらいに思っていた。しかし、実
際は何もならなかった。それどころか、人間の嫌な面ばかりを目の当たりにして、人間不信
に陥りそうだった。そんな時、たまたまバイトの面接を受けるため入った電気店のテレビコ
ーナーで昔懐かしフリーズ・リーの映画が流れていたのである。子供の頃、リバイバル上映
していた、初めて観た映画だった。フリーズ・リーのかっこよさに興奮し、あこがれて自分
もいつかはあんな風になりたいと強く願った。そんな子供の頃の夢が勝弥の中で呼び戻され
たのだった。
今は真剣に子供の頃の夢を叶えたいと思っている。
「そぎゃなことなぁわー! そのためにオレはワールドアクションクラブが経営するスタ
ント養成学校に入校しよう思うて、入学金や学費を稼ぐため日夜バイトに励んどるのにど
っかの誰かさんが」
「はいはい、わかったわかった。にしても、あの親父さんがよく許してくれたね」
祥子はバツが悪くなったのか、さりげなく話を切り換えた。
勝弥の父、繁男は昔気質の漁師であることを祥子は知っていた。
「許しなんかもろうてない。オレが勝手に出てきたんじゃけー」
あの頑固親父が長男である勝弥の上京を許すはずがなかった。それでなくても、高校中退後、
漁師になれと朝早くから漁に駆り出されていたというのに。反対されるのがわかっていた勝
弥は、バイトで貯めたお金だけを持って上京したのだった。
「家出か?」
「いや。ちゃんと東京のセンパイの所に行くって置き手紙残してきた」
「アホたれ」
祥子は頭を抱えた。
「センパイお願いじゃけー、しばらくオレをここに置いてくれーや!」
勝弥は土下座して祥子に頼み込んだ。元来祥子は頼られることが嫌いではなかった。だか
ら、ここまでして頼み込めば決して否とは言わないことを勝弥は知っていた。
「さっさとシャワー浴びておいで。夏とはいえ風邪ひくよ」
予想通りの言葉が返ってきた。
「センパイ……」
瞳を潤ませる。もちろん、これも演技の一環にすぎない。明日のアクションスターを目指
す者としてはこれぐらいの演技は朝飯前である。
「その代わり、当分はタダ働きだからね」
「………………」
勝弥は小さく舌打ちした。
名倉祥子。名倉探偵事務所の女所長。高校時代は空手部の主将経験あり。カレシいない歴
二十年。面倒見はいいが、金に関してはすごぶるドケチの守銭奴だった。




