03~05
03
我が愚妹が醜態を晒しに晒してそのストレスに耐えきれず気絶してしまったいま、一人称の語り部として成立させるべく、愚妹の尻拭いをするべく、不肖この私が代理人を務めさせていただこう。本来ならばこのように途中で語り部が切り替わるのはフェアだとは言い難いし、そもそも邪道ですらあるとは思うのだが、しかしそのようなことを語っている場合ではないのは承知のことだと思い、この私が出てきた次第だ。
まったく一人称語り部だからよかったものの、これが三人称だったらと思うと目も当てられない。私とこいつの関係性は本来なら物語の終盤で明かされるものであって、三人称ならその種明かしのために大量の伏線を張っていることだろう。それらがすべて灰燼に帰すところだったのだ。まったく、いつまでたっても頼りない奴だ。まあ、頼りない奴であるということは、同時に私が頼れる奴であるということでもあるのでそこら辺はうれしくあったりするのだが。
ああ、そういえば。
挨拶が遅れた。私はこの愚昧なる愚妹がいうところの『お兄様』に該当する存在だ。
04
さて。
なぜその『お兄様』がこうして妹の物語に、もっと言えば妹の体に、入り込んで物語を語るのかという疑問が出ることは想像するに難くない。
その問いに応えるとするなら、
「私と妹は一心同体で、一つの体を二人で共有しているからだ」
、とでもいえばまあ的外れでもないこともなくはない。
概ねその通りの理解でいい。
妹も言っていたと思うのだが、重要なのは認識なのだ。とりあえずは暫定的にでも認識してしまえば混乱も少ない。まあ、それを人は偏見と呼ぶのだが。何が言いたいのかというと、偏見も時には必要だなんてことではなく、とりあえず私と妹の関係性を理解しないまでも認識してほしいからだ。それでもなお、難いというならば仕方ない。大きく的を外して、隣の的に当てるような理解ではあるものの、似て非なるものではあるものの、非であっても通ずるところはあるのだから、二重人格のようなものだと思ってもらってもいい。
一人で二人、二人で一人の兄妹。
そんなことを言うと私と妹との共通の友人などは「名探偵か殺し屋でもやってそうなキャッチフレーズだな」などと冷やかすのだが、それっぽいのは事実なのだからそれにとやかく言っても仕方がない。
それはともかく、この時点で私と妹のことで記憶してほしいことは、妹が意識不明になったり、命の危機になったりした場合に私が出てくるということだ。いやはや、なんというお助けキャラ。私がいるというだけで妹の生存率はグッと上がる。そのかわりとして私の生存率がグーンと下がるのだが。しかし妹を助けて死ねるともなれば兄冥利に尽きるというものだ。
宣言しよう。
妹のためなら死ねる。
05
と格好良く締めたところでそろそろ場の収集を図る。
どのようにと言われれば、非常に答えにくいものなのだが、まあ単なる後片付けだ。知らないベッドで目を覚ましたということはその部屋の主がいるということであり、その方に対してこの部屋の状況は少し以上に印象が悪くなる。
姑息だ。姑息療法以外のなんであろうか。いや、その場しのぎにすらならない。
なぜなら、妹の八つ当たりに巻き込まれた被害者はいまでも目の前で気絶していて(というか、死んでいるのではないか?血まみれだし)そのままなわけであるし。この人が(覚ますことがあればだが)目を覚まして愚妹の蛮行を証言すればむしろ私のやったことは逆効果にすらなる。
さらに言ってしまえば、これが一番可能性としてあり得るのだが、この人が部屋の主だったら印象も糞もない。一人称探偵小説の主人公が被害者でしかも犯人の顔を見ていて、さらにそれが開始数ページで行われているようなものだ。私が読者ならあらすじを見た時点で燃やす。つまらないと思った本を壁に叩きつけず最後まで読むことを勇気と呼ぶなら、私は勇気なんかいらない。そんな本を書いた人間を地球にたたきつけてやりたいぐらいだ。
まあ、この場合においてはそれも杞憂というものだろう。私が出てきたのだから。このような状況を何とかするために私はいるのだから。しかしまあ、私が出てこなかった場合にあの愚妹がどう出るかが気になる。案外あいつも如才ないところがあるからなんとかするだろうとは思うが。
……いやしかし、なんというか。さすが我が妹というべきなのか。『事実は小説より奇なり』という言葉を常日頃から嘲る私なのだが、このような状況に立たされると百歩くらいは譲ってもいいのかもしれないと思う。さすがにこんな状況を小説で読んだことはない。まったく、小説なんて役に立たないものだ。『小説は読めて書ければただそれだけ』という主張をする私らしくもなくそう思ってしまう。
とにかくそんなことを考えて暇なんてないことに気づいたのでさっさと後片付けをしてしまおうとして私はとりあえず妹の犯行を示すものをこの世から消そうとして――――
「おーい、結構時間がたったけど何かあったのお姉ちゃ――――――」
と言いながら美少女が姿を現し、目の前の光景を目撃し絶句した。
「え、え、なにが――――ふぎゃ!」
……こういう場合の後片付けとして推理小説などでは『目撃者の消去』が最重要事項だと思い、私は手にしていた証拠物を美少女に投擲した。そして命中。さすがに理性的な状態での投擲なので意識を奪うまではいかない。よって私は相手の混乱が増しているのに乗じて急接近。胴体に拳を打ち込んだ。
「ぐふっ――あ、あなたなにを」
さすがに一発では気絶しないので、もう二、三発拳を叩き込み静かにする。うーむ、被害者が二名になってしまった