5-1 初日
今日から仕事だ。つっても俺担当の講義は半年後らしいので心は穏やか。
「今日から講師として雇われることになりました。ルドルフ・ヘイマーです、よろしく」
初動は悪くなさそうだ。まあ俺は見た目だけなら頼りになりそうに見えるらしいから。
拍手で解散。
さて、あの研究者に向かうか。結局ヘリング先生はまだ見つかってないらしい。
「やっぱり来ましたね!待ってましたよ〜」
ブシェ先生がにこやかに話しかけてくる。
「今日からよろしくお願いします」
「敬語とかいいよいいよ」
「ブシェ先生も……ってもう敬語じゃないか」
「あはは、同年代の先生入ってくれて嬉しい~」
俺に友好的な同僚がいるってのは、少しはやりやすいだろうか。
しかしやはり忙しいのか他からも声をかけられている。
「また後で飲もう!私の論文読んでくれた?」
「……少しだけ」
「わーい!じゃ、またね」
手を振ってまでくれる。
俺の幸先もいいかもしれない。
「貴重な男の講師が来てくれて私も嬉しいですよ」
初老の男性が俺にそう言った。……俺調べ80%くらいの確率で作り笑いの微笑みを浮かべながら。
「すか。がんばります」
俺はコミュ障なのでこの程度しか返せない。
「……あの、調子に乗らないでくださいね?学長の推薦だからと言って、この学園にふさわしいかどうかとはまた別なんですから」
「あ、はい」
これが伝統派かぁー。
「きちんとしてくれればいいんですよ、きちんとしてくれれば」
「ほどほどにがんばります」
「……。ったく。貴族のお坊ちゃんも新学期に間に合わないようだし」
今にも舌打ちしそうな顔で俺を睨んでくる。
「ヘリング先生すか」
「ええ。代わりに講義やってくださいね」
「は?」
▫
「えー、ヘリング先生が現在行方不明なので、俺が代わりに講義やることになりましたー」
俺が教壇でそう言うと、みんな怒った顔をしていたり、困惑していたり、まあそんな感じだ。辛い。
「ヘリング先生がどういう授業するか聞いてないっつうか、俺も今日赴任してきたんで」
と言うと、不安そうな顔になったり侮られたりとか。
「まあ遊びだと思って軽くやろうぜ。来週には帰ってくると思いますよ、多分」
ここで状況を一変できるカリスマ性でもありゃいいんだが、そういうものは持ち合わせていないので、俺は軽く諦めた。
「まず俺の自己紹介をします。ルドルフ・ヘイマー。元々は地下迷宮の研究者をやってました。じゃあなんでここに来たかって話だが……魔法使いと地下迷宮ってのは切っても切り離せない関係だ」
ここで質問してもいいが、評価に関係ない質問をしたところで、誰か手を挙げてくれるだろうか。
「ほらそこの君、具体的に説明してみろ」
「え、えーと、魔法使いは最近地下迷宮に潜る人も増えてるから?」
「ま、そうだな。でもそれだけじゃ足りない。なんで潜るんだ?魔法使いは貴重な才能だ。それだけで食いっぱくれない。わざわざ迷宮潜って命を危険に晒すのは時間の無駄まである。ほらそこの後ろで寝てるお前。説明してみろ」
友達なのか隣に座る生徒につつかれている。
「魔物が美味しいとか?」
さっきまで寝ていたそいつはニヤりと口角を上げてそう言った。クスクスと笑い声が聞こえる。なるほどお調子者か。寝れるだけの理由があるってことか。ふざけた答えをしやがって。当てたのは失敗したな。
「魔物は……美味しくないな、基本。家畜食った方が美味いぞ」
とりあえずそれだけ言う。
「まあ悪くない答えか。答えは簡単。地下迷宮には現代の魔法技術じゃ解読できないような術式が施されていることが結構ある。魔導書だって手に入る。レプリカなんざ掴まされたら魔法使いの恥だろ?だから自分で取りに行く。それが傭兵魔法使いの始まりってわけ。本人に聞いたから間違いないぜ?」
「先生、それって……」
「ああ、学長のあr、ビュトナー先生のことだ」
そうやって言うと、歓声のようなざわめきが上がる。それだけ認められてるってことだろう。
「俺はこの前学長の頼みで魔導書を取ってきたんだ。それを学長が解析したのが、最新版の教科書には異次元干渉に関する魔法についての項目に書かれてたりするらしいな。あの論文の共著扱いなんでよろしく」
そうウインクすると、笑い声が聞こえる。
「ここまで聞いて分かったと思うが、地下迷宮の攻略ってのは魔法使いにとっても夢があり未来がある分野だ。そういうことで俺が雇われたのさ」
色鮮やかなオウムになったデヴィンを放つ。こうすることで俺が今から何をするか悟られない。
「ひと勝負だ。誰でもいいしなんでもいい。俺に向けて問題を出せ。回答は書いてポケットでもいいし筆箱でもいいしどこかに隠しておくこと。さあ、俺に勝ちたいやつはいるかぁ!?」
▫
まあ悪くはない感じだっただろうか。ただ2回目はないので、やはりヘリング先生には帰ってきてほしい俺だ。
「授業上手すぎて引いたよ私は」
通りがかったブシェ先生がジト目で俺をつつく。
「見てたんすか」
「見てたとも!初回の私より超上手かったよ?私の時は……思い出したくもない!」
「そうか」
ほかのあらゆることがブシェ先生に劣るだろうので、勝てるかもしれないところがあって良かった。
「1つ質問していい?」
「ん?」
「ほら、さっきのさ」
「ああ。答えはカフェテリアのBセット?」
「すごい!でも質問はさせて欲しかったかな?」
「俺も今後悔してる。カフェテリアのBセットが何なのか猛烈に気になってるからな」
「あはっ、私のおすすめのランチだよ」
そう背中をバンバン叩かれる。俺にこういう適切な距離感のコミュニケーションは取れないから尊敬するぜ。
▫
「よくやりましたよ」
「え、えーと?」
知らない中年女性に褒められた。
「ええ!いい気味でしたね。副学長ですらないのに大きい顔してたあの男を黙らせたんですよあなたは、誇ってください」
別の中年女性に褒められる。
なるほどこれが学長派というやつだろうか。
「そうですね。まさに虎の威を借る狐。そもそも男のくせに……あら、あなたのことを言ったわけじゃないから安心してくださいな」
「そうよ、この子ははきちんと自分の役割を理解しているんだから」
えーと。うん?
なんか男の魔法使いは立場弱そうだな?
あ、アルマだ。アルマー!目を見るが、すっとそむけられてそのままスタスタ歩いている。無視された。
「ビュトナー学長!」
ってことで通る声を意識して呼びかけてみた。中年女性の集団がざっとアルマを見た。アルマの顔が一瞬面倒くさそうなものになった気がした。
「ヘリング先生がお休みの中ご苦労さまでした」
「そうですよ、ヘリング先生!今どこにいらっしゃるんですか?」
「……相談しましょう。場所は学長室で」
「分かりました」
中年女性の集団に別れを告げてアルマについていく。
「なあアルマ、もしかしてヘリング先生の居場所知ってるのか」
「外ではビュトナー先生と呼びなさい。下手でも敬語は意識すること。変に勘繰りされたくないよね?」
「ビュトナー先生」
「よろしい。ヘリング先生の居場所ですが」
学長室についたので、それぞれ中に入る。
「上空から見れば一目瞭然だね。地図は、ないか。とにかく辺り一面が凍りついている場所がある。その場所にいるのは間違いなさそうだ」
上空からって俺には見えなかったけど。……そういえば下あんまり見てなかったかもな。
「それはどこなんだ?」
「……名前忘れた」
「んなことある?」
「結構近いよ。多分帰ってくる途中で何かに巻き込まれたんだと思う」
わざわざあの場所に行かなくてもアルマに聞きゃ良かったのか。
「アルマは助けに行ってないのか?」
「何故私が?というのは冗談。とにかく私には手を出せない。場所が場所だからね」
「他の人に頼むってのは?」
「真面目な話、ヘリング先生ほどの魔法使いが足止めを食らってるのに行きたいと思うか?って問題がある。他国で神聖視されている場所だから下手に突っ込みたくない人も多いだろう」
全て推定。ということは誰にも言ってないのか。そんなに複雑な事情の場所にいるってのか。
「私が考える世界一強い魔法使いが誰か分かるかい?」
「この前会った迷宮主は強かったぜ」
「……その話は後で聞かせてもらうとして。私が世界一強いと考える魔法使いは、ミリヤム・ミュラーだよ」
300年前に活躍したと言われる森林の守護者にして大魔法使いの名だ。正直よくある名前なので同姓同名の別人かもしれない。
「まだ生きてるって?」
「エルフだからね」
「そりゃそうだが」
ミリヤム・ミュラーの伝説は有名だ。人類が発展していく中木々はなぎ倒され森林はその領分を減らした。そんな中、時の権力者の権威の全て尽くしたような、高く聳え立つタワーよりも大きな木を生やした。それが今は世界樹とか呼ばれて親しまれている。みたいな。まあ御伽噺みたいな伝説だ。
だからこそその冒険の終わりもまた有名だ。彼女を恨む資産家が彼女に勝負をしかけた。その内容は色々あって真相は分からないが、まあとにかく彼女はそれに負けて肉体と魂が分離してしまった。いくら生命力の強いエルフと言えども耐えられるわけはなく、彼女は南の国の大森林で今も眠りについている……。ん?
「俺通過したな、その辺」
大森林とか緑しかなくて見てもつまらんので、デヴィンと雑談していた記憶。そんな面白そうなことになっていたのか。
「ミリヤム・ミュラーは魂を無くしてもなお強大な魔法使いだ。おそらく暴走した彼女を止めるためにヘリング先生は留まっているんじゃないか、と、私は期待してしまうのだけど」
「怪獣大戦を期待してんじゃねえよ」
「そういうことで私が行ってもできることってそんなに無くてな。ヘリング先生による暴走の結果だとしても、彼を止められる気が全くしない」
「……」
それもそうか。




