1-5 魔女と言えば臼
俺が指示を出すのと同時にアルマは静止した。この操作はかなり難しいと聞くが、アルマにとっては大したことじゃないらしい。
ホウキから手を離し、そのままそこに在る部屋へと跳ぶ。そのままの勢いで壁を蹴破って着地。……蹴破れて良かった。慎重さが足りねぇんだよ俺は。反省しろマジで。急に怖くなってきた。
とはいえ。
「ここが裏6階層ってとこかな」
5階層分くらいは落ちたので、ここは階層に当て嵌めるなら6階層。ってことで。
「はあ。……はあ」
アルマが大きなため息をついている。
「お前は相変わらず……いやなんでもない」
アルマが何かを言おうとしてやめた。聞くのが怖いので、俺は追求しなかった。幼少期のトラウマがですね……。アルマ口悪いんだよなぁ。
「さて」
見回す。
さっきと違い、質素な部屋だ。
隠し部屋なだけあって部屋自体小さい。
端に机が置いてあるのが見える。近くに寄って見てみると本棚があるようだ。
「こん中に魔導書があればいいんだが」
パラパラめくる。汚い字で書かれた日記帳だ。俺も大概人のこと言えないけど。
魔導書ではなくてちょっと悲しいが、他人の日記を読むのは結構好きなのでいいとしよう。まあそれを人に言ったらドン引かれるけど。
ふむふむ。……ううむ。
この日記帳の持ち主は随分自信家らしい。自分の能力を誇示するような文章が続いている。ペラペラめくる。どうやら日にちは書かない主義のようだ。
『樹木型端末による世界文明の破壊を試みるものとする。私はこの端末を世界樹と呼称することにした』
おっと。
日記帳を閉じて無言でアルマに渡した。これ以上読みたくなかったからだ。
「……」
不機嫌そうな顔だったがアルマは受けとってくれた。そしてそのまま火をつけて燃やした。
「ええ……」
「お前が見たくないもんを私に押しつけないでくれるかい」
「仰る通りです」
日記の内容は最初にめくった時にデヴィンに覚えさせたからいっか。俺が覚えてるとでも思った?そんなことできるならもう再就職できてんだよね。
出処不明の高性能武器に凶悪な兵器らしきものの情報を与えるのは一抹の不安があるが、まあ俺の相棒だし大丈夫だろ。
他の本は……魔導書ではあるが、アルマも持ってそうなものばかりだな。杖に関する物や木属性の魔法の本、召喚に関する本。全て古臭く、簡単な本だ。詳細に書かれているとは言えず、間違いも多いこれらの本だけでこの迷宮を作ったのだとすれば、自惚れるのも分かる。
「こん中に欲しいのあるか?」
「……」
「どうした?」
「いや、これは期待できそうだと思ってね」
アルマが手で口を隠しながらくつくつと笑う。
何か悪巧みをしている時の顔だ。
基本的にアルマは表情に乏しい。感情を代償として使う魔法使いにはよくあることだった。その上猫をかぶるのが上手いものだから外では厳格な学長として通せてしまっている。
だから声を上げて笑うというのはそのくらい大きなことで……そしてその後の行動で俺はろくな目にあったことがない。
「欲しいものはあるのか?」
目を細めてもう一度聞く。
「ないね」
「そうか」
まあそうだろうな。とりあえずこの部屋から次につながりそうな通路を探す。
ここは床が外れそうだ。うん。外れた。
「下に降りるか?」
「何があるのか探ってくれるかい?」
「先に俺だけ降りろってことか。了解。アルマが危なそうだったら降りてきていいから」
デヴィンをひっかけて下に降りる。
暗すぎ。
「デヴィンー」
『もーしょうがないなぁ』
デヴィンが光源になる。周りが見えるようになる。
さっきの部屋よりずっと広い。どうやら表のルートだと6階層が最下層だったようだ。いや、表の6階層からもこっちに来れるのかもしれない。
「特に何かある感じではないな」
『だね』
「アルマー降りてきていいぞ」
デヴィンのお墨付きをもらったことだしアルマを呼ぶ。
ホウキで音も立てずスーッとここまで来た。
昔から思うがどうやって俺の声を聞いているんだか。
「お前が言えたことじゃないだろう?」
「勝手に心を読むな」
確かに俺の特技は盗聴だが。
「そういえば友達はできたかい?」
「ぶふっ!?……急にとんでもないことを聞くな」
アルマが心底おかしそうに口角を上げた。
からかわれている。ということはここはアルマから見ても安全なのだろう。
「相変わらず友達いないんだねぇ」
「仲の良い後輩はできた。……クビになったけど」
連絡は取り合っていない。俺もそうだがあいつも大概ものぐさで執着心がない。このまま疎遠になっていくのだろう。
「気を使われてるわけじゃなくて?」
「なあアルマ。仲のいい後輩ができるくらい普通だろ?なんでそんなに疑うんだ」
バツが悪くなって顔を背けながら言う。
学生時代の俺に友達が1人もいなかったことをアルマは言っているのだろう。
「あのラウルがねぇ」
「そういうアルマは俺くらいの年の時友達いたのかよ」
「いなかったね」
「だろうな」
若い頃のアルマは頭抜けて優秀な美女だったはずで、人に囲まれた生活をしていると考えるのが普通だろう。だがアルマは普通じゃない。
俺にはちょっとだけ優しいが今でもアルマは苛烈な性格をしている。若い頃はもっと凄まじかったとばーちゃんが言っていた。他人は基本見下し、気に食わない者は全て焼き尽くす勢いだったとか。
「俺もこれからアルマみたいに一生の友達を手に入れる。少しいればいい。それで人生は豊かになる。そうだろ?」
「そうかもね」
世界を救った5人は今でも皆仲が良さそうだ。俺にとって理想の友人関係とはじーちゃん達だった。
「俺を見下してくるやつらも、尊敬してくるやつらも、どちらも俺の友達にはふさわしくない。友達は対等な関係じゃなきゃいけないんだ。小さいことで共感できて楽しみを分かち合える、そんな関係じゃなきゃ……」
クソ姉貴が暴れまくったせいか、それとも粗野な俺が怖かったからか、初対面の時点で俺はクラスメイト達から警戒されていた。思っていたよりもできなければ見下されるし、逆にできれば崇拝するような目で見られる。すごいすごいと言われて取り巻きができて、別のやつにはお前が嫌いだと面と向かって言われる。そんな生活に俺は嫌気がさしていた。だから俺は……。
「仕方ないな。あいつらが弱かったのが悪いんだ。ま、俺の前で惨めに這いつくばる姿は笑わせてもらったけどな」
俺が嫌われるようなことを言えば、相手が嫌ってくるのは当然だ。見下されるより100倍マシだと狙った通りに嫌われていくのが面白くてしょうがなくて、繰り返しているうちにこういう言動が染み付いてしまった。結局俺に友達がいないのは、アルマと違って弱いがゆえの自業自得なんだろう。
「相変わらずだねぇ。安心したよ」
アルマを見るが、いつものような無表情だった。とはいえアルマは何を考えているか分かりやすい。今のはただの軽口だ。眉間のシワが少し薄くなっている。
俺が無言でスタスタ歩いていると、アルマも着いてくる。
『ラウルは優しいんだけどねー』
「うっさいな」
デヴィンを小突くとえへへと笑った。
「木、か」
目の前に、この迷宮には不似合いな大きい木が生えていた。動く様子はない。
アルマが無表情でじっと眺めたあとその木に向かって手を掲げた。炎に包まれる。
意図を掴みかねてじっと見つめる。
ずっと続くわけもなく炎が消える。何事も無かったかのように……いや、少し生き生きとしたように気がする木がそこにあった。
「これが世界樹か?」
世界樹と言うには少し小さい気がするが。昔じーちゃんに聞いた精霊樹とかいう木の方がもっと大きそうだった。エルフとかいう妖精が住んでいる国にあるらしい。
「失敗作なんだろう」
木の枝がアルマに向かって伸びてくる。魔法に反応するのか。
「デヴィン」
『あいよー』
大剣になったデヴィンを振り回して叩き切る。しかし木は俺を狙ってくる様子はない。……分かってはいたが、デヴィンって魔法で動いてないんだな。何で動いてるんだよ怖いだろ。
この階層に来てから魔法をほとんど使っていないのが功をそうしたか。さすがに探知用に少しは使っているが、そのくらいだとあの木は反応しないということだろう。魔法があまり使えなくて助かったぜ、なんてな。
魔法に反応する端末……おい待て。
「これを作ったやつはこの木に取り込まれたんだろうね」
「そりゃ……ぞっとしないな」
自分自身が文明の塊でしたってな。取り込まれること自体は予定通りだったかもしれないが、そうだとしてもそれはもっと後のことだったに違いない。
「大剣でぶった切るだけでどうにかなるのか?これは」
俺を狙って来ないし、アルマに向けて枝を伸ばし続けているので動きも分かりやすい。正直俺がひたすら攻撃し続けているだけの単調な作業だ。全く楽しくない。まあ迷宮攻略で楽しいと思ったことは1度もないけど。楽しかったら今頃傭兵とかやってるよ俺は。
「動力源がありそうだ」
俺の後ろで、ホウキで木を煽るようにちょこまか飛んでいるアルマが目を細めて言った。
「へーデヴィン分かるか?」
『ボク!?知らないよ!そもそも今の世界の機構やら端末やら魔法やら、ボクとは一切関係ない技術だし!目覚めたら全く別の技術系統になっててびっくりしたよね!宇宙人にでも侵略された!?』
「知らねーよ。じゃなくて、世界樹(仮)と話せたりしないのか?一応あれも武器なんだろ?」
『え、ええ〜。あれを武器とは認めたくないなぁ。ちょっと有機物すぎない?』
「杖はだいたい木製だろ。で、会話は?」
『無理だねー』
この動きを見てれば会話なんてそら無理か。
魔法を使って特定を試みてもいいが、そうすると今の安全圏から攻撃する体制は崩れることになる。成功すればいいが、失敗した場合はキツそうだ。
ま、いいか。
魔法を使う。これで魔力はすっからかんだが問題ない。いざとなればアルマが持ってる飲めば魔力が回復する謎の液体を貰えばいいのだ。味はまずいし色もヤバいが飲めなくはない。
うーん。
「多分根だな。1個下の階層にあるらしい」
調べるために放った波は思いっきり床に弾かれた。あるとしたら根だろう。問題はどうやってそこを攻撃するかだが……。アルマの魔法が効かないのが痛すぎる。
1個下の階層に行こうにも、おそらく階段はあの木の後ろにある。
そして木は俺も追ってくるようになった。これ継続する感じか?アルマは魔法を使い続けてるから追われ続けてるが俺はそうじゃない。そのうち追尾されなくなるかも。
「1回5階層に戻ってから降りてみる、なんてのはどう?」
アルマが目を細めながら言った。アルマがよくやる癖だ。
「……8階層まで穴を降りれれば、根が攻撃してくるんじゃないかって話か?いやーなかなかキツイ賭けだぞ。動力源をわざわざ露出するようなまね……いややるかなこのアホなら」
魔法を使わない俺を追えなくなったのか目の前で止まった枝をつんつんとつつきながら考えた。
「いや、最下層まで降りて壁をぶち抜くんだよ」
「……」
レギュレーション違反スレスレですね。
地下迷宮攻略似あるまじき攻略方法。一応迷宮の研究者である俺には考えもつかないような……というか考えたくない方法だ。動力源を刺せないと思って諦めたな?あれを放置とか絶対ろくなことにならねえだろ。
「……あれは後日倒そう」
アルマが無表情のまま堂々と言った。そういうところ割と好きだ。俺もこうありたいもんだね。
「了解。じゃ、アルマ頼むわ。デヴィン臼になって」
『ええー。あんまりかっこよくないからやだよー』
「安定感を考えるなら断然臼だろうが」
『絨緞の方がかっこいいよ?』
「そこは否定してないだろ」
俺とデヴィンがどういう乗り物で移動するかを言い争っていると、俺の首根っこが掴まれる。デヴィンがこの後何が起こるか分かったらしい。焦った顔、いや顔とかないけど、で小鳥の姿になって俺の襟元に飛んでくる。
「ほら行くよ」
「ヒュッ」
そのままアルマは飛んだ。どんどん急加速していく。俺は必死の思いで体勢を整えて、ホウキにしがみついた。




