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第14話:反故


「くそ、流石に広すぎだろ」

 十夜は、基地内で適度な混乱を起こしながら、進んでいた。と言っても、目的などなく、ただ道順に沿って走り、分かれ道が見えたらとりあえず右に曲がるといった事を繰り返していた。

 混乱を起こしていたのも、あの化け物の戦闘で負傷した結菜とリリィの危険を少しでも下げる為に囮になる為という意味合いしか持たない。

 つまり、今の十夜には長期的な考えなど一切なく、その場のノリで行動しているという事だ。

「いたぞ!侵入者だ!!」

「っち、また見つかったか!」

 十夜は、自らに、肩に掛かったアサルトライフルを向ける兵士に肉薄し、その顎に掌底を一発ブチ込む。

「うぐぅっ!」という声を出し崩れ落ちる兵士を横目に、内心で十夜は毒づく。

(くそ。基地に入った瞬間から監視はされてると思っていたが、いくらなんでも兵士との遭遇率が高すぎる。これで三十回目だぞ?)

 まるで十夜の動きを完璧に予測しているかの如く兵の運用に、流石の十夜も舌を巻かざる負えない。

 別に危険度的には一切の問題はないが、これでは目的の場所にはいつまで経っても辿り着けない。

 と、その時、背後から再び複数の兵士の気配を察知した十夜は、舌打ちして、その方向に駆け出す。

 だが普通に走ったのでは追いつけない。

「―――仕方ない」


 ―――王閃流:音抜き。


 駆けつけた兵士が角を曲がると同時に十夜を捉え、銃口を向け、一斉に発射しようとした瞬間、目の前から十夜が音もなく一瞬でその場から消えた。

「――――――ッッッ!!?」

 驚愕したのも束の間、目の前に十夜がいきなり現れ、その兵士の顔に目視不能の蹴りを打ち込んだ。

 鈍い音を立てながら横に吹き飛び意識を失う兵士に一瞥もくれず、十夜は残りの兵士の片づけに入った。



 僅か二十秒で六人の兵士を気絶させた十夜は、その兵士の一人からアーミーナイフを一本拝借した。

 何故それ以前の兵士から奪わなかったのかと聞かれれば、単純に「そんな暇がないほど敵と遭遇した」と言ってしまえる。

 別に十夜ならナイフなどなくても、BFさへ出してこなければ素手で十分なのだ。なのにあえてナイフを奪ったとすれば、それは第三者から見れば「殺す気になったのか?」と映り、本人にしてみれば、「なんとなく」と答えるだろう。

 つまり特に意味など無いということだ。

「さて。そろそろ動ける兵士が少なくなってきた頃だろう」

 言外に、「これで気楽に探索を始められる」と言っているのだが、現実はそんなに甘くはない。

 十夜は、前方から凄まじい殺気を感じた。

 自然と身体が僅かに強張る。

 別に十夜自身この程度の殺気どうという事はないのだが、この殺気には、殺気以外の「覚悟」が混じっているように感じたのだ。

 そう、「死ぬ覚悟」という奴が。

(例えどんな雑魚でも、「死ぬ覚悟」をした奴は厄介なもんだ)

 自身の経験と照らし合わせ、これから訪れる戦闘に対し、意識を改めると同時に、やっとある程度楽しめる、という二つの感情が混ざり、十夜は僅かにその口元を緩めた。

 そして、その対象が曲がり角から見えた瞬間、十夜は一気に加速する。


 ―――王閃流:爆脚。


 爆発的な力を瞬間的に凝縮し、それを瞬間的に開放する事によって、凄まじい速度で移動する事の出来る歩法である。

 普通の人間ならただの素早い移動であるが、黒瀬家の直系、しかも黒瀬十夜が行うと、人間では対応不可能な速度を実現出来る。

 先程使った音抜きの速度の比ではない。

 そしてもちろん、目の前にいる敵・・なんと女・・・もその速度には反応出来ていない。

 そう十夜は確信していた。

 だが―――――。

「甘いっ!」

 その一言で、女は十夜に対し、カウンターの要領で、パンチを顔に被せてきた。

「――――!!?」

 驚愕するも、その並外れた反射神経は、女の尋常ならざる速度のパンチを寸での所で回避する。

 それと同時に十夜は、素早くその女と距離を開いた。

 お互いにしばらく睨みあったあと、先に口を開いたのは女の方だった。

「今の攻撃を避けるとは・・・。予想通りの化物のようだな」

 言葉自体は十夜を驚いているように聞こえるが、その笑みが、全て嘘なのだと物語っている。

(ちっ、戦闘中毒者(バトルジャンキー)か・・・)

 十夜は女の狂喜の笑みを見ながら内心毒づく。

 戦闘中毒者。十夜自身そういった人間は何人も見てきた。黒瀬家の「犬」の中にもそう言った人間は何人もいる。そういった人間は、戦闘を至上の喜びとし、仲には殺し合いの最中に絶頂に達してしまう者だっているくらいだ。

 快楽殺人者とは違い、完全に自らの命に対して執着がない為、あらゆる手段で殺しにかかるだろう。

 だからこそ面倒であり、厄介なのだ。

 まあそんな事よりも、十夜には気になる事があった。

「あんたがそれを言うか?今の動き、明らかに常人のソレを逸脱してるぞ?」

 余裕な表情を作りながら言ってみるが、今の速度で動かれたら、流石に“不殺”とか言っている場合ではなくなる。それほどまでに女の動きは早く、攻撃事態の威力も高い。

 そう。まるで黒瀬家直系を相手にしているみたいに。

 十夜の問いに、女は僅かに苦笑いしながら、自信が来ている黒い軍服のような服をつまんだ。

「そらならばコレのおかげだ」

 そう言った女の言葉の意味が十夜には理解出来なかった。

 なぜなら女がつまんでいる服はどう見てもただの軍服を個人の趣味で改造しただけのようにしか見えないからだ。

「どういうことだ?まさかそれを切ると動きが物凄く良くなるとか、そんな魔法が組み込まれてるのか?」

 バカにしたような十夜の言い方に、女は真面目な顔で頷いた。

「ああ、その通りだ」

「・・・マジで?」

「とは言っても魔法ではなく科学だがな」

 それを聞いて、十夜はようやくその服が何なのか理解したのだ。

「まさかそれは・・・BF、か?」

「そうだ。どうやら理解力も良いらしいな」

 まさか。ありえない。

 女の言葉に耳を貸さず、十夜はそれだけを思った。

 自身の身体に装着する、装甲型BFというモノは、総じてその形状は厳つく、付ければ、人型のロボットのようになる。

 体の一部に装着するタイプでも、ゴツゴツとしており、鎧の一部を付けた感じになる。

 それが十夜の知識にある装甲型BFである。

 なのに目の前の女がBFだというものは、見た目完全に服だ。

 つまり、十夜が裏の世界から身を引いていた一年の間に、衣服型BFというのだろうか?とりあえずそういったモノが出てきたということだ。

「成る程。技術の進歩というのは中々に恐ろしいモンだな」

 と、年寄り臭い事を言いながら、十夜は静かにある事を考えていた。

(技術の進歩には驚いたが、今重要なのはそこじゃない。その装備をした奴が他にもいて、あの二人の事を狙っている可能性があるという事だ)

 更に十夜は考える。

 最初の殺気は初めから自分に向けられていた。決して無差別に発していたものではない。つまり最初から十夜を標的にしていたという事だ。なら、同じような奴がリリィか結菜を標的にしている可能性も十分にあるという事だ。

 そして、その可能性だけで、十夜が本気を出す理由としては十分だった。

 十夜にとって最終的な目的は、黒瀬家の「犬」を殲滅し、白峰結衣(しらみねゆい)を死なせないことだ。

 そして、現在のこの作戦の目的は、この基地にあるBFを奪い取る事だった。それこそが最も優先すべき事柄であり、それいがいの事は二の次なのである。

 もちろんその事に私情を挟むのは完全にアウトである。

 それ自体は十夜自身理解している。

 しかし、あの二人をこの作戦に巻き込んだのは自分である。そう十夜は思っている。

(結菜辺りは、「わたくしが選んだ事です。勘違いしないで下さい。自意識過剰ですか?」と相変わらずの無表情で言うんだろうが)

 それでも十夜がいなければこんな所に来る事など無かったし、それに、リリィなど完全に十夜が巻き込んだのだ。

 それを今更自己責任だと言って捨てるなんて答え、十夜には選べない。

 何としてでも全員で帰る。


 ―――例え目の前の女を殺してでも。


 それは、十夜達の中で交わされた約束を破る行為である。

 でも、十夜は、例えその約束を破ったとしても、二人を死なせたくなかった。その感情が、情から来るのか、責任感から来るのかは分からない。

 でも、その想いだけは偽りないものだ。

(それにこれは結衣の為じゃない。俺は俺の為に殺すんだ)

 そんな意味のない言い訳を心の中で呟きながら、十夜は腰を下げ、久しぶりに“構え”という形をとった。

「くくく。どうやら本気という訳か」

 女は、その姿に満足したのか、その顔に今までと比較にならない壮絶な笑みを張り付けた。

「おいガキ。まずはその面を外したらどうだ?」

 女は十夜にそう言ってみるが、そんな気は十夜にはない。

 女が十夜をガキだと判断したのは、恐らく声音からだな、と、どうでも良い事を考える。

「なあ、あんた名前は何て言うんだ?」

 構えたまま、十夜はそう尋ねた。

「なんでそんな事を聞く?」

 そう聞き返した女をバカにしたように「ふっ」と微かに笑う。

「今から殺す奴の名前くらい知っておこうと思ってな」

 その声には不遜と傲慢が混じっていた。

 少なくとも女にはそう聞こた。

 これは十夜のクセだ。殺すと決めた相手に対して、傲慢な態度を取り、十夜が相手に対して油断していると見せかける為の。

 特に意味は無いのでは?思っているものの、幼少の頃に躾けられ、クセになった今ではどうする事も出来ない。

「あはははははは!そうか!では覚えておけ!私の名は氷崎七海!貴様を殺す者の名だ!!」

 楽しそうに、実に楽しそうに女・・・氷崎は、叫ぶ。

 その度に、氷のような殺気が滲み出る。しかし、その中から、涎を垂らした猛獣がその牙を確かに晒している。

 対して十夜は、心を静かに落ち着かせ、“理性”という“殺意”を縛りつけていた鎖を外し、心の底に深く沈めていく。

 最終的には感情というモノを一切削ぎ落とし、その身を殺意だけで満たす。それが十夜が完全に“スイッチ”を入れた状態である。


―――そして、全力の殺気を解放する。


 瞬間、世界が止まった。

 その圧倒的な殺気に、氷崎はそんな感覚を味わう。そして次いでその身に襲い掛かるのは、掛け値なしの恐怖と狂ったような狂喜。

 怖い―――最高だ―――逃げろ―――殺しあえ―――。

 そんな相反する感情が一瞬の内に氷崎の頭を過ぎ去り、残ったのは結局「殺し合う」という答え。

 いや、最初からその答えしかなかったのだろう。

 この女の中では、恐怖すら殺し合いで得られる快感の為の要素に過ぎない。


 そして、お互いに準備が整った。あとは殺し合うだけだ。


「さあ!!始めようか!!!」

 氷崎のその言葉を合図に、二人は同時に駆け出した。

 片方は狂喜を、片方は冷徹を滲ませながら。


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