王国の滅亡
国軍が裏山へ攻め込んできた。
視界を埋め尽くすほどの兵士を従え、その先頭に立っていたのは勇者、剣聖、賢者の三人だった。勇者は眼前にいるアリシアたちを見つけると、勝ち誇ったように剣を掲げて声を張り上げる。
「今ならエレノアと黒髪はぶっ殺すが、 他の奴らは許してやる! 投降しろ!」
しかし、眷属たちは誰一人として答えなかった。
物置から裏山への山道にかけて配置された、9人の眷属と約1,000人のギルド員が国軍を眺めている。
勇者がさらに何度か怒鳴りつけても、その態度は変わらず、まるで目の前にいる兵士たちなど最初から相手にしていないかのようだった。
「聞こえているのか! ふざけやがって!」
勇者が苛立ちを露わにすると、後方にいた兵士たちが何かを引きずるようにして前へ出てきた。そこにいたのは伯爵と、その二人の娘だった。
「こっちには人質もいる! こいつらがどうなってもいいのか!」
その姿を見たエレノアが、隣にいるアリシアへ視線を向けた。
「……あの勇者は最初の取り繕った化けの皮は完全に剥がれたな。それはそうと、アレは助けなくてよいのか?」
「ヒメ様は日本に行かれる前に、身内を助けたい気持ちはあるけど、それは誰もが同じだろう。だから、もし人としてやってはいけないことをしていたのなら、他の人と同じように対処してほしいって言われたんです」
そこで一度言葉を切り三人を見つめる。
「彼らは真っ黒でした」
エレノアはしばらく伯爵たちを見ていたが、やがて興味を無くしたように静かに視線を戻した。
痺れを切らした勇者たちは、懇願する伯爵も泣き叫ぶ娘も関係なく、股間に杭を刺し口から出るその時まで、兵士にハンマーで叩かせ続けた。
見せしめにするように処刑し、その死を見届けた国軍の兵士たちからは、まるで勝利を確信したかのような笑い声が上がった。
「……ごめんね?この人たち人としてちょっと気分悪いの。終わらせてくるね」
いつもの間延びした口調がなくなった、不機嫌を隠す気もないルルが、国軍の方へ歩き出す。
勇者はルルが逃げ出したとでも思ったのか、さらに声を上げて笑う。
「お? 日本の英雄さん? 投降しにきたぁ?」
ルルは返事をしなかった。
物置の前まで移動すると、そこから国軍全体を見渡し、ゆっくりと片手を伸ばす。
「収納」
たったそれだけで、次の瞬間には勇者を含めた国軍の大部分が、その場から忽然と消えた。
あまりにも突然の出来事に、残された兵士たちは何が起きたのか理解できず、周囲を見回して立ち尽くす。残った国軍兵士のおよそニ割、勇者たちだけでなく、それまで山を埋め尽くしていた大量の兵士までもが一瞬で姿を消したのだ。
ルルは残った兵士たちを見渡した。
「君たちは今投降するなら攻めてきた罪は問わないよー。どうする?どっちでも良いよ」
現状の不可思議さに恐怖を感じた国軍兵は武器を捨て崩れ落ちるように膝をついた。
彼らについては、すでに眷属たちが調査している。国軍に所属しているというだけで罪に問うことはせず、他人の命を奪うような悪行に手を染めていない者については、粛清の対象から外していた。
「残った人たちは、悪いことしてないみたいだからねー。なら皆はもっとこっちに来てよ、そこにいると危ないからさ」
意味も分からず指定された場所へと移動する国軍兵。
それを見てルルは空へと手を掲げた。
「移動したねー、それじゃ開放!」
直後、空間から大量の人間が一斉に落下し地面へ叩きつけられていく。
ほとんどの者はそのまま動かなくなったが、その中から苦しげに身を起こした者が三人いた。
勇者、剣聖、そして賢者。
「……聞いてたけど、死なないねー」
ルルが不思議そうに首を傾げる。
勇者は血にまみれながらも、口元だけを歪めて笑った。
「バカが……僕達は不死身だ。回復さえすれば、何度でも戦える……お前たちは常に狙われる恐怖と怯えてろ……」
痛みに耐えながらルルたちを睨みつける勇者一行の言葉を聞いて、ルルの周りに眷属たちが集まった。
「わかってないなぁ、死ねないってのはね?目的がないと地獄なんだよ?」
リゼットの言葉に勇者の笑みが消える。
「ん〜、両手両足を切り落として地球に放り出しましょうか。ついでに勇者と剣聖は股間、賢者は舌を切り抜いて今後は慎ましやかに生きられるようにしてあげますよ、優しいですよね?」
「な……」
「そうだな。日本だと人権だ保護だと甘やかされそうだから、中国辺りにしとこうか」
フィオナとレティシアが何事もなかったかとように話すのを見て、先ほどまで余裕を見せていた勇者が、明らかに動揺している。
「地球にそんな怪我を治せる奴なんていないだろ!そんな事になったら終わりじゃないか!」
アリシアはそんな勇者を冷たく見下ろしながら告げる
「貴方たちはせっかく不死身なのですから、今まで殺した人たちの苦しみの全てを味わえそうですね。おめでとうございます」
「…まだ僕達は未成年なんだ。日本では子供にそんな事したら罪だよな?そんな事はしないでしょ?日本の英雄なんだから…ね?」
「ここは日本じゃありません。それに転生してきた貴方たちが未成年なのかどうかなんてわかりません。でも良かったじゃないですか、もしかすると死ぬ前までに、治せる人が現れるチャンスはありますよ?」
その言葉を最後に、勇者たちは黙り込んだ。
裏山での戦いは、それで終わった。
しかし、眷属たちにとっては、ここからが本番だった。
ヴァレリアを裏山の防衛に残し、それ以外の眷属たちは潜伏していたギルド員に収集をかけ、伯爵領から九つのルートへ分かれて進軍を開始した。
目指す場所は王都。そして、その先にある王城だった。
九つの進軍路では、同じような光景が繰り返された。
街や村へ入れば、調べた情報から領主や役人、兵士たちの中から一定のラインを越えていた者を粛清する。
ただ、犯罪に手を染めていない者に対しては、例え反抗した者であっても無力化後に治療まで行った。
基準は身分ではなかった。
「私は侯爵だぞ! 私を誰だと思っている!」
「関係ありません」
「儂は王国軍の将軍だ! 王命に従っただけだぞ!」
「命令に従った結果については、自分で責任を負ってください」
どれほど身分や王の命令を持ち出されても眷属たちの判断は変わらない。
喜んで人を殺した者、殺させた者、虐殺を行った者たちは粛清され、無理やり加担させられただけの者には、罪滅ぼしの機会を残した。
その結果、王都に辿り着くまでの間に、貴族家はほぼ全てが、兵士たちに至ってもおよそ六割が粛清の対象となった。
やがて九つに分かれた眷属たちの部隊は、目的地で時を同じくして集結した。
王都では城門が閉じられ城壁の上に兵士たちが並ぶ。
「止まれ!ここから先は王都だ!」
「蛮族め!武器を捨てろ!」
城壁の上から叫び声が飛んでくるが、眷属たちはそれに構わず進んだ。
「生産職だって、たまには活躍しなきゃです!」
メイカが手を城門に突き出した途端、周囲に現れる数百もの氷の剣、槍、斧、槌、それらが一斉に飛び立つ。
いとも容易く城門が破られ、九方向から進んできた眷属たちが王都へ悠々と入り込む。
そこで待ち構えていた兵士たちも、貴族たちも、王国の役人たちも、それまでと同じように選別され、粛清されていく。
そして、ついに王城の門へ辿り着いた。
「ここから先は王の居城だ!無礼者どもが!武器を捨てて平伏しろ!」
「……ウインドアロー」
先頭に立ち、怒声を響かせていたのは近衛兵長。
王の名を使い、気に入った女は力ずくで犯し、その家族を口封じの為に虐殺していた男は、レティシアの何気なく呟いたかのように見えた一つの魔法で呆気なくその生涯の幕を閉じた。その悪名だけを残したまま。
最後に辿り着いた謁見の間では、玉座から立ち上がった王がツバを飛ばしながら叫んでいた。
「余はこの国の王だぞ! 貴様らが勝手に王城へ入り込むなど、許されると思っているのか!」
「私達はこの国の民ではないので命令を受ける謂れはありませんし、王であることが罪を消す理由にもなりません」
「なに……?」
「これまで貴方が何をしてきたのか。その結果、どれだけの人間が傷つき、命を奪われたのか。それは調べが付いています」
「余が国だぞ!余こそがアルヴェリアである!好きにして何が悪い!」
「言う事はそれだけですか?好きにしてきたのであれば、相応の覚悟もお有りですよね。では」
「ま…待て…まだ」
国王はアリシアに首を刎ねられた。
言い逃れをする余地はなかった。
最後まで王であることを叫び続けた王は、その身分によって罪を逃れることなく処刑された。
一方、他の王族については全員が殺された訳ではない
王位を剥奪し、王族としての身分と権力を失わせたうえで、一般市民として王城から放逐する。
「待ってくれ! 私たちはこれからどうすればいい!」
「一般市民として生きてください」
それだけを告げられ、かつて王城で暮らしていた者たちは、権力も地位も持たない人間として外へ出された。
彼らを、この先誰が助けるのか。
これまで迫害されてきた民が手を差し伸べるのか、それとも誰からも見向きもされないのか。
それは眷属たちの関知するところではなかった。
王を倒し、王族の権力を奪ったところで、王国そのものが消えるわけではない。
国内の沈静化を最優先とし、眷属たちはそのまま各地へ散っていった。
王都の行政機関を掌握し、軍の指揮系統を整理し、主要都市の役人たちを調査する。
地方の貴族領についても同じように確認を進め、罪のある者を排除する一方、罪に問われない者にはこれまで通りの生活を続けさせた。
その基準は王都でも地方でも変わらなかった。
やがて、王国各地の主要都市と行政機関が眷属たちの管理下に入った。
その後、粛清された者の家族には、それに至った罪状を伝えていった。
家族には酷かもしれなかったが、名誉の戦死とする事は、治安の観点からも許す事ができなかった。
こうして、アルヴェリア王国は眷属たちの運営するグランディア皇国として生まれ変わることになり、首都を旧伯爵領、皇帝代理にヴァレリア、宰相ミーナ、軍事統括アリシア、近衛長エレノア、防衛戦士団長ペトラ、機密諜報部隊長リゼット、治安維持部隊長レティシア、研究生産部長メイカ、内政開発部長ルル、外交情勢監視部長フィオナとなった。




