第12話:地下基地へ
「おい、大丈夫か二人とも」
十夜が、駆け付けた時、結菜とリリィの二人は、地面に仰向けで倒れていた。
「遅いですこのアホエロオオカミ。勝ったから良いものの、危うく死ぬ所でした」
「・・・危なかった」
二人のその言葉を聞いて、十夜は、視線を奥に倒れている男に移した。
その男を見て、十夜は驚いたように目を見開いた。
「遺伝子改造された人間か?いや、更に肉体改造もされてるな」
十夜の漏らしたその言葉を聞いた結菜が、疑問に思い、詳しい事を尋ねた。
「遺伝子改造?なんですかそれ?」
「読んで字の如く遺伝子を改造する事だ。受精卵の段階で、遺伝子を弄りまわし、優秀な人間を作る試みだよ。非人道的過ぎるってんで十年くらい前に禁止になった。まあ裏では未だにやってるみたいだがな」
十夜はそう言って、苦虫を噛み潰したような表情をした。
「しかもこいつ、遺伝子改造の後に、更に改造されている。だからこんな化け物みたいになっちまったんだ」
「そうですか」
別にそれを聞いてこの男に同情などは抱かないが、少しだけやるせない気持ちに結菜はなった。
そんな技術がなければこの男は普通の生を歩めたかもしれないのだ。
「まあ、ここまで改造されたら最早人間とは呼べないし、生きていても無意味だ。殺して正解だったと俺は思うよ」
この姿では、レンジンの未来は一生この地下で番人をし、侵入者を殺すだけ。そんな人生に十夜は意味はないと考える。
人を殺す事でしか自分の存在意義を示せないなんて絶対に間違っている。
そう十夜は思うのだ。
(自分の事は思いっきり棚に上げてるけどな・・・)
表情に出さず、十夜は内心自嘲気味に笑う。
十夜もまた人を殺す事でしか自分の価値を示せなかった者だから。
「・・・十夜」
リリィが呼ぶ。
それに視線を向けると、普段通り・・・しかし少し疲れた様な顔で、
「・・・私も同じ」
そう言ったのだ。
リリィは、「自分も十夜と同じ」だと言ったのだ。
それに十夜は僅かに眼を見開く。
リリィが自分の心を読んでいた事にも驚いたが、それ以上に、リリィも自分と同じ事を思っていた事が少しだけ嬉しくて、悲しかった。
「ちげえよ。それは過去の話しだろ。俺は未来の話しをしてんだよ。お前が過去に人を殺す事しか出来なかったらこれから違う事を見つければいい」
自分に言い聞かせるように十夜はリリィにそう言った。
「・・・分かった」
リリィはそれに素直に頷く。
それを見た十夜は、顔を上げて天井を見た。
(はは・・・。何が未来だ。そんな事俺は全く思っちゃいない。結局俺やリリィは人を殺す事しか出来ない。だって―――)
―――今だって結局殺してるだろ?
そう思った瞬間、十夜は自分の顔を思いっきり両手で叩いた。
これ以上マイナスな事を考えるのはマズイと思ったからだ。
「さて、いつまでも寝てるわけにはいかないだろ。まだ作戦は始まったばっかだぞ?」
気持ちを切り替えるように、十夜はワザと明るい声で言った。
「バカ言わないで下さい。あの化け物の攻撃喰らってるんですよ?そう簡単に動けるわけないじゃないですか?」
そう言ってくる結菜。
確かに、十夜も少し休ませたい気持ちはあったが、早くしないと学園がこの事態に気付く可能性がある。
「悪いが休んでる暇はない。結衣を助けたいなら今は動け」
卑怯な言い方だとは思うが、仕方ないと今は割り切る事にした。
そして案の定、結衣至上主義の結菜はその言葉で直ぐに立ち上がった。
しかし、リリィは未だに立ち上がらない。
「おい。何やってんだお前は。さっさと立て」
しかし、リリィは立ち上がらない。
イラッとした十夜は無理矢理立たせようと、リリィに近づいた。
それとほぼ同時にリリィは両手を十夜に差し出して、
「・・・おんぶして」
と、言った。
「・・・・・・・は?頭狂ったのかお前?」
「・・・ひどい。・・・疲れたからおんぶして」
どうやらリリィは本気のようだ。
しかし、十夜としても、結菜が自力で立ったのに、リリィだけをおんぶして甘やかすのはどうなのか?と珍しく常識的な事を思い、悩んだ。
「良いんじゃないんですか?私は別に気にしてませんから」
と、字面だけ見れば完全に気にしているが、声音がいつも通りなので、どうにも判別がつかない。
(まあ、いいか。今は時間がもったいない)
内心で言い訳を呟きながら、十夜はリリィを抱き抱え、そのままおんぶした。
リリィの小さくもしっかりと存在感を示す胸を背中に感じながら、十夜は結菜と共にリニアモーターカーのある場所に向かった。
この時、リリィの頬が微かに赤くなっている事に気付いた者はいなかった。
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「ここがリニアの発着場か・・・」
十夜達は、遂にリニアがある場所まで辿り着いた。
目の前にあるリニアは、かなり立派なもので、かなりの速度が出るモノだというのが見て分かる。
「かなり立派なものですね」
結菜は、少し驚きながらそんな声を漏らす。
実際、結菜は結衣の専属の使用人としてこの学園島に来て三年になるが、地下がある事はおろか、地下にこんな立派なリニアがある事を今まで知らなかったのだ。
当然ながら、驚くのも無理はない。
「・・・すごい」
リリィも同じように驚いている。
顔は完全なる無表情だが。
「・・・こんなもんを地下に作ってんのかよ」
十夜も同様に同じような言葉を漏らす。
しかし、いつまでも驚いているわけにもいかない。三人は早速リニアの中に乗り込んだ。
運転席に座り、十夜はエンジンをかけた。
電気が灯り、エンジンの動く音が、静かな地下に響く。
「いいか二人とも。このリニアを発進させた瞬間、向こうの地下基地の連中には既に俺たちの存在は気付かれていると考えた方がいい。リニアが向こうに着いた瞬間から、作戦開始だ。その後は各々の判断で動け。いいな?」
その言葉に、二人は神妙に頷く。
これから待ち受ける作戦の難易度は、ジンレイを相手取るより遥かに厄介だ。何故ならBFを手に入れ、基地を脱出し、学園島に戻らない限り、作戦は終わらないのだ。
死ぬ可能性の方が遥かに高い作戦だ。
しかしそれでも三人には止めるという選択肢は存在しない。
「よし。じゃあ行くか」
二人の覚悟の籠った眼を見て、十夜はリニアを発進させた。
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同時刻・地下基地
「隊長。学園島のリニアが何の連絡も無しに動き始めました」
管制室にいる兵士は、自らの上の椅子で悠然に座る上司にそう報告した。
「なに?それは本当か?」
その上司、氷崎七海は鋭い視線を更に鋭くして部下の報告に耳を傾けた。
「はい。普通ならこちらの指示なく、リニアが発進する事はあり得ないんですが」
刃物の様な研ぎ澄まされた美しさを醸し出す七海に、陶酔の視線を浮かべながら、部下はそう言った。
七海は、黒タイツに包まれた自らの美脚を見せつけるように組み替えると、薄く笑った。
それすらも刃物を連想させる程の冷たさを持っている。
僅か二十歳で、しかも女性で隊長に上り詰めたのは決して伊達や酔狂などではない。厳然たる実力があってこそだ。
「ふふ。つまりは侵入者か。この基地に侵入とは・・・。また随分な身の程知らずだな」
七海は、モニターに映った、リニアを示す赤い点を見ながらそう呟いた。
「如何いたしますか隊長?」
「決まっている。侵入者は到着と同時に射殺しろ。二十人も出せば問題ないだろう」
七海は、リニアが着く場所に、二十人の兵士を配置して、警告なしに射殺する命令を出した。
一切の慈悲や容赦のないその指示に、兵士は僅かな恐ろしさと、敬愛の感情を抱きながら、一言「了解しました」と言って、動ける兵士に伝達を開始するのだった。
それを視界の片隅で確認した七海は、モニターに集中した。
「この基地に来てから初めての侵入者だな」
七海がこの基地に赴任したのは半年前だ。
それ以前から、同期の兵士とは一線を画す優秀さで、出世の道を進んでいた七海にとって、この地下基地への赴任は左遷としか思えなかった。
もちろん七海はその事に激しく反論をしたが、上の決定だ。当然覆るはずもなかった。
仕方なくやってきた七海を待っていたのは酷く退屈な日々だった。
しかし、今日だけはその退屈とおさらば出来そうな気がした。
「出来るだけ私を楽しませろよ?侵入者?」
七海は、獰猛な獣のように歯を見せてニヤリと笑った。