幕間
私はこっそりため息をついた。
「すみません……まさか王女様の護衛依頼だったなんて」
目の前で顔を青くしながらペコペコと謝っている男を見る。彼は、私の年下の友人でありこの国の王女であるオリヴィア・フォン・ヴェイレルンに対して謝罪しているのだ。それもいたし方ないことだろう。
「分かってる。分かってるよ。すっかり忘れてたけどルドルフさんこういうとこあるのがな。話しやすくはあるんだけど……」
オリヴィアは言葉を濁しているがハッキリ言った方がいい。ルドルフ・ヘイマーは性格が悪い。ヘイマー家の中で当主を超える2番手の剣の実力、さらには指揮官養成所を難なく卒業できるという知能の高さを合わせ持ちながら、いや持っているからかもしれない。
口は悪く、人を見下し、他人が無様を晒す姿を見て笑う。
王女であるオリヴィアすらもその例外ではない。今こうして戦闘経験のほとんどない素人を何も言わず送りつけてくるくらいには。
当主であるユヴィド・ヘイマーは暴虐装置と言われるほど苛烈な性格をしているが、従来のヘイマーの域を出ない分予測はつけやすい。上層部の間では、社会性が下手にある分彼の方がよほど危険視されている。
「かの高名なアンヘルム・ハーバーの弟子なんだもんな。確かに箔はある、かー。非難しにくいライン!強いんだから自分で戦えよってことだろうな。ああルドルフさんのニヤついた顔が目に浮かぶようだ……」
オリヴィアが顔を抑えて嘆く。
それもそうだろう。彼女は護衛に想い人のテオ……テオ・ヘイマーが来ることを期待していたのだから。
「せめて盾になりますから……」
「い、いやそんなことしなくていいよ!元はと言えばルドルフさんのせいだし」
「そうです。いい加減あの男の行いは目に余ります!」
「ティは本当にルドルフさんが嫌いだね。確かにちょっと腹は立つけどさ。でもティが言うほど悪い人でもないんだよ?ちょっと加減を知らないだけで……」
そう言ってオリヴィアが遠い目をする。
「私のこと大好きだのお気に入りだの応援してるだの言っておきながら、ひっかきまわすことしかしないもんなあの人。でもあれで悪気ないんだよな……」
「悪気はあると思いますが?」
「擁護はしないよ!そういやティはなんでそんなにルドルフさんが嫌いなの?悪い人ではないよ……良い人でもないけど。ヨナスさんは災難だったね」
「いえ……騙された俺が悪いです」
あの男が100%悪いだろうに良い人だな。こういう人は好感が持てる。
「私があの男を嫌う理由?……必死さが足りないからです。本気で物事を成したいなら、自分の持つ全てを使うべきだ、と私は思っているので」
性格の善悪なんて最終的には関係ない。そもそも私が所属する教会だって悪しき心の人はいる。隠すのが上手いから気づかれないだけだ。それくらいで人を嫌うほど私は心が狭くない。
私がアイツを許せないのは……!
「……ふう」
私らしくない取り乱し方でしたね。
「ヨナスさん」
「は、はい」
ヨナスさんに声をかけた後、頷いてオリヴィアの方を見る。
「こうなったものは仕方ない!迷宮攻略に行こう!私が守るよ!」
「え?」
思った通りだ。晴れやかな太陽みたいな笑顔で、彼女は全てを許す。それだけの器がある。
「感謝しなさい」
「は、はい!」
私が念押しするとそのままついてくる。どうやら流されやすいようだ。扱いやすくて助か、る……。……。
首を振る。
それよりも、考えないようにしていたことに目を向けなければ。
「なにか言いたいことはありますか?」
ここまでずっと黙っていた盗賊の少女がブンブンと首を振った。
私たちは彼女のせいで最難関のダンジョンに飛ばされて来たのだ。
入口に来た時に何やら紙をちぎり、発光したと思ったらこの場所にいたのだ。
そして自己紹介もまだだった、護衛の男が慌てながら謝ってきたというわけだ。そもそもルドルフ・ヘイマー本人が来ていればこんなことにはならなかったのに。舌打ちしたくなるのをこらえる。
「貴女は反逆罪で死刑です」
盗賊の少女が私の言葉に顔を青くする。
当たり前だろう。王女様に手をかけようとしたのだから。
……そもそも我々がここから生還できるのか、という問題があるが。
まだ見つかっていないだけで、多数のモンスターの足跡が聞こえる。当然このダンジョンの準備はしていないからどんなモンスターがいるかもよく分からない。ここがどこか分かるのはオリヴィアの直感によるものだ。そしてそれは例外なく正しいことを私は知っている。ここはこの国で1番大きく、にして最終層に誰も到達していない未到達ダンジョン。100層を超えると言われる規模を持つ。我々がいるのはおそらく未踏破の80階層付近。通常ダンジョンは下に潜るほど危険性を増していく。生還できる可能性は限りなく低い。
正直に言えば、現実逃避紛れに今ここにいない男にヘイトをぶつけていたところはある。
「っ、前方警戒!」
音が大きくなってきた。私は光の盾を構える。大丈夫。大丈夫、だって私はジルケ様の奇跡を何度もこの目で見てきたのだから。そう自分に言い聞かせる。
オリヴィアはいつもと変わらない様子だ。
「ぐっ」
ヨナスという名前の男が前方から目にも止まらぬ速さで現れたモンスターの攻撃を、構えていた大剣で防いだ。
……キメラだ。見たことない組み合わせの。目がいたるところについており、それぞれが別の方向を向いている、ひとつの目が私を見る。
「ヒュッ」
思わず息が漏れる。持っていたカバンが揺れている。あまりの妬ましい見た目に腕の震えが止まっていのだと、今ようやく気づいた。
数ある腕のうち、鎌のような腕が私に向かって振り下ろされる。ああ、ここで私は終わるんだ───。
目を瞑ると、強烈な音が聞こえ、足元の床が崩れ落ちていくのを感じる。思わず目を開けると、私たちを白しか見えなくなるような光が包んでいた。さっきのモンスターは?耳をすませてももはや何も聞こえない。
「はぁっ、はぁ……!ギリ間に合ったか……?」
光が落ち着いたと思えば、さっきまで話していた張本人であるルドルフ・ヘイマーが目の前にいた。
「良かった、3人とも五体あるな。頭なくなってたらどうしようかと思ったァ……」
その男は ビッシリ書き込まれた紙がたくさん散らばる机の上に突っ伏しながら言った。
「えーと……」
オリヴィアが困惑している。
そうだ、呆然としていたがこれはどういう状況なのか。
「俺が召喚魔法でお前ら3人を引っ張って来たんだよ。いや、ほんと間に合って良かった。アルマが俺用に調整したキモイ書き込みの魔法陣がなけりゃ厳しかった、まさかこのために……?いやねえわ」
「……。ありがとうございます」
「げっ、俺をクビにした女!」
「そうですけど?」
壁に魔法陣が貼ってある。あそこから私たちはこの部屋に来たのだろう。
「ルドルフさん!お久しぶりです!」
不穏な流れになりそうだったからか、オリヴィアが割入ってくる。
「姫様。久しぶり。元気そうで良かったぜ。この魔法のために使った代金は姫様につけていいか?」
「いいですけど……。私に最初に言うことがそれ?」
「ありがとう。姫様も大変だな。怪しげな団体に目をつけられて」
……あの少女が誰であるのか知っているのだろうか。もっと早く助けられたのでは、と思ってしまう。私たちを危険に晒させて楽しんでいただけなのでは、と。
「そ、そういえばあの盗賊の女の子は?」
「は?どうせ戻ったところで極刑だろ?地下迷宮に置き去りだ」
「それはそうなんだけどーそうじゃないって言うかー……」
「言っとくが1人追加した分だけ魔法は大掛かりになる、んなことすりゃそこの目線が鋭い女は今頃頭がなくなってるぜ」
人のことを言えないくらい目が怖い男が私を横目で見ながらそう言った。その言葉に思わず首を触る。
「ヨナスも悪いな。変なことに巻き込んで」
「いや、気にしてない。きちんと書類を確認していなかった俺が悪い」
「……真面目だな、お前。うん、とりあえず休んどけ。アレに対応できてたのお前だけだしな」
目を見開いた後一瞬なにかを言おうとしていた。今はニヤつきながらヨナスの肩を叩いている。ロクでもないことを考えていそうだ。
「そうだね、攻撃を受け止めてくれたし……ん?待って、なんでそのことルドルフさんが知ってんの!?」
「あー……」
「また盗聴してたね!」
「別にいいじゃねぇか。ほら、そのおかげでお前ら助かったんだし」
「言われてみれば確かに」
「いやいやいやいや!おかしいですよ。冷静になってくださいリヴ」
結果的にプラスになったからと言って、本人が知らないところで会話を聞くのは倫理的に良くない。犯罪行為ではないが、できる人が少ないだけだ。いずれは犯罪行為になるはず。
「ありがとうティ。そうだよね。はあ、ルドルフさんって私のこと好きなんだよね?」
「ん?ああ、好きだぞ」
「私に家族になってほしいって言ってくれたよね?」
「よく覚えてんな。確かに言った」
「えっ」
何それ聞いてない。
この男がオリヴィアを好き?オリヴィアはそれに満更でもないって?正気?
「あの、だったら私の話きちんと聞いてください!さすがに怒りますよ」
「……聞いてなかったか?」
「はい。盗聴もやめてくれないし、今回もテオじゃなくて違う人護衛に選ぶし!テオと結婚して欲しいって言ってくれたのに、どうして邪魔ばっかするんです?」
……良かった、いつものオリヴィアだった。
「そりゃ俺は姫様のこと大好きだけど、1人だけに肩入れするってのも違う気がするだろ?いや、姫様に勝ってほしいとは思ってるけどな?」
「そういうのいりません!皆強敵なので!私は幼なじみっていう武器を最大限使いたいんです!協力、しろ!!そうでしょう?ルドルフさんもテオと結ばれるべきなのは私だと思ってるんですよね?それが運命だと思ってるんですよね?」
どんどん目が怪しくなっていく。止めるべきかどうするべきか。いつものことだしな……。
テオくんは1度会ったことがあるが、すごく好青年だった。この男の弟なんて信じられない。だから私としても止める理由はないので、様子がおかしいとはいえ放置しか選択肢はない。
「そこまでは言ってな……いや、そうだな!ポジティブなのはいいことだと思う。俺はお前のそういうとこが好きだぜ」
「だよね!」
オリヴィアが花のように嬉しそうに笑うが、発言を見直してほしい。具体的な同意を示す言葉は何一つ言っていない。ただそれを指摘する理由もないので、私は胡乱げに見ることしかできない。
「面白い王女様なんだな……」
完全に蚊帳の外だったヨナスさんが遠い目をしながら言った。またダンジョン攻略をする機会があれば、オリヴィアを焚き付けてるあの男を挟まず彼を誘おう、私はそう思った。




