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あの人と共に  作者: yasu
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第一話 『最終話(理想)』

第一話 最終話(理想)

 ある日のこと、私はバイト先の会社に向かった.社員を通し、オフィス内に入る.

 自然と、オフィス内を見渡し、”あの人”を探す.


――いたっ.


 あの人はいつもお通りに、熱心に仕事をしている.今の時間は17時50分.恐らくこの人は朝の9時からずっと仕事をしているのだろう.本当に仕事熱心な人だ.

 私はマスクをカバンの中から取り出し、口につけた.あの人の元へ向かい、しゃがみこんで話しかけた.

 「お疲れ様です」

 「あら、お疲れ様です」

 元気よく返してくれた.


――あぁ、なんて素敵な人なんだろう.


 「どうしたの」

 「あの、お願いが・・・」

 そう、今日はこの人にお願いをしにきた.少し声が震えたような気がした.

 「なになに?」

 「いつか、私は当然ここをやめます.最後の日に、一度だけで良いので、あなたの車で帰り送ってくれませんか」

 この会社では大学生バイトに対して随分と待遇が良く、送迎のタクシーを出してくれている.それを一度だけ、この人に送って欲しいというお願いだ.今まで断られ続けてきたからこそ、一度くらいお願いを聞いて欲しかった.

 「・・・・・・・うーん・・・・・・」

 「だめ・・・ですか?」

 声が震える.でも、表情は見られたくない.しゃがみこんだまま、上目遣いで問いかけた.

 「・・・・・・.わかった.一度だけね.タクシーの人数の関係もあるから、その日はちゃんと連絡すること」

 「あ、ありがとうございますっ.それでは、今日も仕事頑張りますっ」

 きっと、マスク越しでも嬉しいのはバレてしまっただろう.そうして、自分のデスクに向かい、その日も受付時間終了まで電話対応していた.




 そして、その日.

 「あの、今日は、よろしくお願いします」

 その日も18時出勤.17時50分にオフィスに向かい、話しかけた.話しかけられる日はいつも話しかけていた.それも、今日が最終日となる.この日を最後に、この会社を辞めることになった.

 「えぇ、そうね.仕事があるから、あなたが終わってからも1時間ほど待ってね」

 「はい.わかってます.おとなしく、待ってます」

 2年間お世話になったこの会社ともお別れと思うと、やはり寂しいものであった.先輩方は送別会を開いてくれようとしていたが、そういうのはあまり得意ではないので、丁重にお断りした.

 「私ちゃん、今日で最後ね」

 「はい.2年間お世話になりました」

 「まま、今日も頑張りなよ」

 会社のバイトの人のほとんどは主婦か派遣社員.大学生の入れ替わりなんてそれほど珍しくないのだろう.


――皆良い人たちだったな.


 この人達と離れ離れになるのは少し寂しい.でも、これは仕方がない.バイトに割ける時間は出来る限り減らしたいし、お金に余裕があるならバイトはしたくない.


 その日も21時まで働き、終了となった.退勤のボタンを押し、リーダーに社員証を返した.

 「出来る限り早く終わらせるから、待っててね」

 「はい」

 リーダーの方々は皆の仕事が終わる21時を過ぎても、1時間前後、仕事が残っているらしい.一体何時間働くつもりなのだろう.働いている人はとても魅力的なのだが、体も心配である.


――最後だ.働き姿をしっかりと眺めておこう.


 時に眺め、時に目をそらし、椅子で遊んでいるふりをしていた.もちろん、頭の中はこの人のことでいっぱいである.

 オフィス内の空気、風景、椅子の座り心地.それぞれを堪能し、今までの2年間のことを思い出した.どんなに好きなものだって別れはいつかあるものだ.そう割り切っているせいか、このオフィスを離れることに対して、寂しいという気持ちあっても、涙が流れることはなかった.


 「お待たせ」

 声が聞こえた.肩を揺さぶられた気がした.

 「ささ、起きて」

 「ん・・・・・・」

 どうやら寝てしまったようだ.

 「あ、おはようございます」

 「はい、おはよう.ごめんね、長く待たせて」

 「いえ・・・・・・.全然そんなことないです」

 時計を見ると、どうも、あれから1時間も経っていなかった.本当に仕事を早く終わらせてくれたしい.元々仕事が少なかったのかどっちかは知らないが、どっちにしろ無性に嬉しかった.

 この人の少し後ろを付いて歩く.こうして後ろ姿を見ながら歩くのはなんだかんだ初めてだった.休憩時間がかぶることは無かったからだ.すれ違うことはあっても、同じ時間に、同じ方向に歩くということは今までなかった.


――綺麗な人だなぁ・・・・・・.


 私たちはロッカールームに入り、それぞれ荷物を取り出した.会社の外に出て、私は一度立ち止まり、会社を見上げた.

 「・・・・・・.すみません.行きましょう」

 この人は待っていてくれた.何も言わずに.一度謝り、この人の車に向かった.

 「それにしても、最後の最後で送ってくれて嬉しいです!」

 「まぁ、最後くらいはね」

 この人が運転席に入ったのを確認して、私も助手席へと乗り込んだ.車は会社の敷地から出、坂道を降りた.

 「大学前までで良かったんだっけ?」

 タクシーはいつも大学前までだからそう聞くのだろう.

 「いえ、大学に戻る用事はないので、出来れば家の前まで送って欲しいです」

 嘘である.大学に戻る用事はあるし、むしろ戻らなければいけない.家に帰ってから、また大学に戻らなければいけなくなる.それでもいいから、それでもいいから、私はこの人といる時間を一分でも、一秒でも長く居たかった.

 「そんなに遠くない?道案内よろしくね」

 「はい.それほど遠くないです」

 そう答え、その後は沈黙が続いた.道を指示しつつ、何を話したら良いのか考えた.

 「あの、二年間お世話になりました」

 「いいえ、こちらこそ.今までお疲れ様でした」

 そう言って、頭を撫でてくれた.

 「!!!」

 驚いた.当然だった.今まで触れることさえ叶わなかったのに.向こうから触れてくれたのだから.

 「あ、嫌だった?」

 「いえ・・・・・・」

 口がにやけたのはバレていないだろうか.どうだろう.急にこの人との距離が近づいたような気がした.そして、最後のお別れのシュミレーションに対する勇気が湧いてきた.


――この人に、少しでも触れたい.


 それは、はっきり言って禁忌であった.この人は結婚しており、そして、子供もいる.私の気持ちなんてはっきりと伝えるなんてことは一生叶うこともなかった.この人は私の気持ちに気づいているのだろうか.ただただ、懐いてくる学生くらいにしか思っていないのだろうか.

 それともやはり、気づいているのだろうか.

 「この仕事どうだった?」

 「すごく楽しかったです.いろんな人と話せますし、知り合うこともできました.それに、コールセンターの仕事はこれから先、どの仕事でも役に立つと思いますし」

 それは正直な気持ちだった.

 「そう、良かった.仕事はどうするの?コールセンターみたいな仕事に就く気はないの?」

 「それはないです.やはり、大学での研究を生かしたいと考えてますので」

 「そう」

 それも、正直な気持ちだった.残念に思ってるのだろうか.それとも、特に何とも思ってないのだろうか.この人の顔を直視することができなかった.

 いくつか道の指示を出す内に、家、というか、アパートの前に着いてしまった.


――少しだけでも、少しだけでも・・・・・・!


 この人の手を優しく、そして強く握った.一瞬驚いた表情をし、手を引っ込めようとしたが、すぐに抵抗をやめてくれた.

 「えっと、どうしたの?」

 困惑の声が聞こえた.表情なんて見なくてもわかった.

 「私は、これを最後にあなたと会うことありませんし、連絡先も知りません.会社付近には運動がてらに通ることはありますけど、タバコを吸いに外に出てきたあなたと会うことなんて万に一つもないでしょう」

 私は、俯きながらそう呟いた.そして、運転席の方に向き、少し上目遣いで、震える声で、言った.

 「だから、お願いです.最後に思い出をください」

 そう言いながら、左手を伸ばし顔の元へ伸ばし、ゆっくりと、優しく、触った.この時、多分私の目は少し潤んでいただろう.潤んだ目でゆっくりと顔を近付けた.


 そして、私の唇とこの人の唇とがゆっくりと重なった.


――あぁ、こんな人を好きになるなんて.なんて苦しいのだろう.


 ゆっくりと唇を離した.初めて涙を流した.小学校、高校、前のバイト先、そして今回のバイト先.人とのお別れで涙を流したことはなかったのに、この人と別れるときに、涙を流した.


――やっぱり、この人のことが好きだったんだ.


 私は、そう確信した.

 「ごめんなさい」

 そう、俯きながら呟いた.

 そのまま、私の頭に腕を周し、ゆっくりと抱きしめてくれた.この人にも家庭がある.私はそれを壊したくない.そして、私もこれ以上我慢することが出来なかった.

 その腕を解き、私は外に出た.

 「それじゃぁ、これでお別れです.今までありがとうございました」

 そう、頭を下げた.そして、こう続けた.

 「私、タバコ吸う人って嫌いなんですよね.だから、あなたの事も、きら・・・・・い、です」

 じっと、私を見つめる.涙を流しながら言い続ける私を見つめる.

 「私は、あなたのこと忘れ・・・・・ます.だから、私のことも、忘れてください・・・・・・」

 言い終えた.それ以上は何も言うつもりはなかったし、言うこともなかった.運転席にいたこの人は、外に出てきて私の前まで来た.

 ゆっくりと私を抱きしめ、頭を撫でてくれた.そして、最後に、もう一度、キスをしてくれた.

 「それじゃぁね」

 「・・・・・・はい」

 そう言って、車に乗り込み、ゆっくりとした動きで車は去っていった.

 あの人は文字通り、思い出をくれた.あの行動にどの程度の気持ちがこもっていたのかはわからない.もしかしたら、ただの同情かもしれない.こんな私を数瞬だけでも愛おしく感じてくれたのかもしれない.どちらなのか、私には判断する術がなかった.だから文字通り、思い出をくれた.それだけで私は満足だった.

読んでくださってありがとうございます.

私は今大学生で、コールセンターでバイトをしています.

特定は避けたいので、あまり細かいことは言いませんが.

そこは、大学生のバイトは少なく、ほとんどは30代後半の女性(既婚者)です.

その内のある女性のことを大変気に入り、そして、好きになってしまう話です.

とんでもないです.自分でも思います.

一線は超えたくありませんし、妄想は妄想で、現実は現実です.割り切っています.

そんな、一部妄想、そして一部リアル話を小説にしました.

よければこれからも読んでやってください.

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