テンプレ重装
つづき。意味はない。
「私はお兄ちゃんのことが好き」
そういわれたのはいつだったか。それはともかくとして、この言葉はいろいろと衝撃的だった。ありきたりな言い方ではあるが、妹が僕に好意を持っているのは分かっていた、けれどもそれは異性としてでは無いと思っていた。ごく普通に、どんな家庭でも有りえる、仲のいい兄妹、その範疇であると信じていたのだ。そのことを妹に対し言うと、
「そうやって逃げないで、正面から私の言葉を受け止めてよ」
と、いやに重たげな口調で返された。
情けない事に、この時の僕はその言葉を言われてなお、妹の告白が冗談の類であると考えていた。日頃からこの手の冗談を言ってくるわけではないし、そもそも妹はあまり冗談を言う性格ではなかった。ではなぜ、僕がそのように考えたかと言うと、詰まる所妹の言うとおり、逃げだったのだろう。妹の告白に真正面から取り合ったら何かが、今まで築いてきた関係性が――告白の成否に関わらず――崩れるという予感、というより確信があったのだ。いや、それは確信というより絶対的な事実だ。だってそうだろう、この世のどこに妹から告白され、それを断ってなお今まで通りに付き合える奴がいるのか。
「本気で言っているの?」
「冗談で言うと思う?」
質問に質問で返されたが、その質問は先程の思考と被っていた。やはり、冗談ではないのだ。しかし、それが冗談でなかったとしても、僕の返答に変わりはない。その筈、その筈だ、その筈でなければならない。なのに何故――
「僕は――」
――何故、返答の内容を思い出せないのか。
もしかしたら、僕は。そこまで考えたところで、その思考は中断させられた。
「うっ」
中断させられた原因は日差しだ。どうやら夢だったらしい。今は何時かを確認しようと、時計の方向を確認しようとし、
「ああ、そうか。今度こそ見知らぬ天井ということか」
昨日のことを思い出す。見知らぬ場、なぜか一緒にいる妹、そして追う化け物達、それから逃げる僕と妹、そして、そんな僕らを助けた救世主である少女の事。彼女に助けられた後、彼女の家で休ませてもらった。そこまで思い出し、僕はふと違和感を覚える。僕はソファで寝かさしてもらった筈だ。それが何故、ベッドの中にいる。嫌な予感がする。今度こそ予感だ。だが、この確信じみた予感はなにか。そのような予感を抱きつつ僕は明らかに一人用ではないベッドの、誰もいなければ空いているはずの部分を見る。しかし、誰もいないはずはなく、なにしろ昨日ここに運んだのは僕なのだから、僕の目が捉えたモノは。
「あら、おきたの。おはよう」
どう見ても妹だった。
「お、おはよう」
「起きたばかりで悪いけれど、婚姻届に」
「サインはしないぞ!」
「……年頃の男女が一緒のベッドで朝をむかえる。どう考えても恋人同士のそれだわ」
「誤解を招く言い方をするな!そもそも君は横になるなりすぐに寝たじゃないか!」
「それで、意識のない私にいろいろとしたのね」
「誤解に曲解を重ねられた!」
「婚姻届に判を押すのと、犯罪歴が残るの、どっちがいい?」
「なにそれこわい」
どうにもコントじみた会話を交わす。いつも通りのやり取りだ。飽きないのかと自分でも思う。そのような旨を伝えると
「繰り返しはギャグの基本だわ」
「君はこれをギャグで片づけるのか……」
これまたいつも通りの返答だった。
しかし、考えてみてもほしい。繰り返しはギャグの基本かもしれないが、ギャグは基本的に繰り返されたら詰まらないものなのだ。そういう意味では妹にその手のセンスは皆無に思える。
「朝から何を騒いでいるのよ、あなた達」
先ほども言った通りこの家は僕たちのものではなく、救世主である少女のものなのだ。そして、こうバカ騒ぎをしていれば物理的に彼女の耳へ届かないはずは無く。他人へ見せるには恥ずかしすぎて余りあるほどのやり取りを目撃されることとなった。
「なにを、と言われても」
突然の事に僕が言いよどんでいると
「兄と妹のスキンシップよ。気にするほどの事じゃないわ」
と、妹が返した。少し驚きだ。言った内容も内容なのだが、何しろその口調。その口調は僕と二人きりの時しか使わなかったものだ。それが崩れたことに多少の寂しさを感じ、すぐに否定する。これじゃまるで、僕が妹の事を。そこまで考え、夢を思い出す。そうだ、僕はあの時なんと答えたのか。その思考へと再突入しそうになった時
「兄妹だったとはね、てっきり恋人同士だと思ったから彼をベッドへ運んだというのに。無駄骨だったみたいね。それはそうと、兄妹のスキンシップにしてはうるさ過ぎるわよ、少しは迷惑を考えたら?」
彼女の言葉で現実に戻る。彼女の言葉はもっともだ。ここを他人の家だということを忘れ、騒いだ僕たちに非がある。けれど、恋人同士だと思ったからとはいえ、同じベッドに寝かせるというのはいかがなものか。というか、その細腕でよく僕を運べたものだ、と思う。
「まあ、それは置いといて。朝食ができたんだけど、食べる?」
どうやら彼女は力持ちなだけではなく、かなりの善人であったらしい。見知らぬ人を泊めてくれたばかりか、朝食まで作ってくれるとは、しかも昨日見た限り彼女は一人暮らし。このベッドは彼女が普段使っているものであろう。善人過ぎて心配になる。
「お言葉に甘えるとします」
「じゃあ下に降りてきて」
と言った後彼女は部屋を出る。そして、階段を下りる音が聞こえた。
「よし、じゃあ下へ行くか」
と、妹に声をかける。
「……」
へんじがない。
「おーい、君大丈夫か?」
「……彼女、昨日はどこで寝たのかしらね」
なるほど、彼女は一人暮らしで先程言ったようにこのベッドは彼女の物。そして、それを妹と僕が占拠してた以上、彼女が寝る場所は一か所しかない。まあ、この家に敷布団がなければの話だが。
「そういう事か。けれど、そんなことで一々目くじら立てていたらこの先身が持たないと思うけどね。それに、二人きりじゃないのにその口調でいいのか?」
「私なりの考えがあるの、それが何かは今のところ言えないけれど」
「ま、やめさせはしないがな」
なんせ、普段の妹を知っているわけじゃない、と考えたところで、妹が考えていることに気付いた。なるほど、確かに普段を知る者がいない以上普段通りに振舞う必要性は皆無だろう。つまり、妹は元の場所に戻るまで僕にベッタリなつもりなのだ。
「なんにせよ、まずは朝食を貰いに行こう。昨日は食べずに寝たからおなかがすいて仕方がない」
「ええ、わかったわ」
そうして、少女に遅れること一分ほど、僕らは階段を下りていった。