過去4
「うるさい!俺は庇われなくても死ななかったんだ!アイツは馬鹿だ!無駄死にでしかない!」
走ってセインの家まで来てみると、殴打の跡が目立つ少年が怒鳴っている。動揺が少し収まる。声を荒らげるルドルフは初めて見た。
「殴っても言うことを聞かないの?」
ジルケが血管を浮き上がらせて握りこぶしを作っている。どうやらルドルフを殴ったのは彼女らしい。
「当たり前だろ。俺は間違えてないんだから。アイツは馬鹿で間抜けで犬死にの惨めな男だってんだよ!」
「あなたを庇って死んだ父親にそんな言い方をするな!」
ジルケがまた殴る。
平行線だ。おそらくルドルフが気絶するかジルケが手を痛めるかするまで終わることはないだろう。
「まあ待て、ジルケ」
「……」
私を鋭い目で見ている。ため息をつく。
「ルドルフは人のミスを殊更に責める子じゃないだろ?父に関心があるからそういうことを言うんだ」
「は?そういうことじゃないだろ。人としての道理を教える必要がある」
「待て待て」
どれだけ殴り倒したってルドルフは聞かないだろう。痛みに強いと言うより痛みに対して反骨心を抱く精神構造をしているだろうから。
それよりもこっちの方がルドルフには効く。
「ルドルフ。父親が死んで悔しかったんだよな?怒るしかないんだよな?強がらなくていい。今は泣け」
そう私が言うと、ルドルフはポカンとした顔をした。そりゃそうだろう。今の私の言葉はまるで的外れだ。
「そう、か。うん。悲しみ方はいろいろある。時間が経てば落ち着くのか。でもああいう言い方はよくないぞ」
ジルケはさっきまでの怒りが嘘のように同情した表情で穏やかにそう言った。
周りにいた人もヒソヒソと可哀想にだのなんだの同情するような言葉を言う。
それに気がついたルドルフの眉間に皺が寄った。私はゴミ以下だとでも言いたげな目つきで睨んでくる。
ルドルフが1番嫌うのは見下されること、馬鹿にされること、だ。彼にとっては庇護されるべきだとみなされることもその内に入る。
こういうところはユヴィドとよく似ている。ユヴィドと違って多少頭は回るようだが所詮は子ども。
ルドルフが乱雑に首をふる。これ以上何を言ったところで状況を悪化させるだけだと気づいたのだろう。
「イーディスさん、お久しぶりです。お忙しいのに来ていただいてありがとうございます」
ムッとした表情のまま私にそう言った。敵意と殺意が私に向けられている。普通であればいますぐ立ち去りたくなるようなプレッシャーだ。さすがセインの孫……じゃないな。今そんなことは考えるべきじゃない。
「被害状況は」
「父さんと母さんは死んだ。父さんは爆弾に直撃、母さんは腹の傷が致命傷だった。傷を塞ごうとしたが、テオを優先しろと言われたので、俺はテオを連れてジルケのところに向かった。生き残れる可能性が高い方を優先するのは当然のことだ。母さんはやはり俺より賢い。ジルちゃんは俺の話を聞いて母さんのところに向かってくれたが、間に合わなかったらしい」
話しながら冷静になってきたのか、いつも通りの何かに怒っているような馬鹿にするような失望しているような何を考えているかよく分からない表情と声色でつらつらと被害状況を述べる。
「家は当然全焼した。もはや住める場所じゃない。襲ってきた盗賊共はほとんど俺が討伐した。近隣住民の被害状況は今のところ聞いていない」
「テオは?」
「様子を見に来たばーちゃんが面倒を見てくれていますよ」
「そうか……エンゲルとミラは死んだのか」
「うん」
いつも通りの冷めた表情のままルドルフは頷いた。これはジルケが怒る気持ちも分かる。
「……ユヴィドは?」
「まだ帰ってきていないからアンばあちゃんが探してくれてます」
「そうか、ちょうどいないなら良かった」
「俺が思うに姉貴がいない間を狙ったんでしょう。姉貴はいつもこの時間には帰ってきませんから」
「……そ、そうか」
「俺と違って姉貴の強さは有名ですからねー」
歳の割に強いと評判の少年は口角をニヤリと上げてそんなことを言った。剣術大会で息子が手を抜いていると、エンゲルがよくボヤいていたのを思い出す。
「問題は襲撃の理由と、残党になるんですかね?聞いた感じ首謀者はあの場所にいなかったみたいっすけど」
「尋問したのか?」
「いえ。俺耳が良いんで」
そこまで気が回るなら少しくらい捕虜にしてほしかった気がしないでもない。が、親が殺されているのだそれだけ冷静になれって言うのもおかしい話じゃないか。普通ならだけれども。
「ユヴィドを連れて来たわよ」
憔悴した顔のアンヘルムがユヴィドを連れて来た。
ユヴィドの幼さを残した顔が怒りに染まている。今にも走り出して行きそうだ。
「ラウル!」
「ん?」
「その怪我は賊にやられたのか?」
「んなわけねえだろ。賊ごときに俺が傷つけられるかよ。ジルちゃんにだよ」
キレてても呼び方を徹底しているあたり変に律儀だなと思う。
「なら良かった」
「良くはない」
「母さんと父さんは守れなかったの?」
「ああ。爆弾を投げつけられてその間に襲撃された。おかげで目も耳もしばらく効かなくて辿り着いた頃には母さんは刺されてた。テオを庇ったんだろ」
「父さんは?」
「手のつけようのない馬鹿を俺に守れってか?」
「まあそうね」
ユヴィドがため息をつきながら言った。エンゲルは娘息子に随分嫌われていたらしい。
「襲撃者はもちろん皆殺しにしたんだよね?後悔してもしきれないくらい痛めつけたんだよね?」
「は?なんでんなことする必要があるんだよ。さっさと始末したさ。目的が分からない以上被害を減らすためにできるだけ早い対処をした方がいい」
「……確かに」
「だろ?」
ユヴィド曰く気は合わないらしいが、こうして傍から見ていると仲のいい姉弟だ。
言っていることが物騒なせいで全然頭に入ってこないが。
「家を見に行ったんだけど、確かに死屍累々だったわ。的確に急所を潰してる遺体が多かった。とりあえず憲兵に連絡はしといたけど」
アンヘルムがいたわしそうな顔で私に話しかけてくる。その感情は私じゃなくてセインに向けられているものだろう。セインが向かって来ないのは仕事中だからか。私よりよほど忙しいじゃないか。
「なるほど復讐じゃなくて“処分”したってことか」
人によってはそちらの方がよほど嫌なんじゃないか。
私はてっきり息子を可愛がる故の贔屓だとばかり思っていたが、ルドルフは本当にユヴィドと並ぶ才能なのかもしれない。これは面倒なことになりそうだ。
…………。本当にエンゲルは死んだんだな。セインの息子にしては弱かったがひたむきで努力家だった。幼い頃から見ていただけに思うところは大きい。初めて会った時は私と話せて光栄だと嬉しそうに言っていたっけ。
直接的な犯人は話からしてもう死んでるんだろうし、これからどうしようと言われても難しいな。ユヴィドとルドルフは思ったより元気そうだし。そこはさすがパウラの孫と言ったところか。
「おい」
寝ているテオを抱えたパウラが私に話しかけてくる。ムッとした顔だ。息子が亡くなったという話を聞いても涙1つ流さない、が、そういう人もいるし彼女みたいな人間がいるおかげで物事はスムーズに動くと知っているので私はそれを責めたりしない。
「当主がこうやって死んだ場合どうすればいいのかしら」
「とりあえずセインに戻せばいい。そういう事例はいくらかある」
「なる、ほど。やっぱりイーディスは頼りになるわね」
皮肉かよく分からない言葉を言って黙り込む。
「葬儀はセインがやるのが通例だが」
「ちょっと厳しいかもしれないわ」
「まあ……そうか」
すぐ立ち直れるものでもない。
「俺がやる」
そう、いつの間にか私と同じ目線になるまで身長の伸びた少年がまだ声変わりのしない声でそう言った。




