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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

それ、域を超えています

作者: 赤川ココ

明けまして、おめでとうございます。

手慰み、第数弾でございます。

本年も気まぐれに、話を投稿していきたいと思っておりますので、どうぞ気軽に楽しんでいただければと思います。

 それは、絵画のような風景だったが、第三王子からすると面白くない風景だった。

 美しい公爵令嬢と、その幼馴染で宰相の息子で公爵令息を中心にした、昼食風景だ。

 まだ、何の報告もないが、二人は近々婚約予定だと聞いているほど仲が良く、学園内でもお似合いと噂の二人だった。

 王太子である第一王子の側近でもある、公爵令息の婚約者になるのだから、それ相応の爵位を持つ家柄である令嬢が、その候補に挙がるのは当然だが、最近その令嬢には、黒い噂が広まり始めている。

 それを知る第三王子は証拠を携えて今、和気あいあいとした令息令嬢たちの昼食の場に、乗り込んできたのだった。

 兄が王位を継いだ後、一代限りの爵位をもらって、それを支えるつもりの王子は、自分を支えてくれる側近候補たちと共に、学園の中庭にあるそのテラスに足を踏み入れて、周囲が何事と見送る目を受けながら、目的の令嬢の前に立った。

「公爵令嬢、少し話したいのだが、時間をもらえるか?」

 呼ばれて振り返った令嬢が、慌てて立ち上がろうとするのを、傍に座っていた公爵令息がやんわりと止め、代わりに立ち上がる。

 目上への挨拶を口にし、断りを入れた。

「ご令嬢は、ご存じの通り、先の事故で立つことができません。どうか、略式の挨拶で了承ください」

「……ああ、構わない。だが、君たちは少し、席をはずしてはくれないか? 大事な話があるのだ」

「大事な話、でございますか?」

 椅子に座ったまま丁寧に挨拶した令嬢が、首を傾げつつ呟く。

 その様子も様になっていて、王子は少しだけ詰まってから頷いた。

「あなたにとっても、不都合になりうる話なのだ。出来れば、大事にしたくはない」

「何をおっしゃいますか、殿下。令嬢のような女性を一人残すなど、出来ません。せめて、他のご令嬢たちも一緒に……」

「君こそ、何を言っている。令嬢の名を汚す可能性のある、大事な話だ。他の者に聞かせるなど、出来るはずがない」

 言い切った王子の言葉に、令嬢たちとその婚約者である令息たちが、戸惑いの顔になる中、公爵令嬢が不思議そうに尋ねた。

「わたくしの名が、穢れるようなお話、でございますか? それは、どのようなお話なのでしょう?」

「だから……」

「殿下」

 公爵令息が、無礼にも王子の言葉を遮った。

 睨む王子にひるむことなく、令息は続ける。

「もしやその話とは、普通学科での噂の件でございますか?」

「……知っているのか」

「私も、生徒会員の一人ですので、学園長より聞き及んでおります」

 見ると、同じ生徒会員の令息たちが、思い当たったように目を見開き、気まずげに目を逸らしていた。

 令嬢たちの静かな問いかけに、曖昧に返す声を聞きながら、公爵令嬢が尋ねる。

「噂とは? 申し訳ありませんが、ご存じの通り、わたくしは昨日まで休学しておりました。一体、普通学科での噂とは、どのようなものなのですか?」

 柔らかい問いかけに対する王子の声は、冷えたものだった。

「今年、普通学科に入学してきた女子生徒が、陰湿ないじめにあっているという噂だ」

「まあ……」

 目を見張った令嬢を睨みながら、王子は続ける。

「その女子学生は、孤児院から特待生としてやってきた生徒でな、ひと月ほど前から、物を隠され、制服を破られ、昨日などは階段から突き落とされてしまったのだ」

 驚きで目を見開きっぱなしの令嬢を見据え、王子は静かに問いかけた。

「我々が駆けつけて、応急処置が早かったから、命は助かったが、未だに意識が戻らない。これを、どう思う?」

「学園はっ? そんな事件に動いていないのですかっ?」

「心配ない、動いている」

 動揺する令嬢は、王子とその側近の白い目に気付かぬまま、何度も頷く。

「では、早急な対応は、されたのですね? 事故であれ事件であれ、この学園の監視玉で明らかになるでしょう。わたくしを階段から突き落とした者と、同一犯である可能性も、ありますもの」

「……ん?」

 可笑しな言葉が聞こえた気がして、王子は思わず令嬢を見た。

 見返した令嬢は、真面目な顔で頷く。

「王子が、平民の方々にも親身になっている姿、感服いたしました。きっと学園の警備の方々が、その意を汲んでくださいます。わたくしの事件のように」

「? ?」

 その様子を見守っていた公爵令息が、やんわりと笑って口をはさんだ。

「実際、実行犯は捕まっておりますので、ご安心を」

 王子が明らかに狼狽えた。


「なっ。そ、それはっ。どういう事だっ?」

 取り乱す王子を見据え、令息は答えた。

「言葉通りです。こちらの学科のある階段で起こった、事故に見せた事件も、学び舎が離れた場所にある、普通学科校舎での階段での事件も、違う実行犯が捕まっておりますよ。監視玉の活躍で」

 監視玉とは、今年から導入された、防犯対策の魔法具だ。

 生徒の校則違反を監視するのが主な目的での設置だったが、いじめや器物損害の加害者を見逃さないよう、見守る役目もあった。

 まさか、それが設置した年から活躍するとはと、令息も苦笑いだ。

「その、今回の被害者の生徒も、事務所の方に被害届をだしており、既に損傷した物は無償で支給されております。そしてそれは、公爵令嬢も同じです」

「……わたくしの場合、実費で買い替えることもできたのですが、学園の決まりだという事で、無償で支給していただきました」

 戸惑いがまだあるのか、令嬢は苦笑交じりの笑みで付け加え、言った。

「加害者側に、支給品の代金と慰謝料を請求すると、そう言われたものですから」

「は、はあっ?」

「おや、これもご存じではなかったのですか、殿下?」

 驚愕した王子に、令息は冷ややかな目を向けた。

「今年、配布された生徒手帳にも、保護者の資料にも、しっかりと記されていた内容のはずですが?」

「……」

 何かに思い当たったのか、目を剥いて黙り込んだ王子は、公爵令息の若干怒りを含んだ目を見てしまった。

「……実行犯の二人は、脅されていたようです」

「っ」

「脅迫材料を探し当て次第、後ろで二人を害した者を、摘発する予定ですので、殿下が気を煩わせる必要は、ございません」

 もう何も言えなくなった第三王子を一睨みした後、公爵令息は隣に腰かけたままの公爵令嬢を見下ろし、身をかがめた。

「令嬢、そろそろ、教室に戻りましょう。肩に捕まってください」

 打って変わって優しい声音の令息に、令嬢は微笑んでから首を振った。

「心配には及びません。ゆっくりですが、歩けるまでには回復しております」

 そう言って立ち上がった後振り返った先で、王子は青ざめた顔で立ち尽くしていた。

「……?」

 不思議そうな令嬢に、公爵令息が話しかける。

「先ほどの、階段から落ちてしまった生徒ですが、あなたが家族ぐるみで支援している施設出の、優秀な生徒です」

「っ、そうなのですか?」

 王子から意識をこちらに向けた令息は、満足げに頷いて続けた。

「はい。先程、報告がありました。無事峠を越えて、今朝がた意識を取り戻したそうです。まだ面会はできませんが、許可が出たらお見舞いに行きましょう」

「ええ、ぜひっ」

 安堵と心配が混じった、それでも明るい返事だった。


 結局、何がやりたかったのかが、今一分からない状況に収まってしまったが、これが一番無難だったんだよなと、第三王子の後ろに控えた側近候補が、しみじみと溜息を吐いた。

 しがない男爵令息の彼は、公爵令嬢の家とは寄り親寄り子の間柄で、公爵令息とも幼馴染だ。

 巻き戻る前は、身分に差はあれど二人と仲が良く、王太子の側近の従者候補だったのだが、今回はあえて二人から離れた。

 その理由が、第三王子の今回の暴挙、だ。

 前の人生は、散々だった。

 元々、おっとり型で人見知りだった令嬢は、本日の昼食時たった一人で第三王子の襲来を受け、断罪された。

 訳が分からぬままに断罪され、噂を信じた学園からも生徒たちからも見捨てられ学園を退学となり、公爵令息が助ける間もなく家からも追い出され、何と男爵家である自分の家への輿入れが決まってしまった。

 確かに綺麗な幼馴染に、思いを寄せていなかったとは言わないが、不相応という言葉を知っている令息は、当時大いに戦慄した。

 それは、もう一人の幼馴染の、腹黒さを知っていたからだ。

 あの公爵令息の事だから、きっと令嬢が自分の元に嫁ぐ前に、男爵領に入る前に嫁をかっさらって行方をくらますくらい、絶対にする。

 確信に近いその予想は、大方当たっていたのだが、少しだけ手違いがあった。

 公爵家の手が伸びるより、第三王子の手の者の方が、一足早かったのだ。

 男爵家からの迎えの警備は、公爵令息の行動を読んだ男爵令息により、最小限にとどめていたのが、それが最悪の結果を生んでしまった。

 全く見慣れぬ賊に襲われ、令息はそこで死んだ。

 と思ったら、時が戻っていた。

 丁度、男爵家に遊びに来た寄り親の公爵家の令嬢と、比較的領地の近い公爵家の後継ぎの令息が、自分の目線の先で向かい合い、令息が一凛の小さな花をつけた植物を、令嬢に差し出している場面だった。

「けっこん、して」

 ようやく、言葉を紡ぐことができるようになったくらいの、本当に幼い年まで巻き戻ったことに気付き、男爵令息は混乱した。

 つい、助けを求めて周囲を見回した令息は、幼い子供たちを静かに見守る従者たちが、自分を驚いたように見つめているのを見つけた。

 その夜、夕食の後に父親に呼ばれた令息は、昼間お供をしてくれた従者たちを交えて、自分の死後の悲劇を聞いた。

「……賊に身を汚される前に、ご令嬢は命を絶った」

 矢張りかと唸る令息に、父親は苦く続けた。

「それに怒り狂った宰相親子がだな、わが家を巻き込んで寄り親の公爵家まで、没落に追い込んでしまったのだ」

「ああ……やっぱり……」

 その上、第三王子の話を信じた者たちや王家、つまり国全体を敵に回し、令息は大暴れしてしまったのだった。

 結果、国は崩壊してしまった。

「我々はその頃には平民だったからな、それ以上の罪は免れたが、王家も聡明な陛下や王太子を含む全員が、公開処刑の憂き目にあった」

「……」

 本当に、最悪な結末だった。

 これが、たった一つの色恋沙汰が原因だというのが、一番恐ろしい。

 自分を含む数人が、記憶を持って巻き戻ったのは、幸いだった。

 令息はまだ幼くて、外との連絡網など持ち合わせていないから、どうしても親の力を使う必要があったから、猶更だった。

 それでも爵位の低さはどうしようもなく、王家や学園に呼びかけ、様々な対策を提案できるようになったのは、令息令嬢が揃って学園に入る数年前だった。

 令嬢の父親が、その頃になってようやく、前の記憶を持って巻き戻ったと告白してくれ、王室に話をつけてくれたのだ。

 王城勤務の魔術師にも協力してもらい、学園の警備や管理を強化することに成功し、自分たちが入学するときには間に合わなかったが、件の平民の生徒が入学してくる前には、あらかたの対策は出来上がっていた。

 そうする一方で、令嬢には学園での人脈づくりをそれとなく推奨し、自分は速やかに二人から離れ、第三王子が全く違う動きに走らぬよう、秘かに監視できる立場へと成り上がった。

 前の人生では、今回と同じように階段から突き落とされた生徒が、完全に脳死状態と診断され、治療費捻出が不可能という理由で、公爵令嬢が男爵家に嫁ぐ前には、安楽死という悲しい選択をすることになったと通達された。

 そして、公爵令嬢の方も脊髄を傷つけてしまい、一生歩けないと診断されていたから、今回はそれらを防げただけでも、苦労した甲斐があったと思っている。

 普通学科の生徒を脅し、特待生の生徒を殺害しようとした疑いと、貴族科の令息を脅して公爵令嬢を殺害しようとした疑いで拘束された第三王子は、速やかに貴族牢へと投獄され、後に毒殺されることになった、らしい。

 後はもう、知らない。

 男爵家は、この機に爵位を返上し、平民に下る予定でいる。

 男爵令息としても、これ以上学園にとどまって、公爵令息以上の腹黒の、王太子に取っ捕まって、逃げられなくなるのは御免だったので、この騒動の前に退学手続きを済ませて来ていた。

 二人の幼馴染が幸せになる場面を見届けられないのは残念だが、今後の平穏の方が、男爵令息としては遥かに、大事なことだった。


さて、男爵令息は、逃げ切れるんでしょうかね。

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