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「10階層分これが続くとか勘弁してくれよ」
ぼやく。
11階層に繋がる道を俺は今歩いていた。どうやら坂になっているらしい。……11階層は地味に下り坂になっていたし、モンスターを倒しすぎると下層に毒が流れてくるのでは。考えて俺は首を横に振った。今の俺には関係ない、余計なことは考えないようにしよう。
11階層は謎の大型モンスター以外にもチラホラ別のモンスターがいたが、どうやらその大型モンスターがあの階層では最大かつ最強のモンスターらしく、あれを俺が倒したと見るや他のモンスターは近寄って来なくなった。観察できないのは惜しい。この迷宮の詳細情報はその特異性と有意性から傭兵ギルドでそこそこ高く売れるってのに。
……と言うか、モンスターに生存しようという意思があるところなんて初めて見たかもしれない。そもそもモンスターってのは迷宮から人を追い出すために配置されていたり、後はエネルギーを作るのに使われてるって説もあるか、まあとにかくあくまで迷宮ありきの生態をしているのだ。普通の迷宮じゃボスを倒したって帰りに行きと同じモンスターに攻撃されることもざらだ。
っと12階層に着いた。
『良かったね、毒なさそうだよ』
今更ながらなんでコイツは毒の有無は分かるんだろうと思いながら頷く。
「さっきと様子が違うな」
水辺だ。
海みたいになってる。いや、海であるわけないんだけども。
「……これもしかして泳がなきゃいけないのか?」
『飛んでもいいんじゃない?』
「ほお」
まあ飛べないけど。
とりあえず浜らしき部分を歩いてみるか。
……。水面が少し、おかしい?
目を見開く。脇腹を何かで貫かれた。
急いでそこから退避する。
『だ、大丈夫?ラウル?』
デヴィンが珍しく焦った様子で俺に話しかけてくる。
脇腹から血が出ている。俺の体に傷がついたのなんていつぶりだ?痛くて仕方がないが、攻撃してきたモンスターの正体も分からない現状、その場でうずくまるわけにもいかない。
水面がうぞうぞと気味悪く動く。集まって質量を伴うように丸く水が集まってくる。昔見たクラゲのような質感のそれに、ぽっかりと口が開けたように穴は出現した。俺はその直線上から逃げた。俺がいた場所の床に穴が空いている。
水の塊としか呼べないそれがうぞうぞと動く。腕なのだろうか?球体から長細い水が多数生えてきて、俺に向かって伸ばされる。どうやらさっきの攻撃だけでは殺しきれないと判断したらしい。完全に俺を捕まえに来ている。最悪だ。
「デヴィン!糸に!」
『りょ、了解!』
俺が糸を伸ばすと、モンスターの水の腕が切断された。
モンスターはまた震えて、糸を避けながら進んでくる。アイツあのナリで目良いのかよ!俺は走って21階層の階段までたどり着いた。なんだよあれは。あんなモンスター、聞いたこともないぞ……。壁に手をついて1回息をつこうとすると、手袋に繋がった糸が異変を知らせてくる。追いかけて来てる!
「なんなんだよ、モンスターが上の階層までついてくるなんて聞いたことないぞ!?」
デヴィンを辿って11階層まで上がる。
そのまま糸でモンスターを切り裂きながら俺は走る。そう言えばこの階層のモンスターって毒だっけ。上り坂になっている分その毒は全て俺に向かって落ちてくる。
デヴィンはこの毒でも俺は平気って言ってたけど、さすがに少し目が霞んできた気がする。走れ、走る。時に糸をつたって空中を移動しながら。外に少しでも近づけ。こんな訳の分からないところで死ねるか!
「荷物、は……」
背負っていた鞄を走りながら外すと、穴が空いていた。透明化の布どっかで落としたか?最悪だ。
転移魔法?いや、俺にあの魔法は不向きだ。宝石はブレスレットにしているおかげで残っているが、走りながらじゃ魔法を成立させられる気がしない。
しょうがない。10階層もこのまま行くか。じーちゃんは最初遭遇した時逃げ切ったって話だったし、それを狙うしかない。
10階層に足を踏み入れた瞬間、首だけの狼が目の前から俺を噛みつきに来た。こいつか。デヴィンの一部を腕に沿うような小さめの盾にして防ぐ。
そのまま力任せに振り払うと消えた。……転移しながら襲ってくる狼だっけ。名前は確か、ティンダロスの猟犬だったか。古代文明の書物に書かれていた同名の生物に似ているからそう呼ばれている、らしい。
背中側から引っかかれる。幸い水と違って、俺を傷つけられるほどではないらしいが痛い。後ろをチラと見ると、首の無い四足の獣が俺に爪をたてていた。なる、ほど。当然見たことないモンスターだ。俺が糸を向けると、届く前に消えた。
予測不能なのが気がかりだが思ったより脅威じゃなさそうだ。……じゃあ今俺を追いかけているこの水の塊は?嫌な考えが頭をよぎったが俺は首を横に振ってその考えを打ち消す。
9階層につながる階段だ。ようやくついた。足を踏み入れようとすると、さっきの狼が頭と体が繋がった状態で俺を待ち構えていた。ぶん殴るが、消える様子はなく、効いている様子もない。後ろを糸で探る。毒を取り込んだのか、変色した水の塊が近づいてきている。糸を潜り抜けて来た水の腕を手持ちのナイフで切断する。
これは……。挟み撃ちだな?
「光あれ!」
俺は腕を上げ、腕輪の宝石を消費して魔法を天井に向けて撃った。太い光の柱が地下迷宮の天井をぶち抜く。空いた穴から空が見えた。
光の魔法は俺の自己嫌悪を持っていく。代償はかなり重い方だが、んなこと言ってられるか!
「行くぞデヴィン!」
『うん!』
デヴィンを鉤爪のついた縄にする。そしてそれを1番上まで投げて引っ掛ける。
「頼む!」
『当然』
デヴィンの真剣な声を聞きながら俺たちは1階層ずつ上へと上がっていく。水の塊はその腕を伸ばしていたが、俺たちのスピードに追いつけないと思ったのか、それとも維持ができなくなったのか、腕を伸ばすのをやめて、スルスルと戻していく。それを見越したかのように狼が俺を襲ってくる。分かってはいたが、階層関係なしに襲ってくんのかよ。俺は盾がついたままの腕で振り払った、が、やはり上りながらじゃ隙があったのか、盾がついていない部分に噛みつかれる。硬かったのか、そのまま諦めたように狼は消える。腕に歯型ついてる……。これ俺が頑丈じゃなかったら噛みちぎられたんじゃ……いや、考えないようにしよう。頑丈だったからいいんだよ、うん。変な毒とかないよな?
「止まれ」
反響するような声が聞こえた、と思ったら天井が見えた。どうやら修復してしまったようだ。あと1階層だったのに。2階層の天井に空いた穴から出て、1階層に降り立つ。デヴィンは……大丈夫そうだな。鉤爪もある。危険を察知して巻き戻ったらしい。
とりあえず狼と水は追ってきていないらしい。それでも意識は朦朧としている。当然ここまで走ってきて息を切らしているし、感情の消費、毒に、脇腹の傷。最悪のコンディションだ。早く脱出したい。俺は階段へと足を向けようとして───。
「止まれ」
足が動かなくなった。
「ズルはダメだ。迷宮はルールを守って攻略しなきゃいけない、天井に穴をあけるなんてもってのほかだよ」
カツカツと足音が聞こえる。何もいない前から、だ。
「君、78階層から挑戦者を転移させた人だよね?そういうの良くないと思うな、僕」
突き抜けるように澄んでいて、しかしどこか気の抜けたような声が聞こえる。目を凝らすがそこには何も見えない。
「そうは言うが、意図せず飛ばされたんだぞアイツらは。それってどうなんだよ?77層分攻略してねえよな」
「ふーん。賢いっていうか小賢しいね。そりゃそうか。本当に賢いなら見捨てた方が良いって分かるはずだし、ね」
「質問に答えろ」
「別にどこから入ってきてもいいよ。だから入口を何個も作っても見逃してあげたんだ」
じゃあ下から出口を作ってもいいじゃねえか。と思うがこれは言わない方がいいのだろう。声の主はさっきよりも怒りをその声に滲ませている。
「あの盗賊の女の子はどうした?」
「ん?ああ、君が見捨てた子か」
「そうだ」
「ッ、そ、うだね。まだ生きてるよ。逃げるのが上手みたいだ」
「そりゃ良かったぜ」
姫様も喜びそうだ。
何が引っかかったのか知らないが、声の主が動揺しているのが伝わる。
「俺をどうするつもりだ?」
「……そうだねぇ。罪にはふさわしい罰を。うん、70階層までのボスを全部ここで出現させようかな?」
は?なんでコイツはそんなことが……。いや、分からないことも多い地下迷宮だ。そういうこともあるのだろう。
「いや、それはちょっとサービスしすぎか。しょうがない。僕自ら戦おうかな」
「……」
身動きが取れない謎の術は解いてくれるのか?目で訴えたが反応がない。おそらくこのままだ。
「これから戦うってんなら姿を見せろ」
「ええー?」
「顔も見せずに戦うってか?どこのアサシンだよ」
「それを言われると弱いなぁ……」
声の主が“そこ”に突然現れる。まるで最初からそこにいたかのように。と言うか、俺の眼前だ。こんなに近づいていたのか。さっき使った魔法のせいか、危機感の欠損した俺の顔を覗き込んでくる。
「君……」
その男は目元を隠すように仮面をしていた。光に溶けるような白髪を長く伸ばしており、それが床を引きずるような大きすぎるローブとの境目を消すようにかかっている。
「人間じゃないのか」
腑に落ちたような声色で言う。
「まあいいや、珍しいし僕のコレクションに加えてあげよう」
その手が俺に触れようとして。
「振動!」
俺はその間の空気を揺らしてそれを防いだ。魔法は使えるみたいで良かった。
「すご……」
「『俺の名はルドルフ!教会の聖騎士ジルケの弟子にして有力なる奇跡の使い手である。信心は至らぬかもしれないが、我が道に背くことはなく、そして到達した民の1人であることをここに示す。であればこそ───────置換』」
俺が早口でそう言うと、そのまま俺を光が包み込む。
「ああ、教会の奇跡ってやつ?聞いたことないよ、そんな傲慢な詠唱。ん?……これって」
当然だが気づかれた。乗り切れるのだろうか。
「うん、いいよ。君の勝ちで。次来た時はちゃんとルール、守ってね」
ニコニコしながら手を振ってくる。不気味だが、ありがたい。余計なことは言わないようにしよう。俺も口角を上げて、手を振った。仮面の男は少し驚いたような顔をした。そうそうその顔が見たかったんだよ。
光が消える。上を向くと、空が見える。周りを見渡せば来た時と同じように木々がある。俺はやっと迷宮の外に出ることができたのだった。
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「あれが現生人類最強の器か……確かに器用だね」
白いローブを引きづりながら男は言った。そしてそのまま迷宮の光へと溶け込むように姿を消した。




