3-9 再チャレンジ?
「は?誰お前」
アルマからもらった魔術書を読んでいると声をかけられた。
声の方を向くと、俺と同い年くらいだろう、育ちの良さそうな少年が立って俺を見ていた。予想外のことでもあったのか顔が硬直している。
「……ふーん、姉貴の差し金か」
動揺を抑えて少しづつ話してくる内容をまとめるとそういうことらしい。
友達も作らず姉貴にもついて行かず1人部屋にこもって魔法の練習をしている俺にいらないお節介を焼いた、ということらしい。本当に余計なお世話だ。
「失礼ですが、何歳ですか?」
「6歳。お前は?」
弟……?みたいな顔で聞いてくる。本当に失礼だな。
まあ確かに俺は姉貴より大きいけど。
「7歳です……」
「……」
年上か。まあ俺から見ればそんなもんかなと思うが、向こうからすりゃ複雑な気分だろう。
「なんつうか災難だったな。帰っていいぞ」
「そ、そういうわけには!ユヴィドさんに頼まれたんです。僕は頭が良いから話も合うだろうって言われたんです!」
「……お前魔法に詳しかったりする?」
見た感じ金持ちの子だろうし、ワンチャン俺が知らない魔法の使い方を知っているかも。
「いえ……」
「だよなあ」
姉貴がそこまで気を回すわけなかったか。
頭が良い、ね。確かに目の前の少年は随分頭が良さそうだ。俺は別にそこまで頭良くないと思うが、見栄の関係でそんなことは言えない。姉貴は俺を買いかぶりすぎなんだよ。
「でもでも、見た目よりずっと賢そうでびっくりしました!」
「ありがとう?」
褒められてなさそうだけどまあいいや。こいつも姉貴の手下なんだろう。しばらく付き合ってやるか。
「お前は何が好きなんだ?姉貴の知り合いなんだから戦いか?」
「好き?とかはないですね」
「そうか」
「ユヴィドさんのお役に立てるよう紋章は全て覚えました!紋章官になれればユヴィドさんの家を作れるかもしれませんし!」
あれ……思ったよりすごいやつだし良いやつじゃね……?姉貴ってすげえ。
姉貴がこの家を継げないことを気に病んでるなら俺にもっと強く当たっていいはずだ。
こいつは俺なんかと仲良くなるべきじゃないな。
「あっそ。紋章とか俺興味ねえし、そこで勝手に時間潰せば?俺はこの本の続きを読む」
▫
「ぐえ」
ベッドから落ちた。
なんか昔の夢を見ていたような気がする。内容は全く覚えていないが、惜しいことをしたような記憶がある。
『あはは、潰れたカエルみたい』
カエルの姿のデヴィンが俺の頭の上で言う。手の込んだジョークやめろ。
「デヴィン、とりあえずどいてくれ。お前が潰れたカエルになる」
『はいはーい』
デヴィンがカエルみたいにぴょんと飛び降りた。
「今日の予定……どうしよっかな。また天使の試練に行くか?」
『……正気?』
「とりあえず入口付近をぐるっと1周するだけにするから!」
『絶対行かない方がいいよ!?』
思い立ったが吉日。行くぞ。デヴィンをつつくと渋々俺の肩に乗ってきた。
ふはは、今ならなんでもできそうな気がする……!
▫
「いや、ダメに決まっているじゃないですか」
朝食を摂って意気揚々と転移陣に来た俺は、転移陣を見張っていた女に止められていた。
「なんで?」
『ゲコ』
肩の上のデヴィンも抗議している。
「なんでじゃないですよ。危険なのでしばらく封鎖ということになってるんです。理由は貴方が1番よく分かってると思いますが?」
気の強そうな女だ。深緑色の髪を三つ編みにしていて、ガリガリで猫背、顔は分厚い眼鏡をかけていても分かるくらいクマが酷い。上等なシャツを着ているからここの給料は良いのだろう。澱んだ目は俺をじっと見ていて揺るがなさそうな意思を感じる。
……多分魔法使いだよな。感情がここまでハッキリ出てるってことは多分俺やアルマと違って相当才能のある。
なんでこんなところにいるんだ。
「お前魔法使いだよな?」
「そりゃそうでしょ」
じゃなきゃ華奢な女に見張りは務まらないって?姉貴を見てから言ってくれ。まあ姉貴は腹筋バキバキだけど。
「なんでこんなところで見張りなんてやってるんだ。魔法使いはどこに行っても引っ張りだこだってのに」
「……。私はこの転移陣を研究しています。だからここから離れられないし、離れるつもりもない。ビュトナー先生にここを紹介してもらったことですし」
もしかしてアルマの直属の弟子?これは本格的に優秀な魔法使いなんじゃないか。
「転移陣……ってことは古代の時空間魔法が専門か?」
「そうですよ。なんで私に話しかけてくるんですか」
「アテが外れたから時間潰し」
「そうですか。帰ってください」
すっげえ辛辣。俺は傷ついた。
顔をよく見ると、化粧すれば綺麗になりそうな顔だなと現実逃避紛れに思う。
……なんか既視感があるんだよなぁ。顔がと言うより雰囲気が。こんな感じの女と俺は話したことがあるような。
「その本、アルマのやつか。やっぱりアルマの生徒だったりする?」
「……先生の研究室にいたことがあるだけです」
やっぱ直属の弟子じゃん。
「名前聞いてもいいか?」
「はあ?なんで」
「俺が気になるから」
「……口説いてます?」
「口説いてませんよ」
いかん、ちょっとキレ気味だ。
適切な距離感って難しいよな。
「頼むデヴィン」
『ゲコ!』
「私カエルは嫌いなんです。なんかネトネトしてるじゃないですか」
『ゲコ……』
デヴィンー!?犬だ、犬あたりになれ。
不機嫌さを隠さない態度にデヴィンもシナシナだ。俺はもうだいぶ前から気が滅入っている。
「俺の名前は……まあ知ってそうだがルドルフだ。お前の名前はアルマから聞いておくから言わなくていいぜ」
「フェリスヴェルタです」
「名前?」
「ええ。苗字は教えませんよ」
「了解、フェリスヴェルタさん」
アルマに聞けば1発で分かるはずだが、本人が教えたくないって言うなら尊重しよう。
「アルマの生徒って初めて会ったかもしれない」
数だけならそこそこいるはずだが、俺は魔法使いと縁遠かったので、あまり知り合う機会がないのだ。
ジルちゃんを慕う部下、アンばあちゃんの弟子、イーディスさんの家族。俺の中ではこれらと同じポジションなので、やっとコンプリートした気分だ。
「アルマは学院ではどんな感じだ?生徒には優しかったか?」
「どんな感じと言われても……基本放任主義でしたよ。ずっと自分の研究をしているという感じでした。質問すれば基本答えてはくれましたが」
「……変わんねえな」
俺の時とほぼいっしょじゃねえか。学長なんて本当にアルマにつとまってんのか?
「アルマってさ、ナルシストだよな」
「……。…………否定はしませんが」
目を泳がせてから同意された。
良い具体例言えれば仲良くなれそうだな……問題なのはその具体例が俺にも突き刺さりそうなことだが。昔の俺は何も上手くいっていなくて、それで俺に多少似ている気がした、かつ超上手くやってるアルマの真似をしていたのだ。だから行動がどうしてもアルマに似る。
アルマを尊敬しているのはマジだろうし1回褒めとくか。
「でもすごい人だ」
「ええ、それは本当に」
よし、いい感じ。
「俺さ、今日この迷宮の入口だけ見たいと思ってたんだよな。本当に入口だけ。迷宮主が出てきたくらいだしなんか変わってるかもしれねえじゃん?螺旋階段とかできたりして」
「は?」
……早すぎたか。
「デヴィン、頼む」
『ワン!』
「私犬嫌いなんですよね。なんか変な病気持ってそうじゃないですか。それになんですかそれ?グニョって変形して気持ち悪い」
『ワン……』
今んとこ女子ウケ100%だったデヴィンの子犬形態が不発だと!?
「大丈夫だデヴィン。お前は皆が欲しがる超優秀な高性能変形武器だ。これからも使い倒してやるから安心しろよ。おーよしよし」
珍しくしゅんとしているデヴィンを慰める。
『ラウルはボクのことイカしてるとか言ってくれないんだ……』
めんどくさい女かなんかか。
俺がため息をつくと、てへぺろみたいな感じで舌を出していた。心配して損した。
「はあ……しょうがないですね。私がついて行ってあげるので、行きましょう」
「本当か!?」
「一瞬だけですよ」
本を閉じてスっと立ち上がると、思ったより背が高いことに気がつく。
……割と好みな気がするんだが、なんとなく刺さらないというか懐かしい感じがするというか。
「転移陣起動」
光とともに俺たちは地下迷宮の入口に移動した。
「なんにも変わってないですね」
フェリスヴェルタさんが首を傾げながら言った。
「それならそれでいいんだよ」
「そういうもんですか」
澱んだ目が俺を見ている。強い意志を感じるが、それがなんの感情かはさっぱり分からない。強固で揺るがないからこそ感情に対応する表情が個人で独立していて、俺の持っている表情データから参照できない。
……。分かった。この女は俺の母親に似てるんだ。
見た目は全く似たところがないし、話し方も違うけど、雰囲気が似てる。
丸くて大きく、下手をすれば侮られそうな丸く大きな目からは、ギラついた知性しか感じられなかった。すごく頭の良い女で、1回だって会話が成立した記憶がない。なんで頭の悪い父と結婚したのかさっぱり分からなかったし、聞くこともできなかった。俺は母が何を考えているか分からなくて散々ちょっかいをかけて……そんで嫌われた。まあ俺が悪いと今は思うので、なんてことはない黒歴史だ。無償の愛なんてこの世には存在しないと幼い時の俺は気づけなかった。
「どうしました?」
俺も大人になった。同じ失敗はできるだけ回避しよう。
「いいや、ちょっと考えごとをしていただけだ。それより助かったぜ」
「いえ」
小柄な人間が出てきた形跡はなし、か。
脱出手段のない捨て駒だったのか?嫌なことをするな。
「じゃ、帰りましょう」
予備動作なしであっさりと転移陣が展開される。帰りも転移できるのはありがたいが、人間技じゃねえだろそれは。動揺する俺を乗せて、フェリスヴェルタはそのまま魔法を行使した。




