4-9 報告
「どうやらヘリング先生はあの街から移動したっぽいっすよ」
ということで、屋敷に戻ってイーディスさんに報告した。
「ありがとう」
「もう少し調査します?」
「いやいい。だが、今後次第ではまた出てもらうかもしれない」
「お安い御用です」
「……あの街で大丈夫だったか?」
「あー。それなんでイーディスさん教えてくれなかったんですか?変に警戒したじゃないすか」
異国の服文化ということで片付けていたが、どうやらあの場所はあらゆる物事で特殊らしい。
「聞かれなかったのでな」
「はあ……。ま、とにかくなんとかなりましたよ。人も親切でしたしね」
「それだけか?」
じっと見つめて聞いてくる。なに?
「それだけです。若干好奇の目で見られてるなとは思いましたが、場所が変われば人の意識も変わるもの、あれはあれで新鮮でした」
「相変わらず鈍いな……」
「強者の余裕と言ってくださいよ」
「悪い。……あの場所に行けばお前の意識も多少変わると思ったんだが」
「なんの話すか」
「なんの話だろうな」
呆れたように笑いながらイーディスさんがそうはぐらかしてくる。
「まあいつも言っていることだが、物事はもっと真剣に考えろ。絶対なんてない。弱者の立場に立て」
「俺はいつだって真剣ですよ」
目を細める。イーディスさんはこのくらいで人の評価を変えたりしないと知っているので。
「本当に真剣に考えてるやつはそんなこと言わんよ」
軽く笑いながら続けて言う。
「……本当に何も無かったのか?ちゃんと言えよ。あったら私自らあの街を潰しにいくからな」
愛情の向け方がバグってるイーディスさんを半眼で見る。穏やかな声色だが目が怖い。お前が行かせたんだろうが。
「ねえっすよ。毒物がほぼ効かない俺をどうにかしようって無理がありすぎるでしょ。まあ教会の人が俺についてくるとか言って縋りついてきたせいで服が伸びたりとか教会のお偉いさんが出張って面倒事になったりとかはありましたが」
「……。何があったんだそれは」
「さあ?あ、もちろん置いてましたよ」
「そうか」
教会のお偉いさんに同情的な目で見られたので、彼は邪険に扱うくらいでちょうどいいのだろう。
「私も衰えてきたかな」
「その心は?」
俺を愕然とさせるような手を打ってくるのはイーディスさんだけだよ。
「その心?……いや、黒狼の件も上手くいかないし、お前も御せないし」
「俺は誰にも操れないから大丈夫」
「ははっ。そうかもな」
イーディスさんが楽しそうに笑うので、俺の冗談は上手くいったのだろう。
「結局今回俺を呼び寄せた理由はなんだったんすか?」
「そりゃ職場について注意を……じゃないか。お前の顔を見たかったんだ」
「あ、ありがとうございます?」
「なんだそれは」
イーディスさんが朗らかに笑っている。
「ってことはこれから姉貴とテオの顔も見るんすか」
「うーん、ユヴィドはこの前会ったばかりだからなぁ」
「そういやそうでしたね」
「テオは確かに会ってもいいな。まあ呼び寄せようとしても来てくれなさそうだが」
「ええ?んなこたないと思いますが」
「テオは捻くれた子だからね」
「そうすか」
イーディスさんが言うならそうなのかもしれない。
俺が会ってない間に反抗期に突入したようだと流していたが、それなりの年月が経っている。性格も変わるだろう。
……テオは俺相手ならどれだけでも暴言吐いてもいいと思っているらしいが、俺結構繊細なんだぞ。思い出したら辛くなってきた。もう少し思いやりが欲しいなんて思ったりもする。
「そろそろ帰りますよ」
「そうか。いろいろ助かった」
「いえ」
後ろに控えているイーディスさんの夫にも手を振っておく。あんまり関係性が築けてないからか困惑した顔をされた。
「手土産はいるか?」
「えー?じゃあ俺が新しい職場で上手くやって行くためのアドバイスをくださいよ」
「ああ、まあクヌートが消息不明と言うのは確かに良くないか。お前があの学園でやっていくには必要な人間だったからな」
「えっ」
ヘリング先生必要だった感じ?そういや俺は教授じゃないから派閥争いには関係ないです……みたいな面しとけってのがイーディスさんのアドバイスだったか。同じ研究室の上がいなくなると、実質俺は教授扱いになるから……ってこと?考えたくねえな。
「気にしないことだな。お前の本業は魔法使いではないのだから」
イーディスさんの夫もうんうん頷いている。ぼんやりしているが良い人そうだな、イーディスさんの夫。息子とも上手くやれてそう。知らないけど。
イーディスさんの息子な、今回会ってないけどなかなか曲者だからな。
「母上、ただいま帰りましたー!」
響く声と共に童顔だが眼力のある男が俺たちの前に現れた。ちょうど帰ってきたか。俺もなかなか勘が鋭くなってきたんじゃないか?
『いや偶然だから』
頭上に止まるデヴィンが俺の頭を踏み踏みしている。
「なんですかその鳥」
「俺の私物です」
「セインさんの私物?」
「元はそうっす」
「へー……。迷宮ってやっぱ面白いですね」
「スポンサーになってくれてもいいんすよ」
「誰の?」
「俺の」
「はは、気が向いたらなりますよ。それより三家で迷宮探索を促したのは貴方なんですって?ヘイマー家は噛まなくていいんですか?」
いつも通りの応酬をした後、疑り深く目を細めながら俺にそう言ってきた。
「ウチはじーちゃん単独で攻略進められてるからな。手を貸す必要ねえんですよ」
「そうですか?数だけはいるんだから誰でも派遣すりゃいいじゃないですか」
……。本当に俺がヘイマー家のフィクサーだと思われてるようだな。俺にカマをかけにきている。この馬鹿にするような態度はそれで俺が怒ると知っているからだ、イーディスさんを見る。ニコニコしながら息子を見ている。おい。
「俺に言われても困るんすけど」
俺はキレながらそう言った。実際ばーちゃんに権限あるし。ウチの闇のフィクサーってばーちゃんじゃね?俺って体のいい壁にされてるんじゃ……なんかおかしいと思ったんだよな。
数多いだけあって俺はヘイマー家が何人いるのか把握していないし、内情なんてもっとだ。人派遣とかするかよ。
「まあまあ、その辺にしましょう。ほら、スープも冷めてしまいますし」
イーディスさんの夫が仲裁してくる。
既にスープを飲んでいる俺は気まずくなった。
「あ、す、すみません」
「いえ……」
分かって言ったわけじゃなかったのか。余計に気まずい。
「そういやイーディスさんの家の権利関係ってどうなってるんです?兄弟たくさんいましたよね」
「どういう意図が?」
「ないです」
マジで今気になっただけです。
「ふふっ。私の生家は多産の家系だからな。そういう話になるのも分かる。が、私はこの領地を前の領主から受け継ぐという話で貰ったから、私と血がつながっていない方がいいのだよ」
「へえー。前の領主の血筋とかなんですか?」
「本当に遠慮がありませんね」
「ダルいこと言ってきたんでささやかな反撃っす」
どうやらそういうことらしい。
そういう話だったのか。貴族ってのはめんどくさいな。
「そんじゃ食べ終わったことだし俺はさっさと帰りますよ」
「馬車を手配しよう」
「いらないです。飛んで帰るんで」
「へ?」
「じゃ、また」
空いている大窓から飛ぶと、イーディスさんが唖然とした顔をしているのが見えた。少々気分がいい。
『ラウルが言ってた4人の中では1番話通じそうだったね』
「俺は1番苦手だけどな」
『へ?なんで?』
「俺は上から押さえつけられんのとかシンプルにキレられるのは全然堪えない。むしろ俺がキレ返す」
『そういうとこあるよね』
「イーディスさんはそこが分かってるから俺に優しいんだよ。分かるか?俺のことを見下してるくせに、俺が攻撃する隙すら与えてくれないんだ。やりにくいったらありゃしない」
俺がイーディスさんに攻撃しようもんならその後俺は強い罪悪感に苛まれることになるだろう。何故なら俺のプライドの否定だから。
『相変わらず難儀な性格してるよねラウル。でもなるほどね。支配的な性質の人間とは相性悪いってことかな』
「そういうこと、かもな」
デヴィンはやはり俺よりよくものを知っているし、俺よりもよく考えている。
「友人の孫としての愛着はあっても、俺のこと嫌いなのかもな」
『それはよく分からないけど』
「とりあえずこのまま竜の集落行くか」
『体力あるねー』
「試したいことがあるんだよ」
場所はなんとなく把握している。
今回は長旅になりそうだ。




