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ANOTHER WOLD “禍根Xの原本”

Roots〜その先にあるもの〜

作者: 雨音れいん

 少年はそこで力尽き、倒れた……




 人気の無い山の奥深くに佇む一軒の山小屋。そこに仙人のような風貌をした老人男性と少年が暮らしていた。

 少年の名はバド。まだあどけなさの残る少年で、茶褐色の髪に透き通るようなグレーで切れ長の美しい瞳をしていた。彼は赤ん坊の時からその老人――フォガードに育てられ、フォガードは彼を勇者に育てあげようとした。しかし、彼が選んだのは魔物ハンタ―への道だった。

 それは彼がその“肩書き”を背負わされるのが嫌だったから


『勇者〓正義の味方』という肩書きを……




 彼は左耳に、稲妻型のピアスをぶら下げている。

 それはある女性から貰った物で、最近髪を伸ばし始めた理由もその女性に言われたからだった。


『そのピアスには、長い髪のほうが合うと思うわ』

 彼女はそう言った。そして


『長い髪のあなたを見てみたい』と


 少女のように見られたくない彼には抵抗があったが……


『あなたには、そのほうがきっと似合うと思うの』


『私は、そのほうが好き』




 ――……好き



 そう言って彼を掌の上で転がした……



 そんな彼女は既婚者だ。無償の愛を夫に捧げ

 しかし、裏切られ……

 挙げ句の果てには夫の浮気相手に呪いをかけられ生死を彷徨い、それでも尚――

 夫を愛し続け……

 彼は彼女のそういう一途な所に魅かれた。

 だが決して自分に振り向くことは無く、彼自身もそれを求めようとはしない。ただ想いは捨てられず


 ――このピアスと共に……







「よう、お嬢ちゃん」

 プレハブ小屋のハンター事務所に入ると、中にいた無精髭のハンターにバドは声を掛けられた。ハンターになってからいくらか筋肉が付いたとはいえ、まだまだ華奢な少年の身体と美しい顔の彼はこのようにからかわれることがよくあった。そのわりに実力があるための嫉妬でもある。

「例の悪魔払いの仕事、成功したんだってなぁ?」

「はぁ」

「自分の身体に魔物を封印しちまうなんて、やっぱやることが違うよなぁ“正義の味方さん”はよぉ?」

 無精髭のハンターは、下品で馬鹿にしたように笑った。

「……」

 バドはそれを相手にはせず次の仕事の手続きを済ませ、そこを出た。




 最近彼は、ある悪魔払いの仕事を引き受けた。それは凶悪な事件で、誰もがお手上げの仕事だった。

 被害者は既婚者の女性で、依頼はその夫からだった。その夫はある女性と不倫をしていたが、妻はそれを知っても別れようとはせず、彼女のことが邪魔になった愛人は禁断魔法で魔神を呼び出し、彼女の魂を捧げる契約を交わしてしまったという。

 その悪魔払いの仕事を引き受けた当時のバドは、新米であるにも関わらず順調にハンター業をこなしていた為、怖い物など無かった。

 そして結果的に彼は無事彼女を救った。

 しかし、魔神を倒したのでは無く



 ――自分の腕に封印した……







 ある日のことだった。仕事を終え、バドはいつものように山裾から家路に向かって進んで行った。今や慣れてしまったこの険しい道のりも、仕事を終えた後には少し堪える。普通の人なら決して住まないであろう場所に家はあったのだ。小石のまざった舗装されていない険しい斜面を登り、やがて家に辿り着く。

 すると家の前にフォガードと見慣れぬ一人の少年が立っていた。その少年はまだ幼く、背丈はバドの胸にも届かない。やわらかなベージュの髪は微かに金色を帯びているようにも見える。水色の服にその色がとても映えていて天使のようだ。

 しかし表情は暗く、青い瞳は泣きはらしたのか酷く充血していた。見るからに何かがあったらしいことは窺える。

「森の中で倒れていたんだ。魔物から逃げて来たらしい」

 穏やかな口調だが、衝撃的な事実がフォガードの口から聞かされた。

 バドは表情を曇らせる。

「魔物から?」

 その少年が住んでいた村は魔物の襲撃に遭い、誰一人助かる余地は無かったが、母親の助けにより彼だけ逃がされたという。

「そうか……」

 少年は不幸に浸り――この世の終わりを見てしまった――そんな瞳をしていた。

「仲良くしてやってくれ」

「分かった……おいで」

 バドは少年の手を取った。その華奢な子供の掌は力加減を誤ると壊れてしまいそうだった。


 



「座って」

 少年をつれてやって来たのは河原だった。バドが幼い頃から釣りをしてきた場所である。ここで自給自足で生きる生活の術をフォガードに学んだ。

 バドは地べたに腰を下ろす。

「……」

 少年は浮かない表情でありながらも、黙ってそこに座った。

「オレはバドだ。君の名は?」

 バドは少年に優しく微笑みかけた。少年の悲しい表情を少しでも和らげようとしたのだ。

 しかし、少年は暗い面持ちのまま答える。

「ゲアン……」

「そうか」

 するとバドは立ち上がり、どこからか釣竿とバケツを持って戻って来ると釣りを始めた。

「……?」

 ゲアンは不可解に思いながら、その様子を伺っていた。

「何で釣りなんかするの?」

 ゲアンは眉を潜めるが、落ち着いた声でバドは言った。



「生きるためだ」



「生きるため?」

 ゲアンの表情がみるみるうちに険しくなっていく。

「一日中泣いていようが腹も減るし、眠くもなる。生きる為には食べることが必要だ。そして、その為に食料を得ることも」

「こんな時に食欲なんか湧くわけないだろ!? それに今、釣りなんかしなくてもいいじゃないか!?」

 ゲアンは、悔しさと悲しみを一気にバドへとぶつけるようにそう叫ぶ。苛立ちを抑えきれなかった。

「ゲアン!」

 そして、逃げ出そうとする彼の腕をバドが掴む。

「放せよ!?」

 ゲアンはその手を振り払おうとして、激しく暴れた。バドは釣竿を置き、ゲアンの身体の向きを自分のほうに向ける。

「……」

「ゲアン……悲しみから目を逸らしても、その事実は消えない。ゆっくり時間を掛けてでもそれを受け止めて生きて行くしかない――それが運命だ」

 ゲアンは顔を歪めた。悔しさや、やりばのない激しい感情が一気に込み上げる。

「……お兄さんなんかに何が分かる!? あんな思い……したことも無いくせに!」

 そう叫ぶとゲアンはバドの手を振り払い、どこかへ走り去って行った。







 日が沈む頃、魚の入ったバケツを片手にバドは家に戻った。

「バド? あの子はどうした?」

 家の前には井戸水を汲んで丁度戻って来たフォガードの姿があった。

「……」

 バドは無言でバケツを家の中に置いた。そして

「探して来る」 

 そう言い残し、そこからいなくなった。




「どこへ行ったんだ……?」

 辺りはどんどん暗くなって行く。バドはゲアンを探し、森の中を走り回った。


 ――ああ、なんてことをしてしまったんだ 

 あんなこと……

 言うべきでは無かった――!


 彼は後悔した。もっと別の言葉で、慰めてあげれば良かったと。


「ゲアン……ゲアン――!」 

 彼は叫んだ。そうしている間にも空に闇は広がり、森の中は危険地帯へと変わって行く。あんなか弱い子供を一人にしたら、どんな危険が待ち受けているか分からない。彼は必死でゲアンを探し続けた。

 コウモリが飛び回り、野犬の遠吠えが響く。

「ゲアン――! いたら返事してくれ!?」

 その時、草に何かが擦れたような音を耳にした。

「ゲアン!?」

 その音のしたほうを向く。

「!?」

 その瞬間、彼に向かって何かが飛びかかって来た。

「……っ!」

 鋭い牙を剥き出しにし、点のように光る眼と荒々しい息。辺りは暗く視界は最悪だが、ぶつかって来たその衝撃の度合いから正体は野犬であると予想できた。

「キャイィィィ――ン!」

 彼は、所持していたナイフで野犬の首を突き刺す。

「くっ……」

 今の一撃でその野犬は痙攣しながら死んで行ったが、彼のほうも足に傷を負ってしまった。

 暗闇の中、威嚇する獣の唸り声といくつかの光る眼が現れる。

 傷が痛むが、瞑想して直す暇など無い。次は攻撃しなければ殺られる。

 相手は散らばっていて複数だ。爆破系魔法で吹き飛ばせば簡単だが、火事の危険性があり使えない。

 彼は、一度しか使ったことのない風系魔法に賭けてみることにした。



 ――頼む利いてくれ!


 彼はその呪文を唱えた。


 目の前に小さな竜巻が出現し、次第にそれは大きく広がって行く……

 獣達は毛を逆立て、完全に襲いかかろうとする体勢に入っていた。

「ガルルルル――!」

 一匹が飛び出し、それに続くように一斉に獣達が襲いかかる。

「行け――っ!」

 バドは、充分な大きさに達した竜巻を獣達目掛けて放った。

 竜巻は回転しながら、獣達だけでなく周りに立っていた木々までも飲み込んで行く。

「はぁはぁはぁ……」

 彼はその竜巻を操るが、その威力はあまりに強すぎる。その為、一歩間違えば自分も巻き込まれる危険性があり、必死だった。

「はぁはぁ……もう大丈夫だな……?」

 彼は竜巻に宿る力を分散させ、そのエネルギーを自然に返す。

「はぁはぁはぁはぁ……」

 その後の景色はあまりに無残な物だった。太くて丈夫な木ですら折れ曲がり、葉や実はどこかへ吹き飛ばされ、そこにいたであろう生物達の気配も感じない。


「くそっ!」


 だからこんな魔法、使いたくなかったんだ……


 彼は自分の力の無さに嘆き、失望したが再びゲアンを探しに向かった。

「ゲアン――!」

 野犬に噛まれた足の傷口が出血し、ズボンの生地はじわじわと血で染まって行く。

「!?」

 物音がし、彼は素早くそちらに目を向けた。

「……」

 息を潜め、慎重に辺りの様子を確認する。

 物音はしなくなったが、確かに何かの気配を感じていた。

「……」

 冷たい風が吹き抜け、落ち葉が地面に擦れカサカサという音がした。

 しかし、まだ気配を感じる。


 ――何故、出て来ない?


 彼は不審に思ったが

「……ゲアン?」

 まさかと思い、そう呟いた。

 辺りは静かだが、明らかに“何か”がそこに居るのを感じていた。

「ゲアン……?」

「っくし!」

「?」

 はっきりと今、聞こえた。

「ゲアン……!?」

 彼はすぐさま、くしゃみが聞こえた木の向こうへと回り込んだ。

「……ずず」

 そこに居たのはやはりゲアンだった。寒さで身体はガタガタと震えている。

「ああ……良かった……」

 バドは安堵の溜め息を洩らし、彼を強く抱き締めた。




 しかし、これで二人が打ち解けたわけでは無く……

 まだ続きがある。


 彼らは共に暮らし始めたが、いつまで経ってもゲアンは心を閉ざしたままだった。

 フォガードは偉大な魔術師だが、心の傷を治療することは出来ない。

 だからと言ってこのまま放っておくことなどバドには出来なかった。

 そして彼はゲアンとふれあいを持ち、心の支えになろうとしたのだが

 

 その気持ちは伝わらない。




「ゲアン」

 ある時フォガードがゲアンを呼んで、ある話をした。

「……」

 ゲアンは相変わらず沈んだ表情で話を聞き始め――

 フォガードは語る。

「お前にはバド(あいつ)が幸せそうに見えるだろう。そして、自分は不幸だと思っている」

「……」

「今のバド(あいつ)は幸福と不幸の両方を抱えている」

「?……」

「お前に出会えたという幸福と――その、お前を幸せに出来ないという不幸を……」

「――?」

 ゲアンは困惑した。何故自分が幸せでないとバドが不幸なのか分からずに。

 フォガードは続けた。

「あいつは赤ん坊の時、森の中に置き去りにされていたのを私に拾われた」


 ――その時ともに入れられていた手紙には、名前と一言


『神様、どうかこの子をお助けください』


 そう書いてあったらしく

 ――あまりに矛盾していた。

 しかしその赤ん坊に罪は無い。フォガードはその赤ん坊を拾って育てることにしたという。

「あいつにとって、私もお前も家族と同じ。そしてお前は、あいつの兄弟のようなものだ」

「兄弟?」

「そう……あいつは兄弟と暮らしたことがないせいか、年下のお前を弟のように思っている。そして、そのお前を幸せに出来ないことが何よりも今のバド(あいつ)には辛く、不幸なことなのだ」

 ゲアンは胸の奥が痛んだ。バドは彼に、そんな話を一度もしたことはない。

 いつも笑顔で、不幸など経験したこともない――そんな風に見えた。



 ――その日の夜、仕事を終えたバドが家に戻ると


「お兄さん」

 初めてゲアンが、自分から話し掛けて来た。

「?」

 バドは少し驚いた様子で振り向く。




「僕、お兄さんの弟になれるかな?」




「?」

 ゲアンの意外な言葉に驚き、バドの動きが止まった。

「友達でもいいけど……」

 そっけなくゲアンが言い

「ゲアン……」

 バドはゲアンの顔を見ると――微笑した。

「両方だ」

「両方?」

「そうだ……」

 バドはゲアンを強く抱き締めた。

 その時の彼の顔は、喜びと幸福しあわせに満ち溢れていた……



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― 新着の感想 ―
[一言] 評価依頼をいただいた黎明です。 世界感の説明もなく、サッパリとした作風で読みやすく、バドの不器用さがうまく描かれていてかなりよかったです。 機会があれば、本編の方も読ませてもらいます…
[一言] どうも、評価依頼をいただきましたふじぱんでございます。 それでは感想の方を…。 番外編ということですので本編から読ませていただくのが筋だと思いますが、正当な評価をさせていただくためにあえて…
[一言] またまたご依頼を受けてやってきた、紅蓮です! 本編はまた今度ということで、今回はこちらの短編小説を評価させてもらいます。 一通り読ませてもらって、良かった〜と安心しました。 きちんと誰の視点…
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