3-10 秘密
「とりあえずフェルナンドは1発ぶん殴ったし、スッキリしたぜ!」
一応幼なじみと言えなくもない、姉貴の1番目の夫にこの前の報復をした俺は久々に解放された心持ちだった。
あの抜群に頭の良い男は、姉貴の活躍のために俺を利用してくることがあった。今回もそうだったんだろう。幼少期も若干片鱗はあったが、今では立派に嫌味なインテリメガネと化した。
『結構吹っ飛んでたけど大丈夫?』
「大丈夫大丈夫。姉貴にずっと付き従ってたやつだから」
『じゃあ大丈夫だね!』
姉貴の信頼度よ。
「デヴィンは今日、何?その生物」
デヴィンは最近生き物の形に変身することにはまっているらしい。
今日何しよう?って聞こうとしたら思ったより異様な見た目で思わず聞いてしまった。
「リュウグウノツカイ」
「へー」
ふよふよ宙に浮いていてシュールだ。
やることが無くなると、精神を病む人間とそうじゃない人間がいるという話だが、どうやら俺は後者らしい。目下の目標は特にないが、普通に楽しい。
「空飛ぶ練習でもしてみよっかな」
庭の中ならいいだろう。
上手く飛べるようになったらサンのところに行ってみよう。2回ほど空を飛んだわけだが、自分で飛べばまた感覚も違うはずだ。
扉を開けると、大きな庭が広がっている。もう探検しつくして見新しさもないが、空から見ればまた違う、かもしれない。
「まずは翼を出す」
翼……どこ?鳥なら腕だけどなあ。ドラゴンの翼の位置って昆虫の羽に似てるよな。昆虫の羽って人間で言うどこだ?肩甲骨?人間化の魔法がそうだったように割と感覚的に行けそうな気もするが、さて。
逆に場所は違ってもいいのか?翼が存在する場所に、翼と同じ配列を構成させて擬似的に分化させれば……ってそこまでやるなら普通にやった方がいいな。
肩甲骨あたりを一時的に竜に戻す。
「どう?」
『翼あるよ。……大きくない?』
「……」
それはちょっと思った。目の端に見えるし。人間サイズに合わせた翼にはならないわけか。これじゃあ目立ってしょうがないな。まあ今は庭だからとりあえずいいけど。
飛べない。うーん、飛び方をサンに聞いときゃ良かったな。とりあえず動かしてみるが、飛べそうな感じはしない。ドラゴンたちはどんな動かし方をしていたっけ。
「そういや今のデヴィンってどうやって浮かんでるんだ?」
『聞いちゃう?光実体投影技術で生体につながる液体を投影してその中に浮かんでるんだよ。液体とかないじゃん?って思うよね?それは視覚情報から消してるからだよ、っていうのはちょっと語弊があるんだけど液体と空中の境界線ごと情報遮断技術、通称KIDDYでデリートしてるんだ。それで今ボクは浮いてるように見えるってわけ!』
…………なんて?
「ちなみに光実体投影技術ってのは」
『機密事項だよ』
やっぱ教えてくれねえし。
とにかくデヴィンの真似は難しそうだということが分かった。
いや待てよ。俺が飛べないなら周りで俺を持ち上げればいいって話じゃないか?無難なのは空気か。
そうだな、通常の飛行魔法もそういう原理だったはず。アルマが使ってるやつが特殊すぎて忘れていた。
問題なのは俺の魔力量じゃどう足掻いても飛行魔法なんて使えないってことだが……。翼を動かしていると違和感がある。空気をかき乱すような、テンプレートがあらかじめ設定されているような。もしかしてこれ、魔法使ってる?代償も魔力消費もあるようには見えない。翼を動かすことそのものが魔法を使う手段として成立しているのか。それじゃまるで空を飛ぶために作られた生物みたい、いや待て、人間サイズの俺でも飛べなかったんだ。グリフォンだってあの巨体を動かせるとは思えない。適応進化ってやつだろう。そうだよな?
『う、浮いてるよ!』
「浮いてるな」
とうとう人間をやめた感がある。
方向操作は翼の力の入れ具合でできるようだ。
翼を小さくしたいところだ。
「まあ、どうしたの?これは」
当然のようにばーちゃんに見つかった。
「飛んでる」
「それは見れば分かるけれど」
「それ以上の情報ねえよ」
俺がドラゴンよりの存在だって話はじーちゃんから聞いたんじゃなかった……いや、じーちゃんのことだから言ってなさそうだな。だからみんな何も聞いてこなかったのか。
「そう。まあいいわ。そこの枝を切ってちょうだい」
「はーい」
順応が速すぎる。ありがたいけど。
「そこよ、そこ」
「分かんねえよ」
とか言いながら枝を剪定していく。
「便利でいいわね」
「それなら良かった」
精霊樹の葉を分けてもらっている立場だしこれくらいはやる。
「そう言えばラウル」
「どうした?」
「剣はもう使わないの?」
思わずばーちゃんの顔を見ると、少し悲しげだ。
「使う使う。使い勝手いいし」
剪定も終わったし降り立つ。
細胞を縮小すれば翼も小さくなるのだろうか。
剣なあ。最後に使ったのは鍛冶師に見せたあれか。
ナイフかもしくは大剣の方が独自のうまみがあって使っちゃうんだよな。
そうか。ばーちゃんは剣に思い入れも深いのか。
使う度にポキポキ折る姉貴ではその思い入れからくる要求も満たせないと。一応頑丈な剣持ってはいるはずだけど滅多に持ち出せないんだよな、あれ。
テオに期待しようぜ。筋良さそうだし。
「ラウルの使う剣好きだったのに」
「……」
俺が使う一貫性の欠片もない剣が好き?いやまあチヤホヤはされるっていうかそれ狙いでやってたところはあるけど。
色々習得すれば俺に合うのもあるんじゃないかって思ってたんだよな。結果はカードが増えすぎて選ぶ手間が増えた分弱体化していた。俺は1回攻撃を見てからその対応を考える方が性に合っていて、先に全てを切ることを良しとするヘイマーの理念とはまるで噛み合っていなかった。
昔に失伝したらしい鎧ありきの泥臭い剣術が多分俺に1番合ってたんだろうが、教えてくれる人間はもうどこにもいない。俺は無駄な時間をすごしただけだった。そう思ったから剣を持つことをやめてデヴィンを選んだ。
「私、兄が大嫌いだったの。だからそれより強いセインを選んだ」
リーヌスの祖父か。迷宮で死んだと聞いたことはある。
「だからリーヌスが苦手なのか」
「リーヌスくんと兄は似ても似つかないわよ」
「そう……」
じゃあどっから来てるんだよあの強さは。
「兄はなんでもできる人だった。たまたま剣が近くにあったから使ってるだけに見えた」
なるほど。じゃあリーヌスとは違うな。アイツは剣を振るうために生まれてきたようなやつだし。
「最初は兄に似てると思ったのよ。すぐに違うと気づいた。あなたはそれでも、剣で戦うのを楽しもうとしているように見えたから。だから好きだった」
散っていく花の下に立つばーちゃんは年老いても、いや年老いたからこそ画になる。きらめくような目はずっと変わらず、その純粋さで俺をただ見つめてくる。
ばーちゃんはずっと剣を見ていても楽しいのかもしれないが、俺は楽しくない、とか言えなさそうな雰囲気だな。
もうちょっとかっこいい感じで言いたい。すぐには無理だ。どうしよっかな。
「剣も使う。弓も使うし槍も使う。1つだけじゃ飽きるからな。楽しむために俺はほかのこともするんだ」
「そうね。それならいいでしょう」
俺は諦めて本当のことを言った。そしてばーちゃんはそれを聞いて微笑んだ。




