1-9 杖
眼前にはレンガで作られた壁が広がっている。
「えーと、ここは?」
「昨日のダンジョンだよ」
「ですよねー」
傭兵ギルドに行った時点で分かっていたことだけどな!
今度は自分で攻略するとか言っていた。最初からそうしてくれ。で、なんで俺がついていく必要が?
4階層の壁画からスタートか。テレポートってやっぱ便利だな。穴は当然のように修復している。
「今回は安定する乗り物か?」
「今日は……絨毯だよ」
「…………」
肩に止まるデヴィンを見るとブンブンと首を振っていた。うん。信じてたぜ相棒。
「2人用だからね」
「それは……ありがとう」
アルマが機嫌が良さそうに、後ろの鞄を降ろす。何となくわかってたよ。カバンの形からして布だってな。
「絨毯に乗ったことないんだが、乗り心地はどんなもんなんだ……?」
良いとは思えない。そもそもあんな薄い布に乗ろうというのが間違っている。物語に出てくる空飛ぶ絨毯は先に絨毯があって、そこに乗って飛ぶのだ。飛ぶために絨毯を選択したわけではない。因果が逆転してる。
「まあ良くはないね。ホウキよりはマシかもしれないけど」
「ええ……」
「昨日馬車にかけてた魔法を使えばいいじゃないか」
「……なんでそれを知ってる。ってのは置いといて、あれは俺の魔力じゃ賄えねぇよ」
今更アルマの情報収集力に口出すつもりはない。会いたくないのはこういうところなんだよな。俺も人のこと言えないけど。言えないからこそというか。
「ほら、杖あげるから」
「いやそういう問題じゃ……杖?」
渡されたのは手袋だった。
形状的に杖ではないな。
とりあえず試しに嵌めてみる。ピッタリだ。柔軟性も高い。指で弾いてみると薄いにも関わらず丈夫そうだ。
中に薄い板が入ってるな。これが端末、杖ってことね。しなやかで動きはほぼ阻害されない。
良い手袋なのは間違いないな。……これであの時の魔法を使えって?うーん。
「じゃ、飛ぶよ」
「早い!」
アルマはいつも通り無表情だが、初動からかなり揺れる。いや初動で揺れるのは当たり前か?デヴィンは着いてきてる。焦って思考がまとまらない。
しばらくすると少々安定してきた。俺はさっき考えた方法を試してみることにした。飛んでいる絨毯をグローブをはめている方の手の甲で叩く。そのまま手を広げて逆向きにしてから手のひらを絨毯に押し付ける。さっき叩いた時の振動の波長を、魔法を使って変更する。なるほど馬車より楽だからどうにかなりそうだ。
絨毯を飛ばすことによって発生した振動が打ち消される。
「へえ」
アルマが少し感心したような顔をした気がした。
しかしこの手袋。なかなかピーキーな性能してるな。指向性の補助は捨ててるし、魔法の威力増大、範囲拡大も見込めないというか完全にカットしてる?
そして異次元世界とのパスが繋がりやすくなったのを感じた。おかげで消費魔力が格段に減ったが。どうやってやってるんだこれ。
「お前が異次元世界と呼んでる場所から引っ張って来た素材だよ。私の専門は知っているだろう?」
「時空間系統の魔法だったよな……」
転移とかじゃなかったのか。
異次元世界からの物資の転送?初めて聞いたぞそんなの。
「私はこれで有名になったんだけどねぇ……」
アルマが心底呆れた顔をしながら言った。アルマがこの顔をしているということは、マジで呆れてるってことだ。ごめんなさい。
「魔力っていうのは魔法を使う際の通貨だ。あらゆる所で使用するのは知ってるね?」
「魔法を使う時のパスだろ?」
「……他は?」
「他?あー、魔法使いはいろいろな手順すっ飛ばすために魔力使ってるよな。あれ羨ましいんだけど」
俺の知り合いの魔法使いを思い浮かべながら言う。
口頭だけで魔法使えるのいいよなぁ。
「ふむ。及第点ってとこか」
「えー」
絨毯で下ってくのが快適すぎて講義すら始められる。アルマの講義とかなかなか聞けないので少し楽しみだ。
……ホウキの時もゆっくり降りれば良かったんじゃ。いや、俺が先走ったんだったな。
「魔力が大きい者にとって、魔法は天候すらも変えられる万能の力になる。しかし、そんなことをする人間はいない」
「そうだったか?」
なんかそんな事件、昔なかった?
「人間と言ってるだろ」
「ああー」
そう言えば、あれは竜種がやったんだっけ?子供の時だから記憶が曖昧だ。嵐で結構な被害が出たって話だったはず。
「話を戻すが、理由は代償が重くなりすぎるからだよ」
「へえ。……頭を使うからとかじゃなく?」
「やっぱりそう思ってたんだねぇ。違うよ。魔力が高ければ漠然としたイメージだけで魔法は使えるし意思だけで見えない場所から火を発生だってさせられる。私は魔法のそういうところが……なんでもない」
「ふーん。だからこの手袋は俺用ってことか」
「そういうこと。お前は接続にリソースを割きすぎていた。割かざるをえなかったといったところか。魔力自体は人類平均のちょっと下で足切りラインよりはあるのにね」
「実は多いとかじゃねぇんだよな……」
「そりゃそうだろ」
酷い。
現実逃避に手元を見る。この手袋は俺用のオーダーメイドの可能性が高いな。一体どういうつもりなんだ。というかこれ作ったのってまさか……いや、考えるまい。
「共感能力は才能に依存するところも大きい。とはいえ今の時代は特に魔法が使いやすいからそんなに問題にならないはずなんだけどねぇ。ヘイマーの血は薄まらないって言葉は本当なんだと感心するよ」
……。ヘイマー家から魔法使いが出たことはない。理由は魔法を使う上で重要な、共感性の欠如という欠陥を生まれつき持っているからだ。デヴィン曰く遺伝疾患と言うやつらしい。俺は比較的マシな方らしいけど。
「それを解決するのがこの手袋ってわけか。これで俺も魔法使いを名乗れたりする?」
「いやー……」
「……」
それはさておき、もうすぐ目的地に着きそうだ。
「表6階層から行こーぜ」
「いいよ」
表6階層は穴がない。正規ルートじゃないから当たり前だが。
そこにアルマの魔法をぶつけるってわけ。
「この辺りだと思うんだが」
「ふむ」
アルマが、それ本当に杖か?みたいな木の枝を振ると迷宮の壁が燃えた。焼け焦げただけで穴は空いていない。
「元に戻ってきてる、かな」
アルマが首を傾げながら言った。うん。穴を開ける前に今回手に入れた魔法が迷宮に有効か確認しているようだ。確かにその作業は今やった方がいいな……。
俺の研究者にあるまじき迂闊さがちょっと見えた気がするが気にしない。
「ここに空間を繋げるゲートを貼るから潜るよ」
「すごく合理的」
どうやらアルマは、壁抜け1つ取っても乱雑な俺と違ってスマートにこなせるようだ。
絨毯から降りる必要性もなく、俺達は表6階層に辿り着いた。5階層には結局行ってないが、俺はコンプリートにはこだわらないので別にかまわない。
当たり前だが、裏6階層よりずっと広い。モンスターは……いるな。たくさんいる。獣型が多いか?なんとなく猫系統が多い気がする。モンスターに従来の動物の区分けが当てはまるかは結構議論が分かれるところだが、それは今はどうでもいいか。
魔女だから猫?なんてね。ここの迷宮を作った誰かが魔女とも限らないし。
なんで俺がこんなに呑気かと言えば、迫り来るモンスターを全てアルマが燃やし尽くしているからだ。優れた魔法使いは杖を選ばないと言っても限度があるだろ。見れば見るほどその辺の公園で拾ってきた木の枝にしか見えねえ。杖なしでも変わらないのではないだろうか。
「こんなに燃やし尽くしてもモンスターはいなくならない、不思議だよなぁ」
人が作ったとはいえ、こういうところは実に地下迷宮らしい。地下迷宮のモンスターは100人単位の目視で全ていなくなったと確認された後でも、一定期間経つと、ほぼ数が戻っているという研究結果がある。
迷宮外にいる生物がモンスター化している場合はこれに当てはまらないようだが。
この階層にいる猫系統のモンスターは無から生み出されでもしているのだろうか。そんなことを考える余裕すらある。やっぱ俺この地下迷宮の攻略にいらなくない?
「なあアルマ。俺本当に必要だった?」
「必要だったよ。そろそろその理由が分かってきたんじゃないかい?」
「ん?……デヴィン分かる?」
『……ってボク!?知らないよ!』
「だよなぁ」
やっぱ俺の相棒は俺と気が合うようだ。
気を抜いていたのか、ビクッと俺の肩の上で跳ねたデヴィンを見ながら俺は首を捻った。
「やっぱここから下の階層に行けない感じ?で、裏6階層は未到達?ああそういう話か」
アルマだけだと下の階層に行けなかったのかもしれない。
「別に大したことしてねーじゃん。どっちかと言えばデヴィンのおかげだし」
「はは、そうだねぇ、助かったよ」
『……讃えよ!』
戸惑うような沈黙の後デヴィンが羽を広げて誇らしげにパタパタさせている。可愛いね。
デヴィンのよく分からん行動がなければ実際隠し通路には気づけなかったわけだしな、しかしどうやって褒めればいいんだ?撫でとく?
「じゃ、7階層に行くよ」
「はーい」
どうやって?と思った瞬間視点が飛んだ。
テレポートか。
テレポートは起点と終点を設定して、その場所同士を強制的に別時間軸を経由して接続する魔法である、らしい。どうせ俺には使えないし詳しくは知らない。終点として設定できるポイントをストックできるらしいが、これが魔法使いの力量によるところが大きいとかなんとか。アルマ以外にテレポートを使ってる魔法使いを見たことないから差がよく分からん。そもそもテレポート自体難しいのか。
てかここをテレポートで移動するってことはさっきの6階層は俺の有用性を示すために挟んでくれたってこと?めちゃくちゃ優しいじゃん。もしかしてあの枝結構凄かったのか。
で、その枝を取ってきた先の木がアルマの方に襲いかかってくる。転移魔法に反応したんだな。
アルマが指をさし、その木の枝に向かって火を放つ。




