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序章 魔女の戦語り

 マグネビュエラ王国の王城は、夜の真っ暗闇の中でも、かがり火によって照らされ、白く美しく聳え立っている。そして、国内はもちろん、諸外国にも噂される王城自慢の庭園は、その花々、木々も美しく整えられている。


 しかし、その庭園の樹木の陰には、ひっそりとではあるが、「なんでこんなところに建ってるんだ」とツッコミが入りそうな、場違いに佇む一軒の小屋があった。二百年、三百年をも生きると言われ、畏怖されている偉大な魔女、トニーサ・ウルトラが、「ここ超便利」という理由で住む小屋である。


 決して華美ではないが、しっかりとした造りの小屋、その窓には、暖炉の明かりで中から照らされた、二つの小さな影があった。




「その時、丘を駆け下りてくる大勢の騎兵どもは、ようやっと気付いたのさ。自分たちの足元が、駆け抜けるべき平原などではなく、馬が進むのにも超苦労する、泥沼と化していることにね」


 影の一人はもちろん、小屋の主、トニーサだ。ゆったりとした椅子に座った彼女は、テーブルに手を組んだまま置き、目をつぶって、しわがれた声で自らのかつての活躍を語る。


「まあ! ニーサがやったの、それだけ広い平原を? それで、その騎兵の皆さんはどうなったのかしら!」


 もう一人は幼い少女だ。就寝前だったのだろう、寝巻の上に薄い羽織を着た姿の、金髪で透き通るような青い目をした、見目麗しい少女。小さな子供用の椅子にちょこん、と座っている彼女は、目を輝かせて老婆の話に聞き入り、興奮を隠さずに話しの続きをねだっている。


「もちろん、進むも戻るも満足にできず、立ち往生さ。そこで現れたのが」


 トニーサは目を開けると、少女を優しく見つめ、ひょうきんな表情を浮かべた。


「現れたのが?」


 少女も嬉しそうに微笑んで、トニーサの不思議な色合いの、紫の目を覗き込む。


「シベリの坊やが直接率いる、第一並びに第二騎士団。それにワシじゃよ。騎士団の面々は、槍を脇にして、皆そろってすでに弓矢を番えておった。この時のために、騎士団の全員に、弓を配備しておいたんじゃ。そしてシベリの号令の下、一斉に矢が放たれた! すかさずワシは、その矢先全てに火を点けてやったんじゃ」


 それは、軽く言ってのけるには、実に困難な仕事だ。何百、何千と飛び行く矢の一本一本に意識を向けることなど、不可能に近い。全てを視認するだけでも難しいのに、彼女はその一つ一つに魔法をかけたと言う。


「まあ、それは本当なの? そんなこと、できる訳がありませんわ!」


 少女は驚きと、そして疑いの眼差しをトニーサに向ける。それは、幼い少女の、まだ乏しい魔法知識からでも、「絶対に無理」だと思うような話だったからだ。


「それができたんじゃ。ワシは、皆が無理だと思うようなことに挑戦して、その常識を超えることが大好きなんじゃよ。さて、どうやってワシはその無数の火矢を生み出したのだと思う? そうじゃな、ヒントは……ワシはその時、実はたった一つの魔法しか使っていない、ということじゃな」


「え?! たった一つですか? えーっと……」


 


 少女が突然のクイズにうろたえている内に、トニーサはゆっくり立ち上がると、暖炉に向かって歩き出し、小さく何やら唱えると、腕を一振りして暖炉から火を「拾った」。そしてそれを持ったまま台所に入り、今度は置いてあったティーポットの下に「くっつけ」て、お茶の準備をし始めた。


「うーん……あ、分かりましたわ!」


 トニーサが手際よく入れた二人分のお茶をテーブルに置いたとき、口元に手を当てて悩んでいた少女が、顔を上げて、老婆の方を見やった。


(ほう……もうかえ)


 老婆が思うに、どんな答えにしろ、まだ幼い少女が解答するにはずいぶんと早い。


「ふうむ……じゃあ答えを聞かせてもらおうかい」


「ええ! ニーサはきっと、出陣前にあらかじめ、その矢ぜーんぶに、印を付ける魔法をかけていたんですわ!」


 少女は両手の平を胸の前で合わせると、鼻息を荒げながら、自信満々にトニーサを見つめた。


(なんと……!)


 驚愕であった。少女の答えはまさに的中、大正解。トニーサがその戦の際に必死で考えた策の一つを、ヒントがあったにせよ、幼い少女があっという間に導き出したのである。


「うむ……! 正解じゃ! よう分かったのう! 印を付けるのは一射目の矢だけでよかったでな。戦の直前の作業として、超大変という仕事でもなかった。その火矢の一斉射で、泥沼の表面の油に火を付ける、その仕事だけ果たしてくれれば十分じゃったのよ」(一般的な魔法使いから見れば、そのように大量の印に火を点けることも、決して一人でできるものではなかったが)


「なるほど……戦の基本の一つ、火計ですわね!」


 トニーサが話の続きを始めると、少女は青い目を再び輝かせ始めた。


 それから、通常の矢での攻撃、弓を歩兵に手渡した騎兵たちによる泥沼を迂回した突撃、と老婆の話は続く。まさに快進撃、その語りに、少女は手をぎゅっ、と握り締めて聞き入るのであった。


「こうしてやつら皇国の軍は旗色超悪し、と認めて撤退した。シベリは伏兵を警戒、十分な戦果から無理な追撃はせんかったな。どうじゃったかの? これが二十六年前のインタの戦いじゃ」


 


 話の締めくくりに少女は「もったいない」とでも言うような表情を浮かべていたが、戦語りが一段落したことを理解すると、ほう、とため息をついた。


「ものすごく面白いお話でしたわ! ニーサ、ありがとう」


 トニーサは優しく目を細める。


「おひいさまは、ほんに戦語りが超好きじゃのう」


 そう、老婆の戦語りに聞き入っていたこの少女はお姫様。この小屋がある庭園、その王城の主、シベリ・ランクイア・マグネビュエラの娘、ピュエラ・アルマ・マグネビュエラなのだ。


 ピュエラはその幼くも美しい顔に満面の笑みを浮かべると、


「ええ! 戦争は大好きです!」


 と元気良く返事をした。


 老婆はこの少女のことが大好きで、大変気に入っていたが、その答えを聞いて、心の片隅で、「大丈夫かな、この子」とも感じるのであった。


とりあえずテストがてら投稿。

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