4-5 竜騎士
「地下迷宮2日目───────」
『だねー』
猿の姿のデヴィンが俺の頭上で返事をした。頭の上に乗っている。せっかくイーディスさんの家の使用人にいい感じにセットしてもらった髪がぐちゃぐちゃになるからやめてほしい。短くても結構変わるもんだね。
『ラウルって本当に背が高いね』
「旧人類はもっと大きかったんだろ?」
『!?いやいや、今と変わんないよ!?』
頭の性能が良かったんだから肉体の性能も高かったに違いない、と思ってそう言ったらデヴィンが狼狽した。
「えー?3メートルとかあったんじゃねえの?」
『ない!ないって!なんなら現生人類の方がちょっと大きいかも。若干?』
「つまんね」
『ラウルは旧人類のことなんだと思ってんのさ』
「今の人類の上位互換?」
『だったら滅びないんだよなー』
「確かに」
言われてみればそうだな。
ってことは頭脳スペックは明確に上だけど他はそうでもなかったのかもしれない。
『昔は魔法なんてなかったし』
「そういえば言ってたな、そんなことも」
どうやって生活していたのか気になるが、旧人類は頭が良かったのだから他の手段でどうにかしていたのだろう。俺も真似できればやれることが増えそうだが、デヴィンが教えてくれないんだよなあ。機密とか言って。守る相手もいないのによくやることだ。
「これが領主様の許可証な」
「通っていいですよ」
「サンキュ」
ということで、今日も人混みをかき分けながら地下迷宮攻略に乗り出す。
「……地味に波長変わった?」
見た目はほぼ変わらないが、奥行が若干広くなった気がする。右前の壁も材質の配合が変わった気がする。反響音の波長に変化が見られる。
日ごとに構造が変化していく迷宮だとすればRTAには不向きだな……じゃなくて、思ったより特異で危険なダンジョンなんじゃないか?
昨日休憩所でもう少し情報収集すれば良かったな。
『よく分かんない』
「まあそうだよな……」
気のせいかもしれないレベルの微々たる変化だ。
というか、俺が入った瞬間他の探索者たちが俺のことを見ている気がする。というかつけてきている気がする。……ああ、昨日俺たちがモンスターを狩りまくったからレーダー代わりにされてんのか。最悪。
「ルドルフさん、ですよね?」
声をかけられたので、そちらを見ると、グリフォンに乗っていた騎士の人だ。なるほど。そりゃ武器が手に入る迷宮なら騎士も来るよな。
「ええ、領主様に探索を頼まれてまして。ティアさんは?」
「凄いですね!私は上司の命令でして」
「それは大変ですね」
「いえいえそんなことは!特別手当も出ますから。それに今日はルドルフさんに会えましたし、来てよかったです」
照れくさそうにはにかみながらティアさんが言った。名前覚えといて良かった。そうじゃなきゃ俺はこの好感度の高そうな対応に耐えきれなくて逃げていたかもしれない。
「ティアさんの仕事ってなんですか?」
「私の仕事ですか?護衛とか凱旋パレードとか……っ。もしかして今日の仕事ですか?」
「ええ、まあ」
「うわーっ、恥ずかしい。ごめんなさい、早とちりしてしまって」
「いえ、俺の言葉が足りなかったんで……」
ティアさんが今まで会ったことのない新鮮なタイプすぎて俺も緊張してきたぞなんか。こういう謙虚で立ち回りが上手い人って俺を避けるからな……それは普通に正しい判断だと思う。見るからに危険人物だし実際危険人物だし。
「ドロップ率の検証、ですね。この地下迷宮がどれだけ有用なものなのか調べている最中なんです」
魔剣を探しに来たわけではないのか。
「俺も似たようなもんすかね」
安全性を調べろって話だとは思うんだけど。
「じゃあ一緒に周りましょう!」
キラキラした笑顔で言われる。俺こんなに好かれるようなことしたっけ……。ティアさんの気づかいなのかもしれないが。
「にしても大変ですね、騎士ってのは。迷宮にグリフォンは持ち込めないのに」
「相棒のリッちゃんを連れて来れないのは正直寂しいですね」
リッちゃん。
「そう言えばティアさん、ハーツ家の当主って知ってます?」
「ニコラスさんですか?先輩ですよ」
「へー……」
「気難しい人ですよねー。でもグリフォン乗るのは誰よりも上手いんですよ?」
「尊敬してるんすね」
「ええ、それはもう」
「元々騎士になるのが夢だったんですか?」
「はい、もちろん!私の場合竜騎士に憧れていまして……。10になる頃にはフィクションの中だけで全然現実的じゃないって気づいたんですけどね」
竜騎士。
ドラゴンに乗る騎士か。確かに物語上では見ないこともない存在だ。200年くらい前には実際に存在したなんて話も聞くが、何しろ200年前だしな。
……もしかしてこいつ俺がドラゴンだって気づいて。
「私もルドルフさんくらいおっきければドラゴンに乗れたのかな?とかちょっと思います。羨ましい」
ないな。良かった。ついでに俺への好感度が謎に高い理由も分かった気がする。
「さては実物のドラゴンを見たことないな?」
「う、分かります?」
「そりゃまあ。俺とティアさんの体格差なんて気にならないくらいデカイすよ。ドラゴンってのは」
「へー……」
言って思ったが、俺は大きめのワイバーンなら無理やりにでも乗れそうだ。ティアさんはそういうことを言っていたのかもしれない。
「会話できるくらい賢いのもいますから、かつて存在したドラゴンライダーはそういうのと信頼関係を築けたんだと俺は思ってます」
軌道修正。
「私も希望を捨てなくていいってことか……」
「そう思いますよ」
「あ、でも、リッちゃんはいつまでも私の相棒です!グリフォン大好きです!」
「分かってますよ」
コロコロ変わる表情は非常に女性らしく快活で、どこまで行っても俺に馴染みのない人種だと感じさせる。
日に焼けて色の落ちた茶髪をなびかせてモンスターの討伐を見に走っている。それだけでも華がある。モンスターに殺到していた傭兵達がドロップ品を見るのも忘れて思わず彼女を見てしまうくらいには。
俺はそれを眺めながら早歩きで追いかける。
……もしかしてチャンスじゃね?
「よっしゃ、短剣ゲット!」
皆よそ見してるからデヴィンを使ってドロップ品を手繰り寄せられるってわけ。まあ後で返すつもりだけど。
「ふーん」
結構良い値がつきそう。
デヴィンも興味があるのか腕まで降りてくる。そういやティアさん、デヴィンに対して言及なかったな。小動物にはあまり興味がないのかもしれない。
『Bかな』
Bランクらしい。
「ほら、ティアさん。実際に見た方がいいだろ?」
俺が歩みよると、周りの傭兵たちが抗議しようと集まって来て、俺を見て半数くらい諦めたらしかった。抗議してくる半数を無視しながらティアさんに話しかける。
「へ?……ありがとうございます?」
「どうです?」
「切れ味が上がる魔剣ですかね。確かに破格かもしれません」
短剣に釘付けだ。
「欲しいならティアさんが持てばいいんじゃないですか」
「え!?」
一応ティアさんもモンスターに攻撃を入れていたし手に入れる権利はあるだろう。
傭兵たちを見ると仕方ないなという顔で解散を始めていた。
「代わりと言っちゃなんですが、グリフォンの羽を安く譲ってくれませんか?」
俺はモンスターに攻撃していないのでアイテムを手に入れる権利は無い。つまり対等ではない取引だが押せば行けそうな気がした。
「譲る?あ、いや、全然あげますよ!」
「本当に?ありがとうございます」
「住所教えてください。送りますよ」
親切すぎて裏を疑いたくなってくる。俺にライドしたいのかなとか。いや下ネタじゃなく。
「セイン・ヘイマーの家っすよ。それだけ言えば良いと思います。送料はもちろんこちらで払うんで」
「……。セイン・ヘイマー?ああ!もしかしてセインさんのお孫さんだったんですか!?」
今頃かあ。
まあヘイマーって普通にいる名字だしな。
この感じだとじーちゃんのことも直接知っていそうだ。俺とじーちゃんの見た目は全く似てないし、孫だと思わないのも納得はいく。
「ルドルフさんって魔法使いなんですか?」
「!ええまあ、広義の意味では?」
「なんですかそれ」
うふふと笑われてしまった。
魔法使いなのか、なんて初めて聞かれたから少し前のめりに反応してしまった。
「なんでそう思ったんすか」
「なんで。言われてみればなんででしょう。そうですね、ルドルフさん、表情あんまりないじゃないですか。笑ってる時も心からって言うより意識的にって感じで」
「なるほど……」
それは、そうだろう。
昔から俺は表情に出にくい人間なのだ。楽しみたい時は笑うようにしている。そうすれば楽しめそうな気がするから。
冷めてるように見られるが全然冷めてないのが俺だ。外面と内面とのギャップのせいでナメられたことはしばしば。クールな傭兵っぽく見えるらしいのは得かもしれない。
表情か、確かにそこだけ抜き出せば魔法使いっぽいのか俺も。思わず顔を触る。
魔法使いに表情変化が少ない者が多いのは、感情操作に長けていることと、表情に出るような強い感情を魔法に使ってしまうことが理由として挙げられる。俺はそのどちらでもない。強い感情を必要としない魔法を使用するようにしているので。
「俺が使ってる魔法は探索用に特化してるのが多いんで披露とかはできないんすよね。こう、派手な炎とか出せればいいんですけど」
「便利そうですね」
「ええ」
ドロップ率を計算しながら歩くティアさんを見る。よそ見しながらでも探索可能。それくらい安全な地下迷宮ということだ。
と、ここが2階に続く通路か。結構中央に近い場所にあったな今回は。前の場所は……消えてる。なるほど?先日と違って人がいる場所だから床を壊すところも見つかりそうだな。こっそり中だけ探っとくか。……モンスターがいない?そんなことあるか?やっぱり探るべきか……?
「どうしました?」
「なんでもないですよ。ちょっと見蕩れていただけです。ティアさんがあまりに魅力的なので」
「……ありがとうございます?」
俺が適当に言った言葉はティアさんの照れくさそうな顔を生み出したものの、冗談として受け止められたようだった。ティアさんは俺の酷い距離感も気にしない胆力があるようだからちょっと負荷をかけてみたのだが、結果はこっちが恥ずかしくなりそうなくらい平静だった。
「ぼちぼちデータも出揃ったんじゃないですか?」
「はい」
「俺の方もとりあえず頼まれごとはすんだんで、帰りますか」
「ですね。私の方に用事があれば、またあの場所に来てください。私だいたいグリフォンのところにいるので!」




