過去2
「なんっなんで?」
セインを見つけたと思った。男性にしては長い銀髪は街でだってそうそういるものじゃない。
走って追いかけた先で、セインは3人の女性に囲まれていた。
「どうした?」
女性の1人が話しかけてくる。
最初私は彼女のことを大きな人形だと思った。人形にしては着飾られていないが、それでも十分美しい 。生きて動いているのが不思議なくらい美しい女性が、私に聞いてくる。……思ったより声低い。
伏せたまつ毛は長く、吸い込まれるような青い瞳を彩っている。濃い茶色の髪は1本1本が整えられた絹のように滑らかだ。
表情は誰かに消し去られたかのように抜け落ちているが、それも彼女にまたよく合っていた。物語のお姫様が現実にいたらこのような見た目だろう、と私は思った。
んなことはどうでもいい。いや、どうでも良くないけど。
「なんでセインは複数の女の子といるの?ねえ私は?一緒に冒険しようって言ったじゃない。ねえ」
「え?うん。一緒に行こう。強くなったんだろ?」
どうした?とでも言うような、少し間抜けな表情をした青年はセインという。身長はそんなに高くないが、細身で脚が長いからかっこいい。肩口まで伸ばした柔らかい銀髪を紐でひとまとめにしている。黄金の瞳がじっと黙っている。こちらを不思議そうに見ている。少し幼さが残るが、女性に間違われることも多いくらい美しい顔はこれから人の目を惹く美青年になることを確信させた。やっぱり美形だ。
あんな田舎の村にあっても彼は輝いていた。街に来てさらにその美貌に磨きがかかったのではないだろうか。
はっ、顔がいいから誤魔化されそうになってたけど全然良くない。
「まあそのなんだ。そちらのお嬢さんはお前と2人で冒険したかったのではないか?」
燃えるような赤髪を1つにまとめた女性が聞いてくる。背が高い。セインよりも高いように見える。鍛えあげられた肉体は私にはついぞ届かなかったものだ。
「私は……パトロンのようなものだと思ってくれ。旅にお金は必要だろう」
私を気遣ったように話してくれている。透き通るような声はよく響き、大勢に指示を出すことに慣れていそうな感じがする。ちょうど食べかけていた食事の食べ方も育ちが良さそうな感じだし、どこかの貴族だろうか。
思慮深そうな灰色の瞳からは実直さと高潔さが伝わってくる。信用に値する人物だ、といつの間にか私は思わされていた。
「じゃあ私は馬車かな。デートしたいなら連れて行ってあげる」
さっきの美女がこちらをちらと見た後よく分からないことを言った。
「わ、私は……なに?とにかく聖職者だからそういうのはない」
背の低い女性が困ったように言った。金髪碧眼なんて初めて見た。すごく大きい盾を持っていて、背が低いのに相対するだけでとてつもないプレッシャーを感じる。分かった。最近噂の聖騎士だ。……女性って聖騎士になれたっけ?
顔をそーっと見ると、優しそうな顔つきをしている。このまま歳をとったら子どもを育てるシスターにでもなりそうな。
……どうやら私の敵はこのパーティの中にはいないらしい。女3人男1人でそんなことある?
「そういえばその髪どうしたの?可愛いね」
「でしょ!」
セインは昔異性の好みを聞いた時、お姫様みたいな女の子が好きだと言っていたから、お姫様風のふわふわカットにしているのだ!維持は大変だけどなんてことはない。好きな人のための努力は努力じゃないからね!
「えへへ、もっと褒めて〜」
「ん?アン最高、超可愛い」
「ありがとー」
自然と顔がニヤケる。
「恋する乙女は応援したくなる」
「ふーん。終わったら呼んで?」
「仲間になるかもしれないんだぞ?アルマも少しくらい興味を持ってくれ」
話し声が聞こえてくる。
女3人寄れば……とか言うが、姦しさは特に感じない。
「この3人は誰?そこから説明してくれない?」
「んー、言い出しっぺのイーディス、俺がスカウトした魔法使いのアルマ、教会との折衷役を買ってくれたジルケって感じの説明でいいか」
「分かりやすい説明ありがとう!」
手でそれぞれを指し示しながら名前を教えてくれた。
「あなたも自己紹介と何ができるか言って」
アルマと呼ばれた美女が素っ気なく言った。
「アン……アンって呼んで。私は、錬金術師で魔道具も作れるわ」
「へえ」
「いや、へえではないだろ!生産職はさすがに連れて行けない」
アルマさんはイーディスさんのその言葉を無視して本を読み始めた。自由だ。
「私、戦えるわよ!」
このままだとパーティに入れてもらえなさそうなので、大きい声で主張する。
「その通りだと思う」
ジルケさんがイーディスさんの肩に手を置きながら言った。
「体幹がしっかりしている。鍛えてる」
首を傾けながら続ける。
私は蚊帳の外になっているセインを見た。もっと主張してくれてもいいのよ!
目線に気づいたのかセインがこっちを見るが、困惑したような顔をされた。そういう所も好き!
「私と手合わせしよう。それでイーディスも納得するはず」
「え……」
ジルケさんが綺麗な真っ直ぐな瞳で言うが、イーディスさんが焦った顔をしている。嫌な予感がする。しかしこの状況では頷くしかないだろう。首を縦に振った。
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「ひ、酷い目にあったわ……」
「すごい!強かった。アルマよりよほど戦力になる」
アルマさんはその言葉に眉をひそめたものの、そちらに目線すら向けることなく本を読み続けている。
「いや、本当に凄かったぞ。ジルケの盾を受け止め切れる者がいるとは」
「受け止め切れたのかしら、あれは」
折りたたみ式の壁を咄嗟に出して退避したのだ。壁は残骸となってその辺に散らばっている。私がそのまま残っていればどうなっていたかは……考えたくもない。
「すごいね、アン。皆を認めさせるなんて」
「そうよね!」
セインにはかっこいいところだけを見せていたい。だって好きだから。
故郷の村ではこんなに綺麗な顔をした男の子は他にいなかった。場違いなくらい美しくて、そこに佇んでいるだけで光り輝いているようだった。
美しい親子はまるで田舎の村には不釣り合いで、亡国の姫とその息子なんだとまことしやかに言われていた。
実際、亡くなった父親は亡き帝国の将軍だったんだとぼんやりしながら教えてくれたっけ。銀髪と金目は父譲りなんだと言っていた。ガタイが良かったらしい父親と違って筋肉があまりつかないことを気にしていたけど、そのままでいいのよと言いたかった。筋肉がついたら美しさが損なわれるじゃない。
成長したセインが昔と変わらない様子で完璧に計算して作られた人好きのいい笑みを浮かべている。歳をとってもなお村1番の美女だった母親そっくりの顔で。
分け隔てなく優しいところ、ひたむきに剣の練習をし続けているところ、私のことをきちんと1人の人として見てくれたところ。
顔で惚れたと言われそうだけど、他のいいところもたくさん知っているのだ。そりゃ最初のきっかけは顔だけど……。
「私、セインのこと大好きだから一緒に冒険するためにがんばったのよ?」
「?ありがとう」
昔と変わらずポヤポヤしているセインに、可愛いなと思いつつ、私はやっとスタート地点に立てたことを噛み締めるのだった。




