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第8話:乙女たちの思い

 結菜は作戦開始を残り二時間に控えた所で、結衣の部屋を訪れていた。

「どうしたのかしら結菜(ゆな)?あなたが私の部屋の来るなんて」

 結衣の言う通り、結菜は今まで結衣に相応しいメイド・・・使用人になるように、必要以上に結衣のプライベート(主に自室に居る時)には、干渉したりしない様にしていた。

 なぜなら、白峰一族の中には、結菜が結衣の専属使用人になった事を快く思わない連中も多いからだ。その為、結菜は、そういった者達に隙を見せる訳にはいかない。

「いえ、少しお嬢様とお話ししたいと思いまして」

 結衣はその言葉に目を見開いた。

「驚いたわね。十年近く一緒にいたけれど、あなたがお話ししたいなんて初めてじゃないかしら?」

「そうですか?」

 そう口に出してから、結菜は、そうだろうなと心の中で呟く。

 今まで、自分はお嬢様に迷惑が掛からないように、自分の心を押し殺してきた。それが結衣の為になると思ったし、誰かの下手な思惑で、結衣から離れたくなかったからだ。

 しかし今の結菜の考えは違う。

 結菜は今日から、明日の明朝にかけて、自衛隊の秘密基地に忍び込む。

 目の前にいる、誰よりも大切な恩人を守るために。その為に自分は命を懸ける。

(あのエロオオカミはまず間違いなく戦闘は避けられないと言っていました・・・)

 今日の午前中に行った作戦で、十夜は、リリィと結菜に、戦闘は確実に起こるから覚悟しておけと言ったのだ。

 結菜自身それは最初から覚悟している事なので、特にどうとも思わなかった。あの時は。

(こんな事になるならもっとお嬢様とお話ししておけば良かった・・・)

 後悔。

 今、作戦直前になって抱いた感情がそれだった。

 結菜は、結衣に会うまで、ずっと一人で生きてきた。あの時は、それでもいいと思った。一人で生きる覚悟もしているつもりだった。

(だけど・・・・・・)

 結菜は知ってしまった。

 家族の温もりを。大切な人がいる幸せを。

「結菜?」

 結衣の自分を呼ぶ声で、結菜はハッと現実に引き戻された。

 いけない。結菜は、思い直し、結衣を見た。

 綺麗な長い黒髪。恐ろしいほど整った顔。美しいプロポーション。

 あまりそういう事に頓着のない結菜でも、結衣の「美」は、まさに最高レベルである事が嫌が応にも感じさせられる。

「はい?何でしょうかお嬢様?」

「何でしょうか?じゃないでしょ?どうしたの?ボーっとして」

「別に私はボーっとなどしておりませんが?」

 余談だが、結菜の一人称は、親しくない人間の前では「わたくし」。しかし、結衣や少数の中の良い者の前では「私」と使い分けている。

「そう?なら良いのだけれど。あっ!それより結菜!ちょっと聞きたい事があるのだけれど!」

 結衣はそう言って部屋の隅に置いてある箱を開け、何かを取り出して持ってきた。

 持ってきたのは一冊の本だった。


『気になるあの人にモテる方法 ~女性編~』


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 流石の結菜も絶句した。

 少し前明日までいい感じにシリアスな空気を醸し出していたにも関わらず、目の前の主はそれを糸も簡単に破壊したのだ。

(シリアスブレイカーの称号は私ではなくお嬢様に渡す方が良いのでは?)

 なんて事を考えながら結菜はとりあえず思った事を口にする。

「なんですかコレ?」

「見てわからないの?」

「いえ、どんな本かというのは分かるのですが、何故これを私に見せたのですか?」

 そこまで言って、結菜は一人の男の顔が思い浮かんだ。

「まさかお嬢様。黒瀬十夜の事を本気で好いておられるのですか?」

 そう言うと、結衣は一気に顔を真っ赤に染めた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・マジで?」

 それは、思わずいつものキャラが壊れてしまう程の衝撃を結菜に与えた。

 確かに今まで結衣は、結菜が知る限り特定の異性に恋心というモノを抱いた事は無かった。その事に対して、少々先行き不安になっていた事もあった。

(ですが・・・)

 よりによってお嬢様の初恋があの変態エロオオカミというのは、結菜にとって看過出来ない事であった。

 別に初めて出会った頃の十夜なら、結菜は特に何も言わなかっただろう。遠目で見守るというスタンスを取っていたに違いない。

 しかし、あの少年は暗殺者なのだ。それも、結菜が手も足も出ない化け物染みた戦闘能力を持つ。

「お嬢様。あの者とお嬢様では少々釣り合いが取れないと思うのですが」

 嘘だった。

 身分の違いを理由にする。

 それは結菜が最も嫌悪する事だ。

 それを知っている結衣は当然、怪訝な顔をして結菜を見た。

「どうしたの?あなたが身分の違いを理由に出すなんて」

「いえ、それは・・・」

 結菜は言葉に詰まる。思わずしまったと思うが、時既に遅し。何か適当な言い訳を考えなければいけない。

 そう思ったのだが、時間がもうあまり残されてはいない。そしてそれがどんどん結菜から思考力を奪っていく。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 重苦しい沈黙が二人の間に充満する。

 何か喋らなければ。そう思い結菜が口を開こうとした瞬間、結衣が叫ぶ。

「まさか!あなたも十夜君の事を好きでそれを言い出し難かったのね!」

「え?」

 まさかの曲解に結菜は目が点になった。

「ごめんなさい結菜。あなたの気持ちに気付いてあげる事が出来なかった。でもね結菜。私は例えあなたが相手でも負ける気なんてありませんから!お休み!」

 結衣はそれだけ捲し立てると、自分のベットに飛び込み、そのまま布団を被って寝てしまった。

(流石お嬢様。普段は鋭いのに、こういった事に関しては致命的な程の天然を発揮なさりますね)

 結菜はそんな結衣を見て、嘆息すると同時に、愛おしい思いが溢れ出してきた。

「はいお嬢様。私も負けませんから(・・・・・・・)

 そう、負けるわけにはいかないのだ。今日も、五日後の戦いにも。

(私は絶対にお嬢様の元のに帰ってきてみせる―――!)

 覚悟を固めた結菜は、部屋の電気を消して、扉を閉めて、部屋から出た。自分の最愛を守るために。



@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@



 神崎リリィは、自分の部屋で、銃や隠しナイフといった武器の手入れを行っていた。今日の作戦は、今までの暗殺者としての任務とは比べ物にならないほどの難易度を誇っている。

「・・・楽しみ」

 リリィは薄暗い部屋の中で小さく笑った。

 神崎リリィは戦闘狂である。それは幼少の頃からの訓練によるものだった。

 リリィの実家は、そこそこ有名な暗殺一家で、リリィもその風習に漏れず、幼い頃から人殺しの技術を叩き込まれた。その訓練の中で、リリィは、仕事を達成する事の楽しさを学び、強者を殺すことの快楽を知った。

 そして今回の仕事は、今まで以上に楽しめるに違いない。

 リリィはそう確信していた。

 それに―――――――――

「・・・黒瀬、十夜」

 その名前を呟くと、リリィの胸の中に暖かいものが流れ込んでくる。

 それが恋という感情である事をリリィは未だ知らない。でも、リリィはその感情が今まで自分が抱いたこともない感情だというのは理解していた。

 初めて自分が絶対に敵わないと思った人。

一流と言える腕前を持つリリィにとって、それは特別だった。

「・・・十夜といればもっと強くなれる・・・かも」

 呟きながら、リリィは、今日の仕事の準備を続けていった。


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