2-8 ダンジョン攻略RTA(ガバあり)
「久しぶりだな、もちろん俺は顔パスだよな!」
地下迷宮に着いたので、受付で地下迷宮の入口に立つ顔なじみの中年の男に声をかける。衛兵だ。迷宮は一応国の管理下に置かれているので、監視する衛兵が置かれているのだ。この迷宮は危険度があまり高くないから1人で十分らしい。
「えーと、誰ですか?」
な……んだと。俺が忘れられている?そりゃ前に来てからそこそこ時間は経っているが俺だぞ?うん、言うほど俺がしたことってないな。
「ルドルフ・ヘイマーだ。ここで行われた第5回RTA大会の優勝者だぞ」
「RTA……ありましたねそんなものも」
こちらの反応の方が普通だ。あのギルドがちょっとおかしかった。
「ルドルフさんですか。イメチェンしましたねぇ。昔はもっとロン毛じゃありませんでした?」
「まあ……」
そういうのに憧れてた時期だったから。
「今の方がお似合いですよ」
「知ってる」
昔の自分がディスられてんな?とにかく覚えていたようで良かった。
「入れてもらえるか?」
「傭兵ギルドから発行されるカードは持ってますか?」
「……持ってない」
俺は余計なものは持っていかない主義なのだ。だから当然カードは持ってない。というか今は金とデヴィンしか持ってない。
「さすがに身分証明書はいただかないと」
「そこをなんとか!」
「……まあその武器は身分証明みたいなもんですかね。いいでしょう」
特徴的な武器を持つ傭兵は迷宮を顔パスできるという噂は真実だったらしい。噂と言うか鎌を武器にしている傭兵にそう自慢されただけだが。少し気になったので、鎌を奪い取ったら絶望した顔をしていた。俺は満足したので普通に返した。
ああやって奪い取られたら意味無い気がするんだが、それくらい緩いのが傭兵の良さでもある。
デヴィンが特殊な武器と分かるとはお目が高いな。俺は肩に引っかかっているメタリックなイグアナをつついた。普通に質量あるから肩を動かせないんだよな。そろそろ肩からどいてくれないだろうか。
と、それよりも。
「ありがとう!さすが……」
「はあ、エリアスです」
「エリアスさん!」
我ながらいい笑顔でお礼を言って俺はそのまま地下迷宮の入口を滑り落ちて行った。
それを見たエリアスさんが唖然とした顔をしていた気がしたが、見なかったことにした。
▫
「開始時間記録すんの忘れた!」
『だいじょぶ。ボクが記録してるから』
「センキュー!」
デヴィンってば最高。
ここの階段は段差が小さいので滑れる気がしたんだよな。この通り時短に成功だ。
走りながら考える。この後光降り注ぐ森林ステージだ。
完全に思いつきで始めたRTAなので当然チャートは組んでいない。
この辺りで飛んでくる虫系モンスターのえーと、蜂。こいつの攻撃に当たることで移動速度が上がるので、この迷宮の時短攻略においてはマストとされている。されているが、俺は今回違う手段を取りたい。攻撃で飛ばされるのはどうしても運が絡む。ここは森林のような場所になっているし障害物も多い。ということで今からするのは。
そう、壁ダッシュ。は靴の関係で無理なので、上を行く。この辺に生えている木とは違って、枝が幅広く伸びるので、隣合った木と絡まって結構強固なので、木の上も歩けないこともない。ぶっつけ本番でやることでもない気がするが。靴はそのままでもいっか。
「うわっ」
落下しそうになった。マジでやるなら練習して道がどう続くか知っといた方が良さそうだな。なんで俺がこんなことをするかと言えば、前行われたRTA大会でこれをやっていたやつがいたからだ。上に行ったせいで縄張りを荒らされたとでも思ったのか、虫系モンスターに攻撃されまくっていたせいであまり時短になっていなかったが。あれから結構時間が経っているし、上手い方法として確立されている可能性はある。RTAなんて結局自己満足なので、それならそれで別に構わない。
以前俺がここをどう通ったかと言えば全力壁ダッシュだ。やれそうな気がしたのでやった。おすすめはしない。
虫系モンスターは近づいては来るが一定距離以上は近づけないらしく、見ているだけだ。その光景は若干不気味だがアンばあちゃんの虫除けスプレーは効いているらしい。
「思ったより時間かかってる!」
『前回よりもちょっと遅いね!』
「だろうな!」
ちょくちょく落ちそうになるせいで、本気で走れていないので遅くなって当然だ。こういうのも楽しみの一つだな。
っと、ようやく着いたか。
2階層だ。ここの階段も滑り落ちて短縮。
この地下迷宮は全3階層なので1/3攻略。
鬱蒼と生える木々の合間を光が降りそそいでいる。まあ1階層と変わり映えは特にないが、今度は下を走ろう。
……障害物に当たりまくってんな。
『もっと上手く避けなよ』
「うるっせぇな、難しいんだよ」
『ラウルならいけるって』
「俺のこと過大評価しすぎ」
慣れてきたからか多少避けられるようになってきた。デヴィンの軽口にも付き合える。
この地下迷宮ではあまり動かないため基本脅威とされていない樹木系モンスターが襲いかかって来て少し驚いたが、片手剣になったデヴィンで叩き斬る。
動きもゆっくりだし大したことは無いが、急にどうしたんだ?もしかして勢いよく木に当たったのが攻撃とみなされたのだろうか。敵わないと思ったのかそれ以上の攻撃はない。
これを使ってタイムを縮められそうな気もするが、今はさすがに無理だな。また挑戦できればいいんだが。
小動物系モンスターがここの迷宮のメインなので、こうして走ってると結構襲われるな。
「よし3階層。今のタイムは?」
『21.46』
「悪くはないな」
モンスターに襲われにくい分タイムは縮めやすい。前回と比べるとどのくらいのペースなのかは不明だ。デヴィンが何も言ってこないので、そう大して遅れてはないと思うが。
練習中に覚えた道をまだ覚えていて良かった。大会の時は壁走りだったから道順とか知らねーよみたいな攻略だったからな……。大してタイムは縮められていないというオマケつき。運要素減らしただけだから。
「前回のクリアタイムってどんくらいだっけ」
『48.33だったよ』
「やっぱボス戦だよなぁ」
1番時間がかかるのは3階層のボスだ。ここでどれだけ速く倒せるかがこの攻略の肝だ。俺はここが誰よりも速かったので優勝できたと言ってもいい。RTAは1人ずつ攻略するのがルールだが、見物人は自由に着いて行っていい。俺は他の人の攻略も見たから間違いない。
「ここのボスって虫だったよな?」
なんかクワガタっぽかった気がする。そんなに強くはないが、ハサミに挟まれると抜け出すのに時間がかかるので、攻撃は基本避けなきゃいけないってのはここの迷宮以外でも、なんならRTAじゃなくても同じか。
ここのボスはあまり強くは無いが謎にしぶといため倒すのにすごく時間がかかる。一定量の攻撃を受けるとしばらく空を飛ぶがその間は攻撃ができないという嫌らしいところもある。しかもその間にちょっと体力を回復する。
最終ボスすら遠くから弓でチクチクしてれば危なげなく勝てるので比較的安全な地下迷宮と言われているが、攻略するのはかなり時間がかかる。だからこそRTA大会の会場になったのだが。
『だね』
「このスプレーがボスに効いたらどうなるんだ……?」
『確かに』
「空に逃げられたら終わらんか?」
『その間に攻略完了させればいいんじゃないの?』
「いや、ここはボスを倒さないとドロップ品が手に入らねぇから」
そのドロップ品で攻略したとみなすのだ。
なんでドロップするのかは全く分からないが、それが地下迷宮というものだ。それを知りたいという研究者もそれなりにいるのだが、その研究は全く実を結んでいない。実を結んだとしても大した利益にもなりやしない。どうせノーコストで再現なんて不可能なのだから。
……地下迷宮で1番謎なのはエネルギーだよなぁ。そこが少しでも解決できれば今より注目される学問になる気がするんだがな。
よし、着いた。見覚えのある魔法陣がそこにある。
足でその魔法陣を踏むと、シュイーンという音ともにデカイクワガタが出てきた。
若干気持ち悪い。
と思っていると、羽をバタバタひっきりなしに動かした後空を飛んで行った。
「あー……」
『しょうがない。遠距離攻撃しよう』
「あの距離届くかぁ?」
『前は届かせたじゃん!』
「だったな」
以前は木に登って狙撃銃になったデヴィンで攻撃した。とはいえ今回は木に登ったら多分モンスターはさらに逃げるだろうし、再現はできない。
「デヴィン、糸になってくれ」
『えー……。しょうがないないな』
今回はあの手袋がないので、自力で魔法を使ってなんとか木に巻き付ける。さすがみクワガタも木より上には行かないので、ちょくちょく糸に引っかかっているようだ。反応がある。まあ他の虫系モンスターも引っかかるんだけど。クワガタよりしぶとくないので大量に落ちてきて気持ち悪いです。
「結局運ゲーだなぁ……」
そう簡単には行かないか。俺は迷宮の床に寝転びながら呟いた。
『魔法陣の上にボクを仕掛けておけば即殺できそうじゃない?』
「…………」
それはダメだろ、なんか。
ということで、俺たちは以前のタイムよりも少し遅いタイムでこの迷宮の攻略を終えたのだった。
帰り?もちろん歩きだ。この程度の迷宮に帰還用の仕掛けなんてないのだ。
▫
「ただいまー」
「相変わらず速いですね」
今まで寝ていたのか動かない背中に大声で声をかけると、眠そうな声が返ってきた。
「んなことはない。前より2分も遅かったし」
「大した違いにゃ感じませんが」
「これだから素人は」
やれやれといった様子で首を振りながら衛兵を見ると、さすがに少し眉をしかめていた。
俺は気を取り直したように別の話をする。
「俺今職探してんだけど衛兵ってどうやってなんの?」
「……定期的に募集してるんでそこに応募すればいいですよ。次は3ヶ月後くらいですかね。ちなみにどうしてですか?」
「んー。や、えーと」
「エリアスです」
「エリアスさん、楽そうじゃん?仕事」
さっき寝てたし。
「そりゃ否定はしませんが、ここの担当は閑職みたいなもんですし衛兵全てがそうってわけでもないですよ」
そう語るエリアスさんはあまり苛立った様子がない。良かった。衛兵という仕事に誇りを持っていなさそうな人間に話を聞いてみたかったのだ。
「俺向いてると思わねぇ?この通り地下迷宮も行って帰るのに1時間もかからないし」
ってのはさすがに盛ってるがアピールポイントとしては悪くないだろう。そもそも馴染みのない迷宮だとここまで速く動けないが、傭兵ではないので色んな迷宮に行けと言われることもないはずだ。
「えーでも衛兵って一応人を守る仕事ですよ?ルドルフさんはカ……なんでもないです」
カスって言おうとしたな?否定はしないけど。
「ルドルフさん。例えば気に入らない上司がいたとして」
「はあ」
「例えばそうですねー……残業を強いてきて、命令通りに動いたのにすっかり忘れてキレながら叩いてくるような上司がいたとします。ルドルフさんならどうします?」
「え?仲間を募ってリンチ?」
「……衛兵はやめといた方がいいと思いますよ」
「了解」
衛兵はやめた方がいい、と。しかしそんな上司が普通にいるのか。衛兵ってのは大変なんだなぁと俺は思った。




