第16話:始まりの終わり
「おいおいどうしたよ!そんな呆けたような顔しやがってよぉ!」
男が楽しそうに喋る言葉は、今の十夜には聞こえていなかった。
今の十夜に胸中を占めるのは、後悔と自分に対するやりようのない怒りだった。
―――守れると思っていた。
十夜は、結菜とリリィを守れると思っていたのだ。それは今思い返せばただの傲慢だったのだろう。
現に二人は、今ボロボロになって十夜の眼の眼にいる。
それは単に十夜の傲慢と浅はかさが引き起こした事態だ。」
(俺はまた守れないのか・・・っ)
二人の見ながら、十夜は内心で呟く。
十夜は確かに強い。しかし、それでも不可能は存在する。例え最強の人間がいたとしても、地球の裏側の殺人を止める事が出来ないと同じように、十夜にも出来ない事は沢山あるのだ。
「おいおい。もしかして戦意喪失しちゃったの?」
男は、つまらなそうに呟きながら、掴んでいた二人の少女を、十夜に向かって投げ捨てる。
「―――――っっ!!」
それを咄嗟に優しく抱き留める。
そして十夜は二人の状態を確認する。
結菜は片腕の骨が完全に粉々になっているが、命には別状はないようだ。身体中に打撲の跡があるが大丈夫だろう。
しかし問題なのはリリィの方だった。
顔をかなり強い力で蹴られたのか、顔の左半分が大きく腫れている。もしかしたら脳にまで何かしらのダメージが及んでいる可能性がある。
更に、腹を何度も蹴られたのか、口から出ている血が泡のような感じになっている。これは内臓・・・主に肺に何らかの深刻な問題が発生している可能性がある。
それを一瞬で判断した十夜は、二人をゆっくりとと地面に横たわらせた。
そして―――、
「―――――ッッッ!!!」
―――自分の顔を思いっきり殴った。
眼の前に小さな星が飛び、視界が少しクラクラする。
だが、十夜はそのおかげですっきりする事が出来た。
(そうだ。俺にはまだやれる事はある。反省や後悔は全部あとでやればいい)
十夜は、男に向かって構える。
「おおう!やる気になったのかっ!!??」
十夜の構えを見た男は、歓喜の声を上げる。
本当に心のからの歓喜のようで、瞳をうるわせ、頬も僅かに赤い。完全にどうにかなっている者の顔だ。
それを見た十夜は、あまりの気持ち悪さに吐き気を催す。
しかし今はそんな事に構っている暇はない。
十夜は、早く目の前の男を倒し、BFを手に入れ、そして素早くこの基地から脱出しなければならないのだ。
それこそが今十夜がしなければならない事なのだ。
「さっさと来いよ。お前に一々時間かけてる暇なんてないんだよ」
不遜な口調で男を誘う。
「くくく、あははははは!!いいぜその強気な態度!せいぜいそれが見かけだけに終わってくれるなよ!!」
そう楽しげに笑いながら、男は腰から柄のようなものを取り出した。
十夜は、それには見覚えがあった。
というかそれは今十夜達が探しているものだった。
「ははは!久しぶりに本気でいくかぁ!」
そう言って、男はその柄を胸の前に持っていきそこから素早く振り下ろす。
―――シャンッ。
金属が擦り切れるような音を鳴らし、柄から、一枚の鋭い刃が形成された。
両刃で細見のその長剣は、触るだけであらゆるものを切断する、圧倒的な殺傷能力を秘めている。
「・・・剣型BF」
十夜は忌々しげに呟く。
「あはは!これがどんなもんかは知ってるだろ!?武装系BFを持った相手に素手で勝つのは不可能だ!」
どうやらこの男は、己の勝利が決定している状況で、相手をいたぶりたいようだ。
その唾棄すべき愚かな思想に、十夜の背筋に虫唾が走る。
そして、このようなクズに二人が痛めつけられたのかと思うと、怒りを超え、憎しみすら湧いてくる。
「きゃはは!いいねえその顔!最高だ!!でも残念でしたぁ!お前には万が一つにも勝ち目はねえよ!!」
そして男は更に大笑いする。
不快で、気持ちの悪い笑い声だけが辺りに響く。
―――流石に、十夜は限界だった。
「・・・おい。ちゃんと避けろよ」
「え?―――――――――ぐぼらっ!!??」
十夜は、呟いた後、爆脚を使い、一瞬で男の目の前に現れ、男の顔面を思いっきり殴り飛ばした。
殴られた衝撃で数メートル程吹き飛んだ男をみて、しかしまだ十夜の攻撃は終わらない。
「まだだよカス野郎」
十夜は男の真上に移動し、男の顔目掛けて踵落としを喰らわせる。
「ぐふぅ!!」
BFの衝撃軽減の効果があるので、たいしたダメージにはなってはいないが、それでも十夜は攻撃の手を緩めない。
踵落としを喰らわせた後、今度は空中で器用に体勢を変え、再び顔に今度は渾身の拳を叩き込む。
それを何度も何度も繰り返す。
「ぐはっ!―――この・・・調子に・・・乗るなあっ!!!」
遂に男が激昂し、手に持っていたBFを振る。
「―――!!」
それを素早く躱し、十夜は三度後ろにジャンプして距離を空けた。
「どうした?俺を一方的にいたぶるんじゃなかったのかよ?」
バカにしたような十夜の言葉に、男は額に青筋を浮かべる。
元々怒りやすい性格なのだろう。
そんな事をふと考える。
「くそ・・・。くそがあ!!遊びはここで終わりだ!!今すぐぶっ殺してやる!!」
「それは俺のセリフだよカスが」
十夜は、腰を落とし、右足を下げ、右の拳を引き腰の横に置く構えを取った。
「時間がないからこの一撃でお前を地に沈める」
十夜は怒りを鎮める。
残すのはただ一つ、殺意だけだ。
眼の前にいるのは二人を痛めつけた存在。
だから、こいつだけは―――――。
―――――殺す。
十夜は自らの自責を忘れ、目の前の男を殺す事に全神経を注いでいる。
既にあの時の約束も忘れているだろう。いや、仮に覚えていたとしても、今の十夜はこの男を殺す事を止めない。
「ようやく僕を殺す覚悟が出来たようだな?」
男がそう言った。
「俺は人を殺す時、殺す覚悟なんかした事ねえよ」
それは十夜が、“覚悟”という言葉を付けると、まるで自分は殺しなんてしたくない。これは仕方なく殺すんだ。と言っているように思え、それがたまらなく嫌だったからだ。
どんな理由があれ“殺し”は大罪。
そこにいかなる大義も正義も介在の予知はない。
「だから俺は俺の意志で、俺が殺したいからお前を殺す」
溢れ出す十夜の尋常ならざる殺気に、男は人生で最大の歓喜を漏らす。
「あぁ!最高だ!ここまで興奮した事は未だかつてない!さあ!楽しませてくれよぉぉぉぉぉ!!?」
男は叫び、十夜に突っ込む。
右手に持ったBFを刺突を行う状態で構える。
そして、男が自分の間合いに入る。
十夜の間合いにはまだ入らないギリギリの状態。そこで男は剣を十夜ののど元目掛けて突き出す―――!
(ひゃははははは!!完璧に捉えたッ!!)
衣服型BFの性能によって極限にまで高められた肉体は、人間の常識を遥かに上回る速度の突きを可能にし、そしてそれは確実に十夜の命を刈り取る。
はずだった―――――。
しかし、男が剣を突き出した瞬間、十夜は構えの状態のまま高速でその場から移動し、そして一瞬で男の懐に入り込む。
突き出した剣は当然ながら空を切る。
(ば、ばかな!!!)
それは、単に剣が当たらなかった事に対する驚愕であり、十夜が何をしたかまでは全く理解していない。
つまり十夜はそれほどの速度で移動した事になる。
十夜は、男の懐に移動すると同時に下げていた右足を前方に高速で移動させる。
そして、その勢いに乗せるように、腰に置いていた手を前に押し出す―――!
その手の形は武術でいう所の掌底の形になっており、それが真っ直ぐ、男の顔面に撃ち込む。
―――王閃流:龍帝掌
それはまさに龍の一撃ともいえる威力。更に十夜は、それに秘技である打ち抜きを加える。
そして、その攻撃が男の顔面に炸裂する。
瞬間、凄まじい音を立て、男の顔面が――――吹き飛んだ。
一切の声を上げる事なく絶命した、名前も知らない首なし死体を、十夜は黙って見つめた後、倒れている二人の元に向かった。
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