第10話:地下の番人
三人は、夜の学園を気配を最大限に殺して移動していた。
十夜は、いわずもがなだが、結菜やリリィも、気配の消し方は超一流だ。
(リリィは殺し屋だと言っていたし納得出来るが、結菜の方はなんでこんなに気配の消し方が上手いんだ?それに上手いけどどこか荒削りな感じがする)
結菜が言っていないから、十夜は知らないが、幼少期から死と直面しながら生きていた結菜は、自然に身を守る術として気配の消し方を独自に学び編み出したのだ。
それはひとえに生きたいと願う子供の無邪気な願いが作り出した技術だ。
結菜自身、それがまさか今になって役立つとは思っていなかった。
人生とは分からないものですね。と他人事のように呟きながら、素早く歩を進める。
移動を開始して三十分。
三人は、まだ地下へ行く入り口にすら到達出来ずにいた。
「まさか夜の学園の警備がこんなにも厳しいとは思いませんでした」
結菜が忌々しげに呟く。
そして、それには十夜も同感だった。あえて言葉を付け加えるなら、
「地下への入り口に近づくごとに警備が厳重になっていくな」
と、そう言った。
十夜の言う通り、地下への入り口に近づけば近づく程に、警備はその厳重さを増していく。
「あの周りには、特に建物はありませんからね。警備もし易いんでしょう」
結菜は、顔を上げて言った。見つめるのは巨大な塔。
地下への入り口。
それは、この学園のシンボルとも言える巨大展望塔だった。そこに、地下への入り口がある。
(あのアホ姉の情報だから間違いはないとは思うんだが・・・)
しかし、いくらその情報が正しくても、目的の場所に行けないのだとしたらどうしようもないのだ。
「あの警備を三人で抜けるのは不可能だ」
十夜は二人に向かってそう言った。
二人もそれは分かっているのか、小さく頷く。
「それではどうするんですか?」
眼を鋭くさせて結菜が尋ねる。
言外に「なんとかしろよ」と言っているのだ。出会って少ししか経っていない十夜にも、それぐらいは分かった。
主にプレッシャーで。
しかし、これは十夜にも予想外の事だったのだ。
確かに多少の警備はある事は確信していた。綿密に計画を練ったわけではないが、それでも地下に行き、軍の地下基地に行くぐらいは簡単に出来ると思っていたのだ。
それだけの能力が自分にはあると思っていたし、結菜なリリィも、かなり優秀な人材だ。
しかし、現状は、未だ塔にすら辿り着けず、遥か彼方で足踏みしている。
(無様すぎるだろ・・・)
弱音を吐いてしまう十夜。しかし、諦めるわけにはいかない。諦めれば、結衣が死ぬ。いくら十夜でも、五十人のBFを持った殺し屋相手に普通の武器で結衣を守るのは不可能だ。
つまり、どんな事をしても地下基地に行き、BFを手に入れなければならない。
(なら・・・)
十夜はここで、ある一つの作戦を思いついた。
いや、これは作戦と呼べる代物ではないし、あまりにもギャンブル性が高い。しかし、情報などが全くない今の状況ではこれしか思いつかなかった。
「結菜、リリィ。いまから作戦を変更する。その小さい耳かっぽじって良く聞けよ」
その言葉に二人は頷く。
「変更内容はこうだ。俺が一人で突っ込み混乱を起こす。その隙にお前らは地下の入り口へ行き、リニア発進の準備をしておいてくれ」
その内容に、二人は驚いたが、すぐに了解の意を示すように頷いた。
今はそれが一番良い手段だと理解したのだ。
彼女らは下らない仲間ごっこをする為にここに居るわけではないのだ。
「よし。では行くぞ!」
直後、十夜は、その場から消えた。
数分後、遠くから誰かの悲鳴が聞こえ、その後に、爆発音が聞こえた。
「・・・かなり派手にやってる」
普段無口なリリィがそう言ってしまうほど、十夜はメチャクチャやっているようだ。
「でもその方が好都合です。では神崎さん、行きましょう」
結菜の合図にリリィはコクッと頷くと、結菜に続いて、リリィは地面を蹴った。
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「おらおらおらおらおらおらおらおらおらぁ!」
十夜は叫びながら、警備の人間を蹴り、殴り、ぶっ飛ばしていく。
そして時たま、念のためにとリリィから借りていた手榴弾を適当な所に投げる。
「く、くそ!なんだこいつ―――ぐへっ!」
一人の警備員がまた気絶させられた。
当初の予定通り、十夜は殺しを行わない。もし殺しを行えば、その罪は全部結衣にかかる事になるという結菜の言葉を聞いて、十夜はそれを忠実に守っていた。
それに学園の警備の人間など、わざわざ殺す価値もない。
「動くなあ!!」
一人の警備員が腰から拳銃を引き抜き、十夜に向ける。
「お前バカか。普通は黙って撃つのが基本だ」
言いながら、距離を詰めると、その警備員の腹に拳を叩き込む。
「ぐへぇっ!」
口から胃液を吐きだし、そのまま地面に倒れ込んだ。
今の時点で既に十夜は三十人の警備員を気絶させた事になる。そして、それと同時に一つの疑問が生まれた。
(いくらなんでも警備員の数が多すぎる)
昨日確認した情報によると、警備員の数は学園全体で約六十人。そしてその内の半分が、あの塔に警備に当たっているのだ。
地下入り口や、他にも交代要員などを考えたら、ほぼ学園内全員と言えるだろう。
いくらなんでもそれは異常ともいえた。
そう、それではまるで生徒の安全を守るきなど更々無いように感じられるのだ。
(生徒の安全よりも大事なものが地下にあるのか?)
そこまで考えた所で、十夜にある事に気付いた。
(待てよ。仮にそんな大事なモノが地下にあるんなら、地下には当然それ相応の警備を敷くはずだ。そしてあの姉が学園の地下地図までしか手に入れられなかった――――――――マズイ!)
瞬間、十夜は地下の入り口に向かって走りだした。
くそ、と、十夜は気付くのが遅くなった自分を叱咤した。
学園の地下には、何かは知らないがかなり大事なものが眠っているらしい。それを仮に正しいとするならば、その地下の警備は殊更厳重にするのが普通だ。
そして今回十夜がヤバいと感じたのは、その厳重さにあった。
十夜に、学園の地下の情報を与えたのは、長女の黒瀬夜宵だ。夜宵は、黒瀬家の中で最も諜報能力に優れた者だ。その夜宵が、地下地図をリニアがある所までしか書いていないというのが、今になって十夜は気になったのだ。
そしてある結論を十夜は出した。
―――リニアより先を調べる事が何かしらの問題により出来なかったのではないか、と。
その問題は、普通に考えるなら警備が厳重だったから、が一番しっくりくる。
黒瀬家の最高の諜報能力を持つものが、突破出来なかった警備、もしくは、突破するのを躊躇う警備。
そんなものをあの二人が突破できるはずがない。
「くそっ!間に合ってくれよ―――――!」
十夜は、二人の無事を祈りながら、闇夜を全力で駆けるのだった。
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同時刻・巨大展望塔、地下。
「がぁはっ!!」
一人の少女が石の壁に叩きつけられる。
鈍い音が辺りに響き渡り、口からは胃液と、少量の血が飛び出る。
「神崎さん!!」
結菜は、吹き飛ばされた少女、神崎リリィに駆け寄り、その体を支える。
リリィの体は、既にボロボロで、服が所々破け、身体や顔には殴られた痣がくっきりと刻まれてある。
「弱いですねえ。侵入者がこんな小さくてカワイイ女の子で心躍りましたが、こんなに弱くては、つまらないですね」
その声を聞いて、結菜は声の主をありったけの殺気で睨みつける。
「おお怖い。そんな殺気で睨まれては殺したくなってしまう」
クフフ、と不気味に笑うその男は、ゆっくりと結菜達に近づいてくる。
そして、近づかれると、余計のその男の異常さがわかる。
(見るからに化け物ですね・・・)
結菜は内心で呟きながら男を今一度観察する。
まず最初に目を引くのはその大きさだ。目測だが、その大きさは恐らく三メートルを超える。そして、明らかに人間ではない筋肉の搭載量。
まだキングコングの方が可愛く見える。
そして何より気持ち悪いのがその顔である。たんに不細工というわけではない。頭に毛は無く、何かに抉られたように頭部が一部陥没している。眼は左右で大きさが違い、片方は細く、片方は異様に大きい。鼻はそぎ落とされ、真っ平らだ。口は途中でまたもや抉られたような跡があり、その跡を境に上下にズレている。
「おやおや、そんな化け物を見るような眼で見ないで下さい」
さらに、この丁寧口調が、外見と異常な程合っていないせいで、余計に気持ち悪さを引き立てている。
「なにを言っているのですか?わたくしはあなたを化け物とは見ていませんよ?」
「ほう、では何と見ているのでしょう?」
その問いに、結菜は笑って、
「ただの醜悪な薄汚いゴミです」
そう言い放った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほう」
男は怒りに顔が歪むのを必死に抑えようとしているのか、その顔は先程の何倍も異常に映った。
「どうやら口の悪い子にはお仕置きが必要なようですねえ」
濃密な殺気が男から吹き出す。
十夜の死を覚悟させる絶対的な殺気とは違い、まるで蛆虫が足元から徐々に這い上がってくるそんな気持ちの悪い殺気だ。
細胞の全てが「逃げろ!死ぬぞ!」と警鐘を鳴らしているが、当然ながら結菜に逃げるという選択肢は無い。
だから結菜は構える。それが当たり前だと言わんばかりに。
「どうぞ。かかって来て下さい。あなたはわたくしが蹴り伏せる」
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