現在
「どこだここ……」
いつもは勝気な態度のヴィンツが珍しく弱気だ。感情の読めない灰色の目が、不安そうに揺れている。
それもそのはず。僕たちは国内で4番目に大きいダンジョン“暗闇の大穴”で遭難していた。
学校の実習だったので、もちろん上の浅めの層しか探索しないつもりだった。というかそうじゃないといけなかった。しかし、僕たちが歩いていた場所でちょうど地面が崩落したのだ。
「まあなんとかなるでしょ」
「なるかなぁ?」
とりあえずリヴは逃がせられて良かった。落ちる寸前突き飛ばしたのだ。あの時の僕の判断には拍手を送りたい。じきにリヴが僕たちの状況を先生達に伝えてくれるだろう。すべきことは、ただ救出を待つ、これだけだ。
「お、おいあれ……」
ヴィンツが青い顔で僕の後ろを指さす。
振り向く。大型のモンスターだ。まあ僕なら問題はない。
爪を避けながら剣を的確に急所に刺していく。
大型だから一撃じゃ倒せないが、もう1本の剣で何回も深く突き刺せば問題ないだろう。
ヴィンツも気を取り直したのか、僕に合わせて攻撃をしている。さすが孤高の天才と呼ばれていた首席。順応すれば心強い味方だ。
それを何回繰り返した頃だろうか、ようやく大型のモンスターが倒れる。
「ふう……」
さすがに疲れたかもしれない。
こんなに大きなモンスターを相手したのは、正直初めてだった。
意識を奮い立たせるために余裕ぶっていたが、手には冷や汗をかいている。僕もヴィンツのこと言えないな。
「……残念な知らせだ。どうやら僕達は休憩できそうにないぞ」
ヴィンツが険しい顔で言う。
どういうことかと、目で聞く。
「1、2、3……以上はいる。はあ、数え切れない。もうダメかもな、僕たち」
「大丈夫だ、大丈夫……」
首を振って頭を抱えるヴィンツに、根拠のない慰めにもならない言葉を発しながら剣を構える。モンスターに突き刺した剣はもはや使い物にならないだろう。
しゃっ。
何か、鋭い音がした。
「な……」
ヴィンツが目を見開いて固まった。信じられない物でも見たかのようだ。でも不思議とその表情からは深刻なものは感じ取れない。
「どうした?」
さすがに気になって、首をかしげて聞く。
「君は迷宮攻略のスペシャリストを語る癖に夜目も効かないんだな?」
「は?今そんなこと言ってる場合じゃない、だ、ろ……」
いつものヴィンツの調子に戻ってほっとしつつも、緊張感は保たせる。いつ襲撃されてもおかしくないのだ。
そうやって警戒していると、奥から歩いてくる背の高い男が見えて、僕は言葉を失う。
「テオー!無事かー!?」
能天気にすら感じるよく通る声。灰を被ったような汚い銀髪を短く切りこんだ治安の悪そうな男が僕に向かって大きく手を振っている。
に、兄さん。
内心舌打ちする。
「む、御学友も一緒か?」
「か、かっこいい!はい、無事です!!」
返り血1つ浴びていない兄さんは、多分ヴィンツが言っていたモンスターをさっきの一瞬で全て倒してきたのだろう。
だからヴィンツもいつもの状態を取り戻した、と。
「ルドルフさんが兄とかほんと羨ましいヤツ」
「ええ……」
そういやヴィンツは兄さんのファンだったな……。
「ひとまず安全な場所に避難しよう」
兄さんもヴィンツが自分のファンだということに気がついたのかちょっとかっこつけていてなんか嫌だ。身内のカッコつけってこんなに寒く感じるのか。僕も気をつけよう。
……とはいえ安心感があるのも事実だ。
「ほら捕まれ、上に引き上げる」
兄さんをよく見るとワイヤーで引っ掛けて上から垂れ下がって来ているようだ。いつでも上に戻れるようにだろう。相変わらずつまらないくらい抜け目がない。
なんで兄さんがワイヤーを持っているのか気にはなるが、僕がそれを聞くわけにはいかない。僕がワイヤーの存在を知っていると、誰にも知られるわけにはいかない。兄さんは適当に流してくれるかもしれないが、ここにはいろんなことに目ざといヴィンツがいる。
それより今聞かなきゃいけないのはこれだろう。
「どうして兄さんがここに?」
「ああ、同僚の調査に付き合っていてな。ちょうど終わって暇してたところに、お前んとこの学校の先生達が、崩落して生徒達が巻き込まれたって騒がしかったから」
「見に来たと?」
「ああ。しばらくすれば先生方も来るんじゃねえかな。じゃ、俺は他の生徒探しに行ってるから」
僕達を上に引き上げさっきよりもいくらかマシで安全な階層に置いて、そのまま兄さんはまた下に潜って行った。ここで救助を待てってことか。
確かにこの階層なら僕でも生き残れそうだ。……そしてそれは、兄さんが僕の強さを正確に把握していることを意味している。思わず眉間にシワが寄る。
「ル、ルドルフと話してしまった」
「別にもっと話しても良かったと思うけど」
兄さんあんまりその辺気にしないし。
「いや、お忙しそうだったし。というか思ったより気さくだった!やっぱりお前があの人の弟だからか!?羨ましいヤツ!!」
「うるさ」
兄さん、ヴィンツに視線ほとんどやってなかったけどあれで気さくな方なんだ。普段はファンに対して無視でもしているのだろうか。その方がかっこいいとでも思ってんの?ちょっとナルシストが入っている兄さんの顔を思い返す。僕をおちょくりながらニヤついてる顔しか思い出せないな。兄さんが何を考えているのかさっぱり分からない。
「寡黙でクールで孤高なのが最高なんだぞ」
「ああ、そう……」
兄さんが寡黙でクール?目付いてんの?
……まあ1人ではあるか。姉さんと違って誰かと一緒にいんの煩わしそうだしな。家に客人が来ると、気づいた時には外出しているような人だったっけ。
はあ。首を振る。
僕はそれ以上何かを言うのをやめた。
もしかして出会った頃のお前が、僕に対してことある事に突っかかって来たのは僕が兄さんの弟だからか?とも思ったが聞かない。
もう何も考えたくなかったのだ。




