2-4 デッドラインデッド
「グリフォンってのはどんな動物なんだ?」
気球から降りてしばらく歩くようなので、俺はアンばあちゃんに聞いていた。領主様達は観光してから船で帰るらしいので別れた。
「鷲の上半身と獅子の下半身が合体した感じの大きな獣よ」
「モンスターじゃねぇの?」
「迷宮から発生したわけじゃないから違うと思うけど?」
言葉として聞いただけでも随分異様な動物だな。
実際目にしたらワクワクするかな。
「つまらなそうね」
「……バレた?」
「その飽き性なところ治した方がいいと思うわよ」
「治せたら苦労しないな」
「しょうがないわねー。ちょっと待ってなさい」
そう言うとアンばあちゃんが鞄から靴を取り出して履いた。
「これは加速効果のある靴よ!私は今からこれを履いてダッシュするからあんたは着いてきなさい!」
そしてそのまま目にも止まらぬ速さで走り去っていった。
「おいちょっと待て!俺道知らねえんだけど……」
俺は久々に全力で走った。
通りがかりにすれ違う人が皆驚愕した顔で見ている気がするがそれどころではない。ここで置いていかれたら帰れなくなる……!
▫
「はぁーっ、はっ」
ひさっびさに息きれた。体力と耐久力には自信あるのに。
「気のせいじゃなけりゃ空中歩いてなかったか?」
床の上数ミリ程度浮いてたように見えたんだが。
「その方が摩擦が減らせるからね!」
なんかすげえことやってる……。
それに全く疲れてなさそうだ。靴履いてるとはいえ普通に走ってそうだったのに。売れっ子魔道具技師は鍛冶師みたいに体力が必要とされる仕事なのかもしれない。
とにかく走ったかいあって目的地に着いたらしい。
荒地としか呼べないようなザラついた地面が続くデカイ山々が目の前にある。……アルマがいればひとっ飛びなんだがなぁ。と思っていたらつんざくような猛禽類特有の鳴き声が聞こえる。もしかして向こうから来た?
「なんか俺めっちゃ威嚇されてね?あれだよなグリフォン」
近くの大きい木に止まったと思ったら翼を大きく広げて威嚇してきた。
俺、犬には懐かれるか目を逸らされるかの2択だし動物に嫌われやすいわけでもないと思うんだがな。ちなみに猫にはじっと見られる。
「グリフォンは知能が高いから無闇な殺傷が禁止されているのよ」
「へー」
「この場合は威嚇してきてるから狩ってもいいわね!」
「そうなんだ」
で、それを誰が証明するんだ?
俺はグリフォンを見る。当然だが俺よりずっと大きい。
俺がじっと見ていると、少し怯えるように目が揺れた気がする。
「グリフォンって群れないのか?」
「群れはしないと思うわね。鷲がメインだし。でもこの山にはたくさんいるはずよ」
へえ、鷲って群れないんだ。ライオンは群れるんだ。普通に初めて知った。
「縄張り争いはするよな」
ふむふむ。
俺は良いことを思いついたとニヤリと笑う。
俺の本領発揮だ。竜の咆哮を再現した音をかき鳴らす。
アンばあちゃんが信じられないものを見るような目で俺を見ながら耳栓をはめた。……忘れてたごめん。
1匹だけ立ち向かって来たグリフォンはやはり勇敢らしく、それでも覚悟を決めたように俺の方に飛んでくる。どちらかと言うと降伏して欲しかったんだがなあ。
俺はそれを見ながらアンばあちゃんの道具のひとつである、翻訳機とやらを耳に当ててみた。精度は微妙。分かっていたがなんも分かんねえわ。うん打つ手なしです。俺は死んだ目でデヴィンを盾にして攻撃を防いだ。あ、羽根ゲット。俺は無表情で後ずさった。目を離さず後ろに下がっていく。
「おい、このまま逃げるぞ」
アンばあちゃんに向かって言う。
「ええー?せっかくグリフォンと戦うチャンスなのに」
なんでアンばあちゃんはこんなに好戦的なんだ。ただの田舎娘だったはずなのに。まあドラゴンを単騎で倒したゴリゴリの武闘派なのも事実なのだけど。
「羽根ゲットしたんだからもういいだろうが!」
そんなことを言い合っていたらグリフォンの戦意が削れてきている気がする。もしかしてこの翻訳機、俺が言ってるニュアンスは向こうに若干伝わってんのか。なんだその欠陥品。でも今は助かる。
「そう言えばその盾何?」
「収納武器ってやつだよ!いいだろ今そんなこと」
どうせジルちゃんに聞けばすぐバレるような嘘をつきながら俺はアンばあちゃんを引っ張る。
「仕方ないわねー」
諦めてくれたらしく俺に大人しく引きずられてくれる。
「そう言えば好きな子できた?」
「今聞くか?それ。できてないぞ」
俺はアンばあちゃんと同じ価値観で生きてないのだ。この女性ちょっといいな、話しかけてみよくらいは思う。でもそれで十分だろ。
「ええーつまんないわね」
「んなこと言われてもな」
気が抜ける。その隙にアンばあちゃんが鞄から大砲みたいなものを持ち構えた。そしてそのまま撃った。バカ。
しかし威力は抑えられているようで、敵意があると見るや飛んできたグリフォンを叩き落とすだけですんでいた。手加減とかできたのか。
「そういやアンばあちゃん的に姉貴はどうなんだ?」
「今!?……あの子は、私には理解が及ばないわ」
夫が3人いる姉貴のことを聞いてみるとそんな答えが返ってきた。
「へえ、俺は理解が及ぶんだな」
ニヤニヤ笑いながら言うと、アンばあちゃんが微妙な顔をした。
さて、このグリフォンはどうするんだ?初めて見る生物をゆっくり間近で見れて少し好奇心が刺激される。
「グリフォンってどんな味するんだろ……」
「メインは鳥類だからそういう味じゃないかしら?」
「そういうもんか。肉食だからそんなに美味くないか?いやでもワイバーンは結構いけたし」
「鶏肉みたいよね」
「言われてみれば」
「でも今回は食べるのはなし!うふふ」
何考えてんだ。なんか外面が良いから皆騙されがちだが、アンばあちゃんは結構野性的で、アルマよりもずっとマッドだ。強引だし自分勝手だし恋愛体質だし。……なんかファンに聞かれたら『どうしてアンヘルム・ハーバーの良いところを全部言ったの?』って真顔で言われそうだな。
「グリフォンに乗って空を飛ぶのが夢の一つだったのよ!」
いい笑顔だが、こっからどうやって乗るんだ。もっとこう友好関係を築いて……とかじゃないのか。
俺は翻訳機をとりあえず取り外した。
「そう言えばグリフォンに乗る騎士ってのがいるんだったか」
「そうそう」
「こんにちはグリフォンと会話できたりします?」
騎士らしき人が近くでずっと見ていたのを俺は気がついていたので、話しかけてみた。姉貴の下りくらいからずっといた。
「え、ええ」
急に話しかけられてビクッとした騎士が頷いた。やったぜ。
「攻撃されたので応戦した。分かってくれるよな?」
俺が目を細めてそう言ったが、騎士は狼狽える様子こそあれど怯える様子は見せなかった。さすが騎士。荒くれ者の対応にも慣れてるか。俺は彼女への評価を上げた。
「今から確認しますね」
身動きが取れないながらも目を覚ましたらしいグリフォンのところに駆け寄りながら言われた。
『〜〜〜』
『〜〜〜』
『〜〜〜』
『〜〜〜!』
なんか……言ってるな。全く分からない。もう一度翻訳機をはめてみるがさっぱり分からなかった。たまに俺の方をチラチラ見てるなってくらい。
「どうやら本当のようですね。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「そんな、あなたが謝ることじゃない。野性の動物だしそういうこともあるでしょう」
アンばあちゃんがなんか鋭い目つきでこちらを見ている気がする。
「グリフォンに乗ったりするんですか?」
「ええ、まあ」
「かっこいいっすね〜。憧れる」
「……良ければ乗りますか?」
照れくさそうに騎士がそう言ってきた。よし。アンばあちゃんの方にグッドサインを向けるとなんとも言えない顔をされた。アンばあちゃんが乗りたいとか言ってたから頑張ったんだが。
話がついているのか、俺が近づいてもグリフォンが威嚇してくる様子はない。大人しいものだ。元々この騎士が乗っていたグリフォンなのかもしれない。
「ほら、アンばあちゃんも」
「……」
無言で乗ってくる。
「それにしてもグリフォンと話せるなんて!どうやって学んだんですか?」
「独学で……」
「すごい」
俺はグリフォンより騎士の方に興味があるのでそのままのテンションで話しかけていた。
アンばあちゃんはそれを見て何かを言いたそうだったが、グリフォンが飛んだことにより意識がそちらへ行ったようだった。
気球はふわふわした飛び方だったが、グリフォンは線を引くように飛ぶらしい。風が気持ちいい。これはしばらく飽きないかもしれない。
「ねえ、なんでいきなり口説き始めたの?」
アンばあちゃんが俺の袖をちょんちょんとつついてこっそり話しかけてきた。口角は上がっており興味津々といった様子だ。下世話だな。さっきまでの謎の表情はこれを聞きたいのを我慢している表情だったのか。
「俺は誰にでもあんなんだ」
興味がある人間になら、という条件つきではあるが。
「え……?」
なんか知らんが黙ったので、俺は景色を楽しむことにした。
さっき走った街並みを上から見るってのはいいな。
▫
帰りは船、と言っても大した距離じゃないので小さい船に乗って帰って来た。
グリフォンの羽根は3枚ある。上々だろう。
「材料はこれだけでいいのか?」
「後はこの店に置いてあるから大丈夫よ」
「そうか」
じゃあ後は見てればいいかな。
調合も魔道具技師の領分なのだろうか。どちらかといえば錬金術師の領分な気がする。
アンばあちゃんならできても不思議ではないので、できるのだろう。大人しくしておくか。
「あの……師匠」
「何?」
「その……依頼品の期限が差し迫って来ててですね」
弟子のええとヨナスさんは申し訳なさそうに言った。
「いつまでなんだ?」
今右手に着けている手袋にも関わる話なので、俺が聞いてみる。
「その……3日以内にあと5個」
「……」
俺の手袋耐えられるかな。とりあえず外して無言で机に置いた。アンばあちゃんが一瞬顔を硬直させた。そりゃそうだ。今爆発すれば製作途中の魔道具が吹っ飛ぶからな!
「俺が何かやれることある?」
にんまり笑うとアンばあちゃんが嫌そうな顔をした。なぜ俺が笑うとちょっと嫌な顔をするのか。
「……私、最近推してる吟遊詩人がいるのよね。その握手会のチケットが今日配られるから行ってきてくれないかしら」
「えっ」




