3-2 迷宮攻略
「ばーちゃんのためにドラゴンの巣に行くのは癪だから地下迷宮に行こうと思う」
『ラウルのおばあちゃん初めて見たけどなかなか強烈だね』
「かわいいだろ?」
『うん』
2人で笑う。
ドラゴンがいそうな地下迷宮ね。
一応、ゴースト系モンスターが多い迷宮のラスボスがドラゴンゾンビだったっけ。この前行った地下迷宮同様脅威度は高くないので、攻略しきったら犯罪者扱いで捕まる。なので素材は取ってこれない。
ドラゴンがいる迷宮はやはりレベルが高い。ボスじゃなくてその辺を闊歩している迷宮となると……あそこくらいしかないか。
国内最大規模……いや、あれは国内と言っていいのか。とにかく俺が今から手続きなしで行けそうなのはそこくらいしかない。
現状発見されている中では世界最大の地下迷宮、通称天使の試練。
あの場所ならドラゴン、はいないにしてもそれ相当のモンスターは絶対にいる。前傭兵ギルドでチラ見した感じだと、現在踏破されてるのが29階層までらしい。
俺ならそれ以降も踏破はできるかもしれない。生存さえできりゃいいんだから。
10階層ごとにボスがいるって話だが、そのボスが倒されたことはない。じゃあどうやって29階層まで行ったかといえば、ボスを回避して進んだって話だ。
一応今あるポーションは装備したし、行ける。行けるはず多分。無理そうだったらさっさと撤退しよう。
そう言えばこの前姫様が飛ばされた地下迷宮もそこだったな。誘拐犯の少女の捜索しに行きはしたぞって言えるかもしれない。話を聞いたところどうやら落ちたのは80階層付近らしいから、俺1人で行くのは不可能だ。悍ましい見た目のキメラが群れで徘徊していたとかなんとか。絶対行きたくねえ。
大規模な地下迷宮で取れる資源も多いから、直通の転移陣がある。俺はそこに向かえばいいというわけだ。徒歩で行けるというかすぐそこにある。俺の家の目の前にあるのだ、転移陣は。……ばーちゃんの趣味と言いたいところだが、これはじーちゃんの趣味なんだよな。
建物に入ると、子供が間違って入らないように見張っている女性が俺を一瞬だけ見て、すぐに本に目を落とした。
さて、この部屋だ。細かい文字がビッチリ書かれた魔法陣がそこにある。
「久しぶり」
そんな冗談を言いながら転移陣に乗る。光が包み込み、俺は目的の地下迷宮の前に飛ばされた。
幼い頃幾度となく父親につれて来られた迷宮に。改めて考えても、そこそこの数の傭兵が命を落としている地下迷宮に子供を連れて行くのはおかしいだろ。
「変わんねえな」
見た目はただの穴だ。しかし土をかけようとその穴は埋まることがない。いやに明るい光が穴から漏れている。パッと見では分からない角度で階段がかかっている。ここから降りていく。
この地下迷宮は治外法権だ。見守る衛兵もいない。盗賊はたくさんいるし、当然のように傭兵を狙う追い剥ぎもいる。
広すぎてどう足掻いても監視なんてできないのだ。踏み入れる方が悪い。自己責任。
入口はここ以外にもある。他の穴は人が後から増設したものらしいが、ここはオリジナルの入口だ。だからなんだという話だが。
カツンカツンと俺の足音が響く。今日は底が硬い靴にしたんだっけ。早速飛びかかってきた角の生えた兎型のモンスターをデヴィンで斬る。
『なにここ』
「現時点で見つかってる世界最大の地下迷宮だよ」
『へー』
そう言えばデヴィンには何も言っていなかったな。デヴィンを連れて来たこともないしそりゃ知らないか。まあこの前デヴィンのために迷宮行ったんだし多めに見てほしい。
この地下迷宮は何もしなくても明るいので、光はいらない。夜であっても真昼のように明るい。10層より下の階層はまた違うという話だが、行ったことがないので真偽は不明だ。というかそもそも10層より下に行ってる人間なんて50人にも満たないんじゃないか?
今1番攻略を進めているのは女性だと聞いたことがある。意外だなと思って覚えている。その前はじーちゃんで19階層まで進めてたんだけど忙しくて最近行けてないらしいから。っていうのは身内の欲目かもしれない。
「うーむ」
迷宮内に糸を張らせてみたのだが、これが上手くハマるハマる。俺は何もすることがなく、ただ歩いていた。あんまり前に進めると他の探索者とかち合うかもしれないので慎重にやってはいるが。
つまらんな。アンばあちゃんからもらった籠手でもつけてモンスターをぶん殴るのもいいかもしれない。あれはあれでシンプルで分かりやすくて好きだ。今は持ってないからやるとすれば素手になるか。
ー
「父さん、俺モンスターぶっ殺すのそろそろ飽きてきたんだけど!つうかなんで姉貴は連れて来ねえの!?姉貴の方が強いのに!」
子供には大きすぎる剣を振る。さっきまで石を投げてきていた猿みたいな形のモンスターが切り裂かれた。
幼少期の俺はそれはそれはクソガキだったが、父親の言うことは聞いていた。というか聞かざるをえなかった。俺が迷宮行きを渋ると首根っこを掴まれて引きずられて強制的に連れて行かれたのだ。
「ラウルが男の子だからだよ。ユヴィドは女の子だろ?」
「だから何?」
「はあ……お前が家を継ぐんだからもっとしっかりしてくれよ。ユヴィドは嫁に行くんだ。いつまでもお前とは一緒にいられないぞ」
父親はなんかズレた人で、俺が姉貴のことが大好きなんだと勝手に思っていそうなところがあった。そもそも姉貴はすごく自分勝手ですぐ外を走り回って舎弟を何人も連れて来るような女で、幼少期もあまり行動を共にしたことはなかったのだが。
「あのな、父さん。そんなに息子に家業を継がせたいなら戦士の女と結婚しろよ。遺伝って知ってるか?最近は子の能力には母体も重要だって話になってきてて……」
「何分かんないことブツブツ言ってんだ、行くぞ」
「チッ」
俺の死角から来たモンスターをあっさり斬りながら父親が俺の首根っこを引っ張って行く。ため息をつきながら俺はさっき引っこ抜いておいたモンスターの牙を追いかけて来る他のモンスターに投げた。お、ナイスショット。
「なあ今の見た?俺天才すぎねえ?」
「ラウルはすごいな。でもできるだけ剣で戦うように」
「父さん剣投げると怒るだろ」
「剣1本も結構高いんだぞ!」
ー
久しぶりにこんなところに来たから変なこと思い出した。頭が悪くて思い込みが激しくて弱いやつを見下してて少々選民主義的だったがいい父……いやいい父親でもなかったが憎みきれない人だった。って言えんのは俺が家督を姉貴に押しつけてやりたいことできてるから言える結果論かもしれないが。
まあ10歳時点で俺も姉貴も父親には結構勝ててたから大人になりゃ力でねじふせられたような気もするがな。
「さてそろそろ10階層か」
行ったことのない階層だ。ボスが待ち構えていると聞くが、回避推奨だ。そもそも勝てるような相手じゃないらしい。ここまで楽だったのに難易度の差がありすぎだろと思わなくもない。ここを回避したらまた倒せるレベルのモンスターが出てくる、そうやって攻略を進めてきたわけだ。回避方法はシンプルだ。ここのボスは対象を見定めたら転移を繰り返しながら獲物を仕留めるまで追いかけてくる狼だ。つまり、見つからなければいいってわけ。家の宝物庫から引っ張り出してきた、被れば透明化する布を被る。これは古代文明の産物とかで貴重な品だが、傭兵ギルドで手続きをすれば誰でも……いや、さすがに実績ある人だけだった気がするが、借りれるようになってはいるらしい。借りる人がどれだけいるかはさておき。
よし、クリア。11階層までの階段を足早に下る。
音はたてても問題ないらしいとは聞くが、信用しきれないのでできるだけ無音を心がけた。しかし、モンスターがどこかにいるようには見えなかったし、この前行った迷宮のようにボスを召喚するための魔法陣があるようにも思えなかった。俺は9階層までしか行ったことがなかったから新鮮に感じる。確かに不可思議なことが多い地下迷宮だ。
「眠……」
そう言えば昨日あんまり寝ていなかったな。本の続きを読んでいたからだが、迷宮探索のコンディションはあまり良いとは言えないだろう。探索者にあるまじき行い。俺は傭兵ではないが、探索者ではあるつもりなのだ。
この階層は水辺が多いようだ。
「デヴィンって濡れてもいい感じ?」
『そもそも武器として運用してほしいかな!ボクとしては!』
「ごめんごめん」
デヴィンがご立腹なので糸はやめよう。
俺が指示を出すとシュルシュルと手元に糸が巻き取られて行き、切れ味の良さそうな長剣になる。
「この辺りは水系統のモンスターが出るらしい」
と、じーちゃんから昔聞いた。じーちゃんが探索を進めたれたんだから、いくら軟体と言えど剣は通るのだろう。多分。いやどうかな……。じーちゃん割と無法だからな……。
不安になってきたところで、足が長く俺の身長の3倍くらいの高さがある陶器のような質感のモンスターが遠くから俺の方へ向かって歩いて来ている。……ボスより弱いとは言え、普通の傭兵じゃ手も足も出なさそうなモンスターがいきなり来るのか。9層までとはえらい違いだ。
見たことのない形状のモンスターだ。パワーもありそうだし糸のままだとデヴィンがちぎれてたかもしれないな。
「そういやデヴィンって折れたらどうなるんだ?」
『?別にどうもしないよ』
「大丈夫なんだ」
『うん』
らしい。
とりあえず俺の方に来たモンスターの足を切って体勢を崩させ、頭部らしき場所を切り落とす。
剣も通用するらしい。良かった良かった。剣を入れても水に突っ込んだ時みたいになるかと心配していたのだ。
どうやら頭部……ではないにしても重要な部分であったことは間違いないらしく、その場所を切り落とした瞬間水になってあたりに飛び散った。と言うか俺にもかかった。
『うーん、これは毒だね!』
「ええ……」
俺にかかった液体ははデヴィンにもかかったらしく、明るく毒認定してくる。
『ラウルには効かないから大丈夫だよ?』
「そうなんだ」
じゃあまあいっか。
じーちゃんがこのモンスターをどうやって倒したのか気になる。あれか?達人は返り血を浴びないってやつ?
『よく見たら周りにある水全部毒だね』
「は?やば」
『水筒持ってきた?』
「当たり前よ」
透明化用の布を持っていく都合上どうしても鞄がいるので、俺は仕方なくその中に水筒を入れた。普段は絶対持ってかない。
布を直接持つのはさすがに不安なんだよな……どこかに落としたら魔法で探さなきゃいけなくなる。失くしてもじーちゃんは許してくれそうというかそこはあんまり心配していない。シンプルに、行きに布を落としたら帰れなくなるという不安。迷宮外まで追ってくるとは思えないが、10階層分を逃げ切れってのはさすがにちょっと。
さっきと同じモンスターが俺の方に向かっている。さっきも思ったが足が遅い。普通に逃げた方がいいな、これ。俺は走って逃げ出した。




