4-1 手紙
「なになに」
イーディスさんから俺宛に手紙が来ていたので読んでいる。
「俺が魔術学院に就職する前に伝えたいことがあるから1回こっちに来い?」
はあ。何かあるのだろうか。反対する感じの文面ではないが。
「あ、ジルちゃんおかえり」
俺に手紙を届けに来たジルちゃんがお手洗から帰ってきた。
「イーディスさんがなんか俺に1回会いたいらしい」
「ん」
「そういや前俺が魂の規格が大きいって話になったよな?あれ、俺が竜だかららしいぞ」
「……?」
「見せた方が速いか?ほら」
竜の部分が少々残り、鱗がある肩を見せた。
「これは……ウロコだね」
「うん」
「ちょっと黒っぽいね」
「うん」
「ドラゴン!?」
「そうだよ」
やっぱ黒っぽいよな。髪の色と鱗の色はイコールらしい。俺あんまりこの髪の色好きじゃないんだけどな。
「すごい!牙とかあるの?」
「ある。面倒だから出さないけど」
「いいな。ドラゴン、憧れる」
「ジルちゃんは俺以上の魂のサイズなんだろ」
「ん」
当然のように頷かれた。
「巨人の末裔だったりするんじゃね?」
「?」
「……なんでもない」
渾身のギャグが不発で俺は泣いた。
ジルちゃんは不思議そうに首を傾げている。
「気になる」
「俺竜だろ?だから魂の規格が大きかった。それより大きいジルちゃんは巨人なんじゃねっていう」
「なるほど」
解説をさせないでほしい。
「私は孤児だから分からない」
「そう言えばそうだった」
じゃあ本当にそうかもしれないのか。夢があっていいね。
「私の母国はこの国じゃない。行けば何か分かるかもしれない」
らしい。だからジルちゃんは未だにたどたどしい話し方なのだとか。1個の言語以外習得が難しいってのはいかにもジルちゃんらしい頑なさだ。
「ジルちゃんはもう興味ないんだろ?」
「ん」
「じゃあ行かなくていいと思う」
「ん。そうする」
話だけ聞くと治安が悪いなんてもんじゃないくらいのようだし行かない方がいい。
散歩の途中だったらしいジルちゃんを見送ってからベッドに寝転がる。
シーツ洗うからどいてくださいって言われる日も多いが、今日は言われてないな。
「どーしよっかな」
『行きなよ』
今日はカブトムシの気分らしいデヴィンが角で俺の頬をつつく。
「まあそうした方がいいか」
意図が分かんねえんだよな。
俺はイーディスさんと仲がいいわけでもないし。
姉貴が行ったばかりだと言うのに。
「移動手段だよなあ。やっぱ飛ぶ?」
『いいの?』
「さあ……」
下手すれば脱走したモンスターだと思われて討伐されるか?
まあいいか。なったらなったで誤魔化そう。どうせ飛行物体の顔まで見えるやつはそういないのだから。
翼を出す。あれから練習して翼も小さくできた。
家の大きい窓から飛翔する。
背徳感あっていいなこれ。
空気が薄くなってきたので、上昇を止める。俺は空気が薄かろうと大丈夫な気はするが一応。
よーし、イーディスさんのとこまで飛ぶか!
空を飛ぶのって楽しいな!
これからたまにやろう。
誰からも何も強制されない、広くて終わりのない空間。誰も俺のことなんて見ていない。ここにいるのは俺1人だけだ。
「っと。もう着いたのか」
空を飛ぶと移動速度が上がるらしい。
イーディスさんの家の上だ。相変わらず大きいな。
とりあえず着地するか。
「お、やっほーえーと」
イーディスさんの夫。
「空から人が!?」
行くって言ってないからここで攻撃される可能性あるな普通に。門番の人すまん。
着地はこれ以上驚かないようソフトタッチで。
「ルドルフ・ヘイマーです。よろしく。最速で来ました。イーディスさんはいますか?」
「ルドルフさん。お久しぶりです。……じゃなくてですね!?なんで空から!!?」
翼は目に入ってなさそうか?
「驚きました?」
俺が快適だからが正解。
「当たり前ですよね!?」
「その顔を見たかったんですよ」
ってことにしておこう。
イーディスさんは家の中だろうか。
「妻は屋敷の中です」
「入れては、くれるんですよね?」
「ええ」
俺の肩をチラチラ見ながら歩き始めた。ついてこいってことか。肩になんかあったっけ、と思って見たらデヴィンの角が目に入った。カブトムシはミスマッチだな。
イーディスさんの夫の名前ってなんだったかなぁ。最近結婚したんだよな。地位の継承はしない手筈になってるらしいが、どういう意図があったのかは謎だ。家の繋がりとかそういう話かもしれない。俺は貴族じゃないからよく分からない。三男だったとは言えなんで60をこえる女に40の男が結婚を申しこんだのかも分からない。知らなくてもいいような気がした。
屋敷に入ると、俺が来ることを知っていたかのように、車椅子に乗ったイーディスさんが迎えてくれる。
「イーディスさん、お久しぶりです!」
「久しぶり。元気にしていたか?」
「ああ!イーディスさんは?」
「む。私はもう歳だし節々が痛いのだが……」
反応に困る返しをしやがって。
「なんで俺を呼んだんだ?」
「ルドルフはアルマの学院に就職するんだろう?」
「うん」
「その前に注意事項がある」
「うん?」
様子がおかしくなってきたな。
イーディスさんが真剣な表情で俺を見ている。
「ベイン魔術学院は良いところだ。研究をするにはもってこいだろう。しかし、今の学長はアルマだ」
「……」
「あの学院は今2つに別れている。学長派と副学長派にね」
「えー……」
副学長って言うと良い人そうだったあの人か。アルマとの関係もそんなに悪くなさそうだったが。
「派閥というより思想、リーダーと言うより掲げる理想像に使われている感じだな」
俺が納得いっていなさそうだと見るや補足説明を入れてきた。
「元来魔法使いは魔力が多く、素質がある者が優秀とされてきた。それに真っ向からNoを突きつけたのがアルマだ。本人にそんなつもりはなかったのだろうが、あの性格だろう?」
否定しにくい言い回しだ。
「急進派の星とも言われた彼女が学長になったから、当然学院は2分された。伝統的な魔法使いか、学術的才能に特化した魔法使いか、だな。今は前者の方が優勢だ」
アルマは劣勢と。
「研究そっちのけで争っている始末だ。おかげで傭兵ギルドに寝首を搔かれることになった。そもそもアルマは人を纏めるのにあまりにも向かないから」
やっぱり上手くいってねーじゃねーか。
アルマが学長とか不安しかなかったんだよ!まあ思ったのとちょっと違うけど。
「アルマ自身はこの2派閥の争いに全く興味がない。だから内外で天才と評されるブシェや伝統的な魔法使いとして最強格のヘリングを引き抜いてきた。まあここまでは良い。で、だ。アルマの尖った部分をそのまま引き継いだようなお前がアルマの紹介で入ってくるわけだが」
「……」
問題は分かった。このまま行くと、俺はあの学院で起こっている謎の派閥争いに思いっきり巻き込まれるわけか。
「でも俺、教授とかじゃないですけど」
「そうやって切り抜けるのが良いと思う。その意気だ」
「はあ」
知らぬ存ぜぬで行けってことか。
「ヘリング先生はやっぱすごい魔法使いなんですね」
「齢9つで夏に雪を振らせた大魔法使いを今の今まで知らないのは魔法使いとしてどうなんだ?」
初めて聞いたがやばいなそれは。神話の領域じゃないか?
天候操作。いつか俺も挑戦したいところだが、そもそもの魔力総量的にできる気がしない。
「まあ言いたいことは分かりましたけど、手紙でも別に良かったんじゃ?」
「私がお前と話したかったんだ」
灰青色の目が俺をまっすぐ見ている。イーディスさんは思わず従いたくなるような雰囲気がある。俺はこういうことされると従いたくなくなる性分だって分かってるくせにな!
「へー。なんでですか?」
口角を上げて聞いてみる。もちろん目はじっと見る。後暗いことがあると目を逸らしたくなるという話も聞くが俺にはよく分からない。目を見るだけだし。
上から見下げる形になるので多分結構威圧感ある。
「ははは!かわいいなぁ相変わらず」
車椅子を少し動かして、背中を叩かれる。
「別にいいだろう。お前のことは親戚の子どもくらいに思っているからな。就職を祝いたくなったんだ」
前の時は祝わなかったのに?怪しいな。
しかし現状疑ってかかるほどの材料があるわけでもなし、納得するしかないか。
「そう言えばお前の前の職場、全焼してたぞ」
「……!?」
「全焼してたぞ。いつの記事だったかな」
「この記事かと」
「うん、これだな。ありがとう」
近くに控えていた老齢の執事が新聞を持ってきた。イーディスさんはそれを俺に渡す。
ほ、本当だ。小さい記事だから読んでなかった。1ヶ月前のことになるらしい。不審火で全焼。クビになったとは言え前の職場がこんなことになるのは結構ショックだ。
同僚は皆有能だったし就職先もすぐ見つかるだろうが、それはそれ。
「オーナーであるオティリエ・アーベラインは恨みを多く買っている。それが理由だろうって言われているみたいだね」
「へえ」
オーナーって言うと、俺をクビにしたあの女か。
精緻に整っているが性格のキツそうな顔を思い出す。聖職者ってのは穏やかな顔つきの人が多いので、そうじゃない彼女のことはなんとなく覚えている。まあ俺以外にもあんな調子なら恨みも買うか。
「先に就職活動できたって意味じゃ俺は逆に運が良かった……?」
「かもしれないな」




