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あの人と共に  作者: yasu
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第六話 『初めての一人立ち』

第六話 『初めての一人立ち』

 さて、今日から一人立ちである.私はいつもどおりに坂道を自転車で登った.女性の多いオフィスということで、出来る限り汗をかかないように、かつ遅すぎないように.微妙な速度で私は自転車を漕いだ.

 そうこう登る内に、まっちゃんに追いついた.

 「あ、まっちゃんお疲れ様でーす」

 「あ、お疲れ~」

 お互い軽く挨拶を交わし、横に並んで坂道を登る.初めての職場で、早速友達が出来たというのは運が良かったと言えるのだろう.もちろん、職場の先輩方も良い人ばかりなのだが.追いついてしまった手前、無下に置いていくわけにも行かず、少し速度を落として併走していた.

 「先に行っても良いよ.」

 そう言ってくれた.少し間を置いて私は、

 「すみません.そうします」

 そう答えた.

 申し訳ないという気持ちもあったが、むしろ、微妙に速度を緩めて走るのには、この坂道は辛いものがあった.

 そうこうしているうちに、私は会社の駐輪場に着き、自転車を停めた.会社の中に入ると初めに警備員室がある.しがないおっさんが座っている.出入りする人たちはいつもここを素通りしているのだが、私はいつも挨拶をして通っていた.

 トイレで用を済まし、ロッカーで荷物を取り出してオフィス内に入った.出勤手続きを取り、今日割り当てられた席へと座った.

 リーダーの一番近くの席である.右隣にリーダーさんが、私たちオペレーターを前にするように座っており、左隣にはトクちゃんという可愛らしい女性の先輩スタッフが座っていた.ちなみに当時27歳とのこと.独身.

 「あ、今日から一人でやってね」

 「えっ.後ろに誰かついてくれないんですか?」

 「大丈夫大丈夫.なんとかなるから」

 「・・・・・・はい」


――ならないという自信しかない・・・・・・.


 「大丈夫よ.取り敢えず困ったら、少々お待ちくださいって言って、保留にすれば良いから.それさえ出来ればなんとかなるよ」

 「あ、ありがとうございます.がんばりますっ」

 トクちゃんがアドバイスをくれた.


――ほわほわしていて、可愛らしい子だなぁ・・・・・.


 そんなことを考えている場合でもなかった.18時から自分の勤務である.18時になったら電話を取らなくちゃいけないのだ.私はマニュアルを覚えているだろうか.


――覚えていない.


――・・・・・・.


 『大丈夫よ.取り敢えず困ったら、少々お待ちくださいって言って、保留にすれば良いから.それさえ出来ればなんとかなるよ』


――いけるっ!


 そうして、私の一人デビューが始まった.

 受付可のボタンを押し、電話を待つ.

 待つこと数秒.

 prrrrrrprrrrrr.

 「お電話、ありがとうございます.コールセンターCo.の私でございます」

 「お世話になってます」

 「はい.お世話になっておりますぅ」

 これでもかというくらいの、笑顔万点の声.私の特徴といっても過言ではない.

 「お宅から届いた商品なんですけどね、申し訳ないけど、返品したいのよ」

 「かしこまりました.それでは、商品を確認しますので、コードを教えてください」

 「XXXです」

 「ありがとうございます.商品の番号を教えていただけますでしょうか」

 「○○○です」

 「かしこまりました.こちらの商品でございますね.それでは少々お待ちいただけますでしょうか」

 保留っ!


――よし、問題なく保留.それで、どうすればいいんだっけっ!?


 「すみませーん」

 「はーい」

 横に居たリーダーさんが直ぐに来てくれた.なるほど、確かにこれは便利だ.

 「この商品の返品方法なんですけど、どう案内すれば良いですか?」

 「えぇと、これは・・・・・・」

 マニュアルを指差しながら、丁寧に教えてくれた.

 「ありがとうございます」

 保留解除のボタンを押して、

 「大変お待たせいたしました.こちらの商品の返品方法ですけど・・・・・」

 そうして、初めての一件目が終わった.


――保留便利っ!


 私はこの時初めて保留の便利さに目覚めたのだった.わからなくても取り敢えず保留にして人を呼べばなんとかなると.

 何件か電話を取っている内に、入電も落ち着いてきた.もちろん、ほぼ全部で保留を使った.

 暇な時間は基本的には周りの先輩方との雑談である.今回、隣にトクちゃんが座っているから、トクちゃんとおしゃべりタイムである.

 「新人さんなのに頑張るねぇ~」

 「家族を養わないといけませんから」

 「そうなの?」

 「えぇ.可愛い可愛いペット達を養わないと」

 「ペットかい」

 トクちゃんは笑った.笑い方も喋り方も全てが可愛かった.

 「ペットって何を飼ってるの?」

 「今は、サソリとヘビとハムスターとゴキブリですかね」

 ちなみに、嘘は吐いていない.事実である.

 「えぇ・・・・・・・.信じられない.ちょっと無理かなぁ・・・・・・」

 案の定引かれた.可愛い顔で、嫌そうな顔で引かれた.少しショックである.

 そうこうそんな話をしていると、何故か恋愛の話になった.

 「恋人はいるの?」

 「残念ながら居ないんですよ.欲しいとは思ってるんですけどね」

 大学1年生の時に恋人は居たが、8ヶ月で別れてしまった.というかむしろ、私は毎回8ヶ月で別れてしまっている.何故だろうか.

 「私ももうすぐ28歳だからさ、次に付き合うとすれば結婚を考えちゃうのよねぇ」


――28歳・・・・・・.26を過ぎたら売れ残りのクリスマスケーキ.ということは、28歳はもうすぐ年越しっ!


 「それじゃぁ、もうすぐ年越しですねッ!」

 と、私は両手を胸の前で合わせて言った.


――なんてことは出来るはずもないですね、はい.


 衝動で仕掛けたが、なんとか理性で止めることが出来た.本当に危なかった.

 「そうですね.結婚意識しちゃいますよね」

 無難に、とても無難に返事を適当に返しておいた.間違っても、

 「付き合ってたら、ゼクシィをいつの間にか置かれそうですねっ!」

 何て、口がいくら裂けても言えるはずがなかった.



 それにしても、この職場は女性率が異様に高い.男性は一名、後は全員女性スタッフ.女性スタッフも30代後半以上がほとんど.孫が生まれたという話も聞こえてくる.

 つまりだ、電話が来てる時は電話相手と話をし、電話が来ないときは周りの”お姉さん方”と話をしていたら時給が発生する仕事なのだ.何と楽なことか.

 それはそうと、このトクちゃんだが、別の日にこんな会話が聞こえた.

 「私も結婚したいのよねぇ」

 「まぁねぇ.トクちゃんも結婚失敗しちゃったからねぇ.次がんばんなさいよっ!」

 「えぇ、本当に」

 という話しが聞こえた.何とも興味深い話である.

 トクちゃんの性格を、簡単に説明すると一言に尽きる.性格がキツそう.もちろん、良くも知らないで適当に言っているだけなのだが.ほわほわした見た目に反し、中身は少しキツいのではないだろうかというのが私の見解であった.

 それを踏まえて考えると、『性格がキツい』『結婚失敗している』.これらのことを考えると、以前の彼氏と良いところまでいって、失敗したのかなぁと勝手な想像を張り巡らしていた.

 もちろん、本人に言うことは決してしないが.

 更に言うならば、同棲まではいったが、性格のキツさ故に衝突⇒破滅.という道を歩んだのだろうとまで考えている.

 もちろん、本人に言うことは決してしない.

「あ、お疲れさまです」

 「お疲れー.私には敬語じゃなくていいのに」

 「いえいえそんな、会社で同期でも、大学では先輩ですし、何より年上ですし、そういうわけにも行かないです」

 帰りは大体、まっちゃんと一緒になる.

 坂道を一緒に下りながら軽く会話をする.

 「そういえば、トクちゃんっているじゃない?」

 「あぁ、あの可愛らしい先輩ね」

 「そそ.あの可愛らしい先輩です」

 「あの人がどうかしたの?」

 「あの人、27歳でもうすぐ28歳らしいですね」

 「えっ.そうなの?全然そんな風に見えない」

 「次付き合う人で結婚を意識するそうです」

 「そりゃそうでしょうね」

 「28歳って、もうすぐ年越しですね」

 言った.

 「ん?」

 まったんは少し考えた.私は少し説明した.

 「あぁ、なるほど」

 分かってくれた.

 「それは良いんだけど、それ、絶対に本人に言っちゃダメよ?」

 「あ、はい.分かってます」

 怒られた.

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