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あの人と共に  作者: yasu
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第五話 『最後の研修』

研修の話はこれで最後になります.

1年間のストック.すぐにネタ切れになる気がしてきました.

第五話 『最後の研修』

 今日から実際に電話対応することになる.もちろん、先輩に後ろについてもらって、指示を受けながらすることになる.同期で入社した数人の中で、私が一番早く研修が進んでいるようだった.初めだからということで、シフトを多めに入れてあったからなのだろう.

 「言われたことそのまま喋るんで、後ろでぼそぼそ喋ってください」

 と、笑顔で先輩に言ったら取りあえずは受けてもらえた.少し渋られもしたが.

 私自身の性質からして、自信の無いことに対して、目上の人がいる状態で堂々とすることが出来ないからだ.先輩が後ろに居てる状態で喋られる自信がな無かった.研修の段階なのだから当然といえば当然なのだろうが.

 そして、初入電である.

 prrrrrrrprrrrrr.

 「お電話、ありがとうございます.コールセンターCo.の私でございます」

 「注文していた商品のキャンセルをお願いしたいんですけど」

 『かしこまりました.それでは・・・・・・』

 とまぁ、こんな感じであった.はっきり言って、私はお客さんの言っていることはほとんど聞いていなかった.

 先輩が喋ったことをそのまま耳で聞き、そのまま喋っていた.それでもなんとかなった.そうして、操り人形状態で言葉遣い等を学んでいった.

 こうした研修は、何日かに渡って行われた.一度に入れるのが3時間だったから、当然だった.主婦の方や派遣社員の方々は一度に6~8時間程入るので、すぐに研修期間を終えていることが後々判明した.

 さて、こうして新しい職場にも慣れてくると、新しい出会いというものがあった.断っておくが、新しい環境にそのようなものを求めているわけではないが、出会いがあるものはあるのだから仕方がない.

 帰りのことだった.その当時はまだ自転車での通勤で、駐輪場に自転車を停めていた.そして、小雨が降っていた.


――雨かぁ.嫌やなぁ・・・・・・.


 なんて思いながら、会社を出て駐輪場に向かった.そして私の自転車の前まで来て、自転車の異変に気づいた.サドルに何か乗っているのである.まず、どう見たって昆虫だった.バッタの胴体を縦を太くしたような体つきで、さながらキリギリスのようだった.

 まぁ、キリギリスなのだが.

 ただそのキリギリスがサドルに乗っているだけなら、別にそれほど気にしない.問題は彼、いや、彼女の行動だった.

 (恐らくは)産卵管らしきものを、サドルのカバーが破れた部分から見えるスポンジに差し込んでいたのだ.そしてゆっくりと前後運動していた.


――私のサドルに卵産み付けられてる!?


 まさに、私の心の叫びはこうだった.

 これはどうしたものか.自転車が少し雨で濡れていたので、スポンジの湿り気具合が彼女にとっては丁度良かったのだろう.

 

――取り敢えず、折角だから観察でもしてましょう.


 しばらくした頃、一人の女性が駐輪場にやってきた.

 「お疲れ様です」

 「お疲れ様です」

 お互いに声を交わした.同じ部署の、一緒に入社した同期の子だった.この子のことは、”まっちゃん”とでも呼ぶことにしよう.

 「何してるんですか?」

 まっちゃんが話しかけてきた.

 「あー・・・・・・.これ見てください」

 話すよりは見せたほうが早いと思い、取り敢えず見せた.

 「ちょ、なにこれっ」

 その子は驚いて私の袖を掴んできた.


――可愛いやつめ.


 とまぁ、そんなことを考えた.昆虫がダメらしい.文系の子だろうか.からかうことにした.

 「私触れないから、あなた触って」

 お願いしてみた.ちなみに、触れないのは本当である.

 「いやいやいやいや、ムリムリムリムリムリ」

 まっちゃんは強情だった.ほとんど初対面に近いのに、肩をペシペシ叩くのはやめてほしい.距離が近い.勘違いしちゃう.

 「私もムリ.昆虫研に所属してるけど無理」

 「なら、触れるんじゃないの?」

 「昆虫嫌いだから無理」

 「何それ~」

 ペシペシペシペシペシ.


――わかったから.取り敢えず過度なスキンシップはやめてもらえないだろうか.


 昆虫研に所属してることも、昆虫が嫌いなことも事実である.自分でもよくわからない.

 二人で彼女をずっと見ていると、産卵を終えたのか、産卵管を抜き出した.

 「終わりましたね」

 「そのようだね」

 立ち去るのを二人で見守っていた.だが、なかなか立ち去る気配が見られなかった.

 「ねぇ、どっかやってくれない?」

 「無理」

 即答だった.


――さて、どうしたものか.


 私はおもむろに、カバンの中から30cmの定規を取り出した.

 「なんでそんなの持ってるの」

 何故だかすごく笑われた.私はムッとして返した.

 「理系研究室の人は誰でも持ってます」

 嘘なのだが.周りでそんなの持ってる人なんて知らないのだが.

 定規で軽く突っついてやると、飛び跳ねてサドルから退いた.遠くの方に追いやりたかったので、そのまま背後から刺激を与えた.彼女は駐輪場から暗闇の何処かへ消えていった.

 「さて、帰りましょう、まっちゃん」

 「そうね」

 いつの間にか雨が止んでいた.

 私たちは自転車にまたがり、雨に濡れた道路に気を遣いながら、坂道を下っていった.

 「そういえば、私ちゃんのサドルの中に、キリギリスの卵が産み込まれてるんだね」


――あっ!


 「サドル、交換しない?」

 「しない」

 即答だった.

 まっちゃんはこの職場で出来た一番初めの友人だった.

まっちゃんは、去年の時点で大学4年生でした.

就活費用を稼ぐためにバイトを始めたそうです.

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